黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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 閑話休題。少しだけ創作色強めです。

 


42杯目 『 よのなかの 遊びの道に すずしきは 』

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 ドンドルマの街にも大規模な盛事がいくつかある。

 そのうちの一つは、リオス夫妻の繁殖終わりの頃合いに。雄火竜や雌火竜色の晴れ着を(まと)う人々が、雑菓子や屋台飯を片手に洛中を思い思いに練り歩く。

 

 商売繁盛、病気平癒、家内安全に必勝、出世。古龍が侵攻して来ませんように、という慰問はこの街ならではだろうか。時代の流れと共に起源は曖昧になってしまったが、自然に祈祷をするだとかは理論的に効果がないと住民皆が知っている。

 そもそも竜人族の学者たちが日々汗水垂らして対策に尽力しているのだから、祭りの意味なんてなんでもいい。

 重要なのは楽しむことである。

 

 

 

 月明かりをかき消さんばかりの篝火(かがりび)が焚かれた明るい夜。宵宮(よいみや)、つまり前夜祭だ。

 日付が変わった時刻でもドンドルマ洛中の喧騒は止まないどころか膨れあがり続け、セクメーア砂漠の砂丘が崩れるように明日の昼、夕、夜までだらだらとなだれ込む。寒冷期になれば貴重な燃料が豊富に採れる今の時期だからこそ、夜通しの盛事はこの上ない贅沢なのだ。

 

 (ひな)びた路地裏の一角、ここ《南天屋》のオンボロ事務所もその賑わいのおこぼれに預かっていた。

 壁掛けの篝火さえ置けないようなシケた路地裏から大通りを見れば、目一杯のおめかしをした子供たちがぱたぱたと走り抜けて行く。ここがドンドルマで最も地価が安い地区──南端に位置し、物々しい砦に隣接している唯一の地区──であっても子供が何人も住んでいるのだなぁ、と改めて認識するだろう。

 

 おこぼれは賑わいだけはない。事務所は燃料節約のために完全消灯しているが、部屋の中は足元が見えるくらい十分に明るい。ランタンの灯りも要らなそうだ。

 そんな窓辺にだらしなく頬杖をつく黒髪の青年はシヅキ。意地汚く酒瓶をちびちびと傾けている。

 

 日中のうちに仕事を終えて普段であれば床に就いている時刻だが、今夜は悪酔い必至な安酒代表格のホピ酒片手に大通りをツクネンと眺めている。なぜなら、明日は《南天屋》の休業日なのだから。

 その理由は、オーナーであるのハルチカが気まぐれを起こした……というより、取引先ほぼ全てが祭りの出店や運営で機能していないから。アキツネは飯屋の屋台の手伝いに出ている。メヅキは同じくハルチカに貰った酒瓶を抱えて二階の自室に籠っていた。

 彼もシヅキも、毎年この夜は少し気分がやられる。

 

 確かに。確かに毎年祭りの日は休業日であったが、ハルチカは何かしら事務所でもできる仕事を用意してくれていた。しかし今年は理由を告げられずに全休である。シヅキとメヅキが休暇を好まないのを知っているにも関わらず、だ。夕方、ハルチカが一旦帰宅するときにホピ酒を渡してきたのは、ささやかなご機嫌取りだろうか。

 こんな安酒であっさり気分を(いさ)められる自分もどうだかな……とシヅキはため息を漏らすのだが。

 

 さて。そうしてホピ酒を舐めていると、ぐだぐだ仕事調節を施した憎き張本人が玄関を開ける物音がした。彼は何回注意しても雑に戸を開ける。何度も破壊するほどだから分かりやすい。

 玄関に引っ提げている《七竈堂(ナナカマドウ)》とお揃いのベルナ産真鍮製ベルが暴れんばかりにころころころと鳴る。

 

「賑わってるネエ! こうも賑やかな雰囲気だと柄になく浮き足立っちまう。こんな夜は理不尽な取引に気をつけなにゃア」

 

 片手に何やら荷物とヴァル子を抱えているハルチカに席を勧め、シヅキはアイルーの額ばりに小さな盃へホピ酒を注いでやる。どかりと座り込んだハルチカは盃を一気に呷った。これくらいならギリギリまだ酔わないらしい。

 安酒らしい雑味に顔を顰めると、盃をシヅキに押し返しながら口を開いた。

 

(そと)出て遊ばねェかい? 今夜は無礼講、お偉い方を茶化すのに丁度いい。オズの()っつあん()ギルドナイト方でも酒で冷やかしに行こうか」

「うーん、僕はいい……かな。この通り飲んじゃってるし、ぼちぼち寝ようと思って」

「つまんねェ男だナァ。マジでつまんねェ」

「別に祭りが嫌いって訳じゃない」苦笑いしていたシヅキだが、ハルチカの棘のある言い方に口を尖らせる。

 

「僕も小っさいガキの頃、住んでた集落で祭りがあった時は上等な晴れ着を着て、ご馳走を好きなだけ食わせてもらったもんだよ」尖らせた口のまま、再び酒瓶を傾けた。

 

 珍しくぶっきらぼうな物言いは、寒村の金銭事情を知らず無邪気に祭りを楽しんでいた幼い自分への苛立ちだ。

 シヅキは眉をひそめて目を閉じると、宙を泳ぐ手が大きな羽織ものを(かたど)る。どんなに無骨な装備でも、すっぽりと身を覆えてしまいそうなくらい大きな外套だ。

 

「うちはフラヒヤの中でも巨獣信仰の土地だったから、大人の礼服は紺地に白と赤の刺繍。子供は白地に金色(こんじき)の刺繍。ご馳走は採れたての北風ミカンとか、丁寧に焼いたサシミウオとか、子ポポの頬肉煮込みとか……たぶん今はもう、あの風習も廃れちゃったと思うけど」

 

 彼が何かを一息に喋り切ることもまた珍しいが、きっと悪酔いのせいだけではないだろう。

 溜め息と共に、シヅキの手がぽすんと力なく膝に落ちる。故郷を強く想う気持ちはあっても二度と帰れない現実。鋭い峰と深い雪に閉ざされた悪路を行く手段が無いからだ。

 ハルチカとシヅキは五年ほどの付き合いになるが、彼は故郷の話を滅多にしない。こういう不意の呟きは、普段のこだわらない性格な彼から想像もつかないほど深刻な響きがあった。

 

「この街の盛事……特に前夜祭にはあんまりいい思い出がないんだ。地元を思い出しちゃうから。……前の勤め先のことも」

 ハルチカはシヅキの消え入るような呟きを聞き逃さない。敢えてやんわりと突っ込む。「相当、辛い仕事だったんだってナァ」

「……僕は、こういうのは端っこから見てるだけで十分さ。別に前の勤め先のことを後悔しているわけじゃないよ? ただ単純に、この街の祭りを楽しむ人たちが羨ましいってだけで」

 

 遠回しに投げかけたハルチカの問いに、シヅキの返答はなく。

 前の勤め先の話も彼はほとんど口にしない。わずかに眉を動かすのみだ。この沈黙をどう解釈しようか。抱く感情をごまかすように再び出された盃の縁を舐めるハルチカの膝の上で、ヴァル子がゆったりと羽ばたいた。

 

 そこで廊下から布ずれの音とともにメヅキが顔を出す。情けないことに、酔いが回った赤い頬にはぼろぼろと涙をこぼしていた。

 

「シヅキよ、故郷の話は辞めてくれまいか。俺はその手に弱いのだぞ」

「ありゃ、おはようさん。どこから聞いてたの?」

「ちょうど、初めから、今まで」

「う~ん……君が居ないからハルチカに話してたのに」

 

 多感なメヅキは歳を重ねるにつれて少しずつ情緒過多を克服してきているが、どうしても不意のきっかけで気が弱ってしまう。故郷の話は特に禁忌だ。

 ずるずると身体を引きずるようにして椅子にしがみついたメヅキは、シヅキが回したホピ酒の瓶を一息に呷る。「おぼぁああ」と声にならない溜め息を望郷の念と共に吐き、また柳眉を歪めて涙をこぼす。完璧な酔い泣きだ。

 

 するとハルチカは稲穂色の髪をわしわしやりながら立ち上がり、メヅキの横へ鷹揚に座った。

 

「『よのなかの遊びの道にすずしきは』?」

「……『酔ひ泣きするにあるべかるらし』」嗚咽交じりでも答えるメヅキ。これくらいでないと《南天屋》のマネジメントは務まらない。

「とはよく言うが、儂はそう思わねエ。特に盛事の時ばかりは楽しくなくちゃアな」

 

 ポカンとするシヅキに盃を押し返し、ハルチカはゆっくりと取り出した煙管(キセル)に刻み煙草を詰めた。嗅ぎ慣れた紫煙が窓辺にたゆたい、外の灯りを透かして淡い影をつくる。

  

「酔い泣きするのも確かに良いが、今夜だけはやめとこうゼ? ここ育ちの儂としちゃア、この盛事に対してお前サン達に嫌な思い出があることの方が嫌サ」

 

 空になった酒瓶にそっと手を重ね、彼はシヅキとメヅキににじり寄った。尖った歯の隙間から酒気混じりの煙が漏れる。

 

「ここ数年はお前サン方の嫌な思い出に触れちゃいけねエかと誘わないでいたが……思い出ッちゅーのは楽しいモンだけ残しとくべきだよな?」

 

 きゅうっと口の端を吊り上げるハルチカからシヅキは思わず目を反らし、メヅキは腫れた目で睨み返す。こういうところで兄弟差が出るねェ、とハルチカは目を細めた。持って来ていた荷物を紐解くのに、ヴァル子をメヅキへ押し付ける。

 

「しかし、外に出て何をするのだ? 俺達は前夜祭で何をするのか知らんぞ」

「ン~、飲み食いして騒ぐだけだが……まずは隣ン()親方(オヤカタ)を叩き起こして、店番やってるアキに顔出して、《マメネコ食品店》で甘酒飲んで、《七竈堂》でモッ一辺(ペン)飲んで、オズの()っつあんと賭けやって、飲んで」

「ハルチカがそんなに飲むなんて! 変な商談を持って来られちゃうよ!」

「そうだぞ、お前が持ってきた依頼をこなすのは誰だと思っているのだ」

 

 荷物に入っていたのはいつものミツネS一式装備。あっという間にハルチカは着替えてしまった。結婚式にも出られそうなこの装備は着る者を選ぶ一品で、彼は本当によく似合うのが憎い。

 

「しかし、俺達は街の人が着ているような衣装など持っておらんぞ? 赤いのとか、緑のとか」

「そんなンみんな持っている訳ねェだろ、この街は移民も多いんだし。儂らにゃア別の晴れ着があるよナァ!」

「あ……だから装備か!」

 

 対してシヅキとメヅキのベリオS装備、ガルルガS装備はいかにもハンターの装備らしいデザインだ。住人の着ている礼服の中にいると少々浮いてしまうような気がする。シヅキは酔った頭で首を傾げる。

 

「祭りに仕事着で出るってなかなか恥ずかしいような……?」

「デカい尻で尻ごみするなってシヅ(コウ)。この街は世界有数のハンターの街だゼ? 装備は誰にとっても晴れ着であるモンさ! それとも親方(オヤカタ)が丹精込めてこさえてくれた装備が自慢でないとも?」

「理論的にはごもっともなんだけど、デカい尻だけはホント余計なんだよなぁ」

「交渉成立! さァさバカ兄弟ども、急げや急げ!」

 

 完全に言いくるめされてしまったシヅキとメヅキ。ハルチカの口の上手さを悔しく思いつつ、シヅキとメヅキは 装備を着るため二階に上がろうと階段に足をかけた。……しかし。

 

「この話には裏があって」

 

 背後からのハルチカの前置きに嫌な予感がした二人。「げ」とにが虫を噛み砕いたような表情で顔を見合わせる。

 

「来年から《南天屋(ウチ)》も祭りの運営スタッフとして助太刀に馳せ参じることになったのサ。今年くれェは客として下見をしておかなくちゃア、いい働きはできねェってもんだ」

「仕事ですか」

「仕事なのか」

「はい、仕事です」

「合点がいったよぅぅ……絶対に何かあると思ったんだよね」

 

 やはりハルチカが持って来る話は商売──仕事が絡んでいる。しかし、飄々として横暴にも見える彼の行動でも実はいつだって従業員のことを考えてくれているのだ。下手に気を遣われるよりも、兄弟にとってはこの上なく嬉しかった。

 

 今年からは、酔い泣きする夜は許されない。

 階段を見上げて嬉しそうに煙管を(もてあそ)ぶハルチカの肩で、ヴァル子は静かに羽を震わせるのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△ 

 

 

 

 翌年、シヅキとメヅキはハルチカの宣言どおりに祭りの運営に関わることになるのだが……。

 それはまた、別の話。

 

 

 




 『 よのなかの遊びの道にすずしきは 酔ひ泣きするにあるべかるらし 』

 ──世の中の遊びの道で清々しいのは、酔い泣きすることであるらしい。


 元ネタは万葉集から大伴旅人の歌です。
 お久しぶりです、シヅキの地元トーク回でした。彼らの過去や生い立ちについては未出ですが、幕間の形で仄めかし。次章でざっくり踏み込めたらなぁと思います。

 読了ありがとうございました。次話もよろしくお願いします。
 
 
 
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