黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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31杯目 それゆけ アイルーでバザール

 

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 もとはと言えば。

 研究所の仕入れたクック豆に、アキツネが対抗心を燃やしたのが事の発端だった。

 

「じゃ、レンキンコウジに合う原料を見つければ良いンでねェのが?」

「クハハハならば色々なものを振ってやろう! 肉体労働なら学者なぞに負けん!」

 

 まずは庶民の味方、安価で安定した性質のウォーミル麦は携帯食料状、つまり普通のレンキンフードに。味付けしないとあまり美味しくない。

 おつまみの定番ロックラッカセイは脂っぽくてレンキンコウジと相性が悪く、バター状に。

 ドンドルマ特産の大ドンドル豆は、ねばりと糸引くドンドル納豆──振った衝撃でひきわりみたい──に。

 

 そしてアキツネがココット村から仕入れて来たココットライスは、爽やかな酸味とまろやかで控えめな甘さ、優しい酒精、とろりとした粕の舌触りが楽しいテクスチャに。

 

「これ、甘酒かニャ──……」

 

 レンキンの自由研究にはしゃぐメヅキの横で、チェルシーはカクリと肩を落とした。

 原料の最適解はやはりウォーミル麦。これはすでに実用化されているから、今回の依頼にはあまりそぐわない結果だ。

 ハンターズギルドの研究所は、携帯食料のタンパク質の含有量を向上させたいと言っていた。だから、豆類を配合しようと計画したのだろう。大ドンドル豆が納豆になるのは流石に論外であったが。

 

 店先で午前中いっぱいレンキンタルを振り続け、へとへとになってしまった三人。日も天高く昇り、丁度昼食時となっていた。

 

「それにしてもレンキンコウジ、凄まじいニャ。甘酒ってのは完成まで二日かかるのに、タルを振ってたった五つ数えるだけでできちまう」

「流通しねェ要因かもしンねェな。発酵力が強すぎて、あらゆる食品を全部ダメにする……とか」

「怖っ。だからレンキンフードは狩猟後にギルドが回収しているのか?」

「知ンねェ。……さ、昼飯にすンべ」

 

 《七竈堂(ナナカマドウ)》の厨房で大量に作った煮物を土産に持ってきていたアキツネは、二人を残して温め直しに近所の知り合いの料理屋へふらりと出かけてしまう。この辺りは彼の馴染みも多いから、久々に顔を出したい気持ちもあるのだろう。

 

 手持ち無沙汰になり適当な段差に座り込んだメヅキは、毛づくろいをするチェルシーに切り出す。

 

「そうだ。ここの前の主人の話、聞かせてはくれまいか?」

「あぁ……ジジィかニャ。友人や親戚もいなかったから、聞いてくれる人がいるだけで嬉しいだろうよ」

 

 ぶっきらぼうでも、思い出が織り込まれた言葉はしっとりとして温かい。

 チェルシーもレンキンタルに腰かけた。路地裏の時の進みが、少しだけゆるやかになる。

 

「この店は露店が発祥で、ジジィは“むしろガーグァの口となるとも、ポポの尻となること無かれ”って言葉を信条にしていた。小さくても自由気ままにやれるこの店が、大好きだったのニャ」

「……」

 

「そんなジジィの生活やら事務作業やらを支えた家内が二年前に死んじまって、そっからはちょっくら寂しくなっちまった。強がりばっかし言うヤツだったから、余計に」

 

「醸造であんなことがしたい、こんなことがしたいと言いながら、家内のぶんも一人で頑張った。でも結局、先月にあそこの玄関口でこけて、足の骨折って、寝たきり。そのまま諦めたようにポックリと」

「……頭はハッキリしているのに体が動かないのは、辛いな」

 

「あぁ。だからか、死に顔も寂しそうでニャア。遺言通りに骨を焼いて、家内と一緒に街の共同墓地に入れてもらった」

「……」

 

 しばらくの沈黙があったが、膝を抱えて石畳の割れ目を見つめるメヅキに、チェルシーは笑顔を向ける。

 

「ジジィが死んでウチはこのまま潔く(しめ)ぇかと思ったが、最後にアンタらから依頼を貰えてよかった。まさに“塞翁がキリン”だニャ」

「終い? お前はこれで終いのつもりなのか?」

 

 何を言うかと目を見開けば、メヅキの迫るような目線に射止められる。胸を抉られるような思いがした理由は、その今にも血が噴き出しそうな古傷のせいではなく、きっと、核心を容赦なく貫く言葉で。

 

「フン。お前も主人も無駄に強がりなのだ。俺はそういうの嫌いだ。主人が辛かったのは分かるが、死に方とお前の姿勢は好きになれん」

「なっ……ジジィを侮辱してんのかゴルァ!?」

「潔く、なんて小綺麗な言葉だが。このまま終いにすることこそが主人への侮辱だと俺は思う。折角繋がった縁なのだし、足掻く気概はないのか」

 

 立ち上がり、見下ろすグリーンの瞳。数日前、最初に出会ったときに合わせてくれた目線とは異なり、意地がびりびりと逆撫でされるような気持ちがした。

 いつの間にか帰って来ていたアキツネも、チェルシーの座るレンキンタルにどっかりと寄りかかる。“前門の怨虎竜、後門の雷狼竜”とはこのことか。

 

 レンキンタルの金具を肉球でなぞりながら、もごもごと考えを述べるチェルシー。

 

「……効率の良い原料はダメだったニャ。ならやっぱしレンキンタルを振るコストを減らさなきゃならねぇ」

 

 死んだジジィから切り替えて醸造屋の頭に。振り向き、目の下にしわを寄せてパッと笑うジジィが心に浮かぶ。

 

「うちに、今は使っていない自動の石臼があるニャ。麹用の精米すんのに、水車を水路へぶっ立ててんの。レンキンタルを振る……縦に回転させたり、ひっくり返せるようにこれを組み替えられねぇかな」

「工房に頼んでみるべか。ガンランスができンだからそれもできンでねェの」

「な、ナンニデモ工房かニャ」

 

 ふーむとメヅキは唸る。なるほど面白いアイデアだ。自動でレンキンコウジが作られればきっとギルドの研究所が目をつける。安定した収益も得られるだろう。

 

「でもオヤジ、レンキンコウジがこの店に入るとまずいンでねェの。他の麹菌がやられちまうンだろう?」

「それは……いい。どうせ傾きかけてんだし、オイラはレンキンコウジに賭けたい。それに最悪、保管してある麹菌がいるさ。絶やしはしねぇニャ」

 

 詰めるとどんどん信憑性が高くなってゆくが、一番の関門がある。最後にメヅキは質問をぶつけた。

 

「して、その設備改良の資金は?」

「……さっきできた甘酒で、これに出る。ジジィがずっとやりたがっていて、うんと前から計画してたんニャ」

 

 チェルシーは店の戸の隅に貼ってある日焼けした広告を剥がし、ぐっと広げて見せた。それは、毎週末行われる──

 

「《南天屋(ナンテンヤ)》の名に恥じねぇよう、ウチの難を転じてくれよ?」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 バザール。(カンタロス)の市とも。

 この地区の商店街組合が地域活性化のために運営し、毎週末、新店舗や新商品の紹介や物々交換で大きく賑わう。露店は本格的に店を構えるとは異なり、誰でも気軽に商売できるのが特徴だ。

 

 荷車は《コメネコ食品店》に新品同様の状態で眠っていたのを。簡易的なものだが、いざ購入となるとそれなりの出費となる。それだけジジィは屋台を出したかったらしい。

 

 釜や柄杓(ひしゃく)は稼働停止しても雑菌がつかないように手入れしていたが、断腸の思いで外へ。椅子やテーブルなど足りない用品は《南天屋(ナンテンヤ)》や《七竈堂(ナナカマドウ)》から持ち出している。

 荷車をけん引するガーグァ……カン子まで引き連れて、これだけ見るとなかなか立派な一人前の屋台だ。

 

 問題は、メヅキとチェルシーは接客が得意ではないということだったが。

 

「頼むぞぅ接客要員!」

「グアァ~ッ」

「はいはい、それで僕が呼ばれたのね」

 

 ようやく紫毒姫狩猟の手続き処理を終わらせたシヅキが、早朝の準備から助っ人に。普段のベリオS装備ではなく三角巾に前掛けと、露天商に合わせた格好で参加している。

 先程まで「兄とアキツネが粗相をしていないか」「あの二人は裏方だと良いが、表に出るとヤバいから」と、チェルシーにペコペコと頭を下げまくっていたのは……メヅキには秘密だ。

 

「チェルシーさんはキッチンで、アキツネは接客が壊滅的だから《コメネコ食品店》さんの留守番に……で、メヅキは何? 簡単な会計なら僕でもできるけど」

「ふふふ。俺はな……」

 

 役割確認をするシヅキに白い眼を向けられるが、メヅキはふんぞり返って言い放った。

 

「──レンキンタル振り振り係だ」

 

「キモッ。あんまり人前でやらないでね?」

「あ? 客がいないときはお前もやってもらうのだが?」

「直前に兄弟喧嘩はやめてくれよニャア」

 

 藍染の前掛けを締めるチェルシーは呆れ、へにょりとヒゲを垂らした。

 

 しかし結果からいうと、売り上げは上々。

 味が良く、すぐに出されることが商店街の気風にぴったりだったようだ。行列こそできないものの客足は絶えず、チェルシー達が昼食を座って食う暇もないほど。

 途中、《七竈堂》のウラやオズが差し入れと冷やかしに来て、今度この甘酒を店に置きたいとスカウトまで。ぎこちなく接するチェルシーを好き放題もふもふして、《七竈堂》のババァとジジィの二人はそそくさと帰っていった。

 

 

 

 そして日は傾き、温かい海風は涼しい陸風へ変わる頃。ついに完売間近となり、三人は店じまいの準備に取り掛かっていた。

 一脚だけ残し、折り畳み式の椅子を運んでいたシヅキに幼子のような声がかけられる。

 

「おや、甘酒? コウジのいい香りがしますね~」

「これはお目が高い。最後の一杯だけど買っていくかい?」

 

 日中に何度も繰り返した動作でつい反射的に振り向き、笑顔で屈む。

 目の前の巨大な笠には釣りカエルもかくやなサイズの蛙が乗っかり、尖った耳、背負った鞄の帯へかけられた四本の指はれっきとした竜人族族の証。

 その年齢はシヅキやメヅキよりもうんと高いだろう。……子供向けの言葉遣いをしてしまったのだが。

 

「では、貰えますか~」

「わ、わ、失礼しましたッ一杯入りましたッチェルシーさん!」

「しっかりしろポンコツ接客」

 

 タルの底の方に溜まった甘酒は粕が多い。でも、それでも構わないと。

 手際よく釜でさっと温めて、椀に注ぐチェルシー。ふと、椅子や机がない屋台でジジィは何を売りたかったのだろうと考えた。

 

「甘酒なんて始めたのかと思いましたが、なかなか美味しいですね~。ご主人、元気ですか?」

「ニャッ、ジジィを御存じで」

「あぁ、そうか、お爺さんになっちゃったんですか~。あの人に醸造を教えたのは、ぼくなんですよ~」

「ニャ、えぇ!?」

 

「あんなに頼りない醸造屋だったのに、こんな立派な屋台を出せるようになったなんて成長しましたね~。ご主人にお会いすること、できます~?」

 

 椅子にちょこんと座り、糸のように細い目でにこりと笑う竜人族。

 ジジィは生前、取引先以外の知り合いの話を口にすることがなかったのだ。師匠の存在もチェルシーにとっては初めて知ることだった。

 頭が追いついていないが、それでも事実は伝えないと。そもそも初対面の人との会話が特に苦手なため、チェルシーはどもりがちに切り出す。

 

「ジジィは、……先月、その」

 

 しかしそんなチェルシーを見て竜人族はすぐに頷く。「あぁ……わかりました~。その先は大丈夫ですよ、ありがとうございます~」と反応が慣れたもののように感じてしまい、チェルシーは思わずヒゲが垂れてしまう。

 メヅキの「潔い諦めが嫌い」というのが、ほんの少しだけわかったような気がした。

 

 それでもジジィの繋いだこの縁、逃がせない。チェルシーは竜人族の服の袖を掴んだ。

 

「……では、どうか墓だけでも、見て行ってくれねぇかニャ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 




 アイルーでバザールは某パズルゲームのコラボイベで知りました。
 
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