好奇心は猫をも殺す
猫はいくつもの人生を持っているという迷信から。
転じて、好奇心は強すぎると身を滅ぼすことになりかねない、という意。
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「うおおぉぉおおおお!!」
受け身も取らずに地面の上を転がり、ハルチカは飛びつきを何とか躱した。もうもうと立ち込める砂煙に咳き込む間もなく、閃光が迸る。
ばりばりと電撃が大気を引き裂く。あの下敷きになっていたら引き裂かれていたのは自分だったかもしれない。
ハルチカは砂まみれの乾いた唇を舐めた。柄に手を掛ける得物はいつものスニークロッドではなく、骨刀【狼牙】。ランポス素材の太刀に、ゲネポス一式装備の出で立ちだ。
「おらぁッ!」
反対側、飛びつきをジャストタイミングでガードし、カウンターするアキツネ。こちらの得物はランス、蛇槍【ナーガ】。黒い槍身を叩き込めば、仕込んでいた毒液が飛び散った。
その正体は、毒クモリという虫素材。突けば相手に毒を付与できる。ガンランスと比べて手数で戦うランスにとって、属性は火力の底上げに繋がるのだ。
バケツを被ったようなクンチュウヘルムの下で、アキツネは手ごたえにひとまずの確信を。
しかし十文字斬りを畳み掛けようとしたとき、立て続けに電撃を放つ相手──飛竜らしからぬ寸胴な体躯に、血管の浮いた青白い皮膚。奇怪竜フルフル。
重心移動が止められなかったアキツネはまともに食らい、嫌な感電の感触と共に吹っ飛ばされた。あの電竜ライゼクスの狩猟を思い出す、雷属性やられを発症してしまう。
「──フヴォウウゥゥ」
追撃しようと歩み寄るフルフル。駆け付け、ハルチカは骨刀【狼牙】で斬りかかるも、フルフルは意にも介さず二人まとめて放電に巻き込む。
蛇槍【ナーガ】の盾の後ろに慌てて転がり込むハルチカだが、フルフルが放電している間むやみに動くのはタブーだ。
苦い焦り。ハルチカは応急薬と共に浮つく思考を飲み下す。
泥試合。時間はだいぶ過ぎている。
彼らが戦っている場は『闘技場』。広い砂地の1エリアのみで、ベースキャンプから直結しているのが特徴だ。
高い塀で囲われており、上から観客席として見下ろすことができる……のだが、今はなんとも閑散としていた。ぽつねんと中央あたりに人が塊になっている。
メヅキとシヅキ、《
「あーあー、苦戦しちゃってるねぇ」
「俺達《
手先や皮膚のように馴染んだ武器と防具、公式レシピに自己流アレンジを利かせた薬、暗唱できるほど頭に叩き込んだハンターノートや、大きく開けられるポーチの口に
それなりに長い期間ハンターをやっていれば、身に着けるひとつひとつが狩りの命運を左右するカギとなる。
《南天屋》の四人もある程度鍛えているとはいえ、総合的な身体能力は凡才の域を出ない。そんな装備の微調整こそ、《南天屋》の狩猟の技術を向上させていた。
「コイツらみてェなハンターは、貸出装備じゃ上手く力を発揮できねェって寸法サ。闘技大会、得意な奴はトコトン得意なんだがネ」
「か……カッコ悪いニャア……」
「装備の整備だって実力の一部なのだぞ、ウラ姐よ」
白い目を向けるチェルシーの横で、日除けのローブを被ったウラは若い娘のように袖をひらひらさせて笑った。
過去の彼女は《南天屋》の真逆。装備の性能に依存しないタイプのハンターである。
ハンター各々にだって様々なバックグラウンドがある。自然環境に装備の性能、なにより金銭事情。
そんな条件を全て取り払ったのが『闘技大会』だ。
見えない細工が効かないからこそ、ハンターは純粋な腕比べができる。ハンターの専門知識がない一般人は観て楽しめる。これはこれでひとつの商売なのだ。
何ともうまい作りになっているニャア、とチェルシーはぼやいた。
「あ、倒した倒した」
「時間かかりすぎだポンコツどもめ。帰ったら反省会サね」
目下のエリアでハルチカとアキツネがガッツポーズを決める頃、バラバラと客席が埋まり出した。なぜなら、次に控えた試合がファントム・ホロロだからだ。
「ここ一週間、洛中はファントム・ホロロの話で持ちきりだったネぇ。うちに金借りに来る連中も、中央広場の商人の連中も、口を開けばファントム・ホロロ、ファントム・ホロロ……」
「確かに、飲み屋では賭博しているのがよく見られたな。今季最大金冠にして最強のリオレウス対、“夜闇の万雷”ファントム・ホロロ。勝つのはどちらか、と」
「ギルドにクエスト受注履歴のないような、明らかに怪しい奴がドンドルマを夢中にする……こりゃア、ギルドも黙っていないだろうネ。“夜闇の万雷”なんて」
「ずいぶん偉そうな二つ名だニャア」とチェルシーは呆れた。ハンターにとっては魅力的な二つ名も、案外一般人にすれば大仰な冠なのかもしれない。
「おーいシヅちゃんメヅちゃん、巡回手伝ってやー」
そこで、オズが呼びかけて来た。メヅキとシヅキは本来、今日の闘技大会のスタッフである。
ファントム・ホロロを直に目の当たりに出来ないのは残念だが、彼女の舞台はしばらく先まで続く。また観れる機会はあるのだ。
後ろ髪が引かれる思いで、兄弟は席を立った。
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「巡回は人の流れがない時にやるもんや。せやから、ファントム・ホロロにお客さんが釘付けになっとる間に済ませる寸法よ」
「……っちゅうのは建前で、ほんまはあんたらにこれを見せたいだけなんやけど」
二人がオズに案内されたのは闘技場の裏、モンスターを収容する施設。
闘技場に出るモンスターは、ほとんどがハンターによってクエストで捕獲したものだ。元々は自然界を駆けて暮らしていたが、何かしらの原因で狩られ、研究機関を巡り、人間の生活に貢献し、役目を終えるためにここにいる。そしてまた、素材という形で人間生活に貢献する。
そんな彼らを囲う施設は鋼の骨に石造りで、砦と同じ方法で作られていた。ここのモンスターはもちろん、かの老山龍ラオシャンロンの進行にもびくともしなそうだ。
「…ここに、今季の闘技場へ出るモンスターがいるのだな」と、メヅキが苦々しげに呟く。
「せや。二人はハンターとして、商人としてモンスターとうまく付き合いたいと考えとるんやろ? 荒療治やけどせっかくだから見物してきぃ、色々考えるとええわ」
「オズ殿がうまい話のスタッフバイトを持ちかけてくると思ったら、こういうことだったのか」
ギルドナイトフェザーの下で、オズはスッと目を細めた。感情をあらわにして施設を睨むメヅキと、俯き加減でなんとなく直視しないシヅキ。兄弟でも結構反応が違うもんやな、とオズは心の中で感心する。
結構しんどいとこやから、遠慮するならええで? とオズは二人の意見を伺う。早く入ろう、と催促を吐き捨てたのは兄のメヅキ。
重厚な格子の扉を開けて、三人は収容施設の中に入る。凄まじい悪臭に包み込まれる。
最低限の採光窓。内部はうす暗く、オズの持つ小さなランタンが足元を照らす。ばかでかい檻が両側に設置され、様々なモンスターが繋がれていた。
子分数頭を連れたドスマッカオに怪鳥イャンクック、桃毛獣ババコンガ。先月に大量発生が観測されたフルフル。どれも今年の繁殖期、温暖期で捕獲されたモンスターだ。一番大きくて綺麗な檻にうずくまっている雄火竜リオレウスは、恐らく今季最大の目玉だろう。
彼らは逃げ出さないように麻酔薬で鎮静をかけられて、翼膜や足の腱を切られてるんや、とオズは嘆息をこぼした。
無秩序にモンスターが陳列している様子は、まるで図鑑をばらばらとめくっているような光景。
兄弟がこれを見て何も感じないわけがないだろう。後ろを無言で着いて来る彼らに、オズは無造作に切り出した。
「なぁ、前にも言うたけど。薬師メヅキに、
オズは一度言葉を切る。優しく、どこか寂しそうに言葉を繋げる。
「ウチらハンターズギルドは、あんたらが欲しいんや」
なぜなら、ギルドナイトの職務の一つに、若手ハンターの教育があるから。でも、それ以上に。オズはハンターズギルド職員として、兄弟が今の道を辿るようになった経緯を知っているから。
兄弟がはじめてドンドルマに来てすぐの時も、《南天屋》に入る前にどんな生活を送っていたのかも、何をして、何を誤り、犯してしまったのかも。
「今のハンターズギルドには、あんたらみたいに信念と利益を両立できる人材が必要なんや。現場にも机上にも、理解ある人材が」
しかし、
「俺達はあなた方ハンターズギルドの
「ふぅん……ま、今すぐにとは言わん。未熟なあんたらを育てるのも、老いたウチの楽しみやで」
オズは白い歯を見せて無邪気に笑った次の瞬間、にたりと口の端を凶悪に吊り上げる。フェザーの陰で尖った白い歯がぎらりと覗く。
交易都市ジォ・ワンドレオの商人も、ドンドルマの商人に負けず劣らず恐ろしい。
「
「……」
「そのためなら、何だってする。汚れきったあんたらを掬いあげることさえ」
悔しそうに視線を外すメヅキと、ずっと黙りこくったままのシヅキ。オズは動かない二人の肩をぽんぽんと叩いてやった。気負うなという意味でも、念を押す意味でも。
ちょうど数年前、娘が嫁入りしたオズにとって唯一の弟子であるアキツネはもちろん、この兄弟も息子のような存在だ。
「ほな、施設管理の職員にちょっくら顔出すから席外すで。すぐ戻るからよぉく見学しとき」
ランタンをメヅキに押し付けると、颯爽と施設を去るオズ。がらんとした通路には兄弟二人が残された。
腰の曲がった女がひとり、外で掃き掃除をしている。人が良さそうな老いた清掃員のようで、こちらに会釈してきた。
こんな
だから、この『闘技大会』を否定する権利は誰にも、どこにもない。
「……ぶはぁ」
オズが居なくなって気が抜けたメヅキ。深呼吸するも、
「だめだ。ここ、きつすぎる。お前が素材屋をやっていた頃を思い出してしまうな」
「……うん、うん」
メヅキは辛そうに顔を歪めるが、シヅキは切なくもどこか懐かしい様子で施設を見渡していた。
漂う悪臭──死が近い生き物は独特の匂いを放つ。生きているときの日向のような匂いと、死んだ後の重く暗い腐敗臭。ちょうど、その真ん中のひんやりとした匂いだ。
この匂いを苦痛に感じるメヅキと、慣れきって心地良ささえ感じるシヅキ。間にある溝は深い。
シヅキはひとり、檻の並んだ通路をゆっくりと歩く。コツ、コツン、と左右で微妙に違う足音。
彼は考え事をするときに義足を鳴らす癖がある。そんな彼の背に兄は話しかけた。
「オズ殿の話だが。
「ちょうど、昔の僕らみたいにねぇ」
「……んむ。ギルドは違法取引を黙認せざるを得ない。連鎖的に、密猟なども発生する恐れがある」
それでは本末転倒だ。ハンターズギルドは密猟を防ぐため素材価格を設定しているのに、結果として密猟を見逃している。
「だから、オズ殿は俺達をギルド職員に誘ったのだろう。まぁ、気持ちは十二分にわかる」
「オズさんの考えは本当にそれだけかな? 僕らの弱みを握っているから、利用したいだけなんじゃない?」
「むぅ……そうかもしれんが、うむ。俺はオズ殿を信じたい。弱みを握っている以上に、恩人でもあるのだ」
「でも、ハンター辞めるのは違うでしょ?」
「それは。ん、そうだな」
確かにオズの言う通り、ハンターよりもハンターズギルドの職員の方が良い収入かもしれない。良い働き方ができるかもしれないし、好きなだけ研究をして、モンスターと向き合い、知的好奇心を埋めることができるかもしれない。
けれど。今の《南天屋》での暮らしは、二人にとって何にも代えがたいほど満ち足りていて、好きなのだ。
温かい飯と寝床、仲間、そして客とのささやかな出会いだけあれば。
苦々しくメヅキが頷いた瞬間。奥から悲鳴が上がった。
二人が急いで駆け付けると、先程会釈をしてきた女が檻を前に腰を抜かしていた。衣服は汚れ、ゴミ入れなのか大きな背負い籠が転がっている。
メヅキがとっさに安否を呼びかけると、女は震える小さな指で檻を指した。
「あ……り、リオレウスが……!!」
「リオレウスがどうかしたか? ……って」
「「あああぁぁぁ!?」」
思わずシヅキとメヅキの悲鳴が被る。──なぜなら、先程はうずくまっていたはずのリオレウスが血塗れで息絶えていたからだ。
「え、ちょ、なんで!? なんでぇ!?」
「シヅキよ、檻の扉が開いているぞ。誰かが中に入ったのか? 他殺か?」
「いやもう明らかにソレじゃん」
「隠す気あんのか犯人は、相当阿保なのか」
すると、会議を終えたオズが駆け付けて来た。檻の死んだリオレウスを見て「なんやこれは」とひっくり返り、あたふたする兄弟を見て大層呆れた。
「あーあーあーあー……ついにやってもうたか、シヅちゃんメヅちゃん……」
「オズ殿、丁度いいところに! 先程は生きていたはずのリオレウスが」
「フゥ……そんなん見たら分かるわアホ。面倒なことが起こってもうたな」
「これから施設管理の職員呼んで、事情説明して、あとプログラムも変更せなあかんし……あぁもう、純粋に闘技大会楽しみたかったんやけどなぁ」
「もう、僕らもですよ。もしかして、職務質問とかされるんですかね」
「職質もなにも。ほれ、身柄確保」
「は?」「え?」
手元を見る兄弟。手首には、オズによって縄がかけられていた。
表の闘技場では、わあっと黄色い歓声が上がる。どうやらファントム・ホロロが登場したようだ。
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アキツネはランサーのオズの指導で結構ランス使えるみたいです。ハルチカは……持ち前の器用さでメイン武器以外もある程度頑張れる。
今話を書くのに久々にXXを起動し、闘技場やってみました。私はめちゃくちゃ苦手です、闘技場。
読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味ください。