黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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 くんしゃく【薫灼】
  くすぶり焼くこと。転じて、苦しめ悩ますこと。
 
 
 


37杯目 薫灼(くんしゃく)隠すアイシャドウ

 

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 数週間前。

 

 ドンドルマの武具工房の一室で、土竜族の親方(オヤカタ)はゲップとため息の間みたいな息を吐く。隣の古ぼけた椅子に座るシヅキは「んもー」とポポの鳴き声のように不満を漏らす。「お口に合いませんでした?」

 紫毒姫素材の鑑定に訪れていたシヅキは土産に冷やした試作甘酒を持って来ていた。なんでも知り合いの新事業で、はじめの一歩に商店街のバザールへ初出品するのだとか。

 

「ウンニャ美味ぇ美味ぇ。こりゃ当たるぞ」

「じゃ、一体何がため息なんです?」

「あのなー、ちょっくら聞くんだが──」

 

 自分の椀の甘酒を舐めるシヅキに、親方は尋ねる。

 

「女装装備って興味ある?」

「頼むっ……! せめて除草の聞き間違いだと信じたいっ…!!」

 

 ならば除草装備とは一体何なのだろう。

 椀を放り出し、顔を覆って泣き出しそうなシヅキの肩を優しく叩く親方。慈愛に満ちた声色だ。

 

「オメェ背ちっこいじゃん?」

「うわぁぁああん否定できません!」

「背が低いって条件なら俺でも女装できらぁ。だがな、オレっちは……太ってるんだよっ……このへぐなちゃこめがっ…!!」

「自分で言って自分で悲しくなるくらいなら最初から口にしないと良いのでは」

「そいで、俺の知り合いで体格的に女装できそうなのがあんただったってわけよ」

「そこでダイエットっていう案が出なかったことが僕は悲しいです」

 

 ぶちまけた甘酒の処理をしながら、今度はシヅキがため息をつく。部屋の中の熱気がゆるりと渦を巻いた。床を這う甘酒が、健気にもシヅキの手をひんやりと冷やす。

 

「そもそもね! 理由を聞かせて下さいよ。とにもかくにもまずは理由です」

「いや~、やっぱ結論から言ったほうがいいかなぁと思ったんだがまぁいいや。先日な、工房にオレっち宛ての手紙が届いたんだよ。匿名で、“異性の装備を作れるか”って」

「異性の装備ぃ? そりゃ女性が男装したがる場合もあるでしょうが」とシヅキ。なぜなら、《七竈堂(ナナカマドウ)》のマスター、ウラも昔は男装のハンターだったからだ。

 

「オレっちに女ハンターの知り合いなんて、うん、まぁいねぇことはねぇけど話しづらくてな……とりあえず手紙の話だへぐなちゃこめ」

 

 語尾を甘酒の如く思い切り濁らせて、親方は一息。甘酒の椀を呷り、「ぱぷぅ」とゲップ。

 

「仕事に三割、趣味に七割力を入れる生き方をしているオレっちは、作れねぇヘンテコ依頼はねぇって鼻高(ビシュテンゴ)になってたんだ。んでも、異性の装備を着れるようにするなんて聞いたことがねぇ。確かに装備はオーダーメイドだが、そんな技術はそもそもねぇんだよ」

 

 土竜族は勤勉な種族として知られる。親方も多分に漏れずなはずなのだが、なぜかベクトルが趣味の方に傾いていた。装備以外に装飾品や日用品、雑貨といった売れないエキストラに命を注ぎ、武具工房内の人間関係も興味がないことから時々奇妙な依頼がやって来るのだという。そのたびに駆り出されるのが、ご近所ハンター南天屋(ナンテンヤ)なわけだが。

 

「オメェんとこの兄貴もガンナーで細身だから女装にいいかなぁと思ったが」

「被害を広めようとしてない? せめて身内の宴会芸程度にしてやってくださいね?」

「今、新事業で忙しいんだろ? とりあえずデータにシヅキの体のサイズだけ取らせて欲しいんだわ。あと、オメェの装備と義足の調子も見ておきたいし」

「む……義足の話を出されると弱っちゃうなぁ」

 

「オメェの隻足はどうでもいいが、義足も負担がデカいからな。オレっちはそっちが心配なんでぃ。野郎の体にゃ興味ねぇ」

「そういうスタンス、ありがたいですけどねぇ……仕方ない、一肌脱ぎますか」

 

 眉を思い切りひそめて「でも女装は絶対しませんからね」と付け加えるシヅキに「売れると思うんだけどなぁ」と親方。「どう売れるって言うんですか」「時代の先を()け、これぞあばんぎゃるど」「地に足着いた商売したいんです僕は」「だからオメェはいつまでたっても貧乏なんだ」「なんだとクソ親方あんたも貧乏でしょうが」と喧々諤々。

 

 かくして数日後、シヅキは紫毒姫素材の売却と共に不本意ながら下着を着用の上、親方に裸体を晒すこととなった。

 

 

 

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 ──ギャアアアァァァァァァン!!

 

 ザボアザギルは咆哮する。

 銀盤も粉砕できるのではと思うほどの重圧に四人は縮こまった。どんな剛力を誇るハンターであっても本能が体の動きを制限してしまい、硬直は振り解けないという。そんな中、一番最初に動いたのはシヅキ。硬直を息んでいなすことで緩和させ、スタミナと引き換えに踏み出して一太刀浴びせた。

 

「お見事サ、切込隊長!」

「褒める暇あったら続いてよね!」

 

 ならばと後続のハルチカはスニークロッドで跳躍し、ザボアザギルを飛び越えてシヅキの反対側に回り込む。挟撃体勢はモンスターの(ヘイト)を簡単に分散させられるので《南天屋》は常套手段としてよく用いる。

 多人数の狩りはここが強み。常に狙われる危険がなく、対モンスターの安全性は抜群だ。

 ただ、問題は──

 

 びゅん!と一本の矢がハルチカのミツネSキャップを掠める。ザボアザギルの体に深々と突き刺さったものの、あと数センチずれていたら串団子のように脳天へ矢がグッサリ立っているところだった。どうせ立つなら顔や腕が立ちたいところである。ハルチカは悲鳴を上げそうになるのを堪えて前線から距離を取り、背後で重弓ヘラギガスをつがえるラジーに「オイ!」と叫んだ。「ちったァ気をつけやがれ!」

 

「んなこと言われてもチョコマカ動かれると狙撃しづれーっつーの」

「操虫棍に動くななんて注文できっか、派手に立ち回ってナンボの武器ヨ!」

「思ったんだけどさ、ガンナーっていつも剣士に合わせっぱなしじゃね? あーしはパーティ狩りほとんどやったことねーんだからさ、経験者なら多少は考えて欲しいわ」

「だああああ偏屈! パーティ組めて嬉しかったンじゃねェのかよ!」

 

 問題は、仲間の得物が干渉し合うこと。

 ぎゃいのぎゃいのと互いに目くじらを立てまくるハルチカとラジーに、ザボアザギルの体重が乗った前脚がガリガリと氷を削りながら迫る。鋭い音を立てて防いだのは、クララの斬竜剣アーレーであった。高熱を帯びる刀身に驚き、ザボアザギルはびくりと身を震わせて前脚を引っ込めた。

 

「さんきゅ、クララ!」

 

 ラジーをザボアザギルの攻撃範囲から押し出して、ハルチカは前線をクララとシヅキに譲る。明確な隙とスペースができたのに、クララは垂直に構えていた斬竜剣アーレーを振るうことなくたどたどしい動きで一歩遅れて、退いでしまった。

 反対側ではシヅキが引き続き攻撃を加え続けている。怒り状態を誘わないとザボアザギルは氷纏いにならない。氷結晶をザボアザギルから得るには、まずある程度のダメージを与えなければならないのだ。

 

「なぜ攻撃しねェ!? 今チャンスだっただろう!」

「はぅ……ご、ゴメンナサイ……そうよね、今は良い隙だったわ」

「ちょ、ハルちゃん~当たり強すぎぃ~」

「お前サンは(わし)に当たりが強すぎやしねェかい!?」

 

 なんだこれは、なんだこのメンバーは! (そび)えるクセの強さにハルチカは頭を抱えてしまう。重ねて、反対側で定点攻撃を続けていたシヅキが「ハルチカ、足元! 泡、泡ーっ!!」と声を飛ばして来た。

 

「ン?」

 

 見れば、濡れた氷上に泡が残っている。これはハルチカのミツネS装備特有の性能で、装備に仕込まれた界面活性剤が摩擦を減らし、とっさの行動が楽になる優れものだ。操虫棍と非常に相性が良い。

 しかし、調整から下ろしてすぐだったこと。氷が海水で常に濡れていること。そもそも氷という物質は滑りやすいこと。すべての要因がこのエリア2を地獄にした。

 

 ばごん! と氷が大きく陥没した。バラバラと乾いた飯粒のように足場が崩壊していき、黒い海水と泡と相まってエリア2は凄まじい有様となってしまう。「のわわわわ」と間抜けな悲鳴を上げながらクモの子のように足場から足場へ逃げ惑う四人だが、つるりんと足を滑らせたのはザボアザギルだった。

 ザボアザギルの足は泳ぐことに適していて、決して地上で走ったり踏ん張ったりするのに対応しているわけではない。腹全体を地面にくっつけることで摩擦を増やす歩き方が仇となった。

 

「ギャアアァァン!?」

 

 派手に横転したザボアザギルは鳴きながら下半身が海に落っこちて、ちんまりとした短い前脚で氷に掴まりもがいている。あぶあぶと泡が立ってたちまち海面が泡まみれになってしまった。特に生体の健康に影響を及ぼさないクリーンな泡らしいが、あちこちで驚いたスクアギルが海面から口をパクパクさせている。

 

「今だ、撤退! 撤退ィ~ッ!!」

 

 ハルチカの号令で、四人はそそくさと拠点に向かって走り出した。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 砂漠の夜は氷海の如く冷える。砂漠は昼夜で二面性があるとはよく言われるものだ。

 しかし昼間の日光で温められた岩に囲まれた拠点は夜でも暖かく、ハンターが二人ずつ塊になって敷物の上でくつろいでいた。手には酒精が飛ばない程度に温めた強めのポッカウォッカを、ひとまず狩猟成功のささやかな乾杯だ。

 

「それにしても、ザボアザギル亜種なんて」と、酒をアイルーのように舐めるメヅキ。すすいだのに口の中がまだじゃりじゃりする。「貴重な狩猟だったな。手負いでなかったら絶対に追い詰められなかった」

「ン」と隣で小さく頷くアキツネ。今回は特にタンク役として立ち回ったために大分クタクタのお疲れモードだ。氷結晶で凍らせた特製の氷熱帯イチゴをもぐもぐやって体力回復に努めている。

 

 地形上、ドンドルマは意外にも旧砂漠とのアクセスが良好で、緊急を要するクエストが張り出されることも少なくない。特に旧砂漠で立ち往生してしまった商隊や、狩猟の途中でトラブルが生じたハンターからのものがよく見られる。今回の狩猟は救難形式で、後者の例であった。

 

「依頼を受けてから十分な文献を確保する時間がなかったのだが、ウラ姐が《七竈堂(ナナカマドウ)》に置いてあった『狩りに生きる』のバックナンバーとモンスターリストを貸してくれてな。ザボアザギル亜種はドンドルマだとG級クエストに指定されるほどの危険度だと」

「……手負いだったから無事に狩れたけっとも……健康な個体なら歯が立たねがっただろうな……初見で、よォぐ立ち回れたよ」

 

 「ナイスファイッ」と二人で拳を小さく小突き合う。装備の隙間に詰まった細かい砂がこぼれ落ちた。

 焚火を挟み、向かいに並んでスクアギルのように寝そべっているのは中年の男ハンター。今回の依頼主でもある。二人ともレイアS装備に斬竜ディノバルド素材の片手剣、ハンマーと砂漠地方のハンターらしい出で立ちで、それぞれ一乙してしまったのは長期に渡って戦い続けたゆえの疲労によるものだ。こちらも十分ナイスファイトだろう。

 

 器用にも寝ころびながら酒を舐めて、くぐもった声が二人分飛んできた。ぱちん、と焚火の薪が破顔する。

 

「いやぁ、狩猟できて本当に良かった。ライトボウガンにガンランスと、機構武器は砂と相性が悪いから俺達砂漠のハンターにとっちゃ物珍しいんだ。しかしその立ち回りたるやアッパレ」と片手剣使い。気さくな性格である。「あんた方、我々と今後狩りを共にするする気はないかい? って、すでにパーティ組んでるから無理かぁ」

「無理かぁー」とハンマー使い。こちらはのんびりとした性格だ。

「うむ、誘いは嬉しいが断るぞ。俺達は先日に抜けた仲間ハンターの補欠だと聞いたが、その人物は? 今はどこにいるのだ?」

 

 メヅキの問いかけに、寝ころんでいる二人は急に押し黙った。冷えた空気がゼリーのように重く、硬くなる。

 ややあって、「ザボアザギル亜種にやられて、砂漠のもずくとなった」と片手剣使い。「もずくなもんか、あいつは生きているとも、そうだ生きているとも」とハンマー使いは反論する。酒と共にその反論を飲み下すと、片手剣使いは不意に静寂の中へぽんと言葉を投げかけた。

 

「酔っぱらったついでだ、オジサンは昔話の独り言をすることにしよう」

 

 メヅキとアキツネに向けているのかは果たして分からず、二人は酒の杯を傾けるのみ。がらり、と焚火の薪が形を崩した。

 

「《薫灼》という名を知ってるかい。この辺で彼を知らないモンスターは命取り、というほどの実力を持った大剣使い……」片手剣使いはとつとつと語る。「力と技術、知恵を兼ね備えていて、砂漠であれば怖いものは指に刺さるサボテンの棘くらいだ、ってな。おまけに優しくて、気配りできて、お淑やか」

「十分モテてたけど、女だったらもっとモテていたろうねぇ」とハンマー使い。寝ころびながら見上げる砂漠の夜空は美しく、背を温める岩盤が気持ちいいのか眠たげだ。「俺達は幼馴染で、若い頃からずっと三人で狩猟をしてきていたさ。レザー装備でサボテン集めの時代からずっと」

 

「あいつはいつも何かに悩んでいるようにしかめっ面だった。だから、《薫灼》」

「フルフェイスの装備を好んで身に着けてたから、しかめっ面は酒場でしか見れなかったっけ」

「あぁ、年を取るごとに眉間のシワは深くなっていった。加齢のせいもあるかもだけど、付き合いが長い俺達はそれだけじゃないって気づいてた。やがてハンターランクも上位に上がって、俺達も妻子を持つようになったさ」

「あいつは結局、お一人様だったけどなぁ」

「ザボアザギル亜種は、そんなあいつを十数年ぶりに打ち負かしたモンスターだったよ。もちろん俺達もこっぴどくやられたけど。で、あいつの負けっぷりに俺達はめちゃくちゃ困惑した」

 

 片手剣使いはそこで眠くなったのか、大きなあくびを一つ。顔が赤甲獣ラングロトラのように赤くなっていた。強い酒に酔いが回り切ったのだろう。ハンマー使いにもあくびが移る。

 

「だって、俺達はいつだって“じゃない方”だったから。嫉妬なんて気持ちは若い頃にめいっぱい味わって、今じゃ諦め一色だけどな」

「あいつはそれでも俺達に優しくしてくれた。優しさが沁みること、沁みること」

「結局、あの狩猟をリタイアしたっきり、あいつは俺達の前から姿を消した。砂漠に沈んだか、堕落したか……どっちにしろハンターとして死んだか」

「あいつ、元気かナァ」

「元気かなぁ、仲直りしてぇなぁ……おぅい、グラード。ザボアザギル亜種の仇、取ったぞぅ……」

 

 夜空へ呼びかけ、それっきり片手剣使いとハンマー使いはガーグァの鳴き声のようないびきを立てて眠ってしまった。メヅキとアキツネはやれやれとテントの中から古ぼけた毛布を取り出し、二人を繭のように包んでやる。まるで生まれたての赤子だ。

 

「《薫灼》……グラード、というのが本名で《薫灼》は異名だろうか。ドンドルマでは聞いたこと無かったが、異名はそう獲得できる代物ではない。この二人もなかなか複雑だな」

「……地元じゃ負け知らず」

「ハンターであればそのスタンスも大事だろう。誰のことか帰ったらウラ姐に聞いてみるか……アキツネ、余裕があれば『狩りに生きる』でも読んでおくんだぞ。お前は本を読まな過ぎだ」

「うるせェ、お(めェ)が噛み砕いて説明してくれた方が早いべ。……ン?」

 

 荷物の背負い鞄に丸めてぶっ刺していた『狩りに生きる』を引き抜いたアキツネが、表紙を開いた途端にふと手を止めた。取り出したのは挟まれていた一枚の薄っぺらい号外の瓦版だ。インクのコストを下げるため、文字が読めるギリギリまでかすれて刷られた文字に林檎色の目が細くなる。

 

 

『 温暖期前砂漠特集 《薫灼》、虎鮫ザボアザギル亜種に敗れたり!? ヘルムの下は化粧を嗜むか、《薫灼》の足取り消える 』

 

 

 

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 『泡沫』スキル、とても面白くて好きなのですが、実際に描写として生かすのは難しいですねぇ。今回はちょっとお試し段階の描写です。読者のハンターの方々は、書くなら『泡沫』をどう生かすでしょうか!!

 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。

 

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