黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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幕間チェイサー③
28杯目 『 振るえ、泥裂く白刃を 』上


 

 

 

 寒冷期。冬も、真っただ中。

 

 すっかり落葉を終えて禿()げた木々は、冷気の中でもどっしりと佇んでいる。

 今は昔、ここ──大社跡には、雷をつかさどる神さまが住まわれていたのだとか。

 

 

 

 なんて大層なおとぎ話を、彼女らはいざ知らず。

 

「キエエエエェェェェ──!!」

 

 響き渡ったのはモンスターではなく、ハンターの雄叫び。

 手の皮が破れんばかりに強く、両手のそれを握りしめる。

 

 鉄蟲糸(てっちゅうし)。銀髪の少女──ハンターの何倍も大きな相手をがんじがらめにしてねじ伏せ、運動能力を支配しきった。

 

 鎌鼬竜(れんゆうりゅう)オサイズチ。細身の体躯に夕焼け色の体毛、長い尾の先には銘のごとく大振りの刃。

 ガルクの相棒が周囲の子分──イズチを牽制していた。

 

 ハンターは鉄蟲糸を思いのままに操る。

 右へ! 左へ! 岩壁や廃屋に激突して、オサイズチの体に次々と傷が刻まれてゆく。追い詰められたようなその息遣いに、思わずハンターの口の端が吊り上がった。

 

 ぶつかった衝撃で、鉄蟲糸が少しずつちぎれ始める。そろそろタイムリミットだ。次の動作が最後になるだろう。

 ……だが。

 

「ギュワアァァッ!?」

 

 がくんがくん、ハンターの体がいきなり揺さぶられた。一つにまとめた長髪がばさばさと顔に当たって痛い。

 オサイズチが藪から現れた何かに驚いて大きくたたらを踏んだのだ。その拍子に鉄蟲糸も完全に解け、振り落とされてしまった。

 翔蟲受け身を取りつつ、急いで状況確認。

 

「何が──って、ガーグァ!?」

 

 彼らはたいてい西の水辺に住んでいる。普通は、東の山道エリアであるここにいるはずがない。

 倒れ込むオサイズチをひょいっと軽快に避けると、背に乗せていたものが──『ああぁぁぁ!!』と悲鳴を上げながら勢いよくぶっ飛んでいった。

 

 そう、ここにいるはずないのだ。普通は。

 けれどこのガーグァ、どデカい赤リボンとハミや手綱、鞍を身に着けている。

 

 オサイズチの動きを警戒しつつ駆け寄ってみると……ぶっ飛んだのは人。男だ。革のブーツや羽の耳飾りは、この辺りで見られない格好だった。

 

「お、おい。ここは狩場だ。一般人が立ち入るところじゃない」

 

 声をかけると、涼しい顔のガーグァを支えによろよろと起き上がる男。ひとりで立ち上がれたのであれば、大事には至っていないだろう。

 オサイズチと子分らは、遠巻きからこちらを睨んだまま襲ってこない。再び戦闘することより一旦退くことを選んだようだ。

 

「あいたたた……おや、これはハンターさん。背負っているのは太刀ですね?」

「……あぁ?」

「小型鳥竜種に襲われているところを助けていただき、どうもありがとうございます」

 

 ゆるんだ表情で、ご丁寧にも頭を下げてみせる男。

 先をそろえたクセっ毛の黒髪に、青い瞳。背はそれほど高くない。いぶかしむハンターに、鞄を背負い直した男は地図を広げてみせた。

 

「僕は急ぎの用事で『カムラの里』に向かう途中なのですが、道はこちらであってます?」

「……ん? まぁ、そうだけれど」

 

「おっと名前を……僕はシヅキと申します。このガーグァはカン子さん」

 

 そうしている間にも、オサイズチたちの騒ぐ声は遠くなってゆく。頭上のフクズクの挙動を見るに、狩場の外へ立ち去ってしまったようだ。

 つまり──クエスト失敗、である。

 報酬金や素材はおろか保険金さえ没収、なにより依頼を任せてくれた里の皆に顔が立たない。

 

「『閑古鳥(カンコドリ)が鳴く』のカン子です。このひとは物静かだけど」

「グアァ~ッ」

「えー、あなたのお名前は……」

 

「っっ……!!」

 

 

 

 ──今は! そんな場合じゃないんだ!

 

 雪鬼獣ゴシャハギもかくや。

 顔を真っ赤にして怒るハンターに、ガーグァ……カン子は大きなあくびをぶちまかした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 集会所じゅうが、重たい雰囲気に包まれる。

 

「各地に大陸各地で赤く輝く彗星が観測される現象、各地のモンスターが寒冷期にも関わらず活発化する現象……」

 

「これを解明するプロジェクトを、龍歴院はこう名付けました。

 ──“恐れ見よ、赤き災厄の凶星を”」

 

 男……シヅキの話に、みんながにが虫を噛み潰したような表情になった。提灯の仄かな灯りが面々に深い影を落とす。

 

「それで、あなたが龍歴院から派遣されたということですね。研究員として、大社跡に散らばる『彗星のカケラ』を調査するために」

「ですが今、大社跡ではオサイズチの群れが大規模化しています。赤い彗星の影響なのか……狩猟環境も不安定ですし、丸腰で出歩くのは危険かと」

 

 心配そうな様子のヒノエにミノト。竜人族の彼女らは、この里の受付嬢だ。

 

「まさか移動中に狩猟へ出くわすなんて……焦りから、こちらの予定を前倒しにし過ぎたせいです。申し訳ありません」

「困りましたね……腕に自信のある里のハンターは、みな出払っておりまして」

「狩猟を待ってからの調査では期日に間に合わないのでゲコか?」

「はい、どうも予定がカツカツでして……」

 

 これまた竜人族のギルドマネージャー、ゴコク様は顎ひげをなでた。

 ぺこぺこと申し訳なさそうに頭を下げる男に、また面々の表情が暗くなる。

 

 ……

 ………

 

 柱の影。少女は顔をまた真っ赤にした。

 

(くそ、腹が立つ……!!)

 

 里の重役たちが、よそ者の男一人に振り回されている。なんだこの現状は。

 

 睨みながら最大金冠サイズで注文したうさ団子をひといきに頬張り、串までばりばり噛み砕く。

 隣で同じく団子をかじる相棒が、くぅんと切なく鼻を鳴らした。串は食うなよ、と言っている。

 

「おぉそうじゃ。オサイズチの狩猟を、おぬしにも協力してもらえばいいのではいいのではないでゲコか」

「え? 僕ですか?」

「名案です、ゴコク様! 龍歴院の頼りによれば、あなた様もツワモノのハンターだとか。装備の貸し出しもいたしますし」

「では、こちらで報酬金もしっかり用意しておきましょう」

「えぇ、お金の話を出されると弱いんですけど……」

 

 なんとあの男、ハンターだったか。だから初めてこちらを見たときも、武器の種類まで言い当てられたというわけだ。

 

「大社跡の案内として一人、期待の新人を同行させましょう。といっても、あなたを里まで連れて来た者ですが」

「そこでお話を聞いているでしょう?」

「!!」

 

 まさか自分の存在がバレていたとは。思わず肩が跳ねてしまう。

 いや、というか、風向きが悪い気がする。

 

「文武両道、眉目秀麗。里の期待の新人、“猛き炎”の一人でゲコ。ささ、自己紹介を」

 

 これは願ったり叶ったりとホクホク顔のゴコク様、ヒノエにミノト。これほど彼らを恨めしいと思ったのは、十八年の人生を生きてきて初めてだろう。

 三人の熱いまなざしに耐えられず、柱の影から一歩踏み出す。続けて、相棒も。

 

 ばさりと銀の長髪がなびいた。

 

「……私はイヨザネだ。“イヨ”で構わない。こっちのガルクの名は、ヨボロ」

 

 ワフン! 晩の空色の相棒は、嬉しそうに返事をした。

 

 

 

 

 

 

「……なーんて、いい具合に言いくるめられてしまったものの」

 

 ゴコク様たちの主張は分かる。

 

 百竜夜行の影響で、この里に訪れる観光客がぐっと減ってしまったのだ。観光業というのは人が人を呼ぶものである。このままだとカムラの里が世の中の認知から消えてゆくのはまだ良くて、最悪、災禍の里として知られてしまうしれない。

 シヅキという旅のハンターをおもてなしすることで、世に対する里のイメージを少しでも改善させようというわけだ。

 

 

「ったく……私は新人だから、里の事情だとか出払っている“猛き炎”たちの尻ぬぐいをさせられているんだ。早く新人の肩書から脱して未知のモンスターと出会ったり、狩りの腕を磨きたい」

「ワン、ワオーン!」

 

 そのおもてなしの一環として、イヨたちは修練場に来ていた。しぶしぶゴコク様たちの言いつけで、だ。

 ざぁざぁと滝の落ちる音、細かい水しぶきがこの時期にはやや肌寒い。負けじと管理のアイルーたちがせっせと働いていた。

 

「たはは……イヨさんの言う尻ぬぐいってのも、ごもっともだね。ヨボロ君もごめんよ、つき合わせることになっちゃって」

 

 もう一つ最悪なのはこの男、シヅキ。ウリナマコのようにふにゃふにゃしていて、とにかく()りが合わない奴なのだ。

 

 先程、集会所でゴコク様にうさ団子を奢られたときも、完食しきれずヨボロと泣く泣く半分こしていたし。

 翔蟲の扱いは下手くそで、疾翔(はやが)けを教えようにも──すごい技術だ、と感動していたが──すぐにボテリと落っこちるし。

 メイン武器は、思いっきりダダ被りだし。太刀二人なんて、狩猟中の立ち回りはどうしてくれる。

 

「ぶきっちょめ、アンタはいつもどうやって狩りに向き合っているんだ?」

「うぅ、すみません……明日の狩猟は頑張ってついて行きます……」

「フン。せいぜい私たちの邪魔をしたり(オツ)らないことだ」

 

 なんでも、ハンターズギルド間を行き来する際は装備品やハンターランクの申請がとても複雑らしい。たいていのハンターは持ち物を一新して新天地に赴くのだという。

 

 シヅキもそれなりの装備を持っているが、拠点の街に全て置いてきたと言い張っていた。そんな彼は今、貸し出しのカムラノ一式装備を着ている。

 これもイヨとお揃いで、かなりの気まずさがあった。

 

「では、最後にヨボロ……ガルクの乗り方を説明する。やれってゴコク様に指示されているからな」

「ワン!」

 

 嬉しそうに返事をする相棒。

 その背にひらりとまたがれば、背筋を伸ばすと視点がうんと高くなる。イヨの太腿の下、毛皮の下で、温かな筋肉がうごめく。肋骨が開いて、閉じて、ゆるやかな呼吸が繰り返されている。

 血が通っている彼に乗ると、確かな『生』を感じられる。イヨは、ヨボロに乗るのが好きだった。

 

「ほらアンタもやってみろ。ヨボロは賢いから、どんなに運動神経が悪くても大丈夫なはずだ」

 

 シヅキに促して、乗せる。彼の力んだ太ももや腰がプルプルと震えているのが、生まれたてのケルビみたいでちょっと笑える。

 当のヨボロはきゅんきゅんと鼻を鳴らす。

 

「なんか悲しそうだけど、何て言ってるの?」

 

 イヨは少しためらった。口を開く。

 

「──“シヅキはデカケツ”」

 

「キャヒィィン!!」

「こらっヨボロを太腿でぎゅーするのはやめないか!!」

「僕は傷ついた! これはめちゃくちゃ傷つ(いた)ぁぁッ!?」

 

 弱点特攻、嘆くシヅキの尻をしばいてヨボロから降りさせる。けれど、ヨボロは尻尾をぱたぱた振っていた。

 ──そう言えば、彼は里の外からやって来た人を乗せたことがなかったんだっけ。

 

「フン、ガーグァなんぞに乗っているからケツがデカくなるんだな。世間ではガルクをオトモにしないのか?」

「うーん……南の地方のモガってところでは奇面族をオトモにした例もあるみたいだけど、牙獣種のガルクなんて聞いたことなかったな」

「なんだ、知らないのはもったいない。私たち“猛き炎”……里のハンターにとっては欠かせない存在だというのに」

 

 ため息混じりに虚へぼやくと、シヅキは少し考えた後にぽんと手を打った。

 

「じゃあさ、イヨさんが広めればいいんじゃない? 旅のハンターになって、自分の足でさ」

「……は?」

 

 思わず、気の抜けたな声が出た。

 滝の音がひと際大きくなったように感じる。

 

「居つきのハンター業もいいけど、旅のハンターも捨てがたいよ。色々な自然環境やモンスターに、人間、考え方に出会える。出会いの数だけ、発見があって──」

 

「ふざけるな!! 里は今、たびたび発生する百竜夜行で手一杯なんだ! そんなのん気なことができるか!!」

 

 自分でも驚いた。自分の声が思った以上に大きかったこと、言葉のとげとげしさに。少し恐ろしい気持ちにもなった。

 けれど、いちど滑った口は止まらない。

 

「私は早く“猛き炎”たちに追いつきたくて、技術を磨きたくて、それで里の皆を守りたくて……だから、そんなハンター業なんてっ……」

 

 頭の中も、言葉の順番もぐちゃぐちゃだった。

 自分がなぜハンター業をやっているのか、何を目指しているのか、どうやって狩りと向き合うのか。気持ちを言語化できないのがとても悔しかった。

 

 ヨボロも耳と尾を垂れ、じっとイヨの言葉を伺う。イヨの心情を察しているようだ。

 困ったように彼の背をなでてやりながら、シヅキは消え入るようなイヨの言葉を継いだ。

 

「そうか……そうだよね」

 

 いっそ、何か一言でも責めて欲しかった。その微妙な肯定こそがむしろ苦しい。

 

「無責任なことを言ってしまってごめんなさい。君は、とても熱い気持ちでハンター業をやっているんだね。“愛”があるっていうか」

「……フン、脳内ぱやぱやのデカケツ野郎め」

 

 今日はこれ以上この男の顔を見ていられない。否、こんな自分の顔を見せられない。

 顔を背けて修練場の中央を指してやる。次の言葉が出るまで、少しだけ時間がかかった。

 

「そいつ相手に、明日の狩りまで素振りでもしているんだな」

 

 動かぬからくりの虚ろな(まなこ)だけが、彼らをじっと見つめていた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ──やめて。水が濁る。水場を、荒らさないで。

 

 視界が反転する。頭を──最大の弱点である頭の皿を地に打って、意識がぐらりと傾いだ。

 底の泥が自重でえぐられ、清流がどんどん煙っていく。

 

 眼前の彼はのどを反らせ、寒空へと咆哮。

 あっ、と思ったときには、腹に左右から尾の斬撃を食らっていた。

 わたしの硬い鱗や甲殻は背中にしかない。水底を進むために腹は滑らかな皮膚になっている。鋭く尖った彼らの尾は、たやすくわたしの体を切り裂いた。

 

 痛い。やめて、やめてくれ──

 

 平たい手で払いのけても、短い尾を振り回しても、体の小さな彼らはまとわりついてくる。四方八方からの攻撃に情けなくうずくまるしかない。

 ざりざりと足の裏で砂を噛む感触がいやに冷たく、情けなく感じられた。

 

 頭上に重なる、甲高い勝鬨(かちどき)の喧騒。彼の足元にはずたずたに傷ついたケルビが、息も絶え絶えに血を流す。清流を赤黒く濁していた。

 

 彼は、精鋭のより何倍も大きな尾の刃を振り上げる。脂にぎらりと濡れるそれを食らえばひとたまりもないだろう。精鋭の攻撃でさえ、こんなに痛いのだから。

 

 恐怖に冷え固まる手足、思考。彼が力を溜める様子が、いやに遅く感じられるもので。

 しかし。

 

 果たして……彼の尾は振り下ろされなかった。

 彼はあたりを注意深く見回し、不本意そうに精鋭をなだめる。何か遠くの気配を感じ取ったのか、襲う気が変わったようだ。

 気に入っている水場を譲るのは嫌だけれど、この隙に退くしかない。

 

 わたしは彼らのようにすばやく走ったり、身軽に跳ぶことができない。

 足を引きずり、ほうほうの(てい)で岩陰に飛び込んだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 さく、さく、と枯草を踏む足音、二人と一匹ぶん。

 

「この緑の甲羅はアメフリツブリ、ソウソウ草のまわりを飛んでいるのはヒトダマドリ。後ろ足で白い土を転がしているのは、雪玉コロガシだ」

 

 午前の大社跡、冴えわたる空気が気持ちいい。絶好の狩り日和だ。……反して、イヨの気持ちはどんよりと曇っているが。

 しかし、これも里のためになる仕事の一環だから仕方がない。環境生物を見ることでなんとか機嫌を保っていた。

 

「知らない生き物ばっかりだなぁ。単にこれまで狩場で見ていても、認識してなかったかもだけど」

 

 ここは冬でも生命の息づく気配が濃い。藪の中や草の裏側なんかは環境生物たちの住みかだ。

 イヨが環境生物の話をするたびにシヅキはいちいちハンターノートにメモをとる。どうやら彼はメモ魔らしい。

 

「生き物を知っていると、ただの風景も面白くなるねぇ」

「彼ら環境生物の力を借りれば狩猟はだんぜん有利になる。もっと自然を知って駆使すべき……あ、アンタのそばを通ったのはエンエンク。毛がふさふさしたやつだ」

 

 

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「おぉ、エン……エン、ク?」

「それはブンブジナだ」

 

 一体どんな間違え方だ。ブンブジナの子供相手にしゃがむシヅキの頭をしばく。

 指示通りにエンエンクを猟具生物カゴに入れながら、彼はふとイヨに切り出した。

 

「君と一昨日会ったとき、君はモンスター……オサイズチの背に乗っていたよね。『乗り攻防』とは違ったようだけど、あれは一体どんな技術?」

「あぁ、『操竜』か。里に伝わる伝統的な狩りの技術だ。ハンターが唯一モンスターをねじ伏せられる力なんだ」

 

「『操竜』……」

 

 シヅキの目がわずかに伏せられる。まるで吟味するように、低い声で呟く。

 

「……竜を、操る。竜をヒトの手で操る、ね」

 

「なんだ、文句あるのか? 心が痛むハンターもいるようだが、そうでもしないと百竜夜行は乗り越えられないんだ」

「いいや、何でもないよ。見たことない狩りの技術だなって。その考え方にも納得です」

 

 ウリナマコのようなふにゃふにゃの表情に戻るシヅキ。しかしどこか取り繕っているようで、何を考えているかはイヨに推し量ることができなかった。

 

「じゃ、この狩りが終わったら乗り攻防の話をしてあげよう。バルバレに伝わる狩りの技術なんだよ」

「フン……あんまり興味ないな。なんと言っても私は、里の狩りの技術を磨くので手一杯だから……っと、これは」

 

 

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 二人と一匹が訪れていたのは狩場の西、水辺のエリア6。イヨは足元、川底の砂利に埋もれかけているそれを拾った。シヅキも続いて覗き込む。

 

「何だいこれ、モンスターの落とし物かな?」

「『輝く尻子玉』だ。精算アイテムだから持って帰れないけれど」

「玉!? レアアイテムじゃん。一生遊んで暮らせるお値段になるんじゃないの?」

「何言っているんだ。尻子玉は……」

 

「謎の臓器なんだぞ」

「え、何それ怖」

 

 だが、ハンターとしての本能は気配の名残を感じていた。どうやら落とし物は輝く尻子玉だけではなさそうで、ヨボロも鼻を地に擦りつけてにおいを嗅ぎだす。

 

「緑色……の甲殻のカケラに、血か。ケルビの死骸もある」

「これは河童蛙(かっぱがえる)……ヨツミワドウのものだ。好物のウリナマコためなら大陸……フェルジア大陸まで渡るほど食いしん坊の両生種で、水場を荒らされるのを特に嫌う」

「なるほど、水場に寄ってきた動物をぱくりと丸呑みってわけか」

 

 ふむふむとイヨの話をまたハンターノートにメモするシヅキ。少し首をひねった。

 

「ん? 丸呑みするのに死骸をわざわざ残しておくか?」

 

 その言葉にピリ、と本能が逆立つ。ヨボロが唸り始めた。

 

 

 

 ──その時。

 

 

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「キョン! キョン! キョエエェェ────!!」

 

 まさに、警鐘。耳をつんざくような遠く響く声。ざわりとにわかに狩場が沸き立つ。

 ふり返れば、山道から下りるのはかの竜、オサイズチたちだ。その左眉についた傷は先日イヨがつけたもの。同じ個体で間違いない。

 同じく先日倒した精鋭も補填して、奴らはこの水場を蹂躙するにふさわしい佇まいだった。

 

 墨を落としたような金の瞳たちが、こちらをぎろりと睥睨(へいげい)する。

 

「あいつ、縄張り争いした場所にわざわざ戻ってきたんだ!」

「それだけ自分の実力に自信があるってことね!」

 

 反射的に背のカムラノ太刀を抜刀する。挟撃の陣形で回り込むようにヨボロが、イヨと背中合わせにシヅキが。

 

「合わせる。好きに動いて」

 

 キン、と背中越しに彼の得物、鉄刀の(つば)鳴り。不思議と曇っていた気持ちが澄むような、血がたぎるような高揚感を──いやいや、イヨは小さくかぶりを振る。

 

 だって、こいつは。

 うさ団子もひとりで完食できなかったくせに。 

 翔蟲も使えないくせに。

 ヨボロに乗るのも下手なくせに。

 

 なにより、操竜を嫌がるくせに。

 

「──当然!」

 

 “猛き炎”の一人として、よそ者のシヅキに格好悪いところは見せられない。彼が動く前に駆け出す。

 

 先手必勝。一歩一歩蹴るごとに冷たい水しぶきがはねる。そのまま猟具生物カゴの雪玉コロガシを掴み、思い切り投げ──

 ……変な踏切をして、肩に力が入った。

 

「キエエェェェェ!」

「ぅひゃあ゛ァァァつめたぁさっむァァ!?」

 

 ──超変化球は、追いついたシヅキの背にクリーンヒット。飛び散る氷のカケラ、ころころ転がってゆくコロガシ。彼の絶叫は気持ちいいくらいに大社跡に響き渡った。

 むしろオサイズチたちの方がそれに驚き、警戒態勢になる。

 

「んなっ、ぼさっとしているからだ! 前見ろ!」

「はぇッ」

 

 悶絶しているシヅキが振り向けば精鋭イズチが二頭、尾を振り上げ迫っていた。なんとか地を蹴り寸前でかわすと、すばやく背の鉄刀を抜く。これも里の工房からの貸し出しだ。

 

 ところが、その刃先にバシッと当たる──宙を漂っていたホムラチョウ。

 人魚竜イソネミクニの眠り粉にも劣らない量の鱗粉が、二人の頭に降り注いだ。

 

「おごぅガハッごへぇっ!?」

「ゲホッゲホッ……ホムラチョウをそんなに強く叩く馬鹿がいるか! このデカケツめ!!」

「ごほっ、ごめんなさーい! でもデカケツは余計です!」

 

「──ワンッワンッ、アウッ!!」

 

 咳き込む二人の前にヨボロが割り込んで、オサイズチの目をくらませる。尾の一撃は狙いが外れ、水底の泥を深く抉った。

 その隙にヨボロはカムラガルノ鉄刀で斬りつけ、着実にダメージを負わせる。

 

「ナイスだヨボロ!」

「バウッ!」

 

 頼もしく返事をする相棒に視線を送り、ぎらりと抜刀。怯んだオサイズチの脳天へ大きく振りかぶる。しかしすんでのところで体をずらされ、毛束をザクリと刈り取るのみだ。刀身に皮脂がへばりつく。

 

「キエッ……!」

 

 いらついて、続ける横薙ぎにも力が入ってしまう。読みだけは当たって、オサイズチの脚を雑にえぐった。

 しかし、反撃。視界いっぱいに体毛の橙が映ったかと思うと、ぐるんと反転して冷たい砂利がぶちまけられる。体当たりで吹っ飛ばされたと気づくには、少しだけ時間がかかった。

 

「イヨさん落ち着いて、落ち着いて」

 

 対してシヅキは精鋭イズチの連撃をいなしているが、反撃は浅く決定打に至らない。むしろ、彼の方がすでにかすり傷を負っていた。

 

 私に声をかけている暇があるんだったら、さっさと精鋭イズチどもを処理すればいいのに。

 

 心の内で嘲笑半分、失望半分。ならば、自分がこの男の分までオサイズチの相手をしよう。

 

 再び足と腕に力を込めて、オサイズチへ抜刀二連斬り。突き、斬り上げ、斬り下ろし。

 集中力が徐々に高まり、気が練られていくのを感じる。

 

 ぶん、と首を狙ってくる大振りの尾をかがんで避け、オサイズチの軸足を突いた。がくりと体勢が崩れるのを見逃さない。 

 

 翔蟲を上空へ飛ばし、オサイズチの肉体を踏み台に。

 そのまま跳躍、ぐるりと反転する視界に任せて左足を重心に、右足で遠心力を増幅させる。

 

「キエエェェェェ──!!」

 

 飛翔蹴りからの、兜割り。太刀の技の中では最大火力を発揮する。

 

 しかし、一枚上手なのはオサイズチの方だった。穿(うが)つような斬撃は余裕をもってかわされ、大きな隙を晒してしまう。

 しまった、と理解するより先に──

 

「あぅッ……!!」

 

 やられた。

 オサイズチの尾に続けて、精鋭イズチのタックル。後頭部を突き抜けるような衝撃に視界が白く塗りつぶされる。倒れた拍子にめまいを起こしてしまったのだ。

 

「イヨさん……! ヨボロ君、そっちのイズチを!!」

 

 ぐわんぐわんと荒れ狂う感覚の遠くに、ヨボロの吠える声がするような。続けて肉を刃が絶つ音、イズチの悲鳴。攻めに転じたのはヨボロたちの方だろうか。

 なんとか視界がクリアになる頃には、オサイズチたちの背は虚しく山道に消えてしまった。

 

 追おうとするも、後からがしりと腕を掴まれる。シヅキだ。

 

「この、放っ……逃げられたんだぞ!」

「うーん、彼らはこっちをまだ脅威と見なしていない感じかな……それより頭打ったみたいだけど大丈夫? 気分悪いとか、ない?」

 

 見れば、彼の鉄刀の柄にはイズチの体毛と血がべったりとこびりついている。得物の手入れより先に体調を気遣われて、神経がまた逆だった。 

 イヨはようやく、掴まれた手をゆるりと振り払う。

 

「こんな怪我、これを飲めば大したことない。私に構わずオサイズチを追え」

「おっと、その応急薬はストップだ。急に吐き気が来るといけないから、しばらくは胃に物を入れるのをやめた方が……えーと、こういう時は」

 

 シヅキは腰の猟具生物カゴをごそごそ探り、アメフリツブリを取り出した。両腕に粘液がくっつくのも構わず地面に置くと、アメフリツブリは背から緑色の霧を吹き出し始める。

 

「おぉ。こりゃ便利だね」

「……」

 

「さっきの大ジャンプ、すごかったよ! オサイズチを蹴るところなんかエリアルスタイルにも似て……でも翔蟲の力なのかな? ちょっと違った」

 

「スタイルにも狩り技にも、あんなのは見たことない。この狩りが終わったら修練場で見せてほしいな」

「……フン」

 

 心身ともにじゅくりと沁みる。傷を癒すアメフリツブリの霧か、シヅキの言葉か。

 

「外した技だ。あえて言及されると逆に気分が悪くなる」

「あぅ、これはスミマセン。でも技の失敗は恐れずに次もやってみよう。僕も(ヘイト)稼いでサポートするから」

 

「──イヨさんなら、できるできる!」

 

 彼は笑顔で拳を握って見せた。

 ぷつりと鉄の味。思わず噛み締める唇が破けた。

 

 精いっぱいの反発心で無理やり立ち上がり、ヨボロの襟巻を掴む。彼は少し抵抗したけれど。 

 

「フン。後からチンタラ追ってくるんだな」

 

 沁みる痛みを振り切るように、面舵いっぱい。一人と一頭は、すぐにトップスピードに乗った。

 

 

 

 

 

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