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数ヶ月経った今でも夢に見る。
目に差し込む砂漠の日光を絞る、フルフェイスのヘルム。中は籠って非常に暑いけれど、暑くない狩りなど未だかつてあっただろうか。
私は晴れの日以外の狩りを知らない。砂漠のお天道様は滅多に機嫌を崩さないから。
不意にぐらりと視界が斜めに傾ぐ。足場の砂は理不尽な傾斜でどうどうと奔流のように変形し、そこを二人の狩友たちが骨格的にありえない格好で真横に吹き飛んで行った。私自らも不安定な足場に身動きが取れないまま、砂上に倒れ伏す狩り友へ、走って、走ってと叫ぶ。
彼らにそんな力はもう尽きているのは分かっている。無理を強いているのも分かっている。こういうときこそ知恵を利かせなきゃいけないのに、自分の頭が働いていないことも痛い程に分かっている。
ついに膨らんだ巨体が押し寄せ、彼らに無慈悲な日陰を落とした。あぁ、砂漠の狩りで恋しい日陰が、こんなタイミングでできるなんて。
狩り友たちはステキな妻子持ちだ。片方なんかは三児のバースデイを待つリッパな父だ。私よ私、今彼らを守らないで何が男よ。私の無駄に大きいカラダは誰かを守りたくて鍛え続けてきたのだから。
足場として意味を成さない砂をありったけの力で蹴り、野太い雄叫びをあげてボウガンの弾丸のように走る。愛剣を抜きながら斜め下に構えて剣の腹で巨体を弾いた。私のカラダを緩衝材にしてさえ衝撃を殺しきることはできず、背の狩友二人もろとも撥ねられる。全身の肉と骨が砕け散りそうな衝撃に、がくんがくんと激しく揺れた頭のディノSヘルムが音を立てて外れた
太陽に熱された大気の匂い。急に眩しくなる視界。乾いた色の地は天に。青く塗られた天は地に。
何度も地を転がって、サボテンの群れに突っ込んでようやく止まった。棘が刺さった後頭部からじくじくと血が流れるが、そんなことよりぶつかった際に愛剣を手放してしまったのだろうか、軽くなった背中が悔しくて。
意識に暗幕がゆるゆると降りてくる。どうやら夢はここまでみたい。
乱入してきた奴──虎鮫ザボアザギル亜種の咆哮は遠く、私の名前を呼ぶ狩友の声だけがその向こうから聞こえてくる。あぁ、無事だったらそれでいいの。奥さんと子供を大事にね。無事に帰るぞって想うことこそが、狩りを上手く運ぶ秘訣なんだから。
「お前、口紅をしていたのか」
あぁ。狩友の言葉で耳の奥に鉛が詰められたような気持ちになって──いつも、そこで目が覚めるのだ。
「んぉ、起きた? あんたロアルドロスの水ブレスでぶっ倒れちまって、運ぶの大変だったんだかんな?」
目を覚ますと拠点のテントの薄暗い天幕が。嗅ぎ慣れない孤島の潮の香りに、隣からかかる声は今回初めて砂漠以外の狩りを共にする相手だ。若い女性の弓使いの名はラジアン・ロジャー。ラジーと呼べ、と私に言った。
「あ……すまない。力尽きてしまったようだ」
素直に謝ると、ラジーは「いーのいーの」とあっけらかんとした様子。本当に気にかけていないようではあったが、彼女は信じがたいことを口にした。
「寝てる間にサイズ採れたから気にすんなし。だってあんたさ、ぜってー測らせてくれなかったじゃん」
「わ……私のサイズって」
「バストにウエスト、ヒップはもちろん腕周りも足のデカさも身長もデカい顔も全部! あんた、武具工房でサイズ測ったことないわけ?」
「デカい顔……!?」
何が悲しくて寝起きに罵倒されなければならないのだろうか。大のおっさんが泣きかけた。
彼女は先日、砂漠を出てからとりあえず寄ったドンドルマの武具工房で知り合った子。その時たまたま私を担当していた職人さんの仲介で仲良くなった彼女は、まだまだ若くて夢に満ち溢れていて、とっても眩しく見える存在だ。
得意げに満面の笑みで振り回す巻き尺は、彼女の道具。テントのテーブルには布団のように大きな図面が敷かれていて、書かれているのはきっと私の体のサイズの図面だ。
「これね、あーしが龍歴院行ったときに職人からおせーてもらった『重ね着』! ルドロスS装備着んのにせっかく超高性能のディノS装備を着なくなるのはもったいないじゃん? 性能はそのままに見た目を変えらんねーかって、
にしし、と彼女は白い歯を見せて笑うと「ま、親方のオッチャンは全然興味無くて研究してんのはあーしだけなんだけど」と付け加え、ぴょんぴょん跳ねながら横になっている私に図面を見せてくれた。重ね着のデザインはルドロス装備。デザイン性が高いことでよく『狩りに生きる』に取り上げられていて、彼のモンスターがいない砂漠でもその名は伝わっていた。
今回の狩猟対象のモンスターであり、私がどうしても一度来てみたかった装備でもあった。
「……って! 私の装備を勝手に剥いた!? え! 剥かれてる!?」
「んだよー、着てたらサイズ測れねーじゃん。あほか」
「なっ……!」
見ればテントの脇に私のディノS装備と愛剣、斬竜剣アーレーが置かれていた。私の体にはまだザボアザギル亜種とやり合った傷が残っている。知識がある人物が見れば何列にも並んだ特徴的な牙の形ですぐに相手の推測がつくし、最初に砂漠出身だとも自己紹介してしまった。《薫灼》大敗の噂は未だ巷に流れているらしく、身分を隠していられるのは時間の問題だった。
下手に街中でばれるよりは今説明をしていた方が良い。あえて咳払いをして声を低め、せめて多額の口止め料をせびられないようにと構えて口を開く。
「……認めよう。私こそが《薫灼》だ。この度は不格好なところをお見せして……」
しかし、彼女は全くピンと来ていない様子だ。「あ? 誰だしクンシャクって。クンチュウとクシャルダオラのハーフ?」などと白けた表情に思わず拍子抜けしてしまう。
盾虫クンチュウも鋼龍クシャルダオラも砂漠を住みかとするモンスターだけれど(それにしても後者は見たことがあるわけもないし、いて欲しくない! とも私は思う)、そんなグロテスクなハーフがいてたまるか。
「それよりさ、そのリップめっちゃイケてるな! 白い肌ブルベだから、紫がめっちゃ合ってるわ! どこメーカー? やっぱ砂漠流のメイクなん?」
リップ。言われて私は夢の終わりを思い出し、ハッとして口元を抑えた。
きっかけは幼少期、姉兄弟のおままごとに付き合っているときに塗られたこと。化粧への興味は尽きることなく、いつしか家族へ贈呈品にと嘘をついて町の女性から購入したり譲って貰い、ディノS装備がフルフェイス装備なのをいいことに塗るようになっていたのだ。塗る前と後では文字通り世界が変わって、私の狩猟するときのスイッチになっていた。
私はリップを塗って初めて“ハンター”だった。
彼女はぐいぐいと近寄ってくると勝手に荷物をごそごそやって、いつも使っているリップを探し出す。砂漠を出た後で知ったけれど、どこにでも売っているような安いものだ。「し、白い……本当に?」と問うと、「ファンデ塗らなくてこの白さはパないっしょ」と私の頬をつついてくる。フルフェイスは単純に顔の日焼け防止の意味でも身に着けていたから、私は思わず口の端が緩んでしまった。
「おっさん位の歳になれば髭ボーボーのアブラギッシュになりそーだけど、毛穴いっこも見えねーユデタマゴみてーにつるすべじゃん。スキンケアどーしてんの?」
「え、えと、取り寄せたポポミルクに穀物の
地域によって化粧品となる素材も異なってくるようだ。ラジーは興味深げにフンフンと分かっているのか分かっていないのか頷いて、まだ見ぬ化粧品を想像し目を輝かせた。
出会ったときから気になっていたけれど、彼女も顔にしっかりとメイクを施している。地黒の肌には大胆に地底湖のような青色を瞼へ、反射する水面のような白を涙袋へ大胆に乗せている。リップは回復薬を飲むときなどに落ちやすい。顔全体のメイクなんてもちろん汗をかけば落ちそうなものだけれど、彼女は全く恐れることなくメイクを心から楽しんでいた。
「あなたのメイク……素敵だ」
「マジ? じゃ、あーしのメイクセット貸すからやってみよ。この狩りが終わったらドンドルマで揃えてみっか!」
「怖く、ないの。私のような中年の男が、メイクなんて」
恐る恐る尋ねると、ラジーはモリモリに盛った垂れ目をグンニャリと歪めて渋い息を吐いた。「やりたい人がやればいいじゃん、メイクなんてさ」「案外ね、ヒトってあんたの見た目なんかどーでもいいもんよ」「あーしのメイクは装備の一環なんよ、あんたは裸の素手の丸腰で狩りに行くわけ?」「メイクとスキルは盛ってなんぼっしょ」と連射もビックリな怒涛の矢継ぎ早メイクトークに私はどぎまぎしまう。しかもなぜか説得力があるのは気のせいだろうか
そして私は気づく。《薫灼》という異名を言い訳に振りかざし、自分の狩猟スタイルをがんじがらめにしていたことに。《薫灼》に似合うハンターであれ、と最も捕らわれていたのは他でもなく私だったのだ。
「それにさ、装備と合わせてメイクするって最っ高にキラキラしてると思わん? 一生懸命生きた奴らをぶっ潰して着るってのは、そいつらと一緒に生きてる気になれる。だったら装備に似合うように顔も全力で盛るしかねーよな!」
ハンターメイク論をまるで角竜ディアブロスの尻尾の縦振りのように叩きつけた後に、「これじゃ晴れ着のために狩るのか、狩るために晴れ着をきるのかわかんねーな」と言って笑う彼女。正直、砂漠の太陽よりも眩しく、彼女こそが最高にキラキラしていると思った。彼女みたいになりたいと思った。彼女のようにメイクをすれば、彼女に近づけるだろうかとも。
この時、《薫灼》は死んだ。私は、彼女の生きざまに惚れたのだ。
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足場が崩壊しきったエリア2から這う這うの体で帰還した四人は、拠点へと転がり込んで一時の休憩を取っていた。なお、ハルチカはミツネ装備を桶に浸して泡を落としているしばらくの間は裸の刑だ。びょうびょうと吹きつける寒風に細身をさらに縮めて、凍る鼻水をずるずるすすりながら海へ反省タイムの真っ最中である。
「どこか調子悪そうでしたが、体調いかがです?」とシヅキ。自分がやろうと立ち上がるクララを宥め押し込め、肉焼きセットで火を起こしてから白湯のカップを二つ作って渡してやった。
「うん……ありがとう、大丈夫よ」
「随分信用ならない大丈夫ですねぇ」
「あのなシヅキ、こいつはいつもこんな感じなんよ。ヘージョーウンテン、ヘージョーウンテン」
隣で同じく白湯を受け取ったラジーは、湯気で顔を赤くしながら肘でシヅキの脇腹をずんずん突いた。もこもこふわふわとしたルドロスS装備が柔らかく、大したダメージにはならない。
「あ、ラジーさんはクララさんと狩猟したことあるんでしたっけ」
「うん。こないだ、孤島でロアルドロスを狩ったんだ。今のこいつの装備はその時の素材で、あーしが作った」
「え!? ラジーさんがクララさんの装備を作ったんですか!?」
声が裏返るシヅキに、ラジーは街中の道化師のようにもったいぶってチチチと人差し指を振った。クララに近寄ると、少し嫌がるクララをルドロスS装備──に見える──の前のホックを外す。中から現れたのは古代林の深層を思わせる青と、燃えるような赤が特徴的な斬竜ディノバルドの甲殻。作った職人の手つきが想像できるような丁寧に加工された彼の竜の装備であった。
なお、特徴的な肩当ては外されていて上からルドロス装備のコートを着られるように工夫している。
「これは『重ね着』って言って防御力が皆無なんだけど、性能はそのままに見た目変えられるシロモノよ。装備の見た目の悩み、あるよな?」
「いやぁ、僕はこのベリオS装備の性能も見た目も気に入っているので、それほど」
「え~ツマンネ~。やっぱそういう意見のハンターばっかしなのかなァ」
ラジーが口を尖らせたところで、懺悔タイムを終了させたハルチカがミツネS装備を乾かしに来た。シヅキに毛布を投げつけられたまま、びたりと動きが止まる。
「お
「《薫灼》」とハルチカの呟いた異名に、クララはしょんぼりした顔で頷き、かかる白湯の湯気が悲しみを色濃くする。試しにギルドガードを見てみると確かに《薫灼》と異名が書かれていて、だから積極的に交換しようとしなかったわけだ。名刺代わりにもなるギルドカードは狩りの前に交換するのが常識である。
「く、くんしゃくってどなた?」と首を傾げるシヅキをぶっ飛ばして「
とは言え、ハルチカが《薫灼》を知ったのは『狩りに生きる』の号外記事で、四天王モンスターであるディノS装備が目に留まったからだ。普通のハンターであればペライチの号外記事、しかも地方の事件など目にもくれないだろう。
「《薫灼》のグラード! 砂漠地方では大活躍の大将だゼ、しかし数か月前に……ザボアザギル亜種だかにやられて、死んだって噂じゃなかったかい」
「前半は合っているけれど、後半はガノトトスの尾
「ガノトトスの尾鰭……?」とシヅキ。「噂が独り歩きしてるってことだ、砂漠地方の中でもオアシスがある地域の言い回しサ」とハルチカが片手で口元を隠しながら解説をした。
「けれど、本当の意味では《薫灼》のグラードは死んだわ。私はクララ。メイクが趣味のハンターよ。今回は……ザボアザギルというモンスターを狩りたくて氷海に来たのだわ。個人的なケジメをつけたくて」
もう冷えかけのカップを両手で握りしめるクララに「な~る」とハルチカは紫煙をモクモクとくゆらせながら目を細めた。
「このクエストの目的は氷結晶集めであってザボアザギルの狩猟じゃねェ、奴を避けて採掘をするってのもアリだと思うが」とこれ見よがしに意地悪く
「え、じゃあラジーさんはクララさんがザボアザギル狩りたいのを知ってたんですか?」
「んー、まぁね。親方のオッチャンからは『一緒に狩りしてくれるハンターはどんな用件だって聞いてくれるし、オレっちの知り合いになる奴らなんてそんなのばっかだから』って聞いてるし」
「あのオヤジ、隠し通せたなら通せたでヨシ、ばれても口止めの信頼ができる相手ってことで
「あとでシバく……!」と歯噛みするシヅキ。クララの不器用さと親方の雑な信用に、ラジーの絶妙な潤滑剤が加わりグッドなのかバッドなのかよく分からないミラクルな状況になってきた。これも親方の趣味七割的売れないエキストラに命を注ぐ生き方しからしむるところだろうか。脳内でえへらえへらとダブルピースする親方を妄想のグーパンで黙らせておき、シヅキは白湯を呷って息をついた。
「初対面なのにごめんなさいね、私の未練に付き合わせてしまって」
「いえいえです。深いところは分かりませんが、僕達もお手伝いになれれば幸いですし」
「狩猟ってのは何だって成功すれば金が回るモンさ。結果的に儲けになれば儂ァ何だってやるゼ」
「よく言うよ、さっき採掘だけして帰るのを提案してたくせに」と突っ込むシヅキに「
ようやく乾いた温かいミツネS装備を肉焼きセットの火種が消えるより素早く着付け、ハルチカはびしっと東側を煙管で指す。彼のモンスターは主に東の海岸沿いをうろつくのだ。
「ならばいざ! 氷結晶集めもとい化け鮫狩りへ!」
「はい、よろしくお願いします……!」
クララの野太い声が賛同した。
……なお、崩壊したエリア2が再び凍り付くまでは時間がかかるため、結局西から迂回して向かうこととなったのだが。
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ファンデーションは古代ローマ、アイブロウ(眉墨)は平安時代、アイシャドウは古代エジプト、ルージュ(口紅)は古代エジプト、メソポタミア、インドなど、化粧の歴史は大変古いようです。が、マスカラだけは1913年にメイベリンというメーカーによって世界で初めて開発されたとか。
ということで時代考察的にもモンハン世界にマスカラは厳しそうですが……ご愛嬌ということで。
※ラジー、クララ ざっくり設定画
【挿絵表示】
【挿絵表示】
オネェキャラは字だと全然絵面のインパクトが弱まるので、いつも書きながらちょいちょい混乱しています。絵に起こしてみて改めて「ウワッ」となりました。そりゃそうか。
次話も是非ご賞味下さい。