黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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 新章スタートです。


いけずなオンナと凍てずの絆
35杯目 ファンデーションは破天荒


 

 

 

 とんてんかん、とんてんかん。

 金槌振るう音は止まず。(ふいご)が大きく息つくたびに、ごうと炉の炎が膨れる。

 

 ここはドンドルマの武具工房。対モンスターのための牙と鎧を産む、石造りの城とも言えよう。今やハンターの間では一般的な武器となったガンランスや狩猟笛、弓が誕生した場所でもある。

 

 その中の試着室で、ガハハイ! と独特な笑い声が響いた。轟竜ティガレックスが笑えばこんな感じだろうか。

 

「あーあー、こりゃあオレっちの作ったベリオS一式装備が泣いてるでぇ、ご主人様を守り切れなかったって」

 

 どデカい厚手袋が、地道に鍛え抜かれた肉体に刻まれた古傷をなぞる。稲妻状にうっすら盛り上がる肉芽組織は、紫毒姫狩猟の爪痕だ。これだけ治癒に時間がかかったのだから、恐らく一生残るだろう。

 

「ま、アンタらは特にこまめに修繕に来てくれるからこっちとしても大助かりだ! 狩猟で何があったか知らねぇが、そうしょげなさんな」

「お金があれば、ちまちま修繕するよりいっそドバッと新調しちゃいたいんですけどねぇ」

 

 ぐんにゃり垂れた頭を起こし、シヅキは脱いでいた平服の上着の襟をモソモソと整えた。メンテナンスのためとはいえ、体をじっくり見られるのは恥ずかしくてやはり得意ではない。ようやく一息ついた。

 

「ほんと、いつもお手頃価格で装備を見て貰ってありがとうございます。親方(オヤカタ)

 

 職人はもう一度ガハハイ!と笑った。長く伸ばした口髭を高く結い、だぼっとした黄色のツナギとゴーグル、本人曰く「チャーミングだろ」と自慢の()()()した赤い鼻が特徴的な土竜族(もぐらぞく)だ。

 

「オレっちは雇われの下っ端職人なわけだし、そう呼ばれるとむず痒いぜぇ。オメェらと数人くらいよ、親方呼びなんて」

「そんなそんな。僕らハンターからすると、装備を手掛けてくれる職人に上も下もないですって」

 

 思わず笑みがこぼれるシヅキ。実はこの親方、《南天屋》のご近所さんでもある。ナグリ村からここドンドルマまで出稼ぎを兼ねた修行に来ていて、安い家賃と商店街が近いゆえに今の家を選んだのだとか。

 大変長く、親しく付き合いをしており、《南天屋》四人やバイトアイルーの装備は彼が全てサポートしてくれていた。

 

「それから《コメネコ食品店》さんの設備周りと、紫毒姫素材の加工、お買い上げも。親方には頭上がりません」

「あー、レンキンタルの水車は改造すんのに少年心がくすぐられただけよ。紫毒姫素材はキズモノが多かったし、武器や防具にするには少なかっただろ? あんな珍しい素材は価値を知らねぇ商人どもに流すのはもったいねぇって思ったのよ」

「あぅ。価値、よくわかっていません……お(カネ)じゃ計れないもんですよね、本質って」

 

 ほれ、お(めェ)の牙と鎧。完全に修繕を終えたヒドゥンサーベルとベリオS装備をシヅキに返却しながら、親方はフゥン、と結った髭を撫でた。

 

「そうだ。今年はアンタらにも頼もうかなァ。護衛」

「おや、護衛とあらばお任せください。僕の専門です」

「あの~、うん。採取。採取クエストの護衛を頼みてぇんだ」

 

 シヅキは少し目を丸くする。

 採取クエストとは、現地で決められた品物を決められた個数納品することが目的だ。時間さえかければ狩猟の技術がなくてもクリアできる特性上、狩場の地形を把握するため下位クエストに登録されることが多い。

 

 しかし、一応《南天屋》は上位のハンターだ。護衛とはいえ名指しで採取など真面目に頼まれるのはいつ以来だろうか。実際、親方も言葉を濁しているし。

 

「ターゲットは氷結晶な。これから暑くなるだろ? 工房は地底火山もかくやって灼熱になって、オレっちはナグリ村で鍛えられてるから大丈夫なんだが……」

「ニンゲンがへばってしまうんですね?」

「そうだ! ギルドからは流通している氷結晶も多少は回してもらえるんだが、今年はもうちょいとクーラードリンクを支給してあげてぇんだな」

 

 先程からシヅキの額や首には汗が浮かんでいる。この試着室でもかなりの暑さで、まさにクーラードリンクが欲しいくらい。従業員が熱中症でぶっ倒れるのも納得だなぁと思い、シヅキは二つ返事で承諾する。

 

「ま、親方の頼みとあらばですとも。僕は稼げれば何でも良いですから」

「悪ぃなぁ、ハンターってのは大抵、採取よりも狩猟の方が好きなんだろ?」

「一概にそうとは言えませんけど」

「狩猟の方が稼げるから狩猟に行くって。工房に来る奴ら(ハンター)はそう言ってるぜぃ」

 

 それは大体、工房に赴く理由がモンスターの素材を加工して欲しいからなんじゃないかなぁ……。

 汗を拭き拭き首を傾げるシヅキの肩を、親方はどデカい厚手袋でぱふぱふ叩く。土竜族は背が低い。小柄なシヅキを見上げ、彼は何やら書類の草稿を懐から取り出した。

 

「ほれ依頼書、もう作ってあんでぃ。あとはこれをギルドに提出するだけで晴れて正式なクエストになるんだが……氷結晶のツウな集め方、知ってるか? 採掘だけじゃあないんだぜ──」

 

 親方のゴーグルの奥、つぶらな目が光る。シヅキは思わず固唾を飲んだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「採取って言ってたけど結局狩猟じゃんかぁ~絶対裏があると思ったぁぁ~」

 

 ぐで、と小舟の席で姿勢を崩すシヅキ。ベリオS装備に外套と、ヒドゥンサーベルの出で立ちだ。向かいは股を開いて座るハルチカ。こちらも外套と修繕後のミツネS装備、スニークロッドとヴァル子を膝に抱いている。彼女は蜜餌を与えて貰ってご満悦の様子だ。

 

 櫂を漕ぐ手を止めて小舟から見渡せば、時ごと凍ったような銀盤が広がる。

 狩場、『氷海』は、何らかの気候変化によって瞬時に凍り付いた海らしい。常に分厚い雲が空を覆うが、差し込む光が氷上に積もった雪を照らす景色は幻想的だ。明るすぎないくらいが、この狩場らしい。

 

 もちろん海の水さえ凍り付く寒さだが、今は繁殖期も半ばを過ぎて温暖期が近づく頃。零下の気温はだいぶ和らいでおり、良き狩猟日和である。

 

「氷結晶をザボアザギルの落とし物で稼ぐだァ? そンならアキツネのガンランスが良かったンじゃないのかい。ほら、砲撃でバゴンバゴンって」

「あ、確かに……離れた位置から撃つメヅキのライトボウガンも良かったな。これは人選シクったぁ」

「無礼な、(ワシ)だって働いてやンでぃ。まぁ、たまたまタンク役とガンナーの募集があったから仕方ねぇサ」

 

 海氷──蒸留と似た現象で、海水の真水部分だけが凍ったもの──が浮く水面を物珍し気に覗いていたハルチカは、船頭に小声で注意されてピャッと首を引っ込める。この小舟にはハルチカとシヅキの他に、船頭を含めた二名が乗っていた。

 

 シヅキは親方からの依頼書を無造作に放って寄越す。狩猟対象のモンスターが本当に狩られるに相応しいか、周辺の生態系や事情、背景をよく吟味した上での彼の受注は《南天屋(ナンテンヤ)》にとって信頼できるものだった。

 悪く表すとどこか雑にも見えるやり取りも、そんな絶対的な信頼に()るのだ。

 

「狩猟の方は、繁殖期で活発化したザボアザギルと子供たち。せっかく氷海の気温が上がったのに調査が難航、だってさ」

「で、氷結晶の他にソイツらの鱗や皮も頼まれてると」

「そそ。工房で使う研磨剤になるんだって」

 

 この依頼書に目を通すのも、ザボアザギルや氷海の下調べも既に散々行っている。退屈そうに欠伸(あくび)したハルチカは振り向き、船首の方へ呼びかけた。そろそろ到着する頃だろうか。彼はとにかくせっかちなのだ。

 

「おぅい船頭サン。狩場まであとどンくらいだい? もうしばらくかかるようなら茶でも沸かすが」 

 

 ところが。聞いた乗客の一人が櫂を投げ捨て、外套をばさりと翻す。纏っているものが明らかになった。

 

 ふかふかのコート状、ビビッドな黄に黒の斑点はルドロスS一式装備だ。ガンナー、女性用。

 よく見れば、荷物は狩猟の道具に大剣と弓。それぞれ斬竜ディノバルド、爆槌竜ウラガンキンの上質な素材で作られていて、一目で彼女がかなりの実力を持ったハンターだということが分かる。

 

「フフフ……キミたち、話は聞かせてもらったし! 親方のオッチャンから話は聞いてんよ」

「ちょっとぉ、なんで話しかけちゃうのよぉ」

 

 どんな体幹をしているのか、ぐらぐら不安定な小舟の席に仁王立ちする弓使いと、(すが)る船頭。ウラガンキンの弓は女ガンナーのものだから、こちらのフードを目深に被っている方が大剣使いらしい。どうやら気弱な性格のようだ。

 

「これはお見それしました。親方から話聞いてると言うと、あなたが護衛対象……ええと、ご依頼主様?」

「あーしは頼んでねーし。親方のオッチャンが勝手に同行する人選んだだけだし。ま、よろちくびー」

「ち、乳首……??」

 

 だいぶ砕けた口調のガンナーはVサインを決める。腕装備のミトンが外されている手の指は、《七竈堂(ナナカマドウ)》のウラと同じように爪に色が塗られていた。よく見ると砂粒くらい小さい宝石のような石までくっついている。

 たじたじになってしまったシヅキを下げて、今度はハルチカが尋ねる。

 

「護衛対象と言うよりはパーティ狩りってところかねェ。採取も狩猟も二人より四人の方が効率的だし、なにより賑やかじゃねェか」

「おっ、話が早いぜミツネ赤アイライナー。てか、それどこメーカー?」

「これ? 彫ったンよ。メイクじゃねェ」

「ヒューッ! モンモン(入れ墨)とかばちこりファンキーかよ!!」

 

 勝手に盛り上がる弓使いに船頭の大剣使いは振り回されているようだ。櫂で海氷をどける手を休めずも哀れ、震えてしまっている。寒さのせいではなく、だいぶ人見知りらしい。

 

「あー……えーと弓使いさん、お名前は? 僕はシヅキ、こちらはハルチカ」

「りょー、シヅちゃんにハルちゃんね。あーしはラジアン、ラジアン・ロジャーズ。とりま長いんで“ラジー”って呼んで」

 

 名乗った弓使い──ラジーは席からぴょいと飛び降りると、縮こまる大剣使いの手首を掴んでぶんぶん振る。

 

「なぁなぁ、なんでフード被ったままなん? 親方のオッチャンがせっかく用意してくれたメンバーなんだし顔見せな?」

「今日は……ファンデーションのノリが悪いのよ……」

「んぁーファンデかー、しょーがないなー。現地でちょっと時間もらって直そ? あーし、やったげるからさ。てか逆にここで挨拶せんと失礼っしょ」

「そ、そうよね……移動時間は……冗談抜きでアイスブレイクだもの。知ってる。顔出しくらいはしなきゃだわ」

 

「あの、何か事情があるのなら無理しなくても大丈夫ですよ……?」

 

 メヅキは顔の傷を気にして、ハンター以外の人物と合う時はフードを目深に被っている。身近に彼がいるからこそ、シヅキはプライバシーの理解を備えているつもりだった。ハルチカも隣でウンウンと大きく頷く。

 

 だが、大剣使いは二人の配慮を振り切って船首から下りると──待て。同じ高さに立つことでようやくわかった。

 この人物、ものすごく体が大きい。アキツネやオズもガンランス、ランス使いらしく相当だが、これは別格の体格だ。

 

「クララ……です。パーティ狩りでは緊張しちゃうんだけど、よろしくね」

 

 可愛らしいファーがついたフードを脱ぎ、留めているボタンを外して見せた。ルドロス一式装備だ。剣士……男性用。ルドロス装備は珍しく男性用と女性用が似ているため、瞬時には分からなかったが。

 

「……ん? 男性用?」

 

 同時に首を捻るハルチカとシヅキ。何というか、こちらもこってりとメイクを施していて──……

 

「「オッサン?」」

「失礼ねッ!!」

 

 クララというハンター。生物学的な性別は間違いなく男、だった。

 

 

 

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