黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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22杯目 ドレッドクイーンに拝謁を ふたくち

 

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「アキツネは怪我したのが膝裏であるから、リンパ節に毒が入っていないか心配だが……痛くなくなったのであればひとまず大丈夫だ。帰ったら医者にちゃんと看て貰おう」

「……すまねェ」

「シヅキのは……うむ。問題なさそうだな」

「薬売りの手当ってのはどうしてこうも痛いのかな……アイタタ」

「口開く余裕があったら薬草でも噛んでおけ」

 

 立て続けに三人分、空のビンが増える。回復薬グレートと解毒薬だ。

 《南天屋》四人のうち、出鼻から三人がまともに攻撃を食らってしまった。その三人は剣士なのが不幸中の幸いで、装備が軽いガンナーであるメヅキであれば一撃で拠点送りになってしまうだろう。

 

「いやー儂、細身で良かったヨ。横に広かったらもっと棘を食らってたサ」

「太った操虫棍使いが居るか阿呆。お前も軽口叩けるなら大丈夫だな」

「まぁ、なンとか」

 

 ハルチカはミツネSフォールドをずらして見せると、腰骨の出っ張りの上あたりに、赤く腫れた刺傷がちらりと覗く。

 通常のリオレイアをはじめとした一般のモンスターの出血毒は、内出血により黒っぽい紫色になるのに対して、紫毒姫の毒は腫脹と炎症で鮮やかな赤になる。劇毒だ。

 深い肉まで届けば、傷跡が残ってしまう可能性も。

 

 長年操虫棍を扱っていたはずのハルチカがまともに着地できなかったように、劇毒は貰えば強烈な痛みと動きの障害で、動きに大きく影響が出る。

 

「でも、どこかに隙が絶対あるはず。飛竜だからちゃんと股下は空いてるし、内股の太い血管を傷つけられれば……うーん、でもあの細かい軸合わせのサマーソルトがなぁ」

「……それだべ。ヤツ、股下に潜り込ンでも事前動作なしでサマーソルトをぶッ放してくる。正確さも段違いだべ」

 

 思わず傷をさするシヅキとアキツネ。最前線の二人は、足元全体を薙ぎ払うあのサマーソルトが相当(こた)えたようだ。

 否が応でも避けたい攻撃だが、さて、どう対処しようか。

 

「俺も後ろから見ている限り、俺達四人相手にターゲットが定められないような様子はなかった。集中力が散らない、非常に賢い個体だ」

「股下を攻めるのァ全然良いと思うが、奴サンの体の棘もどうにかしたいサ。まともに乗れねェし、そもそも劇毒でうかつに近づけねェ」

 

 四人パーティの悪いところは、それぞれに攻めたいポイントや言い分も異なること。どこから攻めればいいやら、四人は唸りながら考えあぐねてしまった。

 高い湿度に滴る汗を拭き拭き、偶然空を仰いだシヅキは、先ほど戦闘したエリア3から彼女が飛び立つのを見る。

 

「ん、あれ、話題の紫毒姫じゃない?」

「あら、ホントさね。どこ行くンだい」

 

 彼女は強靭な足に、桃色の何かを掴んでいた。逃げ遅れたコンガであろうか。

 木陰からの四人の視線に気もくれず、密林の中央の洞窟へ優雅に飛んで行く。

 

「捕食なら狩ったその場で行うのが普通だと思うが……安全な場所で食事をしたい性格なのか?」

 

 それとも……餌を与えたい相手がいるのでは。口に出さずとも四人の考えが一致した。

 

 洞窟の内部はモンスターの巣が多数あり、古龍観測隊の気球ではうまく観測することができない。

 ゆえにモンスターの不意の乱入も考えられるが、逆にそのモンスターの生活を詳しく知ることもできるかもしれない。

 

 狩るにはまず相手を知るところから、だろう。

 四人は立ち上がり、武器を背負い直した。

 

「こっそり拝謁させて頂きますか。――女王の、玉座を」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 中央に大きな天窓のような穴を持つ洞窟の、エリア7。

 野草やキノコ類が豊富に採集できる表とはがらりと変わり、こちらでは貴重な鉱石を見ることができる。

 

 そして、雨風をしのげる唯一の場所であるここは、繁殖期のリオレイア達の館でもあった。

 

「あちらサンに目ェ合わせンじゃねェよ。変に波立てると、乱入されかねん」

 

 高い天井の、エリアを囲う大きな岩壁の隙間のあちこちから赤く光る眼がじっと四人を見つめている。巣を抱くリオレイア達だ。 

 空間に入った瞬間に、一気に空気が冷えているのが防具越しに分かる。決して気温が涼しいだけではない。

 

 動物にとって目を合わせることは威嚇の意味。

 リオレイアはリオス種でも比較的温厚な性格とは言え、侵入者からそんなことをされれば黙っていられないだろう。

 ハルチカは、きょろきょろと視線をやるメヅキの後頭部を小突いた。……単純に、隻眼の彼は視界が狭いだけなのだが。

 

「……あそこ、いた」

 

 抜き足差し足、程なく歩いたところで禍々しい尻尾の棘がちらりと遠くに見えた。こちらに背を向けているようだ。

 ペイントの香りからしても、他のリオレイアではなく紫毒姫で間違いない。

 

「奇襲、かけるかい?」

「閃光玉かけむり玉でも使って……」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 しかし、シヅキは剣呑な言葉を吐くハルチカとアキツネを慌てて抑え、四人は岩陰に身を潜めた。口元に人差し指を当てながら、目線だけで紫毒姫の方に向く。

 

「彼女、鳴いてる」

 

 

 ――それは、音と振動、その間のような僅かな空気の震え。

 

 

「“竜の歌”だ……」

 

 一定の節で、拍が、調子が、抑揚が、繰り返される、繰り返される。

 彼女は、律動を刻んでいた。

 

「なんだ? ただの鳴き声、ではないような……」

 

 もしも、彼らリオス種に“コミュニケーション”があるとするなら。日常生活で見かける、鳥が仲間に語りかけるような鳴き声になるだろう。

 しかし、これは同じフレーズ、同じサイクル。

 語りかけるのに、同じ言葉を延々と話すだろうか。

 

 岩陰で縮こまっていた四人はもそもそと動き、こっそり身を乗り出した。そこまで近い距離でないためか、全く気付かれていない。

 

「“竜の歌”は、紫毒姫が……? 一体何のためサ?」

「うーん……子どもでもいるのかな?」

 

 紫毒姫は鳴くのを一度やめ、足に掴んだコンガの死体に口をつける。噛んで、顎を何度かしゃくるように上下させ、積まれた枝葉の中へ吐き出した。

 

「む……? リオレイアは顎の突起の管から餌を与えるのではなかったっけか……」

 

 気付き、訝しい表情になるメヅキ。思わずガルルガSマスクの上から、顎に手をやる。

 

 そもそも。雌火竜リオレイアの顎の棘は、内部が空洞になっている。

 咀嚼した獲物の肉を先端から吐き出すことで、幼竜にとっての授乳器の役割を持っているのだ。

 

 メヅキの発言に、三人の視線が彼女の口元へ行く。

 

 それは、狩猟対象であるモンスターであればよくあること。

 

 彼女は、体にいくつかの傷を持っていた。

 生活を送る上で、何度か争いや狩りを繰り返すことで自然に体につく、ただの傷。

 しかし、体の器官とは、必ず何かの役割があってその形に進化したものである。

 理解した瞬間、四人の喉がぎゅっと詰まった。

 

 傷は、脚の甲殻、翼の先端、尻尾の棘、顔。

 そして、彼女は()()()()を失っていた。

 

「クォ、クォ、クォ……」

 

 黒く変色し始めた血肉が、口元にこびりつく。それに対して喉奥で鳴る、慈愛そのものの様な鳴き声。

 またコンガの死体にかぶりつき、二、三度咀嚼。吐き出して、またかぶりつく。吐き出す。かぶりつく。

 

 人間の女で言えば、乳房を怪我したために授乳が出来ないようなものか。男である四人はあくまで想像しかできないが、それでも胸のあたりが痛くなる。

 

「あのように大きく切り分けただけの肉を、紫毒姫の子は食うことが出来るのだろうか?」

「……」

 

 答えは否。あの餌は多分、餌にならない。

 メヅキは、肩から下げている弾薬ケースから弾のセットを静かに取り出す。

 LV1貫通弾。彼のヒドゥンゲイズにおいて、速射によって最も高火力を発揮する弾だ。それは、音を立てずにヒドゥンゲイズの弾倉へ収められるも。

 今が好機だ、とは頭では判っているのに。

 

「彼女のそれは……子育てに(あた)うるか?」

「……っ、くそ」

 

 どうしても、引き金に指をかけられなかった。ヒドゥンゲイズの銃口は力なく下へ傾き、ざり、と地を擦る。

 その悔しそうなメヅキの様子に、シヅキはヒドゥンサーベルの鯉口を切りかけたまま凍りついた。

 

 ババコンガ達が人里に降りてきた原因は紫毒姫が暴れたからなのに、紫毒姫本人にはこんな事情があったなんて。

 結果として人間に被害が出ている以上、彼女は人間の敵だ。そしてハンターは人間である以上、人間の味方をしなければいけない。

 ……例え、彼女がどんな傷を、感情を、子を抱えているとしても。

 

「!」

 

 やがて、紫毒姫は頭をもたげ、こちらを見据えた。見つかったのだ。

 特殊な衣を装備の上から被ったりでもしなければ、同じエリアのモンスターはいつか必ずこちらを感知する。

 狩りにおいては基本であり、この邂逅をもってして攻防が始まるのだが――四人のうち最も早く動く役割のメヅキとシヅキは、このとき判断が一瞬遅れた。

 

 

 

 

 

「――ギアアァァァアアアア……!!」

 

 ――我が座を穢すものは誰か!

 そんな、彼女の叫び。圧に、動きが封じられる。続けて彼女の突進。身を隠していた岩ごと()き、四人は散り散りになってしまう。

 

「……! 位置着けェ!!」

 

 瞬時に指令を出せなかったメヅキ。司令塔の役は追って言葉を出さずともハルチカへ移行し、彼はよく通る声で怒号を飛ばす。

 体勢が整うまでまずはヘイトを引き付ける。ハルチカはヴァル子を飛翔させ、素早くエキスを回収。白と、赤とを早くも乾き始める口に流し込んで走力を高めつつ、一気に紫毒姫へ肉薄した。

 

「跳躍は……っとと、しちゃいけねェんだった」

 

 得意としている頭上からの急襲は、彼女の全身を覆う棘に阻まれてできない。ならば、地上戦を。

 突進から立ち直る紫毒姫の脚をスニークロッドで削りながら、目線を右側、戦車(タンク)役のアキツネへ。伝えずとも、彼は目線だけで呼応した。

 

「ッらぁ!」

 

 紫毒姫の顔面、傷に砲撃。一度では止まらずに、二度三度と続けて撃つ。目の前で爆ぜる炎にさしもの巨体もビクリと(かし)げば、一瞬遅れてひぅ、と駆け込む白の鎧。抜刀の勢いそのままに、ヒドゥンサーベルで紫毒姫の脇腹に浅く筋をつけていく。

 しかし、その太刀筋は彼女の脚を止めるに至らず、()なす構えごとはね飛ばされてしまう。

 

(……さては、この兄弟)

 

 彼の太刀筋に嫌な予感。瞬時にぐるりと視野を広げたハルチカは、前衛である己を追い越す弾がLV1貫通弾ではなくLV2通常弾であることに気づく。“攻め”の姿勢ではない。

 紫毒姫を視野から外さないように振り向けば、汗まみれになって射撃を続けるメヅキ。明らかに余裕がある様子ではない。

 

 彼らの、頭装備の陰。青と、緑の瞳はきっと。

 

(迷っている、ンさね)

 

 ハルチカは、シヅキとメヅキがハンターを目指した理由を、続けている理由を知っている。なぜなら、出会ってしばらく経った頃に、教えてくれたから。

 まるでこっそり握りしめている掌の中の宝物のような、その理由。大きくて、儚くて、まさに吹けば飛ぶような夢だった。

 語りの終わりに、ありがちだけど、と照れ隠しの言葉を口にする彼らへ、それでも足掻き、喘ぎ、荊棘(けいきょく)の道を歩むのかと聞くと。

 どこまでも澄んだ意志で『ウン』と肯定されたのを、今でも鮮明に覚えている。

 

 アキツネもあの時あの場に居合わせていたから、兄弟のことは十分理解している。

 もう一度見やれば、シヅキの綻びを庇うような彼の動き。カバー力の高さに改めて脱帽しつつ、ハルチカは今の状況を打破すべく足を進めた。

 

(なンだい、こういう時こそ儂がしッかりせにゃ!)

 

 陣のゆがみをなるべく緩衝するように、紫毒姫の気を分散させて大きな破損が出ないように。印弾とヴァル子を操りながら、視野を広く保つため中距離に位置どる。

 しかし、ハルチカのやりくりも虚しく。紫毒姫は足元に張り付くアキツネを越し、シヅキに尾を振るって毒の棘をばら撒く。

 

「――ッ!!」

 

 声にならない悲鳴。シヅキはヒドゥンサーベルを構えて往なすも数の暴力に体をがりがりと(こす)り、また、地面に刺さるそれらによって足場を縫い留められた。

 次に尾を翻したかと思えば、狙いは中距離のハルチカを無視して遠距離に位置どるメヅキへ。彼は寸前に前転の回避をするも、巨体ゆえの凄まじいリーチで縦の軌道に尾が叩きつけられる。()の、軌道。

 

「ぐあぁッ!?」

 

 受け身も取れず、ぐしゃりと地に半身が埋もれた。嫌な食らい方。

 潰れてもヒドゥンゲイズを離さず握ったままなのはさすがハンターといったところか。

 

「シヅキ、メヅキ!」

「コイツ、攻撃する相手を選ンでやがる!」

 

 紫毒姫はハルチカとアキツネに目もくれず、シヅキとメヅキを集中して攻撃を始めた。それは、ハルチカとアキツネが取るに足らない存在だからではなく――実際、ハルチカのスニークロッドもアキツネのジェネラルパルドも紫毒姫を傷つけてはいる――彼らが一瞬だけ迷いを見せたからではないだろうか。

 

 つまり、彼女にこちら各々の心の内さえ読まれてしまっていた。

 

「あ――」

 

 ハルチカは仰ぎ、指さす。黒紫の翼を大きく広げる彼女の威風を。

 彼女は口、喉、器官――爆炎袋の内圧を一気に高め。

 

 どう、と。

 次の瞬間、嵐のような爆裂。炎をはらむ暴風がエリア一面を嘗め尽くした。

 

 

 

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