黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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24杯目 ドレッドクイーンに拝謁を よんくち

 △▼△▼△▼△

 

 

 

 ざく、ざく、とグリーヴ達が砂を噛む。音は、()()分。

 岩壁にへばりついていた竈馬(かまどうま)なんかが、ザザザとどこか消えていく。

 

 洞窟から北へ出ると、エリア3。湖に面した砂浜とがあり、比較的開けたエリアだ。

 降り注ぐ午後の陽を浴びるその光景に、二人の歩みが止まった。

 

「……」

「──……」

 

 あらゆる植物が、全て枯れていたから。

 

 葉は色あせて──葉緑体ごと細胞が死んで、茎や枝はぐずぐずに組織を壊され、抉られたような傷から樹液を血のように垂れ流す樹木もある。

 

 当然ながら、鳥や虫の姿があるはずもなく。

 この毒が染み込んだ草木が土に還れば、その後大地はどうなるだろうか。想像は(かた)くない。

 

「紫毒姫の毒は、動物だけでなく植物にも作用するのか」

 

 隻眼には、急な明るさが堪える。目を糸のように細めてメヅキが呟いた。

 隣に立つのはシヅキ。口を開くと、ややかすれた声。

 

「紫毒姫は、どうしてここまで強い毒を持つようになったんだろう」

「わからない」

「密林は、どうしてこんなモンスターが住んでいても消えないのだろう」

「……わからない」

「あの紫毒姫は、どうして戦おうとするんだろう」

「……」

 

 どんなに把握したつもりでも、ヒトにはまだわからないことが、たくさんある。わからないままでいいことも、わからない方が楽なことも、たくさんある。

 それでも探り、知り、考え、命の終わりに寄り添うことこそ、二人が“狩り”を続けている目的の一つである。

 

 

 毒に一面焼けたエリア、その中央。

 若紫毒姫が立ち上がる。自らも傷つきながら老紫毒姫を踏みつけ、更に戦意を削ごうと翼を広げて見せている。

 

 じゅく、じゅく。

 グリーヴの底が、死んだ草木を噛む。

 

「あの紫毒姫──やたらデカい紫毒姫は、もう子育てができん。きっと今が、あの巣の世代交代を迎える時なのだろう」

「そうだね。ある程度歳をとっているのとか、コンガの肉を与えていたのを見ると……もしかしたら、あの巣で何匹も子供を育ててきたのかな」

「あぁ。だが自然界では、どんな理由であれ子供を残せなくなれば死を待つのみだ。彼女はあのまま若い個体に殺されるか、死体に肉を与え続けてくたばるか──ここで、俺達に狩られるか」

「三つ目が一番合理的だろうね。僕らなら、彼女の体を土じゃなくてお金にできる」

 

 じゅく、じゅく。

 グリーヴ達は、淡々と歩みを進める。

 

「グラルルル……」

 

 踏みつけられる老紫毒姫の喉元に噛みつこうとした若紫毒姫は、しかし、鋭い気配と共に歩み寄る二人に気が付いた。肩越しに横目で一瞥し、すぐにひらりと身を翻す。

 こちらも賢い個体だ。不毛な争いを避け、戦いの場を譲ることができる。

 聡明な彼女は、あっさりとどこかへ飛び去って行った。きっとまた彼女は、あの玉座──巣へ挑むだろう。

 ここ密林の、新たな若き女王となるために。

 

「ガアァ、ガァァッ!」

 

 無様に起き上がりながら、その背へ虚しくも吠える老紫毒姫。追おうとするが、彼女の前にざくり、と。グリーヴ達が立ちはだかった。

 彼女は、赤く燃える眼で睨む。

 

 

 先程、心の隙を見せた二匹。

 今はもう隙が無い。向ける目は、先程の若き闖入者(ちんにゅうしゃ)と同じ。 

 自らと、自らの子と、自らの安寧の場を(けが)さんとする目。

 

 さぁ愚かな獣らよ、牙を私に向けてみせよ。再び、へし折ってくれよう──!!

 

 

「ッオオ!?」

 

 しかし、バインドボイスはぶつりと中断させられる。目に当たった弾と、強い臭気に驚きたたらを踏んだ。

 ペイント弾だ。瞼が反射で閉じきる直前に命中させる、凄まじい速さと正確さの射撃。

 

「負ける算段の狩りには出まい。勝つ狩りにしよう」

 

 カシャン、とヒドゥンゲイズに別の弾が装填された。次いで、雨のように弾が降り注ぐ。

 バインドボイス下でも行動することができた彼の、身につけるスキル。通称、『耳栓』。ガルルガS一式装備に付随する性能で、バインドボイスによって体が硬直するのを防ぐ。

 続けて、硬直が解けたシヅキが動き出す。この硬直はどんなに熟練したハンターでも振り解くことはできないという。これを計算の上、動かなければならない。

 

「貫通弾ね、了解です!」

 

 弾の雨を避けきって──いや、弾の方が彼を避けているような。

 ヒドゥンケイズの速射対応弾、Lv.1貫通弾。“攻め”の指示だ。

 

 ジグザグに走って迫り来る火炎ブレスの軌道を迷わせ、猛然と斬りかかるシヅキ。首元へ上段の一撃を、若紫毒姫が与えていた大きな傷へ。

 抜群の切れ味を誇るヒドゥンサーベルは、分厚い皮膚の下、真皮と筋肉をぞりぞりと削いでいく。まだ、太い血管には達しない。

 しかし、顔の傷に斬撃を合わせようとしたとき、ガチン、と目の細かい甲殻に弾かれてしまった。

 

「ここ、肉質硬いな!」

 

 ぶん、と足元全体に払われる尾を、弾かれたヒドゥンサーベルにあえて体重を任せることでギリギリ()なす。重心が逃げないように振り上げ、横にステップしながら位置調整。

 硬い頭部ではなく比較的斬撃が通りやすい首や尻尾の内側を狙い、鱗や甲殻の隙間の肉を少しずつ確実に削っていく。

 

「いいぞ、そのまま!」

 

 メヅキがリロードのためにLv.1貫通弾の速射を切らせた瞬間、老紫毒姫がぐっと身を引く。一度食らったサマーソルトの構えだ。彼女は、こちらが苦手な動きを分かっている。

 対してシヅキはすかさずヒドゥンサーベルを構え──

 

「ふッ!!」

 

 半身を引いて、毒の棘にかすりながらも往なしきった。しかし。

 シヅキはこの時、構える腰が低くなってしまっていた。すなわち、すぐに次の回避行動に移れず。

 

「まだ来る!!」

「なッ──!?」

 

 ズドン、と斜め上への強い衝撃。

 小柄な体は簡単に吹っ飛び、枯れて倒れかかった木々を巻き込みながら落下する。

 

「ふ……、かはっ……!」

 

 打ち身に咳き込みながら酸素を必死に取り込む。一撃で、こんなにも意識が飛ぶ。

 加えて、毒による激痛。体のどこを負傷したのか、一気に感覚が狂う。

 

 本能の警鐘は鳴り止まない。今度はメヅキが駆け込み、シヅキを抱き庇う。どう、と三発目のサマーソルト。

 また大きく吹っ飛ばされ、二人共に天地が混ぜこぜになるほどもつれ合う。

 

「お前が土になっては困る、援護するからまだまだ体張って貰うぞ!」

 

 メヅキはシヅキの顎をこじ開けて水と漢方薬を突っ込み、立て続けに生命の粉塵を撒く。荒治療だが薬売りが調合する薬の効きは伊達ではない。霧散しかけた意識が戻り、たちまち身体中の痛みが鈍くなっていく。

 

「一発目は見切れたな! 次も行けるか!」

「……言われなくても!」

 

 シヅキが駆け出すのと同時に、またLv.1貫通弾の雨が降る。老紫毒姫の鱗が剥がれ落ちていく。着地で無防備になる瞬間に合わせて、ヒドゥンサーベルが閃いた。

 

 繰り出される顎を、牙を、尾を、炎を。

 リーチの大きさに対して距離は稼げても、隙の大きい前転回避はなるべく行わない。

 最小限の傷を負い、スタミナを削ってでも隙の無い往なしを動作の軸に、右へ左へ避けながら集中力を丹念に練り上げる。

 

 勇気を持って攻め続ける姿勢こそ、“ブレイヴ状態”。

 斬撃はさらに強く、鋭く、速く。

 

「来るぞッ!」

「グオオ──……!」 

 

 彼女が再び一歩下がったのを、シヅキは見逃さなかった。

 縦へ振り上げられる尾へあえて向かい、真一文字に──

 

「見切った!!」

 

 ふ、と裂かれた空気が鳴れば、完璧なカウンター。尾の棘が何本も切り飛ばされる。棘はバランスをとる役割も担っているのか、老紫毒姫は一気に体勢を崩して墜落した。

 足の指が何本か変な方向に折れて、水分を含む土が老紫毒姫の体を汚していく。

 

「……こんなになってまで、逃げはしないのかい。君は空を飛べるというのに」

 

 彼の小さな呟きは、誰も聞くことはなく。

 

 

 

 バチン! 倒れ込む老紫毒姫の体ので飛び散る火花。トラップツールが作動するサインだ。

 

「!」

「ゴ! ガ、ググッ!?」

 

 これは、シビレ罠。

 金属製の筒の中にゲネポスの麻痺牙を仕込み、踏み抜くとそれが体を穿つ。麻痺毒が神経を硬直させ、自由を奪うのだ。

 体のサイズに合わせて、このシビレ罠は特別に仕込むゲネポスの麻痺牙を三、四本ほど増やしていた。一本では毒の量が足りない見込みがあったからだ。

 

「毒には毒を、だよなァ!!」

 

 声の主は、陽を背に跳躍。シャリン、と軸の調整にスニークロッドを振れば、そのまま体を捻って落雷のように落ちる。

 Lv.1貫通弾が背の棘を払っていて、今度は傷を負うことなく騎乗した。

 

「ハルチカ、ナイスだ! まぁ毒の量の計算をしたのは俺だが!」

「カカカうッせェ! よく持ち堪えてくれた馬鹿兄弟!!」

 

 ハルチカの腰のハンターナイフがギラリと光り、紫毒姫の背を、うなじを、甲殻の隙間を滅多刺しにする。これにはたまらず、紫毒姫は声を上げて倒れ込んだ。

 

「アキ、やっちまえ!」

「そこ邪魔だべさッさと退けッ!」

 

 高笑いするハルチカを後目(しりめ)に前進する、濃緑の重鎧。盾と腰を低く構え、ジェネラルパルドの銃口を伏せる老紫毒姫の頬にぴたりと当てた。安全装置(セーフガード)を手動で解除し、レバーの一つを思いっきり、引く。

 

 ──響き渡る轟音。

 爆炎が彼女の頭部を、悲鳴をも一息に飲み込む。

 

 ヒトが竜の吐く炎を手にせんと夢見て、作り上げられたからくり。竜撃砲だ。

 傷を与えるメカニズムは砲撃と同じく、圧と衝撃を伴う炎はどんなに硬い鱗も、耐熱性を誇る甲殻も一度に貫く。

 

 老紫毒姫は鼻や口から血を吹き出し、頭角や突起はボロボロと崩れていく。

 もう、まともな原形を留めていない。

 

「……ン、二人とも待たせたなァ」

 

 彼女が焼かれた顔を地面に擦りつけて呻いているのを窺いながら、アキツネは振り返った。セルタスSヘルムの隙間から、彼の林檎(りんご)林檎色の目が覗く。

 

「けほっ……ハルチカにアキツネ、ご苦労だ。罠は仕掛け終わったか?」

「あたぼうヨ。お前サン達こそ、結構追い詰められていたじゃねェの」

「減らず口を。お前が乗れたのは、俺が彼女の背の棘を排除していたからだ」

 

 ハルチカとアキツネは、老紫毒姫の出現が予想されるエリア全体にあらかじめ罠を仕掛けるべく、狩場じゅうを駆け回って来ていた。

 軽い調子で話しかけるハルチカだが、老紫毒姫の足止めをシヅキとメヅキに任せた人こそ、他でもない彼だ。

 

「いや、シビレ罠ホント助かりました。ありがとハルチカ」

「メヅキは素直じゃねェなァ。シヅキを見習いなさい」

 

 シヅキとメヅキは老紫毒姫を逃さないように追う役、ハルチカとアキツネは罠要員。配役の理由は、ハルチカが罠の扱いに長けているのも理由の一つだが、老紫毒姫の背景に寄り添える二人こそが彼女の足止めに向いている、というアキツネの提案も大きい。

 ハルチカとアキツネは、この兄弟が心に負けて老紫毒姫に返り討ちにされていればそれまで、と賭けていたのだ。

 

「ま、その顔見るに上手く割り切れたようだ」

「賭け、成立しねがったな? おンらィ(おれ達)二人とも……こいつらならできる、って方に賭けちまッたンだもの」

 

 ハルチカとアキツネは、嬉しそうに獲物を構えた。

 

 

 

「クオオォォォ……!!」

 

 ずり、と体を引きずって老紫毒姫が立ち上がる。互いに満身創痍だが、ここからが狩猟の佳境だろう。

 部位破壊は、あくまで過程だ。

 

「いざいざ! そんなにシケた調子では、相手をするにも面目立たぬ!」

 

 ガション、と次のLv.1貫通弾が装填するメヅキ。手持ちのものは全て打ち尽くして、先程シヅキのポーチから予備を受け取っていた。

 ハルチカとアキツネのポーチにも、予備の弾がいくらか入っている。

 

「んん~ッ、お前サンの啖呵は効くねェ! 手前(テメェ)らが背負ったそれは!」

()()()()()!」

()()()()!」

 

 迅竜素材の刃が、銃口が、再びもたげられてギラリと陽を反射する。

 それを横目にタマミツネを模した仮面の下で、また高笑い。

 

「ン! 儂にゃトンと判らねェがその心、(いき)(スイ)モンだ! 憎いぜ兄弟ッ!!」

「「そりゃどうも!!」」

「ハル、おれはッ!?」

「ニブチンめ、手前も憎いったらありゃしねェ!」

「っしゃアア──!!」

 

 アキツネも、ジェネラルパルドを大きく振って吠える。気を買うよう、老紫毒姫への挑発だ。

 彼女が若紫毒姫を追い続けたり狩場の外へ逃亡させるのではなく、目の前の四人へ気を向けさせ続けること。これが、この狩りの肝心なところだ。

 

 

 

 ポ――ン……、ポ――ン…………。

 

 その時、頭上からどこか気の抜けた音色が聴こえてきた。彼らの呼吸が整い、疲労が僅かに回復する。

 続けて響く華やかな音色、勇壮なリズム。

 

「あれ、なにこれ」

 

 わきわきと思わず体をさするシヅキ。気分が何とも言えぬ沸き立ち方をして、集中力が流水で洗うように研ぎ澄まされる。

 

「ちょ、上! 上ーッ!!」

 

 ハルチカが喚くので、素直に見上げるハンター一同。傾きかけた陽が眩しかったが、逆光で黒く大きなものが()()()()()

 

 確か、あれは気球。しかも、気球観測隊のマークがでかでかと描かれている。それから、開け放たれた窓。

 狩猟中、モンスターの位置を教えてもらうために気球に手を振ることはよくあるが、今は逆に手を振られているとはこれいかに。

 

「あ──っ、何でいるんですか!?」

 

 

 

「「《スカスピ》さん――――!!」」

 

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 

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