きべん【詭弁】(「詭」は、欺く意)
本来つじつまを合わないことを強引に言いくるめようとすること。
→詭弁を弄する
本来は間違っていることを、色々と理屈を付けて正しいかのように思わせるような主張をすること。
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空との境目が見えるくらい広い金色の草原の中に、一本の赤土の道。
人の足。荷車の車輪。それをけん引するものの蹄――。
通った者の、なんと多く、さまざまであることか。
幾年もの間に固く固く踏み固められた、一本の赤土の道。
ハンターズギルドの定めたフィールド、遺跡平原を望む道は、商売の聖地バルバレ方面へ伸びている。
草が刈られている、ちょっとした小脇。
バルバレ方面を背に、運搬用にしてはやたら肥ったガーグァとボロの荷車が停まっていた。
「採算が~合わねェ~ どうしてェ~ 何度計算しても~♪
買い付けに行った双子かなァ~
それともウスノロ板前かァ~♪
交通費の申請をォ~ あ奴らミスってやがるコリャ~♪ 」
青年は妙にいい声で流れるような抑揚の調子を口ずさむ。
パチリ、パチリ。小さく金の装飾の彫り込まれている、古びた
時々、短くなった鉛筆で伝票に数を書きとりながら。
伝票の端っこには青年の隣で眠る猟虫の姿が、落書きされていた。
口を尖らせて歌いながら、手は止まることがない。
「このままじゃ経費から落ちませんよォ~ 交通費は自腹切ってもらいますよォ~♪
……っと、イイ感じのお客様だ」
ふと青年が眩しさに目を細めると、遠くから
およそ飛竜の体長三つ分ほどの規模。大きめだ。
そこそこ上等のアプトノスに引かせていて、作りの良い荷車。
彼は落書きをくしゃっと雑に畳んで懐に収め、よっこらせ、などとジジ臭い掛け声をかけて立ち上がる。
荷車の積み下ろしできる一部を展開して麻布を敷き、木箱を机代わりに。
街中で見かける地面に直接豪華な布を敷いて商品を置くような、ましてや屋根のある屋台なんて大層なものではない。
それでも、何かもののやり取りをする場所はどんな姿だって“店”なのだ。
『 臨時露天商やって
――下手くそな字で、遠くからでもはっきりわかるほどでかでかと書かれた簡素なのぼりが、昼下がりの風にはためいた。
端にはナンテンの実と葉、そして黒星が、字とは真逆で綺麗に描かれている。
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「『幸運』を表すナンテンの実に――『不運』を表す黒星? 変わった
「失礼いうなヨ
「へぇ。なんだか不吉じゃないですか。名は……」
「書いてあるだろィ、《南天屋》だ。うちは零細商事なモンで、なかなかご存じの方はいねェと思うが」
「《南天屋》? 聞いたことありませんね」
そこまでに暑くないのに汗をかきかき、
昼下がりのこともあり、商隊はいったん休憩。荷車からわらわらと従業員が出てきて、けん引のアプトノスと思い思いに草むらの上で弁当を食う。
「だろうネ! まァまァいらっしゃいまし、大したモンはねェが食べ物くらいは分けてやれンぜ。あとは各種サービスとか」
応対するは、治安の悪い顔立ちだがすらりと痩せた、いなせな青年。商人にしては年若く、少し骨が浮き出た頬は日に焼けている。
稲穂色の髪を後ろに撫でつけて、粋にも吊った目尻と口の端に紅をさしていた。
「それは足りてます。どうも御親切に」
「なンだ。じゃ店畳もうかネ。父サン、どこまで?」
「手のひら返し早くないですか!? えーと、ドンドルマです。商品を
「お! 本当かい。
そういって青年は、隣で眠る猟虫を撫でる。先ほど落書きに描いていたものだ。蛾のような蜂のような、妙ちきりんな虫である。
見るなり、支配人は一気に興奮し飛び上がった。
「あ! それはヴァルフリューゲルじゃないですか!」
「おう。詳しいね」
「もちろんです。あの超人気のオオシナトと、斬属性と打属性で対になる子……! オオシナトは巷でハンターさんがお持ちになるのを見かけたことがあるのですが、いやー……ヴァルフリューゲルは滅多に見ない!」
「あっ、しかも
「うちのヴァル子に属性とかナンとか一体何だいキモオヤジ。そンなに見たいなら、そら!」
やたら饒舌な支配人に、青年は猟虫ヴァルフリューゲルを両手ですくって軽く放ると、彼女はぴょいと支配人の顔面に張り付く。前足はふわふわして気持ちいいが、意外に重いのと、中と後ろのかぎ爪のついた足でがっちり耳や顎を掴んでくるのだ。
たまらず支配人は悲鳴を上げて尻もちをつく。ヴァルフリューゲルは支配人が倒れる前に、青年の手元に戻った。
「うはははは、嫌われちまッたネ。なんだい、虫専門の商人かい?」
「……そ、そうです! 私自身が虫オタ……マニアで、今は行商で手に入れた虫ちゃん達を運んでいるのです!」
「今の時期はちょうど
「えぇ。虫ちゃんだけでなく、それらを一定期間飼育するための虫餌の需要も高くなるので、蜜なんかも運んでいます。虫商なら、これくらいの流れも読んでおかないと」
「全くその通りで。それで、羽の虫なンかが湧けば次は、――釣りのシーズンかネ」
青年は口の端を吊り上げる。商売する者特有の、ねっとりとした笑みだ。
「……これは驚きました。このスジの者でなさそうなのに、そこまでお分かりになっているとは。貴方……何の商人です?」
「儂かい。儂ァハンターよ。商人兼ハンター、サ」
にぱっと笑う青年。鋭利な印象の顔のわりに、長年
「へぇ、ハンターだったのですね。猟虫を連れていらっしゃるから、猟虫商かと思いましたよ。それで、ハンターと兼業ってのは稼げるんです?」
「あたぼうヨ、稼げるからやッてるに決まってるサ。――ま、うちの仲間のおかげでやれてンの。父サンは間違っても掛け持ちはしないことだ」
青年は笑いながらひらひらと手を振る。確かに洒落た白と紅の着物と思っていたその服は、手の甲や足の甲に春夜鯉のような、滑らかな
よく見れば、青年の顔にもうっすらと、言われないと気づかないくらい薄い古傷がちらほらと。
弁当を開きかけた支配人は、急に再び汗をかきだした。上等な手拭いでたぷついた顎をふきふき、そそくさと青年の荷車から立ち上がる。
「あの! 先を急いでおりますので。私はこの辺で」
「なンだい父サン。便所か?」
「ちがわい阿呆! ……おっと失礼。ドンドルマでまたお会いできるといいですね」
支配人はいそいそと自分の乗っていた一番豪華な荷車に乗り込む。扉の隙間からビロードのソファーと、瑞々しい果物が見えた。
「あー、その果物売っておくれヨー。儂、バルバレ出てからこんがり肉しか食ってないの」
「誰が売るか阿呆!! ……おっと失礼!! 限りないご武運を~」
支配人は怒鳴り声で号令を飛ばすと、従業員とアプトノスたちは不満そうにブーブー言いながら荷車に戻る。
まるで工房の巨大な蒸気機関のように、商隊はのっそりと動き出した。
「限りないご武運を~」
青年は、ハンター特有の仕草で大きく腕を振った。さらさらと装備のアクセサリーが擦れる。
商隊は、赤土の道をまた踏み固めてゆく。遥か彼方のY字路で、南の方の道に曲がった。
商隊が小さくなって見えなくなるまで、青年は眩しそうに手を振り続けた。
――やがて、青年は首を傾げる。
「ドンドルマ方面、そっちの道じゃねェのにな?」
鉛筆の芯の角度だけ太陽が動いた頃、こんがり肉で適当に休憩を取った青年は、荷車を整えて運転席に乗り込んだ。
「さて、しっかり休んだし行きますぜ~」
太ったガーグァの首の付け根あたりをがしがし撫でてやる。ここが一番ボリューミーで、触るととても気持ちがいいのだ。
たっぷり日向ぼっこをしたガーグァはふかふかに膨らんで、彼のヴァルフリューゲル――ヴァル子と彼は名付けている――はその背にじっと留まっていた。
ヴァル子もついでに撫でてやろうと手を伸ばした時だ。
支配人に飛びついた後からずっと眠っていた彼女は、いきなり羽を激しく羽ばたかせる。
ガーグァは驚いて身を揺すらせ、ヴァル子は青年の右腕――狩猟時に猟虫を留まらせる定位置に掴まった。
「ちょ、ヴァル子!? ということは!」
独立して商売を始めた年月と同じだけハンター稼業をやってきた彼は、瞬時に察する。
青年の体内の神経が一気に張り詰め、風向きが変わり始めた空を仰いだ。
雲一つない晴天に、北から一点。
こちらから見えるということは、あちらからも当然丸わかりだ。点はぐんぐん近づいてくる。
青年は荷車から愛用の影蜘蛛ネルスキュラ素材の操虫棍、スニークロッドを取り出して、背負いながら疾走。荷車から離れる。
戦闘になっても現金を乗せた荷車を巻き込まないようにするためと、飛ぶ生き物はたいてい地表の大きく動くものを注目する習性があるためだ。
青年はスニークロッドを大げさに振り回して、荷車ではなく自分のところに着地するよう誘導する。
点は、面に。面は、立体に。
逆光でわからなかったが、徐々に近づいてくるにつれ、それは赤いことが分かる。
「“先生”のお出ましかい……!」
怪鳥イャンクック。
頭部のほぼすべてがクチバシで、ひれのような耳と赤い甲殻が特徴的なモンスター。
大型モンスターを初めて狩猟する新人ハンターの狩猟対象になることが多いため、ハンターの間では“先生”の愛称で呼ばれている。
しかし、“先生”だからと言って油断すると、返り討ちに合うのはよくある話だ。
なんとしてでも荷車だけは死守しなければ――。
青年はスニークロッドを振ってヴァル子を飛翔させる。
「ンゴゴゴゴ……」
この個体は耳が全開で、気が立っていることが伺える。
着地すると威嚇するように二本足で伸びあがり、翼を大きく広げる。
「傷つけやしないから、どうか大人しく帰っておくれヨ!」
スニークロッドの印弾のインクを草に大きく弧を描くように擦り付けると、ヴァル子はそれに従って陽動するように空中を駆ける。イャンクックは気を取られてそちらに顔を向けた。
青年は腰ポーチから非常用に持ち歩いているこやし玉を取り出すと、手首のスナップを効かせて投擲。
――しかし完璧な軌道のはずのそれは、ヴァル子に興味をなくして振り向いたイャンクックの翼の下をすり抜け、あえなく墜落する。
「あっ、外したぁッ!?」
「ンゴッ、ンゴッ!」
「わーっやめやがれこの
イャンクックはこやし玉の臭いに驚いたのか飛び上がり、荷車の方へ一目散に走り出してしまう。
慌てて青年も走るももう遅い。イャンクックは歩幅の差から青年をぐんぐん引き離す。
荷車を襲ってしまったら、このイャンクックはその瞬間に『無害な野生のモンスター』から『有害な狩猟対象のモンスター』へラベルが張り替えられてしまう。
確かに討伐したイャンクックの素材は誰かの糧になるかもしれないが、果たしてそれは成るべくしてそう成った糧なのだろうか。
あぁ、こういう正しい正しくないってのは頭がこんがらがって嫌だヨ――頭を振ってもやつく気持ちを振り払い、青年は全力で追いかける。
「!! グォ! グォ!」
ところが、イャンクックは急に赤土の道で立ち止まる。一歩先に無防備な荷車があるのに全く興味を示さず、ふんふんと土のにおいを嗅いで、巨大なクチバシで土の表面をすくっては、ちがうちがう、と言うように首を振る。
まるで、何かを
「何してンのサ……?」
ヴァル子を呼び戻した青年は、イャンクックを刺激をしないように離れたところから警戒を続ける。
荷車に少しでも手を出そうものならすぐに斬りつけられるよう、スニークロッドは背負わず握ったままだ。
やがてイャンクックは赤土の道に鼻を近づけたままの姿勢で、バルバレ方面に背を向けわたわたと歩いて行ってしまった。
イャンクックは遥か遠くのY字路に差し掛かると、迷わずドンドルマ方面とは
イャンクックは、立体から面に、点になって地平線の彼方に消えてしまった。
「……」
「……」
取り残された青年とヴァル子は、訳が分からずそれをぽつねんと眺めてしまったが、ハッと気づいた青年は荷車の運転席に飛び乗る。
「父サンが危ない――!!」
商隊には護衛ハンターの姿も見受けられたが、何せあんなにたくさんの従業員がいる大規模の商隊だ。刺激されたイャンクックが火炎液でも吐けば、従業員や荷車、商品に被害が出る可能性は高いし、そもそもイャンクックが近づいただけで、青年のように様子見することなくあの支配人は討伐令をかけるかもしれない。
支配人や商隊達も危ないが、同時にイャンクックの身も危険なのだ。
青年は運転席に飛び乗って、イャンクックの接近にも関わらず呑気にも眠りこけていたガーグァの尻を叩く。
下手くそな字と、綺麗な商標が描かれたのぼりが、風向きの変わった風に
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