41杯目 『 泥裂き走れ、風紀委員 』
ハンター業を営む理由は人それぞれだ。
あるいは富や名声のため。
あるいは生計を立てるため。
あるいは自分の力量を試すため。
ハンターズギルドが定める掟を破らなければ、どんな理由であれ咎める筋合いはないというもの。
各々の得物と共に背負うは欲望。欲望が無いハンターはいつか
さてさて、かく言うおれはと言うと──
■━■━■━■━■━■
今は昔、ここ──大社跡には、雷をつかさどる神さまが住まわれていたのだとか。
温暖期も峠を過ぎただろうか。
うだるような暑さは木陰に入ればなんとか落ち着いて、風の通りを告げる木の葉は赤く染まる備えをはじめる頃。
小脇に抱えた得物を弄びながら山道をぶらつくおれは、足元に転がる小石を蹴ってガブラスよろしく唾を吐きかけた。物理的な毒は入っていないが、情緒的な毒ならたっぷり含まれている。
温暖期の峠──夏は嫌いだ。夏の大社跡と言えば蝉しぐれが代名詞としてよく挙げられるが、あれは雄の蝉が雌の蝉を求めてわめいているのだ。雌はいねがー、雌はいねがー。
紳士であるおれはそんなことしないし、しようとも思わないし、する必要もないと自負している。紳士の小指に括り付けられた運命の赤い糸など、むやみやたらに引っ張るものではない。
仰げば木々の隙間に、赤い糸が織物のように交差しているのが見える。これで日陰でもできるのであれば文句も無いのだが、まぁ、とにかくおれは夏が嫌いだ。
里が狭いこともあり、この時期になると訓練所の同期の皆は卒業前の身分のくせして相手をさっさと見つけ、キャッキャウフフヘイコラヘイコラと乗られるようになっていた。
また、同期皆がそんな様子なので、両親兄弟姉妹からおれへの視線は気温と反比例して冷ややかなものになっていき、おれはついに実家に居づらくなってしまった。
──相手が誰でも良い訳がなかろうが!
おれは劣情を燃料に百竜夜行もかかって来いやな砦を一人で築き、ついぞやって来ない
夏が嫌いな理由は、ここにもあるのかもしれない。暑さは腐敗を進行させるというものだ。
百竜夜行も砦による防戦一方で、原因を刺さねば終止符を打てないのでは……という考えはさておき。
こうして余裕
なぜ、嫌いな暑さも蝉しぐれも我慢して、おれは訓練所帰りにここを訪れているのか。
百竜夜行が頻繁に発生するようになってからはめっきり減ったものの、大社跡には里の人間や旅の商人が訪れる。ここの近くで生まれ育ったおれは、ひとりでパトロールするのが日課だった。
……と言えば、聞こえは良いだろうか。きっと卒業試験の面接はこれで通るはずだ。いや、立ち入り禁止の狩場に侵入したことを言ってはダメか。
“守株”という
むかしむかし、農民が畑仕事をしていると突進してきた白兎獣が木の切り株につき当たって死んだそうだ。その毛皮で一儲けして以来、もう一度白兎獣を捕ろうと農民は畑を耕すのをやめて株の番をし続けた、というおとぎ話が由来だそうだ。
ウルクススだってそんなばかではないのだから、ありえへん……と理性では理解している。理性では。
おれは大社跡でお気に入りの場所がある。飛竜どもの蜜月がよく見える高台だとか、海竜どもの沐浴がよく見える岩場だとか、そんな名所もいいのだが──
おれの目的地は山を南北へ貫く横穴だ。
おれがまだ可愛げのあるガキだった頃。
夏のある日に一度だけ、一瞬だけ、この横穴からハンターという人間を間近で偶然見たことがある。女性で大きな得物を背負い、颯爽と駆けて行く姿はとてもかっこよかった。
でも、それ以上に……丸見えだったのだ。下半身用下着が。
当時のおれには刺激が強すぎて、文字通り雷に打たれたような気持ちになったのを鮮明に覚えている。この大社跡に雷の神様がおわすというのも
それ以来、毎年夏になれば再び雷に打たれたいがためにこの横穴へ足を運んで守株をするようになっていた。訓練所通いになって時間が無くなっても、ジャグラスのお散歩しか見られなくても、飽きずにおれはこの横穴を訪れていた。
横穴に入ろうと腹を地べたにくっつける。湿った土ややはり冷たく、腹が冷えるのをちょっとだけ耐える。世間はもとから冷たいのだから、これ以上おれを冷やしてなんになると言うのだろう。
『ま、期待はしてないがな──』
しかしながら、雷の神様は存在するどころか超ご壮健であらせられた。
横穴には銀髪の美娘がうずくまっていたのだ。
身に纏っているのは防具。駆け出しの新米ハンターに支給されるカムラノ装とかいう一品だ。見事、藍染の布地と黒の装甲が銀髪に似合っている。
なにより、若さでぱんぱんに張りとツヤのある肢体。防具は肩や脛の守備力は高そうなものの、太腿や脇はなぜか作りが甘く、作った職人に対し
おれはワンダーフォーゲルどころか、クライミングの如く一気に沸点ギリギリへ上り詰めた。
『おれ、株を守っちまったよぅ……』
おれがあんまりじっとり見つめてしまったからだろうか。不意に眼前の娘はもぞもぞと身を蠢かせる。光り輝く絶対領域、折りたたまれていた脚と身体の間からユサリとこぼれる歳不相応に育った乳房。
いつも絶対領域ばかり見ていたから、
なんだこれは。どうしておれの方が羞恥を感じているのだろうか。
娘はくあぁ、と
「誰だ、オマエは」
娘に内心を悟られまいと咳ばらいをしておれは口を開く。
『おれは……』
だが、そこまで言いかけて言葉に詰まる。
繰り返す。おれは確かに訓練所通いだが、まだ生徒だ。フクズクのタマゴを指して『これはフクズクです』というのもおかしな話だろう。だから正しくは見習い以下である。
おれは咄嗟の嘘が苦手なのだが(だってそんなことは教わらない)、訓練所では劣情を燃料にトップの成績を修めているから当然、機知や語彙にも富んでいる。はず。
『──大社跡風紀委員だ』
おっと、やってもうた。かなり苦しい嘘だ。
「そんな組織があるのか……?」
うん。おれもすごく疑問に思う。
娘はしきりに首を傾げているものの、なんとか言いくるめることができたようだ。あまり疑い深くはないらしい。ひ、ひとまずは安心だろうか……?
本当はこのまま見過ごし、関わらないのが賢い選択なのだろうが、おれの人並み一杯分の正義感と漢気がそれを許さなかった。
壁をてくてく這う黄霊テントウを目で追いながら事情を聞くことにする。決して娘を直視できないからではない。これを集めたら小遣いになるなーと思っているだけだ。
『して、御嬢。ハンターとは言えここで居眠りなどいかんぞ。得物はどうした?』
「得物? ……はっ! うわぁっ!!」
態度と胸が大きい娘は急にあわあわと慌て始めると、ついにがっくりと肩を落として両手を地に着く。重力に素直な乳房が憎い。
この横穴では誰も聞いていないのに、娘はおれに迫ると急に声をひそめた。ふわりと近づく甘いような娘の汗の匂いにくらっとする。
「実は、私はハンターではない。まだ訓練中の身なんだ。だから武器を持って来れなかった」
『……ほぇ?』
「昨日、他所からやってきたオサイズチがこの大社跡に迷い込むのを見かけた。周りの皆は百竜夜行の備えをしていて、邪魔したくなかったし、私にもできることがあると思って……」
しょんぼりとする娘の必殺上目遣いを岩壁の金霊テントウ同士による小さき喧嘩の観察で避けつつ、おれはフゥムとそれっぽく返事をする。おれは昨日、ここに訪れていない。その間に異変があったということか。残念ながら痕跡だけでモンスターの出身が分かるほどおれは経験者ではない。
『そんなの“猛き炎”に任せておけばいいだろう。見習いは見習いらしく大人しくせねばならん』
「でも、オサイズチを野放しにしておけない。百竜夜行の影響で何が起こるか、何が引き金になるか分からないんだ」
“猛き炎”とは我らがカムラの里に駐屯するハンターの中でも指折りのツワモノを指す。里出身のも、他の土地から流れてきたのも色々いるが、大雑把に表すと強いハンターなのだ。
「風紀委員、どうか私のことは内密にしてくれないか。教官や里長に見つかれば大事になってしまう」
『致し方無し。口外せぬよう心掛ける』
なぜなら、その前におれの情緒が大事になってしまいそうだからだ。
『しかし、お前はこのまま帰るわけではないだろう。ひとりで立ち向かうのも無茶だ』
「う……では、乗ってくれるというのか?」
『然り。風紀委員として放っておけん』
本当は一人の男として放っておけないからなのだが。
そんなおれの気持ちも露知らず、娘の顔がパァっと明るくなる。一瞬我に返ったように複雑そうな顔をしたが、頬をバシバシと叩いて凛とした表情になった。おれは金霊テントウを放置して、くるくると変化する娘の表情に見惚れてしまう。
「そうとなれば善は急げだ。作戦は移動中に話す! オサイズチのもとへ行くぞ!」
『ンオオオォォォ絶対領域!!』
立ち上がる娘のうっかりチラリズム。まともに食らえばワンパンで意識不明の重体になることを、おれは本能的に察して目を反らした。危ない危ない。仮でも風紀委員でなかったら咄嗟の判断が出来ていなかっただろう。
なぜか、どこか遠く、しかし近そうなところで細く長い落下音が始まっていた。
■━■━■━■━■━■
『うおおおぉぉぉぉ走れ走れ走れ走れ!!』
「これでもっ! 全速力だっ! これでも訓練所での走力テストではトップなんだぞ私はっ!!」
『そりゃ相手がガキどもだからだろう! あいつら相手でその走力はちょっと鈍足すぎる!』
山道を背後から猛然と迫ってくる吐息は、オサイズチとその子分。おおかた年の離れた兄弟と言ったところだろうか。
まともな得物を持っていない娘の作戦は、環境生物で迎撃することだった。
環境生物は大社跡じゅうに散らばって生息している。エンエンクでオサイズチを誘導しつつ、そいつらを集めてヒットアンドアウェイする寸法だ。
なお、隣で走る娘のカムラノ装がひらひらと動き、乳房が暴れ、絶対領域が本領発揮しているのはおれだけのヒミツだ。オサイズチどもにこの文化的価値のあるオブジェクトを理解する叡智があるはずもなく、おれだけがご相伴に預かっている。
「この、エンエンク? とかいう環境生物……! 結構重いな……!!」
『馬鹿、それはブンブジナだ! エンエンクはおれが持っているこいつな! そんな子は早くバイバイしなさいっ!』
「何!? 四つ足の獣という情報だったから、てっきりこれがエンエンクだと……!」
なんて曖昧模糊な情報だろう。それでは青熊獣アオアシラなんかも該当するのではないか。
娘が置いたブンブジナに子分のイズチが足を引っ掛け、ボン! と群れごと爆発に巻き込まれる。ブンブジナは体に仕込む引火液によって衝撃を受けると爆発する習性がある。ちょっとご愁傷様だがナイスプレーだ。ちなみにブンブジナは環境生物ではない。
東の山道ではマキムシや雪玉コロガシ、北の遺跡が密集するエリアでは雷毛コロガシや泥玉コロガシを仕掛け、次に西の水辺へと走りに走る。このあたりはドクガスガエルやボムガスガエルなど、より大きなダメージを負わせられる環境生物の住みかだ。
しかし、快進撃は突如途切れる。娘がぬかるみに足を取られて派手に転んでしまったのだ。
カムラノ装全身を泥まみれに汚して汗を滝のように流し、顔を真っ赤にして喘ぐ。立ち上がろうにも足ががくがくと震えて今にもくずおれてしまいそうだ。ここまで息継ぎなしの全力疾走で来たのだから、むしろナイスランと言うべきか。
「私を──置いて──……」
ひゅうひゅうと細く空気が娘の喉を通る音が痛々しい。可憐な顔立ちを悔しそうにゆがめるのがこの上なく切ない。
おれは奥歯が潰れんばかりの歯ぎしりをしながら、いつかやって来るだろう反撃の狼煙用のハンマーを握りしめる。今こそ、劣情の砦を自らの手で破壊するときなのだと悟った。
ハンマーを砦本体に思い切り叩きつけた。砦は建設日数のわりにあっさりと木っ端微塵に砕け散った。
『できん。風紀委員として見捨てるなど』
娘を前に膝を折る。腹まで水が浸かり、ただでさえ世間の風当たりで冷えていたおれの体を蝕んだ。けれどそれでいい。これから燃えるほどに熱くなるのだから。
『仕方ない。乗れ』
これだけは、これだけは避けたかった。本当は“オトモ”を名乗れるようになってから最初の旦那さんにヴァージンを捧げたかったのだが、四の五の文句を言っている場合ではない。
『乗り方はわかるな? おれの背の鞍にまたがるだけでいい。あとは何とかしてみせる』
語気が強くなってしまったのは少し申し訳ないが、おれの提案にこくん、と力強く頷く娘。
腐りきったおれを頼りにしてくれる。それだけで応酬は十分だ。娘は精いっぱいに駆け寄ってくる。強い汗の匂いが迫る。本当は目をきつく瞑りたかったが、一匹の男としてここをビビっていてはいかん。追いかけてくるオサイズチどもを意地で睨み続けた。
鞍越しに重くて温かな娘の柔肌の感覚。
──さらば、おれの騎乗ヴァージン。
ズンと重力を強く感じるようになった途端に、おれの欲望は里のたたら製鉄所から立ち上る煙のように燃え盛った。劣情の砦の残骸も何もかもが烈火に晒され、肉の表面に浮く脂のようにやましい気持ちがじゅわじゅわとあぶくを立てて弾ける。
「頼む。今、オマエの力が必要だ」
『応とも。ヴァージンを賭けるからには相応の走りをして見せよう』
「……??」
急遽設立された嘘の風紀委員は今、雷の神様もかくやな
フェロモンを出し切り萎え萎えになった情けないエンエンクを茂みへ放り投げ、娘から新たな個体を受け取った。手足をばたつかせていたが、首根っこを咥えればすぐに大人しくなってくれた。
振り向き、見栄を切る。背の娘のためなら風紀委員だろうとカミナリ族だろうと、どんな役でも買おうと思えた。
『さぁ、おれの脚について来れるか!』
ばかなオサイズチどもは簡単に挑発に乗った。金切り声を上げながら襲い掛からんとするが、そんなトロい動きは通じない。
大社跡じゅうの環境生物を使い尽くした後は延々と鬼ごっこをしていたが、やがてタイムアップがやって来る。日が暮れる頃になるとオサイズチどもはここを利益の無い場所だと見なしたようだ。足を引きずりながら踵を返し、息も絶え絶えに区域の外へ姿を消した。
立ち止まったおれに疑問の視線を投げかける娘に、そう伝えてやった。
『御嬢。撃退成功だ。おれの勘が告げている』
「やった……やったのか、私たちは。──ぷはぁ」
背の娘は泥のように崩れると、浅瀬にばちゃんと仰向けに寝転んだ。鼠径部ギリギリを頼りなく守っていた布切れが濡れそぼり、ぴっとり張り付いてYを描いたのなんておれは知らないし見てもいない。
尻を向けて水面を見つめることでクールダウンするおれに、娘はぽそぽそと唱えるように呟いた。
「鎌風一陣迫り来る、鎌風二陣攻め寄せる、長の鎌風来たりなば已すでに土壇場三枚おろし……」
『……上手いな、
「やっぱり耳がいいんだな」と、不満そうな文句はスルーする。別に娘が詠んだから褒めたわけじゃない。詩が上手いのは本当だ。少し居心地が悪くなった。
「これは独り言なんだが──私は、母がハンターで」
『……』
いつもの癖で宙の匂いを嗅ぐ。
夏の夕方の風は心地いい。どこかで虫が鳴き始めている。雌はいねがー。雌はいねがー。
「母はハンターだった。私は母から狩猟のことをたくさん教えて貰って育った。環境生物のことなんかは、特に」
『おい。エンエンクの雑な解説とは母仕込みだったのでは』
「母は、こと里を守ることに関してはこの上なく尽力するような、偉大なハンターだった。……でも、私を産んでからは体調を崩し、ハンターを引退してしまった。私は母の名に恥じぬよう、訓練所ではトップの成績を走って、できないことなどないと有頂天になっていたんだ」
どこかで聞いたような聞かなかったような話に、おれは毒入りの唾を吐きかけてやめた。彼女の前では、おれはまだ風紀委員なのだから。
「いざ現場に出ても何もできなかったのが悔しかったよ。横穴で一晩じゅう手をこまねいていたら、いつの間にか眠ってしまって……オマエと出会った、というわけだ」
『ひ、一晩も狩場に出ていたのか。考えてあった作戦は?』
「一人でもやってみたさ。でも反撃されて、這う這うの体で逃げ出してしまった。オマエがいたからもう一度挑戦しようと思えたんだ。……というより、風紀委員なんて人物の前で弱気な所は見せられないからな」
だからそんなに大胆な格好なのか? とは言えたものではなかったが、何となく、見栄っ張りなところがおれと似ているなぁと思った。
突然、ばしゃりと娘が水しぶきをまき散らしながら立ち上がる音がした。あれ、と思ったときにはすでに遅く、おれはウルクススやアオアシラもかくやなバックハグを食らっていた。
「なぁ、風紀委員。私はイヨザネ。イヨ、で構わない。オマエ、名前は何というんだ?」
娘──イヨ嬢の問いにたじろいでしまう。もちろん、肩のあたりに二つの豊満な重圧がのしかかっているからというのもある。
けれど。それ以外に。なぜなら、おれの名前は──
『おれの登録名は──■■■■■■だ』
おれ達オトモにとって、旦那様から一番最初に頂くものこそが“名前”だからだ。
里のオトモ窓口の少年は一匹一匹に大切な登録名をくださるが、それはあくまで窓口での登録名。コードネームに過ぎない。登録名そのままでもなんでも、おれ達は“名前”を頂いてはじめて名乗れる。オトモの資格を得るのだ。
「■■■■■■」と、イヨ嬢は一度だけおれの登録名を反芻した。
「オマエ。私のオトモになってくれないか。私は訓練所の卒業見込みなのだが、まだオトモが決まっていないんだ」
『……おれを雇うと言うならば、名前を是非頂戴したい。このままでも構わないが』
「いや、折角だしとっておきのものを与えよう。オトモができたらこんな名前にしようってずっと考えていたんだ」
イヨ嬢は花弁のような唇に指を当てて少し黙ると、やがてふわりと破顔する。水辺に咲く花のようにいたいけな笑顔だった。出会って初めて笑顔を見た。
「──“ヨボロ”。お前は今日からヨボロと名乗れ。この名を背負うお前は、近い未来の猛き炎であるこの私──イヨザネの、自慢のオトモだ」
長い長い落下音の正体がやっと理解できてしまった。
落雷のようにとてつもない衝撃がおれを襲い、内臓がばらばらに破裂しそうなほど苦しくなる。これまでの生涯で最も大きな痛みだろう。
これは恋だ。理論でなく、本能でそう感じた。
おれとイヨ嬢は動物として種が異なるけれども──たとえ叶わぬ恋心でも、この方のおそばに、お供にずっとずっと在りたいと思った。
だからこそ。
「──ワフン!」
おれはこの痛みに吠え、誓う。この方のオトモ──兼、専門風紀委員になることを。
おれはヨボロ。晩の空色の毛並みを持ち、大地を四肢で駆ける者。人間の言葉で“ガルク”という。
おれの旦那さんはイヨザネ──イヨという名の新米ハンター。里を守りたい一心でハンターをやっている。近い将来、“猛き炎”となる自慢の旦那さんだ。
おれが背負うのは、そんな彼女と叶わぬ恋心だ。
━ ━ ━ ━ ━
後日。無事に実家の同意と人権も得て、イヨ嬢の家族からは温かく歓迎されている。飯と寝床に困らず、何よりなにもかもが疎ましかった日々とは一転して恋い慕う人と共に暮らせることがこの上ない幸せだ。日々が色づき、
だが、問題はあった。
「ところでヨボロ。私はカムラノ装の次は性能が優秀なイズチ一式装備にしようかと思っているんだが──どうして血がにじむまで歯を食いしばっているんだ?」
『おれ、この間カムラノ装に誓ったばかりなのにッ……! 太ももが露出したイズチ装備も捨てがたいと思ったおれを殴って欲しいッ……!!』
「ふむ。もっと大胆な装備が良いだろうか」
『違わないけど違う……! これ以上(大胆になるとおれの情緒)はめちゃくちゃになる……!』
「さすが私のオトモ、確かに装備の重量は視野に入れたい。こうなったら装備を着けずに裸で狩りに出た方が──具体的にはキツくなりやすい胸や腰回りはあえて装備を身につけず──」
思わず鼻血を吹き出しながら遠吠えをしたおれは、この先イヨ嬢のオトモ兼専門風紀委員をやっていけるのだろうか。
一年と少し後、旦那様はよそ者のハンターと狩りに出ることとなるのだが。
それはまた、別の話。
前回の幕間チェイサーの前日譚でした。
地味に風呂敷を畳み切れなかったのですが、イヨとヨボロが会話するのは二人ともちょっと特別です。イヨはガルクの言葉をなんとなくわかるし、ヨボロは人間の言葉をなんとなく理解して使うような感じ。ニュアンスで語っているんだと思います。
氷海編はちょっとお休みさせて頂き、また次話から挿入投稿の形で更新します。
読了ありがとうございました! 次話も是非ご賞味ください。