黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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33杯目 x代目のマカフシギ

 

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 共同墓地に供えるこぢんまりとした夫婦(めおと)茶碗。甘酒を注ぎ、淡いピンクの竜仙花も添えてやる。どこの花屋も店じまいだったから、あの人の愛した店で育ったこの花を。

 

 そう言えば、生前もジジィは腰の曲がった家内と竜仙花の手入れは欠かしていなかったっけ。今も二人でいられて幸せだろうか。

 甘酒は──残りモンの粕ばっかりでごめんニャ、とチェルシーは口の中で呟く。

 

 蛙面の竜人族──マカ錬金屋は墓に手を合わせた後、追想を穏やかに語ってくれた。  

 彼にとってはほんの少し前の事でもヒトや獣人にとっては懐かしむより遠い、遠い昔のことだ。

 

 

 

 ジジィは極東、シキ国の天空山に住むメラルー。マタタビやモンスターの卵、がらくたなどの盗みをはたらいて暮らしていた。

 

 ある日、村でハンター相手に商売をするマカ錬金屋に目をつけた。子供の見た目だし、ぴかぴか光る石を扱っていて宝石商だと思ったから。

 しかし売れ残りの一つになぜか魅入ってしまい、盗む気が失せたという。

 

 扱っていた宝石はハンターにとってのお守りで、シナト村に伝わる錬金技術によって鉱石から精製されたもの。

 どうしても宝石を忘れられなくなったジジィはマカ錬金屋に頼み込んで技術の教えを乞うたが、錬金ではなく米や豆の醸造技術ばかりが上達した。

 醸造とは安定した加工業だ。改心したジジィはマカ錬金屋に頭を下げて盗みから足を洗い、がらくたを再活用した醸造道具と共に天空山を降りたのだ。

 

 そこからはチェルシーも本人から聞いたことがある内容だ。人と物の流れに身を委ねたジジィは、ドンドルマで屋台の《コメネコ食品店》を立ち上げた。

 チェルシーは貧民街のしがない泥棒だった──チェルシーも獣人族のメラルーだ──が、ジジィに拾われてからは店に尽くすようになったのだ。

 

 ジジィも、盗みから醸造を始めたなんて。

 

 墓前で涙をこぼすチェルシーに、マカ錬金屋は一束の竜仙花をふんわり鼻に近づけて、言葉をかける。

 

 《コメネコ食品店》さん、生涯最後の盗みはぼくからの醸造技術だと言っていました。さすがに直門(じきもん)とは言えませんけど、分派としてはこう名乗れるんじゃないでしょうか──……

 

 

 

 

 

 

 山からジォ・クルーク海への涼しい夜風に、バザールの熱がひんやり落ち着いた頃。

 

 一度解散したメヅキとアキツネ、チェルシーは高級商店街にある《七竈堂》へ飲み会に移っていた。助っ人のシヅキは遠慮し、《南天屋》の事務所の留守番に帰っている。そんな留守番係の彼には土産の話題と酒がマストだ。

 

「──これが、《コメネコ食品店》の歴史だと」

 

 温かいポポミルクのカップを置いたのはチェルシー。カウンターは小高い椅子なので足がぶらぶら浮いてしまっている。

 

「バザールには思い切って出てみたがまさかジジィの師匠に会えて、しかもジジィの昔話も聞けたなんてニャア。難を転じてくれて、どうもありがとう」

「なに、本当に難を転じたのはお前の持つ幸運と縁だぞ? 俺達はツテを使っただけだ」

 

 床に座り込み、バザールに使った椅子の脚を濡れ雑巾で拭くメヅキは、口を尖らせてしかめ面。謙遜はしないが過大評価もしない男なのだ。

 カウンターの奥の婦人、朱漆(しゅうるし)酒盃(しゅはい)をぐいっと呷るウラは、惚れ惚れとした溜め息をつく。少し離れたところで座っていても匂う。酒臭い。

 

「飯もそうだが、酒というのは魔訶(マカ)不思議で縁を呼び込むモンなのさ……まァ、造る方でも縁が繋がっていくのは、消費者目線から見るとなかなか実感が湧かないけどねェ」

 

 ウラが飲んだのは酒盃の朱に引き立つ白の濁り酒。店で揃えている純米酒に、日中のバザールで購入した甘酒を加えたナンチャッテどぶろくだ。

 本来、麹によって作られた甘酒──純米酒の製造が目的であれば“酒母”“(もと)”とも──に酵母を加えて熟成させるとフルーティな味わいが増して“どぶろく”に。これを()すと無色透明の飲みやすい“純米酒”に仕上がる。純米酒は麹と酵母の合わせ技なのだ。

 

「ウラ(ねぇ)ー、俺にも後で一杯」

「甘党のお前サンでも飲みやすい味さ。ついでに玄関掃除しといてくれるかい?」

「うぇ~……」

 

 渋々ながらも酒一杯で買収されるメヅキ。彼がいいように使われているようにしか見えなかったチェルシーである。

 カップの口についたポポミルクを舐めながら、ふと思い出した。

 

「ジジィ、店建てる前に《七竈堂》の頭領(カシラ)に世話なってたらしいニャ。いくらか借金したって言ってたんだが、来てみると酒場なんて……一体(いってェ)どういうことニャ?」

「酒場ではなくてバルと言うのだぞ」

「小さき獣人族のオヤジよ、その話。アタシがお前サンを呼んだのは理由があってねェ……」

 

 ぽんと手を打ったウラは地下室へ降りると、しばらくしてから古ぼけた木箱を持ちだして来た。肩手に収まってしまうくらいの大きさだ。

 解説求むと視線を送るチェルシーにメヅキは、またか、やれやれといった様子で目を伏せた。

 

「オヤジよ、《七竈堂》は、バルだけが営業ではないのだ」

「ニャ?」

「“質屋”の《七竈堂》。(シチ)で覚えやすいだろう。もしかすると先代主人は借金ではなく、何かを預けたのかもしれんなぁ」

 

 かくん、と首を傾げて、俺はこれ以上関与せぬと示すメヅキ。対して、ウラはグロスを塗りたくった唇でにんまり笑う。意地の悪い笑顔は商人のソレそのものだ。

 

「実は、アタシも二代目。《七竈堂》はここドンドルマ──()菓の町の()()貸しサ。洒落てるっしょ?」

「そんな、やっと軌道に乗ってきたってのに借金は困る。コレ、小難しい書類なんかじゃねぇだろうニャあ」

 

 見上げるチェルシーに、ずい、と木箱を渡すウラ。風車(かざぐるま)とメラルーの商標(ロゴマーク)が描かれたフタを開けると、色褪せた布に丁寧に包まれた……ちっぽけな石ころ。

 

「別に、質屋は高利貸しだけじゃない。利子を儲けに倉庫として、後の世代になっても価値が変わらないような大切なものをお預かりするのも仕事なのサ。アンタの主人が預けてきたこれは、ハンターにとってのお守り──護石。効果は、『盗み無効』」

 

 “魅入ってしまい、盗む気が失せたという”。ジジィの話の通りだ。

 木箱の角をゆっくりなぞる、ウラのレッドワイン色のネイル。チェルシーは呼吸も忘れて石ころ──護石を見つめる。

 

「ま、それは効果が低くて人気もない護石だから、売っても小銭程度で大した値段にはならない。それでも、主人にとっては宝石のように価値のあるモンだったのかねェ」

 

「持ち主が死んだんなら普通は売りに出す──“質流し”にするが、死人のモンを売るなんて気味が悪くてバチが当たりそうだ。引き取り手がいるってンなら……あァ、倉庫の空きが少なくなって困った困ったァ」

「そういうことだ。オヤジ、どうか受け取ってくれんか」

 

 頷くメヅキに後を押され、チェルシーはおずおずと両手の中に納めた。小さくて、軽くて、ここに《コメネコ食品店》のはじまりが詰まっていると思うと胸がぎゅっと締め付けられる。

 

「じ、じゃあ受け取るぜ。オイラ、これ、ずうっとずうっと大切にするニャア……!」

「ン、ありがと300万z!」

 

 ウラがにこりと目を細めたところで──カランコロン、入り口のドアのベルが鳴る。

 

「お、やっとる? ご要望の方連れてきたで~」

 

 どかどかと騒がしく足音を立ててオズが入店してきた。左手には首根っこを掴まれてじたばた暴れる竜人族の学者が。まるで親に抵抗できない子アイルーだ。

 

「オズ殿、かどわかしであるか?」

「阿呆いうなメヅちゃん」

「いや、無理やり連れてこられたって意味では間違ってないんだけどねワァァァァ!」

 

 ぶぅんと放り投げられた学者はソファーへ見事ホールインワン。仰向けにひっくり返っている様は徹甲虫アルセルタスがへばった時のようだ。

 その耳元でがつんとブーツが踏み鳴らされたかと思うと、メヅキが不行儀にもソファーの肘掛けに足をかけて見下ろしていた。切れ長の左目が下から見るとかなり恐ろしい。

 

「ワアァァァあんたすごい傷だね! 顔! てかアンタ達が《南天屋(ナンテンヤ)》かよ! 前にライゼクス肉入り試作品なんか送りつけてきやがって!」

「失礼な。確かに以前はフードを被って隠していたが、今宵は牙城ゆえ顔を出させてもらうぞ」

 

 バシリと学者をひっぱたくメヅキ。取引相手でも容赦ない。更に──

 

「ナマ言ってッと三枚おろしにすッぞゴルァ!!」

 

 厨房からも怒号が返る。アキツネもこの学者がかなり嫌いらしい。学者はひっぱたかれた頬を撫で撫で、辺りを見渡してようやく状況を判断したようだ。

 

「ったくこれだからハンターは……てかここ、ギルドナイトが出入りするって一体どんな店なわけ?」

「ンン~ここはハンターも利用する質屋だからねェ~。不正が無いようにちょいと強力な見張りがいるだけサ」

「ウチは酒で買収されとるだけやで。メヅちゃんほら、一見(イチゲン)さんが困っとるから()よ案内したげて」

 

 学者を連れて来た当のオズはウラ相手にカウンターでさっさと一服していた。のんべんだらり、どぶろくに舌鼓を打っている。

 メヅキはしかめっ面で学者を抱き起すと、チェルシーにソファーの向かい席を勧めた。続けて出すのは簡単なお通し、そしてよく冷えた甘酒を。

 一息。

 

「さてお二人、今宵お集まり頂いたのは取引のために在らず。ごゆるりと肩の力を抜いて、この一杯片手に歓談されたし!」

「メヅちゃんやっぱ交渉役苦手やろぉ、言葉固すぎや」

 

「うるさいなオズ殿! ……して学者殿。この度こちらの獣人がレンキンコウジの培養に一役買う。オヤジ、話を」

「オイラが《コメネコ食品店》主人のチェルシー。今後お見知りおきを」

 

 チェルシーは肉球のある手で甘酒のカップをもたげた。怪訝そうにも興味半分、釣られてカップを持つ手の指は、四本。

 

「さぁさウチ(≪七竈堂≫)の掟は無礼講、今宵は地位も立場も失効ヨ! いざ乾杯、乾杯ィ~!!」

 

 目線が並び、酒と乾杯さえあれば飲み会の始まりだ。ウラはどこかからか桜柄の扇子を持ち出し、椅子の上に立つと大仰に振って踊り出す。だいぶ危なっかしい。

 呆れて見上げるメヅキとオズはため息をつき、自分達も甘酒のカップを手に取った。

 

「ウラ姐、早速キマっているな」

「あれは取引に興奮しとるだけやんなぁ」

 

 ──では、改めまして乾杯! 

 シラフの者も既に酔っている者も、学者も商人も人種を超えて一緒くた。

 今宵も、ここ《七竈堂(ナナカマドウ)》では人と人とが繋がり、(まじ)わってゆく。

 

 

 

 数か月後。

 結局、《コメネコ食品店》はハンターズギルドの研究機関によって買収された。一見あっさりとした引き際だが、当代主人の獣人、チェルシーは『大きなモン(ポポの尻)の下につくことで、しぶとく生き残れることがあんのよニャ』と。

 水車による自動醸造設備の大半はレンキンコウジの培養など細菌学専用施設として、それから手動の醸造道具では──昔、天空山で拾われたガラクタなのだとか──今でも近所の住民へ卸す味噌や調味料といった発酵食品を作っている。

 

 中でも甘酒は絶品で、毎週末のバザールでは大繁盛。

 ドンドルマで最も地価が安い地区に身なりの良い竜人族の学者が訪れる様子は、なかなかミョウチキリンであるのだとか。

 

 

 

 さて、『レンキンスタイル』の狩猟をするハンターよ。

 ギルドから支給されるレンキンタルには小さなラベルが貼ってあるだろう。どこの企業がレンキンタル、ひいてはレンキンコウジを生産、管理しているか、という印だ。

 その中に時々、風車を持つメラルーの商標(ロゴ)があるかもしれない。それがこそが彼の《コメネコ食品店》が手掛けたものだという。

 

 天空山のマカ錬金から技術が盗まれた、x代目のマカフシギな醸造屋だ。

 

 

 

 

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 陽だまりの下、ひとりの老人が上等な布団に胡坐(あぐら)をかいている。

 滝の水しぶきのように白く、背まで無造作に伸ばした髪。襟に巧緻な刺繍が施された艶やかな部屋着は高級品だが、長年の苦労で水分を失った皮が持て余されたように首元で(たる)む。

 

 老人は枯れ枝のように細く、長く、節くれだった指をゆっくり動かし、静かに算盤を弾いていた。

 

 さらり、さらり。布ずれの音。

 豪華な敷物に引きずられるのは、負けず劣らず煌びやかなミツネSフォールド。泡狐竜の体毛を丹念に織って作られた濃紅(こいくれない)の袴から、螺鈿(らでん)の艶とミルク色の甲殻がちらりと映える。

 纏う男は布団の傍らに膝をついて首を垂れ、老人はやっと男に気づく。鷹揚に振り向き、ぐっと背を折り曲げて男の顔を覗き込んだ。ゆったりとした仕草は気品ある豪商のものだ。

 

「……ねェ(アン)ちゃん。この伝票の採算が合わねェンだ。何度計算しても、合わねェの」

 

 男は低頭のまま、無機質な調子で応えた。

 

「畏まりました。であれば、どうか(わたくし)にお任せを」

「あァいやいや、儂の(カネ)だから儂が計算をせにゃアならん。こんなに何度も間違えるなんて老醜、晒して悪ィなァ。ところで──」

 

 優しく語りかけ、何度も何度も男の頭を撫でる老人。皺だらけの切れ目を細めて、あどけなく問いを投げかけた。

 

「お前サン、一体誰だい?」

 

 

 

 

 

 




※ウラ、オズ設定画


【挿絵表示】

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 歴史上でも酒屋は質屋を兼業することがあったようです。

 護石とスキルは一度描写してみたいシステムだったので、やんわりと採用してみました。ハンターの皆さんはその辺りをどう解釈しますか?

 読了ありがとうございました。次章も是非ご賞味ください!

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