黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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4杯目 うたかたに詭弁を弄せよ ふたくち

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 太陽は、さらに鉛筆の芯三つ分の角度ほど沈んだだろうか。

 懐の懐中時計は、青年たちが商隊を追いかけ始めてからちょうど一周しようとしていた。

 

 ガーグァは赤土を蹴り上げ、力走する。

 見た目に反して意外と速い。ぐんぐんと風を追い抜くように加速し続ける。

 

 青年はスニークロッドの尖っていない印弾の方でガーグァの尻を叩きながら、手を水平にかざす。思わず眉間にしわが寄り、舌打ち。

 

「あのクソ商隊ども、やりあってンじゃん……!」

 

 前方に広がる金色の草原は、ところどころ抉れて赤土が露出している。

 けん引アプトノスは怯えきり、暴れたのかいくつかの荷車が横倒しになっている。

 荷車からは従業員たちが荷物を担いでばらばらと避難し始めていた。

 

 そして、イャンクック。

 

 足元では数人の護衛ハンターが応戦しているが、全く眼中に無い様子でキョロキョロと何かを探し回っていた。弓使いが放つ矢をものともせず、跳躍して横倒しになっている荷車へのしかかる。

 

 上等なはずの荷車は、その体重に、クチバシの質量に、あっけなく破壊された。

 

 

 

 無実なモンスターに故意でなくとも罪を着せてしまうのがヒトであることは、よくあること。

 

 いや、しかし――青年は頭を振る。とにかく今は仕事だ。

 

 商売を営む者は、いつだって利益の出る選択をし続けなければいけない。また、イャンクックに情を移していてはハンターの名が廃るというものだ。

 あくまで、動かぬ事実には冷静に、冷静に。

 

 青年は自分の荷車を離れたところへ雑に駐車し、スニークロッドと共に運転席から飛び降りる。ヴァル子も続いて飛び出した。

 

 頭部に斜めにつけていた仮面を被る。白地に紅の文様と花弁のような飾りのついた仮面だ。

 泡狐竜タマミツネの素材から設えられた衣装が、彼の(まと)う装備であった。

 

(わし)サ! 先程のハンターだ! 人命は大事か!」

 

 横転した荷車の影にうずくまっていた従業員たちがどよめく。互いに手当てをし合い、どうやら重傷人はなさそうだ。

 青年は怯えた表情たちへスニークロッドを振って『その場で待機』の合図を送り、イャンクックの方へ駆けてゆく。

 青年に気づいた護衛ハンターの一人が盾を構えながら応対を投げた。チャージアックス使いだ。

 

「護衛ハンターの方で怪我人は!」

「援護助かる! 怪我をしている護衛ハンターはいないから、ここは私たちに任せて貴方は――」

 

 うおっ! チャージアックス使いがイャンクックの吐いた火炎液を盾で弾くのを横目に追い抜き、青年はヴァル子をスニークロッドの印弾へ留まらせ振りかぶる。遠心力を利用してかっ飛ばした。

 ヴァル子はきりもみ回転をしながら突進してゆき、イャンクックの甲殻をわずかに削る。

 

「あの! 部外者はどうか立ち退き願います!」

 

 荷物に被害が出るのを恐れてか、荷車を破壊し続けるイャンクックに手出しできない護衛ハンターの一人が、青年に食ってかかる。大剣使いだ。

 青年は掴まれた腕をぐっと捻って容易く解くと、大剣使いに向かってがなり立てた。

 

「何言ってンのあんた達は! 暴れる先生を指くわえて見てろッてのかい! それでも護衛ハンターか!」

「いや、そうなのですが、事情があって……」

 

 ちがうちがう、とでも言うように首を振り続けるイャンクック。

 揉める青年と大剣使いをよそに荷車をあらかた破壊し尽くすと、既に半壊の荷車へ飛び乗った。従業員とけん引アプトノスがわっと散って、イャンクックは積んであったらしき木箱を次々とクチバシで砕いてゆく。

 

「――ああーっ! それだけは! ダメです! やめてください!!」

「父サン!?」

 

 先頭の一番豪華な荷車の窓から、ちょび髭の支配人が半身を乗り出して叫んでいた。召使いだろうか、支配人を従業員が飛び出さないよう必死に抑えている。

 

 瞬間、その丸い顔の血の気が引き、動きが止まった。

 

「――あ」

 

 イャンクックが壊した木箱から咥えだしたのは――盾虫クンチュウ。

 大きな甲殻を被った小型モンスターで、甲殻の色を生息地によって変える。

 甲殻の色を見るに、彼らはここから一番近い遺跡平原の個体だろうか。

 

 そして、彼らの体液はハンターの武具の加工に重宝される。

 彼らが一体何のために売られるのか、ハンターである青年には容易く見当がついた。

 

 これだ。見つけた。

 そう言わんばかりにイャンクックは空を仰ぎ、嬉しそうに丸呑みする。食道を丸まったクンチュウが通るのが、喉の皮膚の上から見えた。

 

「アンタさては、違法商人かッ――!!」

 

 凄まじい剣幕で怒鳴る青年。支配人の元へ殴り込みに行きそうなのを、今度は大剣使いが必死に止める。

 支配人は半身を窓から乗り出した格好のまま、脂汗でてかった顎を震わすだけで何も答えない。

 

「例え危険度が低い小型モンスターでも、生体でのやり取りは禁止されているはずだ! 商売するなら当たり前の規則を知っていて破ッたな!」

「……ぁ、っぁあ、っ」

 

「イャンクックはただ食料を追って来ただけ、というわけかい……!」

 

 だからイャンクックは、先ほど青年に遭っても襲わなかったわけだ。

 だから、青年の荷車に全く興味を示さなかったわけだ。

 だから、あのY字路でも商隊の通った道を迷わず選んだわけだ。

 

 青年はぎり、と歯ぎしりすると護衛ハンターら――大剣使い、チャージアックス使い、弓使いを睨む。全員、俯いて何も言わない。

 青年は、もはや掴む手に力の入っていない大剣使いを振り解くと、ヴァル子の足に括り付けている小さな容器に溜まった数滴のエキスを呷った。

 上昇する青年の心拍が、粘膜から吸収されたエキスの成分を全身へ巡らせ、仮面から覗く目つきが、ギラリと。

 

 一介の商人から――誇りを抱く狩人の目となる。

 

「大剣使いは」

 

 呼ばれた大剣使いはびくりと肩を震わす。

 

「クンチュウを逃げないように集めておけ。イャンクックにこれ以上食わせンな。

身軽そうなチャージアックス使いと弓使いは従業員とけん引アプトノスの避難を。絶対にこれ以上怪我人を出さないこと」

 

 遠くでチャージアックス使いと弓使いが、慌てて各々の得物を納める。

 

「それからクソオヤジ! さっさとそこから出て、チャージアックス使いと弓使いの誘導に従え! 間違っても商品を庇おうなんてマネはするんじゃねェ! ――人命が数付けられねェくらい高価なのは、知ってンだろう!」

 

 青ざめ脂汗でぎっとりした顔のまま、支配人は小さくうなずいた。

 

 ――ゆっくりと、イャンクックは振り向く。

 

 茜色になりつつある日を映した、澄んだ瞳と視線がかち合って。

 その瞳があまりに澄んで眩しくて。青年は静かに瞬きをした。

 

 ――ゆっくりと、目を開けて。

 青年は一歩踏み出した。

 

「はぁッ!」

 

 踊るように。流れるように。

 エキスの効能で強化された身体から繰り出す連撃は、動きに対応できなかったイャンクックの顔面に注ぎ込まれる。スニークロッドの鈴とミツネS一式装備のアクセサリーがしゃらしゃらと鳴った。

 

「ヴァル子っ!」

 

 名を呼びながら印弾で、連撃の区切りにと叩きつける。

 血の玉がぷつぷつと浮き出たヒビに、ヴァル子が付けられた印弾めがけて追撃した。

 

「クオオッ!」

「ちッ!」

 

 蹴飛ばそうとするイャンクックの足に、スニークロッドに引っ張られ伸びた体を無理やり縮め、すんでの所で回避する。こんな動きはエキスを摂取していない状態で行うと恐らく筋のどこかを痛めるだろう。仮面の下で、青年は少し乾いた唇を舐めた。

 

 イャンクックの体の下を走り抜けながら、鈴で呼び戻したヴァル子に括り付けた小瓶の中身に口をつける。

 エキス自体は無色だが、成分の割合によって小瓶の内側に張り付けてある試験用紙が白や橙に変色することで、効果を可視化することができるのだ。

 今ヴァル子が採ってきたエキスは赤。それを口内で分散する前に舌の裏へ滑り込ませる。舌の裏は血管が多く、また、舌の裏から摂取した成分は、身体の薬物代謝器官の長である肝臓を通過せず循環するために、エキスは舌の裏へ置くことが推奨されている。

 

 とろりとしていて無味無臭。口内の触れたところが少し熱くなるような感覚。五歩足を進めた頃にはすぐに、再び全身に力が戻っている。

 成分が体内で代謝され切る前に、青年はヴァル子にエキス採集の指示を出す。ヴァル子の羽音が唸った。

 

「クォッ、クォッ!」

 

 青年とヴァル子の敵意を完全に理解したイャンクックは、手当り次第攻撃しようと火炎液をばらまく。火炎液はイャンクックの口中では液体でも、外気に触れた瞬間酸素と反応して発火するのだ。

 草に付着した火炎液は風に吹かれると、ごうと天高く燃え上がった。

 

 既にイャンクックの背後にまわっていた青年は、前方のヴァル子にまだ気を取られているイャンクックに向かい、スニークロッドを地面に突き立てる。刃は草の根に食い込んで、青年の体重を容易に支えた。

 

 スニークロッドの噴出機構によって上方向に加速する青年は、空中で揃えた両足を空に蹴り上げ、体を捻って頭の位置を上に調整する。

 夕焼けづく大空を背に両手両足をいっぱいに広げて、彼は確かに一瞬だけ、日常にあふれる物理から解放される。

 

 慣性と、重力に、囚われるな、囚われるな。

 青年はスニークロッドの刃を振り被って地に向け、自分を呼び戻す引力に身をゆだねた。

 

「クアアアァァァ!?」

 

 どん、と落下。右翼の付け根、甲殻の発達した肩ではなく、比較的柔らかい脇をスニークロッドの刃は翼膜ごと深く切り裂く。骨を垂直方向にがりがりと削り、何本もの血管を断ち切る感覚がした。

 

 イャンクックが怯んだ隙に、青年はその背の鋭い突起を掴んで張り付いた。

 内腿でイャンクックの体をがっちり挟んで、スニークロッドが刺さったままの右翼付け根を剥ぎ取りナイフで繰り返し抉る。血と肉片がぼろぼろ穿(ほじく)れる。

 イャンクックがついに足を折る前に素早く手を放して、その巨体と、ぼたぼたと大量に降る血から大きく距離を取った。金色の草が赤黒く染まっていく。

 

 イャンクックは青年を追いかけようとするが、バランスを崩して初めて気づいた。右翼が肩からだらんと垂れて動かないのだ。青年は右翼の神経の根元も断ち切っていた。

 

 何度も羽ばたこうとするも、今やイャンクックの右翼はただの肉塊。暴れるうちに脱臼したのか、あり得ない方向へ右翼が肩関節から折れた。

 右翼の重みに耐えきれず、イャンクックは派手に倒れた。

 

「さぁ――お引き取り願う」

 

 ざん、と。スニークロッドの刃がイャンクックの右翼の翼膜を地に縫い付ける。

 イャンクックの瞳が、夕日に陰る雲を映した。

 

 イャンクックは状勢の不利を悟るとなおも必死に暴れ、スニークロッドに貫かれた自らの右翼を、そのクチバシで齧って無理やり千切る。

 

「クァ、クォ、クォア……」

 

 背を向け遺跡平原方面へ逃走を図るイャンクックに、一本の矢が放たれた。護衛ハンターのうちの一人、弓使いのものだ。

 それぞれの役割を終えた護衛ハンター達が集まってきたのだ。

 

 しかし、青年は腕を上げて制止する。

 ……放っておいても、あンな片翼じゃあ生き延びれンよ。静かに告げた。

 

 

 

 返り血に濡れた仮面の下の表情は、誰にも見えなかった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 うなだれる従業員たち、状況が分からず草をはみ続けるアプトノスたち、後ろ半分の荷車が大破した商隊。

 それらを夕日が茜色に包み込む。バルバレ方面の空には陣を描く烏の群れが見えた。

 

 商隊の運んでいたクンチュウは、護衛ハンター達によって遺跡平原の近くまで返されに行った。遺跡平原がここから近いとはいえ、足が遅いアプトノスに乗った護衛ハンターらが戻るのは夜になるだろう。

 彼らはバルバレで事情を知らずに雇われ、道中で高額の口止め料を支払われたのだという。その額は、およそ一か月は遊んで暮らせる程。そんな大金を貰えば、青年が駆け付けた時に知られまいと援護を拒んだのも仕方がないだろう。

 

 先頭の、一番豪華な荷車。支配人と青年は向き合ってビロードのソファに座る。青年がどかりと座ると、イャンクックの返り血がべっとりとソファについた。

 黄昏時の涼しい風が、ミツネSキャップを外した青年の稲穂色の髪を、彼の膝の上に鎮座するヴァル子の毛を撫でた。

 

「……その、ありがとうございました。助けてくれて」

「なンも。死人が出なかっただけ得だったネ」

 

 イャンクック撃退の報告書を記入しながら、青年はつっけんどんに応える。

 このハンターズギルドへの報告書を作成することで、個体数把握が円滑になる。結果、それはまだ見ぬ人々をモンスターによる事故から救う鍵になるかもしれない。護衛業を請け負うハンターであれば必須の報告書なのだ。

 宛ては『ドンドルマハンターズギルド』。青年がこれから向かう町のハンターズギルドだ。

 

「商隊の前半分は、養蜂場の光蟲ちゃんや、にが虫ちゃん達です。もうクンチュウちゃんはこの荷車には一匹もいません。……間違いありません」

「おう、さっき直接見て確認したサ。間違いねェわな」

「それらが無事なら、なんとか……いや、全部売っても大した儲けにならないし、むしろ赤字なのですが……」

「フン、お気の毒に」

「……」

「……」

「……その、……私を、通報しないのですか」

 

「勘違いすンな」

 

 突然、青年は支配人の後頭部を掴みソファの角に叩きつける。支配人の唇の端が切れた。

 

「アンタを見逃すんじゃあねェ。アンタをギルドナイトに押し付けても全く問題はねェの。だがそうしたらね、上司を失ったこの従業員たちは、アプトノスたちはどうなる? 犯罪者の下に居た、なンて履歴がかかっちまったら明日のオマンマも食えねェンだろう?」

「あ……」

「自分の尻は自分で拭うのは当然のこと、出した糞くらいも自分で手配して処理しろ。商人なら糞から出る(カネ)の流れくらい読めンだろうクソオヤジ」

「……」

 

 支配人は口の血と涎の泡もそのままに、首を垂れる。派手なアクセサリーがじゃらりと鳴った。

 

「我ら、商事《南天屋(ナンテンヤ)》は、モノを売るだけじゃあないの。『護衛』や『口止め』の各種サービスも対象サ。飛び込みサービスだがこれくらいで、安くしとくヨ」

 

 報告書の記入を終えた青年は、ひょいとテーブルの果物――果物の山の中で一番安価で、大ぶりなドドブラリンゴ――を一つ摘まむと、よっこらせなどとジジ臭い掛け声で立ち上がる。ヴァル子も青年の右腕に掴まった。

 懐から名刺とギルドカードを取り出すと、支配人の膝にぽんと置く。

 

「儂ァ《南天屋》の元締め、名はハルチカ(なり)。――機会があったら、またのご利用お待ちしてンぜ」

 

 ナンテンヤ、名刺とギルドカードに目を落としながら呟く支配人に、青年――ハルチカはにぱっと笑う。昼の時に見せた時と変わらない、人懐こい笑顔であった。

 

 

 

「限りないご武運を、クソオヤジ」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ――後日、バルバレハンターズギルドの管轄する遺跡平原付近の草原で、気球観測隊により片翼のイャンクックの死骸が発見された。

 

 その後派遣された調査員によって、死因が失血死であること、また、十二指腸以降の消化管の中に何も入っていなかった――つまり、ここ三日間ほど何も食べておらず、死亡する直前に何かを満腹まで食べたことが判明した。

 

 このイャンクックは甲殻、翼膜、クチバシを調査員が素材として回収後、死体は遺跡平原のクンチュウの群れによって全て食われたという。

 

 ハルチカと支配人、商隊の従業員たちがそのことを知る由は、どこにもない。

 

 

 

 《南天屋》はこの支配人を手駒とするモンスター密輸業者組合と対立を極め、また、この支配人に《南天屋》は幾度も危機を救われることになるのだが――

 

 それもまた、別の話。

 

 

 

 

 





 ニャンクック。

 二番手はヤンキーです。不良商人です。

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