新章、スタートです。
46杯目 都の南の
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大陸中央。
〝空へ限りなく近い山”ヒンメルン山脈を背負い、
長い歳月をかけて自然やモンスターと押し合いへし合い上手く付き合い、ついにハンターの一大拠点へと発展。大陸全体における貿易や流通の
だから、モンスター──古龍の襲撃は
行政機関に研究所、ハンターズギルドはみんな北。
例えどんなに知恵を効かせ、どんなに
ところ変わって南西区の下町。
北から流れて来しは、汚水と貧困、
遠くに見えるは、兵器の眠る砦と
だから、ここが洛中で最も地価が安い。
そもそも。古龍の襲撃が先か、土地の低いのが先か、地価が安いのが先か。
禍事のたび潰えて、栄えて、潰えて、栄えて。
まるで
そんな南西区の下町に──最南端の
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『四コーナーのカーブを曲がる一番人気!』
『これは誰も追いつけないか三冠の覇王! 三番、〝ドンドルマッハ”先頭に逃げる逃げる!』
『後続
『さあ三番人気の八番〝ペッコペコラン”、鳥群を抜け出せるか!』
『後方、後方、内からグッと圧倒的なパワーで仕掛ける十八番人気、七番〝コンガリニク”!』
『エッ誰こいつ! 誰ぇ! 誰なのぉ!!』
『内から内から突っ込む〝コンガリニク”!! 差し切る! 差し切る!! わーッと上がる悲鳴! 悲鳴が上がるぞ!!』
『差はどんどん伸びる一鳥身、二鳥身! 〝コンガリニク”が圧倒する!』
『三冠の覇王〝ドンドルマッハ”を破る伝説ここにあり! 温暖期のドンドルマに咲く英雄の証!』
『〝コンガリニク”、無名から見事オンダン賞を勝ち取った!!』
『二着〝ドンドルマッハ”、三着〝ユクモノハヤテ”──……』
「ああぁぁぁ!」「ああぁぁぁ!」「ニャギャアアアァァァ!」
券を握りしめる観衆は悉く頭を抱えてのたうち回る。汗ばむ
「いやぁ、温暖期はこうでなくちゃアねェ!」
負けた観衆の遠吠えが聞こえる中、扇にした券で仰ぎながらハルチカは高笑いしていた。こちらは大勝利でホクホクなのだが、絵面は計画に大成功した悪党である。
隣ではなんだかなぁ、という表情をするチェルシー。俗臭あふれる痩せた中年メラルーだが、傾きかけた《コメネコ食品店》を新事業で立て直した主人である。店はやっと軌道に乗り始め、少し潤った懐で丸鳥レースを楽しみに来ていた。……こちらは外れているのだが。
「勤務中に遊ぶってどうなんニャか」
「仕事した上で遊ぶんなら文句も出ねェだろイ」
「あとで奢ってよニャア」
「応ともサ」と屈託なく頷くハルチカ。タダでお酒が飲めるんなら多少のお遊びには目を瞑るべきか、とチェルシーはヒゲをへにょんとさせる。
「……おれにも奢れ?」
「アキは当然!
「お
二人のフェンス越しには、今回のレースの英雄となったコンガリニクを従える白髪の青年、アキツネ。得意げなコンガリニクに水を飲ませる彼は、呆れ口調でもいつものへの字口がゆるゆるになっていた。
「コンガリニク、レース後の体調も
「《
「今回はオンダン賞に合わせで一か月ばかし食わしてみたけッども、若い頃から食わしたらどうなッかなァ」
「腹壊して死ぬんじゃねェの。走ったら胃腸がシャカシャカ振られて、ハレツアロワナみたいに腹がポンっと爆散して」
「バカ言うんじゃねぇニャ、ハルチカ」
温暖期は一年で最も豊かな時期だ。作物は気温の上昇に合わせて実り、家畜は育ち、増えたモンスターの素材が街に集まる。民衆の余裕ができる時期だからこそ、温暖期は賭博が盛んになるのだ。最も、好きな奴は年がら年中のめり込んでいるわけだが。
その一環として、ドンドルマ南西区の一角では平地を利用した
会場そこかしこで黄金の
野生のガーグァは集まったらまさにこんな感じだ。そんな
「マァなんだ、アキは本当にガーグァの扱いが上手いネぇ。伊達に農家の息子じゃねェ」
「あニャ? アキツネは農家の息子なのニャ?」
首を傾げるチェルシーに、ン、とアキツネは頷いた。緩んでいた口元がへの字にひん曲がる。
「おれン実家ァ旧沼地……ジォ・テラード湿地帯の近くにあって、元々農家やってた……ドンドルマに出荷するアプトノスとか、ガーグァとか、野菜とか、いろいろ」
「へぇー、近郊農業か。ちょっとばかし旅行っつって、アキツネん
パッと色めくチェルシーにアキツネはぶうたれるモスのように鼻を鳴らした。ハルチカは
「こいつの実家、破産してンのサ。離農ってやつ」
「改めで農業やりてェって親父と大兄が金集めてる……おれァ次男だから、家出て、仕送り」
「このレースの賞金も実家に送るンだとヨ。まさかあの時、ピヨピヨのガーグァっ子みてェだったアキが、競丸鳥の
「ニャア……なんだか聞いて悪かったぜ」
「ンン、いいのいいの」
確かに鼻を鳴らしたが、特に気にした様子もなくアキツネはコンガリニクの首元をわしわし掻いてやる。コンガリニクは気持ちよさそうに、彼に頭を擦り付けた。
「おれァ実家離れて良がったと思ってるよ。じゃなきゃア、畑のことしか知ンねぇまま人生終わっていたかもだ。親父と大兄は畑……自分ン名前サついた畑のことしか知ンねぇから、必死に取り戻そうとしてる」
「このコンガリニクは元々、売れなくて家サ残ってた子で、なンとかして価値つけて小銭になンねェかって親父から送られてきたンだ」
「ニャニャ、そうだったのか……」
「アキの家、本当に継ぎてェのは農業なのか
「氏? あぁそうか、オイラたち獣人ニャア
「……」
わずかに、ほんのわずかに躊躇う。眉はぴくりとも動かない。
「……〝ジャミ”。だから、おれの本名はアキツネ・ジャミ。一家解散して親戚の家に散ってッから、今は名乗れねぇんだけっどもな」
懐から出されたギルドカードの名前欄には、確かに“アキツネ”としか書かれていなかった。ハンターズギルドに登録するハンターネームは自由だが、家を出ているアキツネは氏を名乗りたくないらしい。
「へぇ、ジャミ……ジャミか。氏ってオイラたち獣人にとっちゃあなんだか新鮮だし、名乗ってもいいと思うんニャが」
「やだ」食い気味に言い張るアキツネである。
「人間の家系って大変なんだな……あ、ハルチカの氏も教えてくれニャ! それなりに付き合いあるのに、オイラってば二人とも下の名前しか知らなかったぜ」
「えぇ、儂の氏?」
「なんだよ、もったいぶるのかニャ?」
チェルシーがアキツネに「どういうこと?」と問うが、彼もぷいっと興味なさそうにコンガリニクへ目を逸らしてしまった。
ハルチカは煙管を弄りながら少し考えて……また少し考えて、やっとチェルシーに下手くそなウインクをした。
「んー、ナイショ!」
「おつかれちゃーん、アキツネ・ジャミ」
厩舎の入り口から呼ばれて、アキツネはピクリと身を震わせる。冗談めかして本名を口にしたのは中年の男。アキツネの師匠である、呼称オズことオズワルド・ベイリーだ。纏うは砂漠とオアシスのような色合いのレックスX装備に、赤の
片手を軽く上げながら「おっ、ハル坊と麹屋の子もおるやん」とノシノシ歩み寄って来た。身のこなしは若々しいが、還暦を控えた笑顔は丸めた鉄板のようにしわくちゃだ。
「オズさん、本名で呼ぶのアやめてください……というか、どッから聞いてたンです?」
「アキちゃんが農家の子ってクダリから」
「……」
「あ、拗ねたニャ……」
またモスのように鼻を鳴らして、アキツネはコンガリニクの胸元に顔を埋めてしまった。しばらくは会話に答えてくれないだろう。
「アキちゃんみたいな地方からの出稼ぎハンターは、この街はほんまに多いで……特にこの南西区ではなぁ。だから特別扱いするわけじゃあれへんけど」オズは一度言葉を区切って、色黒の顔でニパッと笑った。
「ギルドナイトならやっぱ現状理解して、できる範囲で他の稼ぎ方も示さなあかん。ハンターだけで家族養うのは大変やからな……ウチの務めや」
「そんなことしてるギルドナイトはオズ
「ん? ウチにそないなこと言うてええんかなぁ、ハル坊?」
「オ、オイラにゃあよく分からねぇが二人とも落ち着いて」
「クカカカ……チェルシーの親父も居るからこの辺にしようかネ。ここに来たってことァ、儂らに用事があるんだろう」
「あ、せやったわ。これはあんまり流出したらあかんねやけど……」
オズはハルチカにあっさり話題転換されると、思い出したとばかりにポンと手を打った。
「〝ファントム・ホロロ”が観客に来てるかも知れへん、って報告があるんや」
「ファントム・ホロロ? って何ニャ?」
「麹屋の子はハンターの話題なんてあんまし知らんよな」
オズは屈んで、楽んでいるように声をひそめる。例えギルドナイトであろうとも、ハンターというのは噂好きなのだ。アキツネもコンガリニクの胸元からひょっこりと顔を出した。
「最近、闘技場で評価が上がっとる女ハンターや。素顔や素性は分かれへんけど、そこがまた爆発的な人気を集めとって……今頃、スタッフ総動員でファントム・ホロロ探しをしとるところや」
「シヅキとバイトアイルーの子もだべか……」
「スタッフ業務にハル坊が見えなかったから、アキちゃんがおるところでサボってんちゃうかと思うたけど、ばっちしビンゴやったなぁ」
「ハ、ハルチカはサボりだったのニャ!? オイラが観客席にいたら『アキに会いに行こうサ〜』って誘って来たから、てっきり関係者か何かの案内役かと」
「……」
「コンガリニクの胸元に顔を突っ込むなニャー! 隠れられてねぇし!!」
「そう言うわけや麹屋の子よ、ハル坊はファントム・ホロロ探しに借りて行くで。あとハル坊は当たった
「うああぁぁん!」
オズは笑顔でハルチカの首根っこを捕まえた。親されるがままの子ベリオロスのようになっている彼の格好をよく見ると、確かにスタッフ腕章をつけていた。オズの頼みか何かで駆り出されているのだろう。
しかし、引きずられ(鳥券を没収され)ながらハルチカは鋭く切り込む。
「ハンターズギルドもファントム・ホロロの素性が分かんねェ? クエスト受注の履歴とか、動きを把握してねェのかい?」
「おぉ、ハル坊のツッコミは痛いわぁ。絵と金とエロしか興味ないくせに」
「失礼な」
にが虫を噛み潰した表情から、誤魔化すようにパッと笑うオズ。「こないに誰が聞いてるかわかれへんところじゃ話されへん。今夜、《七竈堂》で聞かせたるわ──」
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「──ファントム・ホロロは祭りごとが好きなのか、明日闘技大会の予行があるっちゅうのにマネージャーの目を盗んで遊びに行ってしもたんやって。ドンドルマで今日イベントがあったのはバザールと競丸鳥で、ほら、今日のレースは重賞やろ? こっちに来とったんやないかとウチは睨んどったの」
グラスを揺らし揺らし、オズは
時刻は約束していた夜。
チェルシーを加えたオズと《南天屋》一行は、昼は喫茶に夜は酒場でその実は質屋のハンターズバル《七竈堂》に訪れていた。明日は平日で他の客は来ないからと、緊急会議用で特別に貸切だ。ちなみに、客はいつも多くない。
「フゥン、で? ファントム・ホロロはいたのかニャア?」
「世の
「だろうネェ!」
呆れてひっくり返るハルチカに、後ろでシヅキとメヅキがしょぼんとうなだれる。シヅキは券もぎり、メヅキは医療スタッフとして出ていたが、二人ともファントム・ホロロ探しに全く貢献することができなかった。
「んで、昼のハル坊のツッコミに答えると……実は、ファントム・ホロロはクエストを受けた履歴がない。つまり、このハンターは一度も狩場に出たことがないんや」
低く唸るようなオズの言葉に、部屋の空気ががざわりと蠢く。そんなハンターなんて本当ににいるのだろうか?
「ファントム・ホロロ……砂漠から帰ったあたりから噂でなんとなく聞いていたけっども、来週の闘技大会で観てみッかナア」
「そりゃあすんごい剣捌きよ、ギルドナイトのウチから見ても、なかなか良い腕前しとると思うわ」
「嘘つけ、女好きなだけだヨこの
ぼやくアキツネに、妄想へ恍惚とする酔っぱらいの爺。対して婆──《七竈堂》女主人のウラはカウンターの向こうで口を尖らせた。こちらも酔っ払っている。
「ところでオズ。バザールの違法取引の方はどうだい?」
「んー、やっぱしなんぼかおったわ。ギルドの認定証を偽造しとる輩もおるって考えると、頭痛くなってしまうわ」
モンスターの頭数管理から、モンスター素材の価格を設定しているのはハンターズギルドだ。ハンターズギルド認可のもとでないと、素材の取引は違法となっている。
しかし、モンスター素材の流通が盛んとなる温暖期は、そうした法を潜り抜ける違法取引も活発になるのだ。
かつてウラと共にハンター兼商人を営んでいたオズは、商売の知識を活かして毎年この時期、違法取引を監視している。
「
「ウン。そういう奴らがいるから、ウチらハンターズギルドも
「違法取引なんてなくなるより先に、お前サンの方がくたばっちまいそうだねェ」
「あぁ、くたばっちまうよ。くたばれ、もう仕事なんてなにもかもクタバレ」
やけになり始めて危険な雰囲気が漂い始めた矢先、犠牲になったのはアキツネとハルチカだった。
「そうだ、よぉ働くシヅちゃんとメヅちゃんはまたスタッフに駆り出さしてもらって、働かんで観戦する気のアキちゃんとサボり魔ハル坊が闘技大会に出ればええやん。んで、ファントム・ホロロと接触する。ハンターズギルドにクエスト受注履歴が無い、その正体を暴く」
「……は?」
「…………は?」
カウンターの奥で満面の笑みのウラが、どこから出したのか闘技大会の申し込み用紙をヒラヒラさせていた。
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軽いノリで競馬のガーグァ版をやってみたいと思ったものの、めちゃくちゃ難しかった。
今回は闘技大会とがメインとなるお話です。主要人物や人間関係の掘り下げもできたら嬉しいなぁ。
XXを開いてロケハンに行かねばなのですが、XXが5年前のゲームだという現実から目を逸らしたいです。
読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味ください。