黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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23杯目 ドレッドクイーンに拝謁を みくち

 

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 空気が燃え立つ。

 

 シヅキ、ハルチカ、アキツネの装備は高熱に弱い。その風に触れるだけで籠手や肩当てに火がつき、肌が焼けた。高熱に強いガルルガS装備を着るメヅキも、岩壁に体を強く叩きつけられてしまう。

 陣形は、正に壊滅状態。咄嗟に撤退を指示しようにもハルチカの喉は乾いて声が出ず、ひゅうと息が吐き出されるのみ。

 

 やられたか。腹の底で冷たい石のように覚悟が固まる――が、しかし。

 

 ――グルルルル。

 

 急に紫毒姫の視線が振れた。明らかな警戒の声をあげて四人の前から踵を返し、向かうは洞窟の頂上、光が差し込む大穴。

 ハルチカは叫びそうになったのを、伏せながら喉へ流し込む回復薬グレートで抑える。

 

(紫毒姫が、もう一体……!!)

 

 大穴の(へり)、逆光の中でも赤く光る目。体に傷は少なく、今相手している紫毒姫より一回り小さいか。

 恐らく、若い個体。

 それでも通常種のリオレイアより大きな体躯は、気品と威厳に溢れている。

 

 依頼文には、狩猟環境は“安定”となっていた。ギルドの情報はかなり正確なので、あの紫毒姫は全くの新しい個体だ。

 彼女は、人間に危害を積極的に加えるような個体でもない。だから、新たな狩猟対象とならないよう――刺激をしないよう、今は伏せて二頭の動きを伺うのが吉だ。

 

「ゴワ、グアアアァァァ――ッッッ!!」

 

(ま、この状況ではどちらにせよ身動きできねェが!)

 

 咆哮が洞窟内に重く響き渡る。岩壁はビリビリと震え、巣を抱くリオレイア達がにわかにざわめく。

 紫毒姫――四人が相手していた()紫毒姫は、怒りに任せて絶えず炎を口の周りに纏いだす。さながら口紅のごとく。対して新たに姿を見せた紫毒姫――()紫毒姫も、貴族の女が衣装の裾を摘まむように大きく翼を広げる。これは威嚇を示す皮肉か。

 

(あァもう場が荒れちまう、外野のリオレイアもどうか怒ンないどくれ!)

 

 ハルチカが身を低くして岩陰に転がり込んだ瞬間に、翼が風を切る落下音、衝突音。

 ばりばりばりと若紫毒姫の脚の爪が地を、老紫毒姫の体を引き裂き、代わりに老紫毒姫の毒の棘をいくつもその体に受ける。人間があの数、深さで刺されば貫通、即死だろう。

 改めて、この密林の生み出した女王の強大さを目の当たりにする。

 

 ハルチカは岩陰でうずくまり、この乱闘が収まるまでただ息を潜めることしかできなかった。

 

 

 

 

 所変わって隣の隣、そのまた隣の岩陰。

 

 

 右腕を抑え、厳しい表情で様子を伺うメヅキの元にシヅキが転がり込んできた。老紫毒姫の強力なブレスで、最前衛の彼はここまで吹っ飛ばされてしまったのだ。

 

「む。お前、その傷は……」

「大丈夫かって? 君こそ大丈夫じゃないでしょ。さっき尻尾で打たれたときに腕やっちゃったな、こりゃ」

 

 二頭から目を離さずに、メヅキに回復薬グレートを手渡すシヅキ。気が利くことに、腕に負担がかからないよう蓋を開けている。

 だがそんな彼も無傷ではなく、装備の端が焦げて肌の露出したところは赤くなっていた。軽度の火傷だ。体の所々に毒の棘も貰って、充血し腫れた傷がついている。

 自分も回復薬グレートを飲みながら、ぽつりと。

 

「あのお母さん紫毒姫、なんだか巣を護ってるみたいだね」

 

 メヅキはその言葉にハッとした。思わず顎に手をやる。

 

「巣……そうか、巣を護っているからほとんど動いていないのか」

「?」

「ほら、あの母……というか大きな紫毒姫。小さい方から攻撃を食らっても全然突進やサマーソルトをしないし、尻尾を横に振り回しもしない。体が大きい故巣にぶつかってしまうのか……なるほど、合点がいった」

 

 それで、縦の尾の振り下ろしを俺は食らった訳か。

 固定すれば大事には至らない、とメヅキは応急用の三角巾で右腕を――結局左手だけでは上手くできず、シヅキに縛ってもらいながら思案を巡らす。確かに老紫毒姫は、巣を背にしてその場を離れようとしない。

 動きの小さい噛みつきやタックルで応戦するも、若紫毒姫を追い出す決定打には至らず。

 

「お母さんが大変な時に、お父さんはいないのかな」

「……」

「だいじょぶ。可哀そうがってる場合じゃ、ない」

「あぁ、俺もわかっているとも、この成り行きは自然に任せることであって、弱いと食われてしまう世界ということは。

 ……でも、でもだ。あぁくそ……こんなの、すごく、悲しくなる」

 

 ぐし、と二人は手の甲で鼻を擦った。ただ、ただそれだけだ。

 やがてメヅキは両頰をバシバシと叩いて気合いを入れる。

 

「どちらにせよ、今はあの若くて小さい方の紫毒姫にここから出て行ってもらわねばならんぞ」

 

 まずはぐるりと状況把握。ハルチカが潜んでいるのは多分隣の隣の、隣。派手な装備の端がちらりと見えている。アキツネはエリア奥の岩陰だ。ジェネラルパルドのてっぺんが覗いている。

 二人とも、ある程度は無事なようだ。

 

「――グオ゛オオォォッッ!!!」

 

 ひと際大きい老紫毒姫の悲鳴。若紫毒姫の尾の一撃に、左の翼爪が砕けた。

 低い姿勢を見せ続ける老紫毒姫を、一方的に抑え込む若紫毒姫。彼女は、ずっと防戦一方だ。

 

 メヅキはポーチに手をやる。

 閃光玉。若紫毒姫のみに当てるのは困難。ハルチカとアキツネに注意を飛ばすと二頭に居場所がバレる。

 こやし玉。他の巣を抱くリオレイアを懸念し、使用しない。

 罠類。切り札のため今後に残しておきたい。

 射撃。剣士三人に予備の弾を持たせているとはいえ弾の消費は抑えておきたい。また、適正距離からも離れているので威力はたかが知れてしまう。

 

「ならば、闖入者は彼女自身に追い払って貰う」

「了解です」

 

 シヅキが頷き、メヅキは手の内のそれを岩陰から投擲。

 ぶわ、と一気に立ち込める白に、若紫毒姫は一瞬たじろぐ。老紫毒姫はそれを見逃さず、白煙の中から低く飛び上がった。闖入者の太い首根っこを鷲掴みにすると全体重をかけて地に叩きつける。

 

 岩陰から飛び出したシヅキは、乱闘の中へ同じものをさらに二個、三個と投擲。狙って投げた分、より二頭の目を惑わす。彼女たちを中心に、足元を見るのがやっとなほど濃い煙がたちまちエリア一面を飲み込んだ。

 

「ゴ、グオォォ」

「グッ、グッ、グッ……!」

 

 霞んで見えるのは、天井の大穴から注ぐ光だけ。若紫毒姫はそこ目掛けて翼を広げると、老紫毒姫は逃がすものかと短く声を上げる。追いかけ、

相手を排除せんと空中でも足を、尾を振り回し、何度も岩壁に激突する。

 

 激しくもつれあいながら、やがて、彼女達は洞窟から飛び去ったのであった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 煎じて細かく挽いたツタの葉を仕込んだこのアイテム、けむり玉という。

 ツタの葉自体ではなく、乾燥させたツタの葉の白い汁、その灰が煙となる。とても小さい粒子のために、広がりが早く、また風に流れ去るのも早いのだ。

 この洞窟は案外、風通しが良い。

 

 このエリアもすぐに煙が晴れて、静けさを取り戻した。外野のリオレイア達も文字通り煙に巻かれて、都合よく興味を無くしたようだ。四人が洞窟に踏み入れた時に彼女たちの気が立っていたのは、四人達に警戒していたのではなく老紫毒姫が巣にいたからなのかもしれない。四人は、恐れるに足らずという訳か。

 

「これァ参ッちまうべなァ……イタタ」

「ッかァー……助かったサ、ありがとサン」

 

 二頭の激闘を目の当たりにし、ふらふらと岩陰から出てくるアキツネとハルチカ。各々頭装備を外し、洞窟の冷たい空気を熱くなった肺に取り込んだ。足元おぼつかない互いを小突いて支え合い、乾いて塩を吹いた汗を拭う。

 

 頭装備を小脇に抱えて見やれば、老紫毒姫が去った後の巣の前にメヅキがいた。同じく頭装備を外し、膝をついて手を合わせ、祈るように首を垂れていて。

 アキツネとハルチカが近づいてもそのままの姿勢で、どうしたサ? と声をかけられてやっと頭を上げた。

 

「あぁ、二人とも傷の方は大丈夫か。ブレスにやられただろう、すぐに看て――」

「……メヅキ、おめェ」

「いやね……何だい、それ」

 

 アキツネの鉄面皮、肩眉だけがぴくりと動く。その横、ハルチカは両の目尻を吊り上げながら、しなやかな長い指でメヅキの合掌を指し――巣の中へ向けられた。

 

 それは、干からびた黒い布のようになっていた。

 翼になるはずの腕と、まだ爪が揃っていない足。黒ずんだ皮膚。浮きだったあばら。閉じられた目玉は乾ききって落ち窪み、首は変な方向に曲がっている。

 それが、くしゃっと縮こまって、細い枯れ木の中にいた。——いや、あった。リオス種の幼体の、死体だ。

 

 そこへヒドゥンサーベルを納めながら、たた、と駆け寄ってきたシヅキ。洞窟の様子を見るために、周囲を一走りしてきてくれていたのだ。

 

「お待たせです、ひとまず小型モンスターとかは……って」

 

 シヅキは膝をついたままのメヅキに、そのまま先程のハルチカと同じように巣へ目線をやり――ぎゅっと固く目を瞑った。ゆるく息を吐きながら無言で膝をつき、首を垂れて、手を合わせる。

 

「……そう、そういうことだったんだね」

「彼女が歌を聴かせ、餌を与え、面倒を見ていたのは……。自然のしわざとは、なんと……残酷であることか」

「うん、うん……そっか」

 

 シヅキはゆっくり目を開くと、触ってもいい? と断ってから、巣に手を伸ばす。被さっていた落ち葉を払って、それを手に取った。下に敷いてある枯れ木ごとそっと包み込むように、丁寧にすくいあげる。

 紙のように、軽い。

 

「すげェ、屋台で売っている干物みてェさ」

「だべなァ。ハァ……小ッせェなァ。卵の大きさからしても小ッせェ」

「乾燥しきっているから、死んでだいぶ日が経っている。この環境だと虫なぞに食われてしまいそうなものだが……彼女がきちんと護っているのだろうな」

 

 加えてこの巣が構えられた場所、洞窟の中でも天井の穴で風通しが良い。蒸し暑い表と異なって涼しく快適な環境が、死体をきれいな姿のまま保っていた。

 

「保存状態の良い死体は、格好の研究材料となる。紫毒姫から生まれたこの赤ん坊は、通常種のリオレウスやリオレイアとなるのか、二つ名を冠する固体となるのか……龍歴院から届いた資料には無かったから、まだ分かっていないのだろう」

「なら、これを頂戴すっぺや。龍歴院サ売れば高くつくべ」

「こいつを資料として先にベースキャンプまで持って帰って、狩り自体は龍歴院が後から派遣している他の団体(パーティ)に任せちまうのも悪くねェ。どうサ?」

「む……」

 

 黙りこくってしまったメヅキ。もう一体の紫毒姫が発見された今、ハルチカの提案がある程度合理的なのは考えれば分かることだった。

 しかし、代わってシヅキがおずおずと重い口を開く。ハルチカとアキツネの目線が、彼へ。

 

「この子、まだ、彼女のものだから……彼女を狩ってから、また、ここに来よう?」

 

 手の内のそれを巣へ返しながら、雪解け水を湛えたフラヒヤの湖のように凛とした表情のシヅキ。口調は伺うものでも、顔つきが提案の否定を許していない。

 

「……そう、よくぞ言ってくれた。俺のエゴでしかないのだが、彼女の真実を知る俺達で、彼女の狩猟をしたい。狩る相手の所以は少しでも知っておきたいし……知ったからには、彼女らの行く末を見たい」

「うん。それで、それは僕のエゴでもある」

 

 がしり、とそんなメヅキとシヅキの後頭部をアキツネは掴んで、無表情のまま思いっきりわしわし揺すった。その二つの頭を、ゴチン、ゴチンと叩いて茶化す。

 消え入りそうな声で真剣な顔つきのメヅキと、満足げで気合いに満ちたシヅキの並びは、なんだか妙ちきりんで。

 

「ハル、おれも他の団体に任すのァ癪だべ。……絶対ェ狩る。狩ッてからこいつを手に入れる」

「はぁ……アキまでかい」

 

 額にびたーんと手を当て、かぶりを振るハルチカ。溜息をつきつき、その場にべたりと胡座(あぐら)をかいた。続いて、シヅキとアキツネも。

 

「僕とアキツネは従うまでの前衛だよ」

「儂も提案しといてなンだが、お前サン達がそう言うなら儂も引き下がれねェなァ。狩猟の《南天屋》は……儂はあくまで舵取り(マネジメント)で、司令塔(イニシアチブ)こそお前サンだ。商人に二言は無ェ」

 

 にぱ、と笑うハルチカ。ずっと唇を噛んでいたメヅキの眉間の皺が、みるみる消えていった。三人に向かい合う形で、彼もすとんと座り込む。

 ハルチカは小脇に抱えていたミツネSキャップを装着すると、泡狐竜タマミツネを模した仮面の口がぱくりと開く。

 

「んじゃア、一丁お仕事と行きますかい? エリアは隣の3、ペイントの匂いが消えかかッてらァ」

「うむ。龍歴院が他のすかたん団体をノロノロ派遣してる間に、サクッと終わらせよう」

「元気出したと思ッたら楽しそうだねぇ、ハルチカもメヅキも」

「わかりやすいべなァ、そりゃア動きも奴に読まれっぺや」

「だぁッて儂には司令塔の役は似合わねェんだもん。儂は狩りのときにゃ頭使いたくねェ、メヅキの指示の方がいい」

 

 冗談めかして駄々をこねるハルチカに、自然と場の空気が穏やかになる。彼は、これも計算して言動を選んでいたり、いなかったり。

 

「大丈夫だ。俺が……俺達がさっき迷ったのは、彼女を狩猟すると育てている子はどうなってしまうのだろうと懸念したから。しかし、子は既に死体であった。これほど空恐ろしい真実があるか」

「みんな、さっきは迷いをみせちゃってごめんね。次は、絶対に上手く動いて見せるよ」

 

 ふたつ数えるほど両目をぎゅっと瞑ったメヅキとシヅキは、次には狩人の目に。これまでいくつもの命を刈り取ってきて、これからもそれを厭わない、賭け値無しの狩人の目であった。

 

 

 

 数刻後。

 再戦の準備を終えて洞窟を去る前に、四人はもう一度、巣の彼もしくは彼女に深く腰を折る。合掌。

 《南天屋》は、命を頂戴するときにこれを行わないと、その夜の飯が抜きになる。

 

「お前の死は、無駄にはしない。お前はここで土に還れもせずに時を過ごすのではなく、人の役に立ってもらう。だから、その前に。

 ――俺達は、お前の母を討ち取ってみせよう」

 

 

 

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