黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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25杯目 ドレッドクイーンに拝謁を ごくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「危ないじゃないですか――っ! 紫毒姫、二頭もいるんですよ――!?」

 

 シヅキは気球に手を振って退避の合図を見せるが、《スカスピ》達の脇から竜人族の老人が顔をひょこりと覗かせた。学者の格好をしているので、どうやらこの気球の管理人のようだ。

 こちらに指をさして何かを大声で言っているが、なにせ遠いので言っている内容が分からない。しまいには気球のライトを点滅させ始めた。老紫毒姫がそれに気づき、気球の方をちらりと見やる。

 

「はァいはい、さっさと狩れってことかい!」

 

 意志を汲み取ったハルチカはヴァル子をスニークロッドの先に乗せ、(ヘイト)が散りかけた紫毒姫の横っ面にぶつけた。エキスが瞬く間に溜まり、ハルチカの身体能力を強化する。

 しかし、エキスの効果だけではない。次の一歩を踏んだ瞬間、ハルチカは体が驚くほど軽いのを実感した。

 

(って狩猟笛の旋律、すげェ!)

 

 流れるような連撃。スニークロッドの突く刃で、返す刃で、紫毒姫の胴に滑らかな曲線の傷を描いてゆく。猟虫が音楽を理解するのか不明だが、ハルチカの動きに合わせて飛ぶヴァル子も心なしか勢いがいい。

 

「ン、攻め時だァ!」

 

 その反対側で、アキツネがジェネラルパルドを突きながら位置を調整、強力な溜め砲撃を二発。

 ジェネラルパルドの砲撃タイプは拡散型。爆発の広がりが大きく仲間を吹っ飛ばしやすいことから、彼はシヅキやハルチカと位置取りが被っているときは斬撃メインの立ち回りをしている。

 その代わりここぞという時、砲撃タイプの中でトップの威力を誇るそれを容赦なく叩き込む。

 

 旋律で集中力が研ぎ澄まされ、ジェネラルパルドのトリガーを握る手がベストのタイミングをはじき出す。

 

「ゴアアァァ……!!」

 

 老紫毒姫は二歩下がってアキツネに軸を合わせ、チャージ火炎ブレス。

 これまでなら強固な盾でガードをしていてさえ高熱を感じていたが、それさえも緩和されている。『火属性防御強化【小】』の涼やかな旋律だ。

 

「これ、おれが厨房で煮込みすッときにも欲しいべなァ!」

「どういう意味サ!?」

 

 アキツネは小言を呟きながらリロードし、砲撃を再開。黒い硝煙が立ち込める。

 

「さぁ、相手は《スカスピ》さんじゃなくて、僕たちだから」

 

 そして、『火属性防御強化【小】』の旋律の恩恵を目一杯受け取った者がもう一人。

 枯れた草木を押しのけながら広がる炎の下、潜り抜けた白刃が煌めいた。遅れて、老紫毒姫の花弁のような肩の甲殻ににひびが入り、割れる。

 

「オォ、オ゛アアァッ!?」

 

 旋律が無かったら、見切りながらそのまま焼け焦げていただろう。

 火気に弱いベリオS一式装備のために完全な無傷ではないものの身体能力は依然であり、カウンターを放ったその刃を切り返して、連撃に繋げる。

 

 上空から、旋律が重ねがけされてゆく。重ねれば重ねるほど、強靭に。旋律は重複すれば『律動』となる。

 ――懊悩(おうのう)せず進め、狩人。

 その『律動』は、そう聴こえた。

 

 四方から攻撃を浴び続ける老紫毒姫は、まずシヅキに目をつける。先程、迷いのために足を止めたのを理解しているのだろうか。彼女の足元全体をさらうように、毒棘がぬらつく巨大な尾を叩きつける。

 何度も見た、動き。

 

「っ、ここ!」

 

 それを、往なす。生温かい毒液が頬をかすめる。

 ト、トンと素早く一足飛びで位置調節しながら、尾を引き抜く彼女へ真一文字に刃を走らせる。

 その太刀筋に、もう迷いはなかった。

 

「ギァアッ……!」

 

 老紫毒姫はグッと腰を引いた。瞬時に反応したハルチカは後転し、アキツネは盾を構える。

 ぐるり、一撃。大地が掬われた。それに真正面から見切りきった気刃斬りが、閃く。

 

 空転しきったその後寸時、老紫毒姫の異様なホバリング。

 もう一撃──、メヅキが注意を叫ぶ前に、老紫毒姫は翼膜が裂けた翼をぶわりと大きくはためかせた。くそ、間に合わないか。一瞬だけ射撃が止んだ。

 

 ──しかし。

 

「来いっ!」

 

 彼女の更なる一撃は標的を捉えられずに断ち斬られる。

「ゴアアッ!?」紫毒姫の悲鳴、衝撃音。巨大な尾が、翻る気刃斬りでへし折られるように落とされた。真っ二つに割れた毒腺から飛散する、毒液。

 

 たまらず平衡感覚を崩して墜落する巨体すらもかわして、シヅキは一息で踏み込む。一歩、二歩、三歩目で大きく振りかぶった垂直の斬撃、巧みに体重移動を前から──

 

「りゃあぁぁっ!!」

 

 ──後ろへ、ヒドゥンサーベルを一気に引き抜くように一閃。煌めく軌道が陽を反射し、半円を描いた。(つよ)く、美しい半円。

 

 剛・気刃斬りⅢ。  

 絶頂に達した集中力によって成されるその一撃は、太刀使いのハンターの間でそう呼ばれる。

 それは右大腿の裏の肉を鋭いV字に抉り取り、大きな血管も傷つけた。大量の血がどぼどぼと溢れだす。

 

 引き際は淡々と。老紫毒姫が完全にふらつきながら立ち上がる頃には、しっかりと呼吸を整えていた。

 老紫毒姫の紅の瞳はシヅキを睨むが、焦点が揺れてもはや精気が残っていない。狩猟の流れは完全に《南天屋》側に傾いている。

 

 状況を完全に把握したのか、遂に彼女は崩れるように尻を地に落とした。その顔は、どこか泣き出しそうな雰囲気もあって。

 表情なんて、竜は持っていないはずなのに。

 

「──もう、いいかい」

 

 もはや一歩も動かない老紫毒姫の鼻先に、シヅキは彼女に睨まれながらもヒドゥンサーベルの切っ先を突きつける。それは彼の厳しさか、優しさか。

 

 今回の依頼は撃退ではなく討伐であり、老紫毒姫の命を完全にハンターの手で断たなくてはならない。

 青色の目を細めて、その喉元にヒドゥンサーベルの切っ先をスッと近づける。その手つきは、これまで何度も何度も繰り返し、慣れきったもの。

 

「……オォ、オォオオ……ッ」

 

 怯えた声。まるで、だだをこね、ぐずる。傷ついた翼を地に震わせて、嫌がる。

 シヅキは無言で、彼女の喉元に刃を当てた。──が。

 

「待て」

 

 いつの間にか後方から近付いていたメヅキが、その腕をそっと制していた。

 

「彼女は、巣に戻りたがっている」

「……情けを、かけるの」

「情けではない。彼女は、まだやらねばならんことがあるだろう」

 

 ぐ、とシヅキの腕を掴む手に力がこもる。どこかやりきれない気持ちで、シヅキはヒドゥンサーベルを納めた。

 

「……巣へ、帰りなさい」

 

 通じるはずのないメヅキの一言で、老紫毒姫はもたりもたりと体を起こし、飛び立つ。

 そびえ立つ木々に何度も体を打ちつけ、血を垂れ流して、やがて洞窟の方角へ消えていった。

 

 振り返ればハルチカとアキツネは既に得物を納め、遠巻きに二人の事を柔らかい目線で眺めていた。

 メヅキはそんな彼らに、生真面目にも深く腰を折る。

 

「もう少し……もう少しだけ付き合ってほしい」

 

 ハルチカとアキツネは、口の端を吊り上げた。

 

「彼女の最期を、見届けよう」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 最期の意地。追手を撒かんと、いくらか遠回りをするも。

 この体、容易く彼らの隠した牙に引っかかる。

 勘は明らかに鈍ってしまい、

 

 

 ──お母さんだよ。今帰ってきたよ。

 

 かつて自分も、愛する母からその律動を聞かされた。

 しかし、もう、声は出ず。胸が燃えて張り裂けそうだ。

 

 血を失った足が、膝が、崩れてゆく。

 揃えていた背の棘は全部撒いて、ひとつも残らず。痛みに背中を丸めれば、腺から毒液が滴り落ちる。その毒液で、自らの傷が焼けてゆく。

 尾を畳もうとして、欠けていることに気がづいた。

 視界から、色が抜ける。腹の下にいるはずの、愛する我が子の姿は見えず。

 二度と空を掴めぬ翼で、子と、自らの体を覆った。せめて、寒くないように。

 子を潰さないように気を付けながら、ゆっくり体を横たえた。血だまりで体が汚れた。

 夫と協力して作ったこの玉座は、座ればいつだって安心できた。

 

 愛する我が夫は……いつしか姿を見なくなった。そう言えば。

 

 ──お母さん、疲れてしまったみたい。

 

 

 

「……やはり子ども思いなのだな」

 

 近づく足音が四つ。二つの足で歩く者どもだ。遠くにはもっとたくさんの足音がする。

 追い払う気力はとっくに無く。やめろ、寄るなと怒れる声も、火で焼けた喉を削るのみ。

 ぎらりと鈍く光る冷たいものが、喉元にあてがわれる。

  

「お疲れ様でした。責任持って、僕たちが糧にします」

 

 

 ──老紫毒姫が最期に見たのは、手を合わせる彼らか、己の子か、果たして。

 

 

「狩猟成功。……メインターゲットを達成しました」

 

 

 

 

 

 民間では、ハンターの顔として華々しい狩猟の姿がよく語られている。むしろ、それ以外の側面はほとんど語られることはない。

 

 しかし実は、どんなに苛烈な狩猟であっても狩り終えてからが本番。商売を兼業するなら、なおさらだ。

 すなわち、剥ぎ取り。モンスターという命をモノに変換する作業――と表現するのはいささか横暴であろうか。

 

 ──きちんと黙祷を終えた《南天屋》四人。

 彼らは、剥ぎ取りの前にも必ず手を合わせる。これはバイトアイルーにも義務であり、怠るとその日の夕飯は抜きになる。

 ちなみに、飯を食う前にも必ず手を合わせる。これも怠ると飯を抜かれる。

 

「アキツネ、手伝いお願い」

「ン」

 

 シヅキの呼びかけに、軽くアキツネが応えた。

 剥ぎ取りをするとき、料理人がいると楽である。料理人は、肉や走行や臓器の位置をよく知っているからだ。

 

 アキツネは剥ぎ取りナイフで紫毒姫の首の皮を一気に開き、筋肉を指でさくさくと裂いていく。シヅキはそこに水筒の水で血を流しながら、頸動脈、外頸静脈を探し当てる。すぐそばを走る神経を傷つけないように、剥ぎ取りナイフでプツン、プツンと切る。

 血が流れ始めれば終了。あとは放置し、まだ僅かに動いている彼女の心臓の力だけである程度血抜きができる。

 

 この間、およそ十から二十。手早い血抜きが素材の鮮度を保ち、ひいては良質な素材を提供できる秘訣である。

 

「……ふぅ。血抜きできるまで、あともうちょっと待ってね」

「了解。ではその間に、俺はサブクエストの方をやっておく」

 

 メヅキは今回、龍歴院やハンターズギルドの研究機関からのサブクエストとして、紫毒姫の毒腺の採収を引き受けていた。絵描きができるハルチカは、簡単なスケッチを。

 二人は腰のポーチからハンターノートを取り出し、サブクエストを遂行すべく再び動き出す。

 

 こうして、現場はまた盛況に。忙しく、けれども狩猟を達成した安堵感がゆるやかに流れるこの雰囲気を、四人はどことなく好いている。

 

 

 

「……《南天屋》の皆さん」

 

 そこへ、洞窟の砂を踏む足音が複数。振り返れば、オクターを始めとした《スカスピ》とそれに続く気球観測隊の隊員たちだ。

 彼らもこの狩猟の功労者。ババコンガがグロム・バオム村を襲撃したところを発端と考えれば、むしろキープレーヤーと言えよう。

 パッと笑顔になったシヅキが、ズボンについた泥を払いながら答える。

 

「《スカスピ》さん! 本当にお疲れ様でした」

「とんでもない。俺達よりもあなた達の方がボロボロじゃないか。村の者でもないのに……」

「まぁ、普段お世話になってるハンターズギルドから“コレ”かかってますから。龍歴院からも来てます」

 

 バツが悪そうに首を少しすくめ、人差し指と親指でマルを作るシヅキ。なるほど、報酬金が高額なのか……とオクターは察する。

 

「あれ、気球はどこかに停泊させて来たんです?」

「そう。さっきのエリア3に、モンスターの姿がいないことを確認して停めて来たよ。まぁ操縦してたのは彼らなんだけど」

 

 二人が見やれば、気球観測隊の隊員は老紫毒姫の周りにワッと集まり、興奮気味で口々に何かを議論している。デカートやデシベル、スコアの姿も。竜人族の老人と口論しているのはメヅキだ。鉛筆とハンターノートを振り回して、身振り手振りで何かを主張している。

 

「彼らね、紫毒姫を長年追っていたんだって。なかなか人前に姿を現さないから、今回二頭も見れて……気球の中はもう物凄かったよ」

「へぇ~。僕もハンター歴それなりですけど、紫毒姫の名前は聞くだけでした。ハンターの間だけじゃなくて、観測隊の間でも珍しいモンスターだったんですね……って」

 

 そこでシヅキは言葉を区切る。二、三秒置いて、オクターに糾弾を始めた。

 

「どうして村で待機してなかったんです!? 気球観測隊の方々もですけど! 普通、村で待機しますよね!?」

「あ、うーんと……ごめん。気球観測隊の人がどうしても責務を果たすんだ! って言いだしちゃって」

 

 まなじりを吊るシヅキに、思わず苦笑するオクター。

 

「迷ったんだけど、やっぱり俺達がガキの頃から聞かされていた言い伝えの正体だから、俺達も行きたいって思ったんだ。このためにハンターになったのかな、とまで思ったし」

「えぇ~……まぁでも、観測隊の方が言しっぺならまだ良かったんでしょうか……?」

「ちょっと無理言ったけど、観測隊の気球の中を見たことなかったから貴重な経験だったよ。それに、結果的に言い伝えの正体……紫毒姫が歌っているところを生で見れたしね」

 

 二人は話しながら、ざく、ざくと砂利を踏んで賑わいの方へ向かう。その背に注目する、遠く遠く洞窟の岩壁の隙間から、己の巣を守るリオレイア達のいくつもの目。

 恐怖の女王(ドレッドクイーン)の玉座が今、崩れたのだ。成り行きを、固唾を飲んで見守っていた。

 

「あのさ、“竜の歌”って誰から教わったんだろうね」

「はぇ?」

「なんかさ、何度も調子を繰り返す様が何かの曲みたいだけど、ちょっとさえずりみたいにも聞こえたんだ」

「さえずり……鳥の、ですか」

「うん。あれって、親から代々教わるんだよね、俺達が前からある有名曲を楽譜見ながら演奏して、また別の楽団がいいなって思って、練習して、演奏するみたいに。

 ううん、ちょっと違うな。鳥は、親からさえずりを教わって、練習して、歌えるようになって、恋人をつくって、今度は子に教える。もしかしたら、あの紫毒姫のも……太古からずっと同じフレーズが繰り返されているかもしれない」

 

 鳥と竜の習性は違うかもだけど。そう呟きながらもう一度、観測隊たちに囲まれる老紫毒姫の死体に目を向けるオクター。その目は、子育てを終えた父親の目で。

 

「……どんな気持ちで、彼女は子に歌っていたんだろうね」

 

 先程の笑顔とは打って変わった無表情のシヅキだけが、そんなオクターを見つめていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 洞窟からエリア3に出れば、湖に映る夕日が煌めく。水鳥の群れが影をかたどる。

 その眩しさに《南天屋》、《スカスピ》、そして気球観測隊の隊員の面々は手で影をつくり、目を細めた。

 

 ……あ。

 

 誰かが空を指さす。それは、水鳥ではなくてもっともっと巨大な──でも、老紫毒姫よりは一回り小さな翼。

 それはエリア2の方から洞窟の方へ悠々と向かい、あの天井の大穴へ消えていった。

 

 

 

 その日の夜は、グロム・バオム村からでもずっと“竜の歌”が聴こえていたという。

 

 討伐されたはずの老紫毒姫のと、音程も調子も寸分違わぬ“竜の歌”が。

 

 

 

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 9,000UA↑、お気に入り70↑、その他たくさんの評価と、ご愛飲の皆さんのおかげでエタることなくひっそり一周年を迎えることができました。
 本当にありがとうございます:(;゙゚'ω゚'): ラーメン屋のポーズ。


【挿絵表示】


 老紫毒姫を制した≪南天屋≫、それから≪スカスピ≫にはまだやるべきことが……
 密林じゅうを巻き込んで勃発したこの事件に、終止符を打ちます。

 次話も是非ご賞味ください。
 
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