ナナカマド(七竈、学名:Sorbus commixta)
バラ科の落葉高木。
大変燃えにくく、"
果実にはパラソルビン酸が 0.4%-0.7% 含まれ、加熱処理や乾燥でソルビン酸に変わる。静菌効果があり保存料として有用だが、摂取過多で生体に有害となる。
30杯目 ハンターズバル・《
ここは大都市ドンドルマ、一番地価の安い地区──ではなく、それなりに高級な商店街。
建物を彩る雄火竜、雌火竜色の塗料はよく手入れされていて、店頭のちょっとした花壇には季節の植物が慎ましく植えられている。
今咲いているのは竜仙花。繁殖期の初めの街角にはピンクの花がよく似合うのだ。
しかしそんな華やかな商店街にだって、ここのような日当たりの悪い──一日でやっと斜陽が差し込む路地裏は存在する。
「今ここォにあるゥ全てはァ~♪ かけェがァえのない~ハァ~♪」
明るい雰囲気の今風な曲。歌いながら小綺麗にセットしたショートヘアを耳にかけ、上機嫌に竜仙花へ水をぶちまける。さらさらした生地のドレスにもばしゃばしゃと水しぶきが飛んだ。
「フ~ンフ~ンフフ~ンフ~フフン~……にゃんにゃん、っと」
隣で億劫そうに女を見やるのは、一つだけのグリーンの瞳。鉢の世話を手伝う青年──メヅキは雑草をブチブチ
「ウラ
「黙らっしゃい」
女の投げる手桶がメヅキにクリティカルヒット。哀れ、メヅキは打った横っ
「その曲、ベルナ村で流行っているやつだろう。町から出ない
「逆に聞くが、世間の流行に疎いアンタがどうしてこの曲を知ったンだい?」
「ひどい小言だな。紫毒姫の狩猟に駐屯した村で、とある楽団が演奏していたのだ」
「ハハァ、話にあった《スカスピ》ねェ。あいつらハンターなぞ初めてよって、アンタたちに依頼するなんてどういう風の吹き回しかと思ったが……」
ようやく空になった桶が、かぽんと子気味よく鳴る。ウラ姐、と呼ばれた女はゆっくりとメヅキに振り返った。
「ま、いらっしゃい。昼間ッからの酒も
△▼△▼△▼△▼△
ドンドルマの高級商店街の角に建つ、洒落た小料理屋《
この立地がハンターの客層にヒットするかは……やや微妙ではあるが。
狭めの
椅子のクッションは高級なガブラスの革で、シックなバイオレットがカウンターの白とよく似合う。
窓辺の大きなピュアクリスタルの花瓶や、どこで買ってきたかわからないタペストリーまで。どれもこれも《南天屋》のボロ事務所にはない家具である。
カウンターのど真ん中に座るメヅキは、ことりとカップを置いた。
「──以上が、紫毒姫の狩猟の顛末。報酬金も素材も上々、いい狩りであった」
「おう、今回もご苦労さん。これで今月は家賃を払えるネェ」
「毎月ちゃんと払っているが??」
口を尖らせてツッコんだメヅキだが、すぐにしゅんとしてしまう。紫毒姫の攻撃で怪我を負った右腕は、昨日やっと包帯が外れたのだ。劇毒によって治りが遅く、皮膚には傷跡が少し残っている。
「次の狩猟に出るにはもうしばらくかかる。それまでは町の中でできる仕事をやらねばならんのだが……俺は町に籠っているより狩場に出ている方が好きなのだ」
「ま、そうしょげンなさんな。ハンターの古傷は勲章ヨ」
「ギルドカードに載るような勲章であれば良かったのだが。そう言うウラ姐は、古傷あるのか?」
「装備なンてね、モンスターの攻撃を全部回避しちまえば……着る必要など皆無、なのサ」
「あぁそういうタイプだよなウラ姐って……」
この女、本名をエウラリア・ロペス。メヅキの恩師にあたる。
今こそ齢五十を過ぎた一介のバルマスターだが、若かりし頃は
そんな元ハンターであるウラの前だからこそ、メヅキは仕事の用事で《七竈堂》を訪れる時は正装として装備を身に着けるようにしていた。
「悔しい思いをして籠るのもハンターとしての経験。その傷はモンスターが生きたい、って叫びがカタチとして残ったようなモンだ。ゆめゆめ忘れるんじゃないヨ」
ウラはカウンターに頬杖をつくと、酒──メヅキが土産として持ってきたトロピーチ酒──のグラスを楽しそうに揺らす。ハンターと会話すると染みついた記憶が心の中でくるくると踊り出すのだ。同じガンナー、しかもボウガン使いとなればなおさらだ。
そして、スコープを覗き続けたその瞳は衰えることなくメヅキの心中を見据える。
「アンタ、今回の狩猟でも何か気になることがあっただろう? 奥歯に何か詰まった言い方だが?」
ぴく、とわずかに震えるガルルガSレジストの肩。紫苑の甲殻が繋ぎの革と擦れ、ぎぎ、と軋むような音を立てる。
「……別に、何もない。金も貰えているし、当分は生活に困らないはずだ。これ以上何を望むか」
「フーン。アンタ嘘つくの下手だから、そっくり手に取るように分かっちまうネェ」
「……」
「自分に言い聞かせるようなカンジは気にいらないけど……マァ、あンまり無茶だけはしないように。心と体は資本なンだから」
「傷ついたら勲章なのは資本として矛盾していないか?」
「ウワハハハ」
ウラはカラリと笑ってメヅキのカップにドリンクを注ぐ。昼間からの酒は流石に断って、《七竈堂》特製の珈琲だ。彼はブラックが苦手なので、ユクモ流にたっぷりのポポミルクとハンター風にハチミツも添えて出す。
「アンタ、心を患っていた身なんだから。心の病は
「はいはい、座布団一枚。心身共に健康第一なのは俺が一番分かっている。伊達に薬売りをやっておらんからな」
「マァ。じゃ、心に効く薬ってのを教えておくれよ」
「一般論では愛。……理論と経験的には、酒と金」
「カカカ、美味いネこりゃ!」
ウラがまた呵々大笑したところで──カランコロン、入り口のドアのベルが鳴る。真鍮製に赤いリボンは、ベルナ村の工芸品だ。
「お、メヅちゃんやん。帰ってきとったん?」
入ってきたのは背が高くがっしりとした体格の男。
身にまとっているのは、砂漠の岩ような黄と原生林の湖のような青。轟竜ティガレックスの素材で編み上げられた、超がつくほど──G級の特上品である。
レックスXメイルのマントを悠々となびかせて、男はメヅキの隣のカウンター席にどかりと座った。大柄な男の隣では、メヅキのガンナーらしい華奢さが強調される。
「オズ殿、邪魔しているぞ。先週末に帰ったところだ」
「なら連絡くらいよこせ。でも帰ってきたのが死体やのうて良かったわ! ご苦労さん!」
日に焼けた笑顔でメヅキの背をバシバシ叩く男。名は、オズワルド・ベイリー。《七竈堂》の常連である。
高い鼻と簡単に結われた砂浜色の髭、商人らしく
「密林の狩猟かなんかで死ぬとな、ドンドルマへ届くまでに死体が原型わからんくらいグズグズに腐ってしまうんやわ。これがまぁ、戸籍確認がしんどうて」
「ごぶはッ」
「こりゃオズ、冗談きついよ」
死体を想像してドリンクにむせ返るメヅキ、さっと水のグラスを出しながら叱るウラに、オズはグワハハハと割れ鐘のように笑った。
しかし、そのレックスX装備にヘルムではなく
ギルドナイトは対ハンターのハンター……という側面が広く知れ渡っているが、オズは処分というより抑止力として、表で働くことが多いギルドナイトである。こうして帽子を被って外を出歩いているのがなによりの証拠だ。
暗殺活動をするギルドナイトは、これほど大体的に存在を示さない。
水のグラスを呷るオズに、メヅキは深々と頭を下げる。
「して。この度は特殊許可クエスト券の手配、感謝する。お陰で円滑に狩猟へ移ることができた」
「構へん構へん! ちゃあんと仕事してくれたんやし。まぁ多少の無理を通してもうたから、ウチもしばらくは大きく動けんようになるけどな」
紫毒姫の狩猟には特殊許可クエスト券が必要であった。発券するのは龍歴院だが、《南天屋》はドンドルマのハンターズギルドに登録している。
この間の手続きを飛ばして狩猟できたのは龍歴院にメヅキの顔が効いたのもあったが、その裏ではオズも人脈と権威をフルに活かして働いていたのだ。
「なんだい、オズに動けって言ったのはアタシだよ」
「ウラ姐もありがとう、今回ばかりは貸しを作ったな」
「じゃ、次の狩猟に出かけたときはまた土産の酒持って来てネ!」
ぴゃは、と口の端を吊り上げるウラの金歯にくらっとするメヅキ。この女からはむせ返るほどの商人臭がする。
ギルドナイトのオズも十二分に凄まじい権力を持っているが、ウラもウラで果てしない人脈を《七竈堂》で作っている。その広さ、かの峯山龍ジエン・モーランも泳げるのではないかと思うほど。実際、《スカスピ》のこともメヅキが報告するより前に既知であったし。
「ところでメヅちゃん、他の三人は今日おらんの?」
「シヅキは紫毒姫素材の処理に出かけている。防腐処理とか、保存処理とか……さっきオズさんも密林の死体は腐りやすいって言っただろう」
「おぉ、さよかいな。シヅちゃんも大変やなぁ。ハル
「確か会計処理でまたギルドに出ていたっけな。アキツネは──」
「……仕込みの手伝いです。夜に向けての」
ぬぅ、と色白の顔がカウンターの奥、
「久方ぶりです、オズさん。元気にしてましたか」
「んもー! アキちゃんもおるならおるって言ってやー!」
「おれァ火の面倒見でたンです……あッ、ちょ、叩かねェでください」
手を拭きながら出てくるアキツネをバシバシやるオズ。アキツネにとってオズはハンターとしての師匠に当たる。
オズが背負ってきた得物は雄火竜リオレウスのランス、レッドプロミネンス。ギルドナイトフェザーに似合う赤い穂先が美しく、今は壁の武器立てに納められている。
ガンランス使いのアキツネはオズに教育を受けていたのでオズに頭が上がらないのだ。
「うん、メヅちゃんとアキちゃんがおるならええわ。──龍歴院からめんどくさそうな依頼を持ち掛けられてん。さっき言うたけど、ウチは今目ぇ着けられとるから、うまく断れへんくて」
「そんなイエスマンだから特殊許可クエスト券の件でも活躍したのでは?」
「ウチイエスマンちゃうわ。上からの圧力や。しゃあないことやねん」
肩をすくめるオズだが急に眉根にしわを寄せ、「そんでな」と声音が低くなる。メヅキ、アキツネ、おまけにウラも思わず前かがみになり、耳をそばだてる。
「──『レンキンスタイル』って知っとる?」
「メヅちゃんの『ブシドースタイル』、アキちゃんの『ブレイブスタイル』ってのと同じ狩猟スタイルの一つなんやけど。狩場にへんてこなタル持って行って、『
「そのタルに物か何か入れて振ると、食べ
「「「知らんのかい」」」
「これが一体どういう原理でできとるのか、ちょっと解析して欲しいんやって。色んな
「文系理系関係あるのか? これ」
「ウチの知り合いの理系言うたらメヅちゃんやからさ。アキちゃんも料理やっとるから、食べ物錬金するって興味あるやろ?」
「……ン、まぁ。無ぐはねェです」
への字口ではあるが、アキツネはコクリと頷いた。それを見やって頬杖をつき、ニヤニヤしはじめるウラ。こういう妙な話は当事者以外から見ると面白いのが悲しきかな、現実だ。
「アキツネはやる気みたいだけど、メヅキは町でできる仕事探してたンじゃないのかい? 気分転換にもなりそうだし、依頼受けてみれば?」
「“竜の歌”の次は“錬金”か……まったく、興味が湧かないぞぅ!!」
「メヅキ、台詞のわりに目ェきらっきらしてるネェ」
メヅキは普通の人ではなかった。
「だけどよ……ンン、
「そこがな、ウチにもよく分かれへん。龍歴院が頼んだ企業も総合研究所みたいなとこばっかみたいやし」
「ンン~、それはうちら中小企業から見ると反則級ネ。オズの身の丈に合ってなくない? なンでオズに話が来たのサ」
「龍歴院に目ぇ着けられとるからや」
そこで途端に話が頓挫してしまう。メヅキは口をつぐんだまま目を右へ左へきょろきょろやって、興味と不信の間で揺れ動いていた。
「……ま、手伝ってくれねェか。メヅキ」
「お前は以前ライゼクスの尻尾を携帯食料に混ぜていただろう。研究所を敵に回しているのでは、タダでは手伝えないが」
品定めをするときのような目をするメヅキにアキツネは押し黙る。……しばし考え込んだ後、無造作に割烹着のポケットに手を突っ込んだ。
「ほれ」
「うおおおおおヤッター!!」
ぽいと投げ出されたのは飴玉。反射的に緊急回避ばりのダイブが決まる。
メヅキは飴玉一つで買収された。
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歴史上では、コーヒーがヨーロッパに広まったのは1600年半ばからとそれなりに昔から一般人に知られていたようです。
モンハン世界でもユクモの温泉ドリンクにユクモミルクコーヒー存在していますね。DLCで。……細かいところは気にしない。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!
【挿絵表示】