黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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▶dread 発音/dréd
 名詞 1≫不可算名詞 恐怖;不安 
      (【類語】→fear).
    2≫可算名詞 恐ろしいもの,恐れの的.


21杯目 ドレッドクイーンに拝謁を ひとくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 音なのか、振動なのか。その間のような空気の震え。

 

 その重さは、太古から積み重なる悠久の時のような。豪壮な密林の大地そのもののような。

 威厳と、誇りと、どこかに感じる、慈愛。

 

 ――密林のどこか、遠くから低い律動を刻む声が、ここ拠点からも聴こえていた。

 

 

 

「……これが“竜の歌”なのだろうか」

 

 アイテムをポーチに詰める手が思わず止まっていたメヅキは、ほぅ、と嘆息を漏らした。

 

「こんな声は牙獣種や鳥竜種は出さんし、海竜種や蛇竜種にしては低すぎる。きっと飛竜種か獣竜種だが……なんというか、強さという裏付けがある美しさ、であるな」

「僕たちはハンターだから大方の正体の予想がつくから、あーいい声だなーって思うけど、普通の人が聴いたら変だと思うよねぇ」

 

 シヅキは言いながらも、腰ポーチの掛け金を留めた。役割上身軽でなければいけない彼のポーチは、薄くてかなり小型だ。薬類も十個満タンまで所持せず、比較的余裕を持たせている。

 アキツネも、ジェネラルパルドに砲弾を装填しながら口を開く。

 

「……ン、洞窟の構造で風でも鳴ッているべかとも思ったけっとも、あれの正体はやッぱしモンスターだべな?」

「村の言い伝えも引っかかる。『竜が歌えばその年の密林は豊かになる』……村で護衛している間に聞き込みもしたが、どうも“竜の歌”があったのはそれこそ数十年前以上も前のことでな。あまり有益な情報は得られなかった」

 

 メヅキは、ズワロポスの革製の防水性書類入れを開け、龍歴院とハンターズギルドから送られてきた文献をまとめたものを取り出す。

 確かに記録はそれらしきものがほのめかされている程度で、無に等しかった。

 

 それを横目に、ヴァル子を腕に止まらせるハルチカ。ビロードのような毛並みを撫でて調子を確かめる。

 

「紫毒姫ってのァ、最近になってやっと研究が進んできたモンスターだろう? 昔はよくわかっていなかったなら、関係あるンじゃねェかなって」

「うーむ、紫毒姫が繁殖期で怒って、歌っているとかか?」

「まァ、確かに腹立ったから歌って発散するのァあるかもしれねェ」

「……それが美しく聴こえるとァこれいかに、だべなァ」

「その辺も、紫毒姫狩りの間に調べられるといいんだけど」

 

 四人でアイテムの指さし確認、最終点検。初めての相手はいつだって緊張する。同時に、喉が震えるような昂りも。

 

「さて、ではこれの出番だな」

 

 メヅキが腰ポーチから取り出したのは、遮光のため褐色に加工された小さなビン。千里眼の薬だ。

 日光で成分が壊れてしまうほど繊細で貴重なアイテムではあるが、千里眼の薬を飲めば第六感が冴え、モンスターの位置を探ることが出来る。紫毒姫を野放しにする時間をなるべく縮めたいので、今回は使用することにする。

 

 一つだけの目を閉じ、独特の風味を鼻からすーっと吐き出せば、遠く、遠く。

 ……密林の中央部であろうか。苛ただしげに闊歩する気配が一つある。きっとあれが紫毒姫だろう。

 

「エリア3。これは、とんでもなく図体の大きな女王様だ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 リオレイアに限らず、モンスターは普通外敵を見つけると、威嚇のために身構えたり咆哮を行う。

 だが、この紫毒姫は別。細い木々の隙間から目ざとくこちらを見つけるなり敵視して、突っ込んできた。

 

「一歩が、大きい!」

 

 とっさのスライディングで、頭上を(かす)める翼をやり過ごすシヅキ。一歩一歩は緩慢に見えるが、それは目の錯覚だ。距離があると思った次の瞬間、次の一歩は想像もできないくらい接近していた。

 

 そんな紫毒姫の脚に、しゅぱ、と軽い発砲音。木陰の暗がりにわざとらしいピンクの着色の粉が広がる。同時に、独特の匂いも。

 ペイント弾が撃ち込まれれば、狩猟の火蓋は切って落とされる。いや、先制を預けてしまったために、既に彼女によって落とされていた。

 

(む、既に頭部が破壊されている……?)

 

 メヅキが目をつけた通り、その紫毒姫は頭や顔に大きな傷を負っていた。甲殻が砕けていて、血は止まって久しいようだ。

 既に着いた傷を叩けば、確実なダメージを与えられるに違いない。

 

「前衛ら、頭だ! 頭を狙え!」

「ゴアアッ!」

 

 対して彼女の、通常のリオレイアよりも二回り低い声。

 地の底から這い上がって来るようなその声に、シヅキの胸に本能的な恐怖が滲むが、噛み殺して素早く前転した。一拍遅れて、往復して来た黒紫色がその場所を通過する。

 

 通常の飛竜や鳥竜種は突進を終了するのに腹を地面に擦り付けることでブレーキとするが、雌火竜リオレイアの特徴はそれを必要としないこと。それほど下肢の筋力が強いのだ。

 それゆえに突進後の隙が少なく、次の動作を繰り出すのが素早い。

 

 これは彼女も例外ではないが、通常種よりも明らかに隙が短い。

 己の突進が誰にも当たらなかったことが分かるとすぐに突進をやめ、振り向きざまに牙を剥き出して襲いかかる。その狙いは一番近くの、深い緑に輝く甲冑。

 

「……おれだべな」

 

 アキツネはジェネラルパルドの銃槍を展開するのではなく、冷静に盾だけを構えた。角度を微調整すれば、身体中に走る衝撃。牙が盾とこすれて金属音が腕に伝わる。

 

「っしゃアァ!」

「ナイス、行くよっ!」

 

 盾に牙を引っかけ、気合を入れれば紫毒姫の顎をかち上がる。首元に空間を開いた。

 そこへひゅうと滑り込む白い風、ヒドゥンサーベルによる三度の斬撃。傷に重ねるように、確かに叩き込まれた。

 

 アキツネがモンスターの動きを阻む間にシヅキが急所を斬る。ハルチカは揺動と乗り攻防の絡め手役、メヅキは後方援護と、狙撃によるコンスタントなダメージ蓄積。《南天屋》四人の、堅実な基本の立ち回りだ。

 この戦法で、リオレイアも含む様々な種類のモンスターと、何度も戦ってきた。

 

 しかしそれゆえに、この相手は違う、と。切った瞬間、背筋を得も言えぬ違和感が駆け上がり、アキツネとシヅキは目を見開いた。

 

「ゴオオッ――!!」

 

 紫の大輪の花のように、その身を空に踊らせた。

 

 ――のが見えた、ということはその時頭が勝手に上を向いたということだ。

 次の瞬間は、視界の天地が勢いよく入れ替わる。アキツネとシヅキはその巨大な尾に下から打ち据えられたのだ。

 

 リオレイアの代名詞ともいえる、サマーソルト。通常種なら左右の翼の力をバランスよく伝えるため尻尾の軌道が垂直に一筋になるが、あれは斜めの軌道が組み合わさった複雑なものだ。そんな芸当をすると通常種はおろか、翼を持ち空を飛ぶ動物はたちまち墜落してしまうだろう。

 

 おまけに通常種のサマーソルトは飛びながら狙いを定めて放つが、この紫毒姫は脚が完全に地に着いた状態でサマーソルトをやってのけた。通常種よりも発達した筋力を備えている、ということか。

 

「ぅ……!?」

 

 立ち上がろうとして、アキツネは膝裏の装備の隙間から何かが体に刺さっているのを感じた。傷は深くないが、動かすと焼けつくような鋭い痛みがある。獲物を的確に弱らせるための、毒の棘だ。

 リオレイアは雄火竜リオレウスと比べて雌である以上、どうしても体力に劣る。彼女らは太古からの進化の過程で、毒を身に着けているのだ。

 

 しかし、この痛みはレベルが違う。黒狼鳥イャンガルルガのよりも、影蜘蛛ネルスキュラのよりも、核に麻痺のような重みがある痛み。

 横を見やれば、シヅキのベリオSメイルから露出した腕に黒い棘が刺さって苦しんでいるのが見え、アキツネはヘルムの中で冷や汗を垂らした。

 

「二人ァ解毒を!」

 

 派手な装備で二人を紫毒姫から隠すように、ハルチカが共に躍り出る。しゃらりとスニークロッドの鈴が鳴り、ヴァル子が素早くエキスを回収した。

 紫毒姫の紅い(まなこ)が己を捉えるのを見るなり、紫毒姫を中心に弧を描くように、一気に駆け出した。立て直しの時間稼ぎに気を反らすためだ。

 

 シヅキにはやや及ばないものの、ストライドが大きい彼はヴァル子の白エキスも手伝って十分な速度を出す。紫毒姫の体の向きが、ハルチカを追って完全に変わった。

 

「グルルルル……!」

 

 木々をすり抜け、矢継ぎ早に襲うLv.2通常弾に瞬きしたのが隙となって、紫毒姫は次の瞬間ハルチカを視界から見失う。

 どこだ。左右、股下、後ろ。足踏みしたところで、頭上から鋭い急襲を受けた。

 バルバレ地方に伝わる狩りの戦術、通称『乗り攻防』のはず、であった。

 

「乗ッ――()ぅ!?」

 

 間一髪スニークロッドの噴出機構を強引に作動させて、直接の着地を防ぐ。が、ハルチカの体じゅうに突き刺さるような痛みが攻め立てた。

 

 モンスターに乗るときは、種類にもよるが可動範囲が広い頭や翼、尾ではなく、背中に乗るのが常識だ。

 しかし、ハルチカが乗ったその背は、紫毒にぬらついた棘にびっしりと覆われていたのである。通常のリオレイアとは比較にならないほど発達したそれは、ハルチカの体を容赦なく傷つけた。

 軽く頑丈なミツネS一式装備が棘の貫通は防護してくれたが、染み出た毒にじわりと傷が腫れていくのがわかる。

 

「くッそ、しくじった……!」

 

 受け身を取れず無様に着地し、装備の隙間から棘の刺さった左腰を丸めて、這いずるように距離をとる。

 影と圧が背後から迫るのを感じたが、それらがハルチカを打つよりも速くアキツネの堅牢なジェネラルパルドが割り込み、受け流した。

 

「ハル、腰!」

「すまねェ、流れ持ってかれちまッた……!」

 

 心拍数が上がれば毒も体を巡り、一気にアキツネとハルチカの呼吸が荒くなる。メヅキが散布してくれる生命の粉塵も、気休めにしかならない。

 

 狩猟を有利に進めるコツは掃くほどあるが、そのうちの一つに狩猟の流れがある。気持ちや雰囲気の問題ではあるものの、こちらの連携や連撃に相手が翻弄され、上手く嵌められるような状態だ。

 

 無論それは相手にも言えることで、相手の思うがままに狩場を支配されることもある。狩猟とは、いかに環境と心理を操るか、こちらの流れとあちらの流れのせめぎ合いとも言えるだろう。

 

 そして、狩猟の流れが今、完全に紫毒姫のものとなっている。

 

「――目ぇ塞げ!!」

 

 とうとう司令塔であるメヅキが、業を煮やして緊急用の閃光玉を投擲した。

 

 まともに食らった紫毒姫の悲鳴、たたらを踏む振動。

 一回目の閃光玉は、最も効果を発揮する。普通なら格好の攻めるチャンスを無駄にしているのだ。

 四人は慣れた大量の光を見ずとも感じながら、転がるように隣のエリア2へ撤退したのであった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 


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