黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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36杯目 アイスブレイク・アイブロウ

 

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 頭上に熱砂が吹き荒ぶ。

 

 垂れゆく汗はすでに枯れ、徐々に消耗してゆく己らを()が砂中より()め付けていた。

 肌が焼けつくような感覚がするのは、きっと烈日だけではない。

 

 大陸南西部の一帯を占める巨大な乾燥地帯。

 ハンターズギルドはその北部、デデという地域を『旧砂漠』と定めている。風によって歪な形に削られた赤い岩と、それを覆い隠す砂が予測不能な高低差を生み出す狩場だ。

 ここでは乾燥という極限の環境のもと、生き物はオアシスを巡り知恵を絞って戦いを繰り広げてきた。

 もちろんヒトも、モンスターも。

 

 狩りも中盤を越え、互いに手負い。今の状態こそが最も繊細かつ危険で、立て続けに二人の仲間が拠点送りになっていた。

 奴は防具の繋ぎが擦れる音がしようものなら、目ざとく攻勢に出る。この膠着状態では先に痺れを切らせた方が劣勢となるだろう。

 

 ──盾に触れる腕装備が、じりじりと高温を帯びる。

 

 日除けの外套を被っていたが、防具だけでなく武器まで日光を吸ってこれほど熱くなるとは計算外。色が黒いゆえ、だ。銃身の冷却が遅延し、日が出ているうちに竜撃砲を再度放つことは不可能だった。

 無意識に舌打ちをしようとして、ガンランス使い──アキツネは慌てて音もなく舌を噛み、制止する。

 

 背面に立つライトボウガン使い──メヅキはヒドゥンゲイズを構えたまま、先ほどから身(じろ)ぎひとつしない。

 息遣いさえ殺した彼の気配だけが、アキツネの精神の摩耗を食い止めてくれていた。逆も然り、アキツネの存在もまた彼にとって間違いなく大きな支えだ。

 

 それでも。緊張の糸は確実に、確実にちぎれてゆく。

 

 不意に。陽炎(かげろう)が揺れる前兆を二人は肌で感じ取る。

 遂に。奴の背鰭(せびれ)は黄塵を巻き上げ、熱気を切り裂きやって来た。

 

 砂中を泳ぐ()のモンスターは──……

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「知っ(トク)便利! 《南天屋(ナンテンヤ)》式貧乏ハンターライフハック~」

「「「イエーイ!!」」」

 

「氷の割れ目からスクアギルがこちらをボケーっと見てます。可愛いですね。素材は汎用性が高くて需要も高いのですが、体が小さいので一回しか剥ぎ取れないんですよね」

 

「一度のクエストで狩れる頭数は限られてる! でも素材いっぱいほしい! そんな時は……こう、腕を差し出してですね。防具を外すとなお良いでしょう。ほ~ら近寄ってきましたよ~」

 

「元気よく噛まれました。まぁ痛い。……はい、気が済むまで血を吸ったら勝手に離れます。勝手に」

 

「ご覧ください! 後ろ脚がモリモリ生えてきました。彼らは十分な栄養を取ると瞬時に体が大きくなるんです。そこを……」

 

「コラーッッッ!! ダメでしょそんな狩り方!!」

 

 シヅキとハルチカにスパコーン!とクララのダブルチョップがキマる。ちなみに実況がシヅキ、実演がハルチカだ。

 相当の威力で二人は吹っ飛び、氷上を雪兎獣ウルクススもかくやの勢いで滑って行った。

 

「うおおぉぉ痛い!」

「スクアギルの噛みつきより圧倒的にこっちの方が痛い!!」

 

 悶える二人を横目にゲラゲラ笑いながら、ラジーはスクアギルの眉間をあっさり射貫いて仕留めた。

 得物は鈍く輝く金の、重弓ヘラギガス。鉱石素材と比べて軽さとしなやかさで(まさ)る骨素材が基調で、重い爆槌竜ウラガンキン素材でも持ち運びやすい。作り手からハンターへの心遣いが光る一(はり)だ。

 

「マジウケる。貧乏っつーか身ィ削ってるっつーか?」

「ちょっとラジー、危ないわッ!」

 

 彼女の背へ躍り出たのは、新手のスクアギル。クララは振り向く勢いを大剣に乗せ、ざぁ、と新雪ごとなぎ払った。

 銘は斬竜剣アーレー。斬竜ディノバルド素材で鍛え上げられた猛る青い炎のような形状と、刀身の髄に埋め込まれた()の竜の炎玉による高熱が斬撃の威力を高める。

 納刀する頃には身を裂かれたスクアギルは絶命し、飛び散る血さえも焼き焦がされていた。

 

(ディノバルド武器……『一発生産』モノかい)

 

 ぶたれた後頭部をさすりながら、ふとハルチカは片眉をわずかに上げた。

 

 シヅキのヒドゥンサーベル、ラジーの重弓ヘラギガスなど、大半の武器の基本はコツコツ集めた骨や鉱石を鍛えたものだ。地道な強化がある程度進んでやっと、大型モンスター素材の土台となる。  

 また、ようやくその頃に武器は持ち主の手に馴染む、という意味合いもあるのだ。

 

 比べて一発生産──ハンターや加工屋、武具屋の間では俗にそう呼ばれている──武器は土台から大型モンスター素材が必要だし、とにかく手に馴染むまで時間がかかる。扱うことができればそれだけ強力ではあるが、コスト的にも時間的にも余裕のあるハンターが担ぐ一品だった。

 

 斬竜剣アーレー。何かの機会に誰かが担いでいるのを見かけた覚えがあるが、どうにも思い出せない。

 取引先は絶対に忘れない自信があるから商売相手ではないだろう。しかし我ながら情けねェ、とハルチカは溜息をつく。

 

(わし)も一本、タマミツネ素材の操虫棍を一発生産で欲しかったんだがネぇ……やっぱし『四天王』武器にァ注目しちまうわな。あぁ、未練がましいこった)

 

「えぇとハルちゃん、腕の怪我は大丈夫かしら? 軽い傷でも取り返しのつかない事態に繋がるかもしれないわ」

「あ? こんな傷ァ唾でもつけときゃ……って」

 

 呼ばれて顔を上げれば、布団のシーツかと思うほどデカい包帯が迫っていた。

 がばっと抱き起こされ、スクアギルの歯型がついた腕へ包帯をぐるぐる巻きに。正直、医療に通ずるメヅキと同じくらい迅速で丁寧な手当で、シヅキにも同じように処置をする。

 

 そんなクララは今の時点で三人よりもかなり多く氷結晶を集めていて、アイテムポーチはパンパンに膨れていた。触れ合って時間はそれほど経っていないが、大剣の立ち回り、手当、採集と、バランス良く秀逸な振る舞いだ。

 

(これほどの実力者なら、名が通っていてもおかしくなさそうなンだが)

 

 その気になって注意深く観察すれば、斬竜剣アーレーのことも思い出せそう……しかし、付け焼刃のパーティとはいえ仲間。疑っても仕方がない。

 どんな経歴を持っていようが《南天屋》と関わっているうちに面倒ごとを起こさなければ十分だった。ハルチカはよっこらせ、などとジジ臭い掛け声と共に立ち上がる。

 

 

 

 四人の現在地は氷海の最北、エリア6。拠点(ベースキャンプ)から出てすぐのエリア1から西に、洞窟の中を迂回して来ていた。

 なぜなら採掘ポイントが多いし、東側を住みかとするザボアザギルの狩猟はあくまでサブターゲットだからだ。多少の荷物が増えても氷結晶集めを最優先にしたかった。

 それに加えて。

 

(狩猟する前にこの人らの輪郭くらいは掴ンでおきたいからネ!)

 

 《南天屋》の紹介は拠点で既に済んでいる。あとはラジーのことを聞くだけだ。

 エリア6の採掘ポイントのチェックとスクアギルの掃討が済んだところで、ハルチカは重弓ヘラギガスを納めるラジーに切り出した。

 

「そういやお前サン、親方(オヤカタ)から話は聞いてるっつッてたネぇ。一体どういう経緯で? 儂らは親方のご近所なンだよ」

「あー、親方?」

 

 ラジーは少し黙って頭をボリボリ掻くと、適当な段差に座ってあっけらかんと話し出す。

 

「いつだったっけなー、一昨年くらい? ナグリ村に寄ったら帰省中の親方とバッタリ出会って、意気投合しちゃって。あの人、意外と装飾品(デコ)の扱いがうめーんだよ」

「デコ」

「デ……(デコ)?」

「おでこ違うわ。ほら、ハルちゃんの(メイル)(アーム)足装備(グリーヴ)。ちっちゃーい穴ぼこ開いた台座があるっしょ? 『スロット』っつって、ここに石はめ込むんだよ」

 

 ラジーは舐め回す様にシヅキのベリオS一式装備を眺めた。スロットを備えている部位は胴と腕、腰装備(フォールド)だそうだ。

 装飾品の存在は知っていたが、装備にデコレーションをして一体何になるというのだろうか。

 

「それから毎年この時期に氷結晶の採集を頼まれてんの。いっつも一人でだったんだけど、今回は知り合いも付き添いだぜーって。四人で来れたのは嬉しーわ!」

「ん? クララさんは付き合いが長い……ってわけではないんです?」

「クララは先々週に親方んとこ遊びに行ったとき、初めて会ったんよ。氷海も氷結晶集めも初めてなんだよな?」

 

 クララはラジーの隣にちょこんと座ると縦に頷いた。やや華奢なラジーの隣にいると、遠近感がめちゃくちゃになってしまったような感覚になる。

 

「私……生まれてからずっと、砂漠地方で暮らしていたので。雪も氷も本でしか見たことがなかったのです。こんなに綺麗だったなんて……きっと氷結晶から作られる武器や防具も、とてもお美しいのでしょうね」

「氷結晶武器は性能いいし超イケてっから人気なんよ! ドンドルマに帰ったら速攻作るか~、弓!」

「もう、ラジーったら。氷結晶は納品しなきゃなのに」

 

 クララは両手を膝の上に揃え、恥じらい交じりに嘆息した。仕草は悩ましき乙女そのものだ。なんだか倒錯感でめちゃくちゃになってしまったような感覚になる。

 

(砂漠ってぇと……ディノバルドの生息地だネぇ。嘘じゃあなさそうだ。クララは砂漠で活動していたハンターなのか……?)

 

 ダメだ、思い出せそうにない。《七竈堂》のウラくらい顔が広ければ話は別だが、流石にハルチカと言えどそこまで情報通ではない。

 それっぽく相槌を打っておくと、ラジーは目を輝かせて話す。

 

「あーしな、親方から装備の勉強させてもらってんだ。デザインとか、機能とかさ。同業がいねーから寂しかったんだけど、クララは真剣に話聞いてくれたんよ。

 だからこのクエストは、あーしが初めて叶えるクララの夢。雪や氷を見たいっつーね」

 

「もうッ、ラジー! まさか狩猟もあるなんて後から知ったわ。私、狩猟はもう最低限しかしないって決めてるんだからね?」

「んなはははこりゃ親方が悪いわ! あとで締めんべ!」

 

 親方のことで濁されてしまったが、なんとなくイイ話な気がする。

 ハルチカは少し(ほう)けてしまったが、対して困ったように首を傾げるクララ。ルドロスS装備に合わせてハチミツ色に染めた髪が一房、赤い頬にかかった。

 

「……ふぅ、私のことは話せば長くなるわ。あとは追々、今はヒミツってことにさせて頂戴? ミステリアスなオトナもいいでしょう?」

「おっと、余計な詮索はしねェよ。ハンターやってると色々あるもんネェ……こっちこそ根掘り葉掘り聞いて悪かった」

 

 やんわりと断られてしまった。ある程度距離は近づいたもののまだまだ溝は深いらしく、両手を軽く挙げとぼけて見せる。

 しかし、振る舞いからでパーティ狩りを経験したこともありそうなのは事実。しかもそれなりに慣れている。ターゲット達成までこれからもかなり頼りになるだろう。

 

 エーヨッコラと溜め息つきつき、ハルチカは剥ぎ取りナイフ片手に解体へ取り掛かる。話を聞きながらシヅキが既に数匹分の処理を済ませてくれていた。

 

 スクアギル。海氷を避けて泳ぐための角と寒さに耐える脂肪、コンパクトな短い手足は、これでもかと言うほど氷海の環境に適応している。長い長い年月をかけて進化してきた賜物だ。

 ハルチカは学術的なことはトンと分からないし、眼前の死体は一つの命というより商品、という感覚の方が強いが……商品は大切に扱うべきものだ。手を合わせてから正中線に剥ぎ取りナイフの刃を入れた。

 

 

 

「あら?」

 

 剥ぎ取りを終えたシヅキは、しゃがみ込んで何かを拾う。洞窟に差し込む日に透ける鉱石は間違いない。ターゲットの氷結晶だ。

 

「氷結晶、この辺にいっぱい落ちてますね。洞窟の外まで続いてそうです」

「こりゃア好都合だ。ちまちま採掘していたらいくら時間があっても足りねェ」

 

 一度のクエストで持てる氷結晶の個数は二十個まで。氷結晶だけを狙って採掘しようと思っても、肝心な時に限ってレアなノヴァクリスタルなんかが採れるものだ。

 売れば高値がつくから金欠対策にはなるが、このままでは氷海を延々とさ迷うことになってしまう。

 

 散らばる氷結晶を辿って四人は洞窟の東側、エリア7に出た。急に明るく開け、あまりの眩しさに手でひさしをつくる。

 エリア7から遠く見える外海には、まるで時ごと凍てついたような大波がふたつ、静かに佇んでいる。ハルチカの後ろでクララの息を飲む気配があった。彼にとっては信じられない光景だろう。

 

 しかし、自然界はそう易々と感傷に浸る余裕を与えてはくれない。

 

 突如、ズン、と足元が揺れる感覚。拍子にバランスを崩し、四人ともによろけてしまった。エリア7は海上に分厚い氷が張る構造だ。ただの地面ではない。衝撃は底無しの海からだった。

 

 ズン、ズズン、と二度、まるでドアのノックのように。揺れは真っ直ぐ天へ突き上げるように。

 ()はもう、すぐそこに来ていた。

 

「と、飛んで!」

 

 クララの野太い怒号。とっさに勘のまま緊急回避する三人を尻目に、重量のある斬竜剣アーレーを背負ったクララは回避が一歩遅れる。

 次の判断は抜刀からの正確なガードだ。得物を垂直に、腰を低く構えて足がすくわれそうになるのを耐える。

 

 ──バキバキバキバキ!!

 

 とうとう足元がひび割れ、砕け、隙間から黒い海水がどうどうと暴れ狂うように溢れ出した。()(くさび)の原理で氷を割り広げ、重く大きな塊が体にぶつかるのをものともせずに大跳躍した。

 

 日を背に、こちらを睥睨。奴の体色は雪と同じ白銀なのかと一瞬だけ見誤る。

 

 クララは叫んだ。氷中を泳ぐ彼のモンスターの名を。

 

「……──化け鮫、ザボアザギル!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

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