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数刻前、
手持ちの物資の少なさと足場の確保。へらへらしているラジーを覗く一同は、この二つの問題に頭を悩ませていた。
アイテムはクララだけ最低限のものを持参していたが──当初の予定では、採集クエスト後に一人で残ってザボアザギルを狩猟するつもりだったらしい──四人で分けるとなると非常に心もとない。
支給品ボックスの奥に転がっていた強撃ビンだけ、「もらい~」とラジーがぴょこぴょこ飛び跳ねながら確保した。
物資の少なさが祟っているのが太刀のシヅキ。切れ味をキープする必需品、砥石は通常の狩猟だと最大数持ち合わせているが、今は悲しいくらいに持ち合わせがなかった。
刀身そのものの重量も威力になる大剣、エキスで補正できる操虫棍と比べて、太刀は特に切れ味が問われる武器だ。なまくらでは沽券にかかわる。しょぼくれる彼の肩を、クララの大きな手がぽんぽんと叩いた。
「砥石なら、採掘である程度は確保できるわ。頑張って」
「あ、そうか。さすがクララさん」
「私も昔、砂漠の洞窟の出口をディアブロスに居座られちゃって、何日も閉じ込められた時があったの。みんなで現地調達の物資をかき集めて応戦したものだわ。甘ぁい熱帯イチゴをかじりながらね」
「ひょえ~……すごい……」
「砂漠の人にとって、ディアブロスとの遭遇はそれほど珍しいことではないわ。逆にドンドルマに出て来てから、あのモンスターを見たことない人の多さにびっくりしたくらい。ウフフ」
あの砂漠の暴君のことだ、その気になれば洞窟一つくらい木っ端みじんにしかねない。シヅキならそんなプレッシャーの下では熱帯イチゴの美味さなど感じる余裕もないだろう。改めて、やっぱりこのハンターは只者じゃないんだなぁと彼は実感した。
しかも相槌を“何日もディアブロスと渡り合ったタフさにちょっと引いた”、ではなく“ディアブロスとの遭遇に感嘆した”と捉える天然っぷりである。
けれど同時に推測したのは、《薫灼》の肩書が明らかになったとは言え自らの話をするなんて、意外と砂漠での思い出は悪いものでもなかったのかな、と。なぜなら、とても楽しそうに語っていたのだから。
まずいまずいと頭を振って、シヅキは話題を切り替えた。どうも人の事情に首を突っ込みたくなる性格で、ビジネスライクな付き合いが苦手なのだ。
「えぇと、作戦は……さっきはラジーさんが慣れない連携で戸惑っちゃってましたし、軸くらいは何か立てます?」
シヅキがさりげなく提案すると、ラジーはリップを塗った艶やかな唇をニョキッとさせて、
「あーしは悪くねーし」
「ふふ、ごめんなさいねシヅちゃん。ラジーはこの間一緒に狩った時もこんな感じだったのよ。孤島のロアルドロス戦は、水辺での狩猟に慣れてるこの子に私が合わせたわ」
「え」と
「好きに動いて頂戴、私が合わせるわ」
途端にシヅキは「ぐがああぁ」と喉が潰れた彩鳥クルペッコのように悶えて崩れ落ちた。「どした?」とハルチカが抱きかかえると、
「去年の年末、僕が一人で龍歴院づての出張行ったでしょ? カムラの里に」
「ウン」
「その時、現地の新米ちゃんに見栄張って同じセリフを言った」
「思い出して恥ずかしくなっちまったのかい。阿保か。お前サンは後輩相手だとすぐに態度がデカくなりやがる。二度とそんな真似すンな」
「言われるとすごく頼もしく聞こえるんだね……」
「好きに動いて」なんて台詞は実力、精神力共に最高水準なハンターにこそ似合うものだ。半端者の自覚があるうちは口にしてはいけない。
恥でちょっと潤んでいるシヅキの目元を、ハルチカは「伸びしろ伸びしろ」と口では慰めながらミツネSアームの袖でがしがし拭う。その線維に含まれる界面活性剤特有の塩基性により、シヅキは目を抑えて氷上をのたうち回った。
「ま、ともかく」ハルチカはため息をつきながらゆるりと背筋を伸ばし、ミツネSキャップを被った。損得以外の価値観も求められるこのハンターの世界で、根っからの商人気質である彼なりの変装である。装備がモンスターの心を宿す、とはよく言われるものだ。
泡狐竜タマミツネの顔を模した仮面の口が、言葉に合わせてぱくぱく動いた。
「
「ただし、念を押すが」と指を二本、ラジーとクララに突き出す。赤手袋に縫い付けられた金色の爪の装飾がぎらりと日に照らされる。
「あくまで討伐はターゲットにしねェ。ザボアザギルの部位破壊をくり返して、氷結晶の入手と撃退の
緊張した拳を作って見せるクララに、「特盛りじゃんか」と舌を出して怪訝そうな顔をするラジー。彼女は先程口にしたようにモンスターを“潰す”ことを好み、採集や撃退に関してはそれほど乗り気でないようだ。この様子だと、毎年ソロでの氷結晶集めはだいぶ頑張っていたらしい。
対して、くつくつと喉の奥で引き笑いをするハルチカ。仮面の顔は狡猾なハンターでもある零細企業の若きイニシアチブは、仮面の奥で楽しそうに目を細めた。
「
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部位破壊とは、モンスターの体の部位に一定以上のダメージを与えることで外部器官を損傷させることだ。有名な尻尾切断を筆頭に、例えば頭部、翼部、背部など。
部位破壊の目的とは、モンスターの動きを阻害させて狩猟の安全性を高めることはもちろん、モンスターの戦意を削がせて撃退に繋げることである。ハンターズギルドは二点から部位破壊を恒常的に推奨し、ハンター達には報酬を上乗せするのだ。
この追加報酬は、狩猟の後の狩場からハンターズギルドの職員が手作業で拾い集めているとか、マタタビで買収された現地の獣人族に委託しているとか、残業になると日付が越えても帰れないとか、微妙に仄暗い噂が巷に流れている。
化け鮫ザボアザギルの部位破壊報酬はというと、他の一般のモンスターと同様に固有の鱗や皮、牙に加えて、氷結晶の項目があった。
耐氷、耐水性に優れる彼のモンスターの素材を求めて狩ったは良いものの、ハンターズギルドに氷結晶ばかりを押し付けられて、泣き寝入りしたハンターは数知れない。
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氷海の北東に位置し、東側は海に面しているエリア7。
銀盤の上では激しい大立ち回りが繰り広げられていた。氷原の冷えた大気を、一本の矢が切り裂く。
「おらよっ!」
重弓ヘラギガスのしなやかで重い弦が放つ貫通矢は生半可な威力でない。何本かはザボアザギルの纏う氷の鎧に弾かれてしまったが、それでも数本は右肩へ食い込む。
狩猟の主軸は彼女。ガンナーが主軸となる立ち回りは珍しいが、他人に合わせることが不慣れであれば周りが合わせてやるまでだ。物資の少なさゆえ、部位破壊の短期決戦に持ち込む。
畳み掛けようとラジーが次の矢をつがえた瞬間、ザボアザギルが身を引いた姿勢でぴたりと止まる。決して、怯んだわけではない。
「──跳べッ!」
ハルチカの怒号。
ザボアザギルは怒りに任せ、ラジーに向かって足場もろとも大口で飲み込もうと突っ込んできた。崩れる足場も加味してしっかりと回避し、宙を噛んだザボアザギルは虚しく氷と海水で胃袋を満たすこととなる。
一歩引いた俯瞰の距離で狩り場を見るハルチカは遊撃。《南天屋》の四人で狩猟するときと位置取りは変わらないものの、普段よりも余裕を持ってゆったりと構えて視界を確保していた。
後から追いついたクララはザボアザギルの左後ろ足に、抜刀からの斬竜剣アーレーを大上段で振り下ろした。一見は単純な動きだが、だからこそ実力があればあるだけ精密さが研ぎ澄まされているものだ。かつて角竜ディアブロスの角をへし折ったその剣はたった一撃で氷の鎧を割り、音を立てて砕く。破片が日の反射を受けて飛び散った。
氷まとい時のザボアザギルは、あの火山に住まう鎧竜にも劣らぬ強固さを誇る。強固な物質には鋭い切れ味よりも重量で挑む方が賢い。木こりが容易く紙を裂く刀ではなく、肉さえ切れない斧で薪を割るのと同じ原理だ。
「ナイスです、クララさん!」
「ありがとね!」
クララは前衛。大剣では基本的なヒットアンドアウェイで部位破壊を積極的に狙う。
そしてヒドゥンサーベルの切れ味が武器のシヅキは砥石をクララとハルチカへ全て渡し、前衛ではなく援護として走っていた。全身をばねのようにして
最前衛を務めることが多い彼を援護に回したのはハルチカの指示。薬類や生命の粉塵といった物資が少ないぶん、被弾を避けられないカウンターを主軸にする彼は前衛に適さないという判断だ。
ポーチに氷結晶を突っ込みつつ、シヅキは今度はエリアの端まで進んで荷車から大きな麻袋を引っ掴んだ。クララの足元へ中身へ思い切りぶちまけるのは、採掘で掃いて捨てるほど手に入った石ころや小さな砂利。ちなみに八割近くの生産者は、採掘ポイントを力いっぱいぶっ叩いて採掘を越した無差別氷海破壊活動を推進したラジーである。
左後ろ足の氷を剥がされて振り向いたザボアザギルは、クララへ往復の噛みつき突進を敢行する。日々の食料をこうして確保しているのだろうか、偏差的に狙ってくるため避けづらく、回避距離の計算を誤った事故が起こしやすい。
一度、二度は危なっかしく左右方向へすれ違うような横跳びで対応し、三度目は斬竜剣アーレーでがっちりとガードした。撒かれた砂礫が氷と噛み合い、滑りやすい足場を補強する。ごりごりと切れ味が落ちる感覚が柄を握る手に響いた。
「うん、足場いい感じ!」
「良かったです!」
クララが頷くのを横目で確認し、シヅキは次の袋の口紐を解いた。大剣は踏ん張りが利く場で力を発揮する武器だ。滑り止めによる足場の確保は先程のエリア2の大破から発想を得ていた。
「捨てておかなくて良かったネ、石ころ!」
「意外と足りなくなるんだよね、石ころ!」
「お前サンは石ころをおッかながるくらい好きだもンな!」
「いや、石ころに好きとか嫌いとかある!?」
ザボアザギルを挟んで反対側でもハルチカが砂利を撒いて足場づくりに尽力している。形成される足場に立ったラジーは調子良さそうに貫通矢の剛射を繰り出していた。腰を低く構える剛射も、足場が安定していると威力を発揮しやすい。
もう一つの袋を空にしたところで、ハルチカから呼びかけが飛んで来る。
「シヅ
「はいよっ」
シヅキの役割はもう一つ。合図でシヅキは両手の指を組み、中腰に屈んで身構える。クララの立つ前線を迂回して走り込むハルチカ。組まれた手に足をかけると、「せーのっ!」と息を合わせて思い切り背筋をフル稼働させる。斜め後ろに力いっぱいかち上げた。
エリアに段差が無かったり、地に突き立てる柄が滑って跳躍しづらいときは、こうして人が足場になることもある。《南天屋》でも時々使う荒業だ。向きや力加減は少々コツが必要だが、慣れているハルチカは難なく空中で軌道修正する。空中でスニークロッドを振ることで重心を微調整し、ザボアザギルの背鰭に飛びついて乗り攻防へ。
罠といったアイテムがない今、乗り工房が足止めの鍵となる。
ハルチカが腰からぎらりと抜き出したのはお馴染み、ハンターナイフではなく──ピッケル。振りかざして乱打すれば氷の鎧がどんどん削れて、氷結晶が剥がれていく。痛みに暴れるザボアザギルがちょっとかわいそうにも見えてくるくらいだ。
「ハハハァッ破壊活動も悪くないネ!」
「どう見てもハルチカが悪者なんだよなぁ、こりゃ」
しがみつきながら高笑いするハルチカに、地上のシヅキは苦笑いした。
暴れまわった末に平衡感覚を狂わせたザボアザギルが転倒し、大きな隙が生まれる。ここまで作戦通り。身軽なラジーが真っ先に躍り出て、重弓ヘラギガスに
「破壊ッ! 破壊ィィッ!!」
彼女はアグレッシブな雄たけびと共にほぼ垂直真上へ矢を放つ。鋭い直線を描いてザボアザギルの鼻先にぶち当たり、即座の二の矢が
矢の種類は重射。その名の通り鏃が非常に重い構造になっていて、きつい軌道は飛距離と引き換えに絶大な威力を生み出す。貫通矢を少ない力で大きな効果を発揮する点状攻撃のランスに例えるなら、重射は短いリーチと重さで叩きつけるハンマーのようだ。
重射はクセのある軌道のために通常の立ち回りでは主軸として運用しにくいが、このようにダウン時は狙い放題だ。そして、部位破壊に最も適した矢の種類でもある。
「すごい、どんどん氷の鎧が剥がされていく」
シヅキはあまりの痛快さに思わず感嘆の息をつきながら、事前に調べてきた情報を頭に浮かべた。
ザボアザギルが纏う氷の鎧の正体は、興奮したときに体表中から分泌される体液が周囲の海水を凍らせたものだ。体液の分泌される量は部位によって異なるようで、この差が独特のシルエットをつくる。ザボアザギル本体には雷属性が最も有効だが、この体液の性質によって氷の鎧に対しては熱、つまり火属性が最も有効になっていた。
狩猟の知識に関してだいぶ抜けているラジーが武器選びを意識したかどうかは分からないが、今回の依頼内容においてはわずかながら火属性を矢に帯びる重弓ヘラギガスは最適解の一張りとも言えるだろう。
拾うそばから積もる氷結晶で、あっという間にシヅキのポーチがぱんぱんに膨らんでしまった。シヅキは今やバザールの青果店のセールか、潮干狩りに来た客のように氷結晶を麻袋に詰めている。規定の個数が集まるまでこの調子ならそれほどかからないだろう。おまけに、この勢いだと撃退も十分狙える。
横からガブガブと噛みついて来たスクアギルを引っぺがして海に放り投げつつ、シヅキは大きな手ごたえを感じていた。
しかし、ザボアザギルも一方的にやられ続けているわけではない。
「グオオオォォォ……」
起き上がったザボアザギルは突然、唸りながら身を縮こめて力み始める。
しゅうしゅうとその体内で気体が巡る音がしたかと思うと、みるみるうちに見上げるほどの大きさまで体が──いや、腹が膨らんだ。ハッとクララが息を飲んだ気配が感じられる。
彼のモンスターの亜種は鎧を纏うことがなく、通常形態とこの膨張形態の二つを操る。クララと仲間が砂漠で手ひどくやられたのは後者。辛い記憶が過ぎって、クララの思考と動きを硬直させた。
氷纏い形態に膨張形態。一体どんな天敵を想定して使い分けるようになったのだろうか……という興味をシヅキが持つ暇もなく、膨らんだザボアザギルの身じろぎで崩れる足場に、慌てて氷結晶の袋を抱えて隣の足場へ飛び移った。
狩猟は他の三人に任せて氷結晶を荷車に積み、安全なところまで引っ張らなければならない。援護も大切な役割だというのは頭で理解しつつ、前線で太刀を振るえないのはちょっと悔しい気もした。
ザボアザギルの膨張状態はユニークな見た目と裏腹に、攻撃性はすこぶる高い。三人の包囲網を圧倒的な重量でばりばり破壊し、氷ブレスを好き放題吐き散らかして辺りを白く煙らせる。
体液を凍らせたものなのか、このブレスは着弾地点にへばりつく性質がある。「ぎゃっ」と白煙の中に悲鳴が上がった。ラジーがザボアザギルの真下でブレスを食らい、身動きが取れなくなったようだ。ヴァル子の体当たりは焼け石に水でハルチカも迂闊に近づけず、クララは足を止めていた。背からは恐怖の感情がありありと滲み出ている。
モンスターは意外にも、本能的にこの感情へ付け入る。紫毒姫狩猟でシヅキが身に染みて実感したことだ。
まずい、状況が押されている。膨張状態は徹底して叩かないと解除できないが、このままではこちらが攻撃する隙もない。まずは身動きができないラジーの救難を先んじるべきか。氷結晶の袋を避難させたシヅキは一歩踏み出し──踏み出した先の氷板があっけなく割れた。
「ふぎゃあっ!?」
頭をフル回転させて次の指示を練っていたハルチカが振り向くと、どぼんとシヅキが派手に海氷の合間へ沈むところであった。
流石に水中戦はまずい。ハンターに場が悪すぎる。
水中での狩りを許容しているハンターズギルドも世の中にはあるが、それでも狩猟ターゲットにザボアザギルやスクアギルの指定は存在しない。何故なら、それだけ彼のモンスターたちは水中では勝ち目がないからだ。海中でうようよしているスクアギルにずたずたにされるか、
おまけに、シヅキはカナヅチなのだ。
しかしその傍ら、ついにザボアザギルはラジーへ飛びついてルドロスS装備を裂かんと牙を剥きだした。この瞬間に膨張状態が解けたのが憎い。弾かれたように駆けだしたのは、恐怖一色で滝のような脂汗を振り乱したクララだった。
何重にも並んだ牙が氷雪ごとラジーを貫こうとした瞬間、クララはその隙間に巨体を滑り込ませて斬竜剣アーレーの腹で受け止める。離れていても、ぎゃりぎゃりと牙と刀身がこすれ合う嫌な音が聞こえた。
モンスターとヒトの間は絶対的な体重差がある。牙は免れられても、あの体重に潰されて二人もろとも全身を砕かれるのは想像に難くない。
「死ぬヨ、あのオッサン!?」
「行って゛!!」
クララの凄まじい怒号が躊躇するハルチカの背を押した。崩れる足場の縁ぎりぎりへ駆け込み、息を肺いっぱいに吸い込んで──潜る前にもう一度、一瞬だけクララへ横目で振り返ってから、黒く口を開ける海水に飛び込んだ。泡が生まれる。
「私はッ!! もうッ!! 負けないんだからアアァァッ──!!」
雄叫びが水面上で響き渡り、ばごん、と何かが大きく割れる音が聞こえた。
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