黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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48杯目 好奇心は(アイルー)をも殺す ふたくち

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「オズったら遅いねェ……せっかく取っておいた席が無駄になっちまったヨ」

「きっとお仕事忙しいんだニャア。シヅキとメヅキもいねぇんだし、また今度一緒に観戦しようニャ、ウラさん」

「フン、どこで油売ってるんだか。今度ウチに来ても奢ってやンねぇからネ」

 

 闘技場の観客席では、ウラとチェルシーがぼんやりと雑談していた。

 時刻は夜。新月の闇の中でも、松明をぜいたくに使った闘技場は明るい。

 

 

 

『今季の雪山で大量発生した憎きフルフル!! お相手は──洛中に轟く《夜闇の万雷》!! ファントム・ホロロだァ────!!』

 

「フヴォアアアアァァァ──……!!」

 

 熱気渦巻くエリア一帯に、フルフルの叫び声が響き渡る。対峙するのは女ハンター、ファントム・ホロロ。

 塀の上の観客席も凍り付くほどの声量。しかし、ファントム・ホロロは咆哮の直前に身体を捻り、勢いに任せて硬直を振り切っていた。

 

 空に身を躍らせる様子は、まるで鋭いつむじ風。動きを追って、夜空を切り取ったような飾り布がはためいた。

 

 紺地に銀星をあしらったホロロ一式装備は、松明の光を受けて艶やかに煌めく。宮廷に仕える芸人の衣装、というデザインの逸話にも頷けるだろう。

 なぜなら、夜鳥ホロロホルルをあしらった仮面(マスク)が頭装備になっているからだ。

 

 脆そう。そんな印象さえ抱くくらい細い足を踏みしめ、女ハンターは両手に持つ得物を交差。湾刀と鉈の双剣、インセクトオーダー。

 

「珍しい。虫素材の双剣かい」

「確かにふつう、ハンターの武器って鱗とか、牙とか、骨とか、鉄でできているニャ?」

「そうそう。虫素材というのは加工しやすいが脆くて扱いが難しいし、それなりに希少なのサ。結構いい趣味してるんじゃないかい、ファントム・ホロロ」

 

「さすが、ギルドが後ろ盾についていると違うね。さては……八百長試合だとか」

 

 ファントム・ホロロの仮面の奥、赤い目は恐ろしくぎらついている。鬼人化──双剣使い特有の、極度の集中状態だけが理由ではなさそうだ。

 

「チェルシー、さっき配ってた『月刊 狩りに生きる』の号外、ちょっと読み上げとくれ。闘技大会の装備情報ンとこだ。双剣の」

「ほいほい……『双剣の装備はジャギィ一式に、持ち物は応急薬に携帯食料、砥石、鬼人薬に強走薬……』」

「なるほど、あの目つきは強化系の薬か。ってことは薬の効果が切れる前に済ませるつもりかい」

 

 ウラは楽しそうに笑って、懐中時計を取り出した。「さぁ、薬の効果が切れたらどんな動きになっちまうんだか」

 

 フルフルは長い首を振るって連続の電気ブレス。閃光の雨を、ファントム・ホロロは紙一重で躱し続けた。客席からは悲鳴じみた歓声が沸き上がる。

 普通の狩猟だと、フルフルのブレスにはその足元に潜り込むか大きく迂回することで対処する。わざわざ食らう範囲へ飛び込むなんてことはしないのだ。

 

 だから、これは“狩る”のではなく“魅せる”ため。

 

 閃光の雨を潜り抜けたファントムホロロはステップを踏み、独楽(こま)のように回りながらフルフルへ斬りつけた。肉質の柔らかい首を何度も。

 切れ味鋭いインセクトオーダーによって、皮や血肉の細かい破片がはじけ飛ぶ。

 

「フヴォウゥッ」

 

 足元のファントム・ホロロを追い払おうと、フルフルは棍棒のような尻尾を振り回す。短い尻尾に惑わされがちだが、意外に予備動作が短くて避けづらい。

 当たった、と観客は目を覆ったが、ファントム・ホロロは錐揉(きりも)み回転でこれを躱す。すれ違う瞬間にインセクトオーダーが振り抜かれた。

 

「なんニャ、あの回避は!?」

「『ブシドースタイル』。メヅキのより上手い避け方だネ」

「ニャア……回避しながら斬りつけてるニャ」

「回避を兼ねた反撃は、ブシドースタイルの双剣の特徴サ。モンスターに密着する双剣は十四武器種の中でもトップクラスの被弾率……それを全て攻撃に変換できたら、どうなるだろう」

 

「──!!」

 

 フルフルはファントム・ホロロの反撃に大きく怯む。尻尾で撃退できる、と慢心があったからだろうか。

 慢心は、狩猟において互いに禁忌。付け入られれば無傷で済まない。フルフルはもんどり打って倒れ込んだ。

 

 ファントム・ホロロは車輪、六段、二回転と連続で斬撃を放つ。寸前まで追い詰めて、起き上がれば拍子抜けするくらいあっさりと退く。適度に距離を取って、砥石で軽くインセクトオーダーについた肉片をこそぎ落とした。

 怒り状態になったフルフルは辺りをしきりに嗅ぎまわり、ファントム・ホロロとの距離を測り始める。フルフルは盲目なのだ。

 

 怒り状態のフルフルは、通常のやや鈍い動きからは考えられないほどに俊敏になる。自由に伸縮する首で噛みつき、軸を合わせて飛びかかり、咆哮を連発。

 狩猟のテンポアップ。立ち上がりの次に翻弄されるのは、この瞬間に付いて行けなくなった時だ。 

 

 これらを全て回避すると、ファントム・ホロロは不意に鬼人化を解いた。

 

 ──カン、カン、カン、カン。

 

 インセクトオーダーの刃が四度、ファントム・ホロロの頭上で誘うように打ち鳴らされる。

 すると観客の誰かが始めたのか、最初は遠くの方でぱらぱらと。ウラとチェルシーが何事かとあたりを見渡している間に、いつの間にか闘技場じゅうが手拍子に包まれていた。

 

 ──カン、カン、カン、カン。

 

 今や、隣に座っていてもお互いの声が聞こえにくい程の音量である。

 

「そうか、これが《夜闇の万雷》」

「万雷って拍手のことだったのかニャア!」 

 

 観客席じゅうの手拍子に合わせて、ファントム・ホロロはステップを踏む。舞踏だ。

 

 再び放たれる連続の電撃ブレスも、もはや演出を飾る光源である。

 ファントム・ホロロの動きは先程より数段軽やかだ。地を稲妻状に走るブレスを難なく(また)いで躱す。

 一、二、三拍で肉薄し、フルフルの首根っこに容赦なくインセクトオーダーを突き立てた。刃は最も鋭利な角度で柔らかい皮膚を切り裂き、肉を断ち、太い血管を破りきる。心臓の拍動と共に血しぶきが上がる。浴びたファントム・ホロロは、それでも仮面の目元が動じない。

 

 震えながら勢いよく倒れる巨躯に二、三歩。なんということはない遊びのステップ。

 狩猟と言うより、一方的な暴力だった。 

 

 豪雨のように降り注ぐ歓声に無愛想なお辞儀をすると、ファントム・ホロロはそつなく控え部屋へ姿を消してしまう。

 

「お見事、ファントム・ホロロ」

 

 パタンとウラの手中で懐中時計の蓋が閉められた。時計の針はちょうど今、強走薬の効果が切れる時間を指している。

 

 

 

 闘技場を包む万雷が止むのは、もうしばらく後だ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 一方その頃。

 

「だーかーらー僕らじゃないですってば! 手ぶらでどうやってリオレウスを殺すんです!」

「そうだ、剥ぎ取りナイフ一本も持っていないのだぞ!」

「剝ぎ取りナイフならホレ、そこに血でドロドロなのが落ちとるやないか」

「……」「…………」

「二人してヘコまれるとウチもちょっと罪悪感出るんやけど」

 

 闘技場の裏、収容施設では現場検証が行われていた。

 

 施設の職員や闘技大会の役人が集まり、アーでもねぇコーでもねぇと丸鳥合の衆が形成されている。血塗れで死んでいるリオレウスへ、流石にすぐ手を出す勇気はないらしい。

 

「このレウスちゃん、ウチがせっかく部位破壊せんと捕まえたのに」

「あ。確かに言われてみれば……?」

 

 部位破壊。モンスターの戦意や戦力を削ぐために、モンスターの武器を壊すことだ。牙や爪、翼、尻尾など。

 しかし、部位破壊は意識しなくても狩猟が進むうちに成功している場合が多い。むしろ、部位破壊をしないで狩猟達成することは至難の業だ。

 

「繁殖期で増えたレウスちゃんを一頭、闘技大会用に部位破壊せんで捕獲って指名があってん。こんなアホみたいな依頼はギルドナイトしかやらんけど」

「オズ殿、ギルドナイトの仕事をしている……」

「どういう意味や、メヅちゃん」

「いつも街でぶらぶらしているか、《七竈堂(ナナカマドウ)》で飲んだくれているから」

「こら、メヅキっ」

「前者はそういう仕事。《七竈堂》ではただの酒飲みジジイでいさせてや」

 

 オズは髭面をボリボリ掻きながら、死んだリオレウスに近寄った。飛竜に表情はないはずなのに、真っ暗な瞳は恨めしそうに空を睨んでいる。

 リオレウスは首を伸ばし、檻に噛みついたまま絶命していた。うずくまっていた姿勢を無理やり動かしたのか、体が異常な角度にねじ曲がっている。

 「ゴメンなぁ」と呟くオズは、その無傷の背に触れた。兄弟は無言で手を合わせた。

 

「檻にかじりつくなんて、やっぱりしんどかってんなぁ。鉄棒がこないにひん曲がるなんて」

「そうだ、清掃員のおばあさんは? おばあさんが掃除をしようとしたとき、彼は警戒して噛みつこうとしたのかな」

「清掃員? どういうことや」

「オズさんが職員に顔を出しに行っている間、施設の中に掃除しに来たんですけど」

「む? 先程まで近くにいたはずなのだが。どこにも居らんぞ」

 

 手に縄をぐるぐるに縛られたまま、メヅキは辺りを見回す。職員の塊の中に、可愛らしいエプロンをつけた獣人がちらほらと混じっていた。

 

「この施設、掃除は獣人に頼んでいるはずなんやけどなぁ。掃除の時間はこれからみたいで、今来たばっかやで」

「何! あの婆さんがどう考えても怪しいではないか」

「婆さんなんてウチは見てへんけど。ほんまにおったの?」

「え。見た……よな? シヅキよ」

「めちゃくちゃ見た。普通に挨拶した」

「居もせぇへん人を立てるのは犯人の常套手段や。あんまり適当なことは言わへん方がええ」

 

 何となく白い目を向けてくるオズ。何とかアリバイを立てないと、いよいよ兄弟の立場が怪しくなってきたらしい。

 

「で、ではオズ殿。このリオレウスは部位破壊されていないし、背中や翼に大きな傷が無いのに血塗れだ。檻の中で多少暴れてもこれほど出血するだろうか?」

 

 あせあせとメヅキはしゃがんで、リオレウスの体の下にできた血だまりを指した。血だまりはとても大きく、出血が原因で死んだと分かる。

 捻じれた翼の下を覗き込むと、腹が大きく裂けているのが分かった。緑色や黒色の内臓がもとの位置に直せないくらいかき乱されている。

 オズは湿気(しけ)た顔で唸った。

 

「狩場では普通、腹なんて開かへん。剥ぎ取りなら外側から少しもらうだけで十分やさかい」

「……腹を捌くのは、ハンターじゃなくて素材屋の仕事です」

「そうなん? シヅちゃん。腹ん中にあるのは内臓やろ、火炎袋があるのは喉元やし……腹捌く理由なんてあんのん?」

 

 興味深げにオズが尋ねる。ギルドナイトとはいえ根本はハンターだ。商売に精通していても、流石に流通外のこととなれば知らないこともある。

 そんなアウトサイドの世界で暮らしていたシヅキ。声が不意に低くなる。

 

「……紅玉。流通しているものよりずっと小さい、米粒みたいなサイズは。体内にある可能性があります」

 

 そっとメヅキが解説を添えた。

 

「我々ハンターが手に入れられる紅玉は、喉元といった体表近くにできたものだ。だが、紅玉とは体内の様々な物質が溜まってできた結石である。

 だから、腹の中で発生することの方が多い。……といっても、なかなか流通に出せるようサイズほど大きくならないのだが」

「僕は前の職場で、紅玉を探してほしいと死んだリオレウス丸々一頭解体したことが何度かありましたけど……みつけることはできませんでした。体表にできる紅玉というのは、それくらい大きいということなのです」

 

「……でも。もし紅玉目当てに死体を解体するとしても、僕なら最初から腹を開くなんてことはしたくない。素材として使える、きれいな部分が汚れてしまうから……それは、そのモンスターにとって失礼だと、僕は思う」

 

「ほぉ、やっぱり詳しいなぁ。医学と解剖に通じた薬屋に、素材屋なだけある」

 

 伏し目を吊り上げていたシヅキは慌ててイヤイヤと両手を振ると、パッといつもの調子に戻った。まるで、臭い物に蓋をするように。

 

「そんなことないですって。こんなに知識をひけらかすなんて恥ずかしいですなぁ。たはは」

「おもろいからええで。ほなら、ここまで来たら自分で無実を証明してみせなさい」

 

 オズは天を仰いでンガハハと笑うと、再び口の端をニヤリとさせた。「犯人を追うなら、あんたらはどうする?」

 手を縛られたままのメヅキは、オズの挑発的な文句に応えた。指を二本、立てて見せる。

 

「俺のつける目星は二つ。ひとつ、死んだ彼を餌にもう一度犯人をおびき寄せる。

ふたつ、武具工房。素材の行く道は(すなわ)ち人の足取り也」

 

 周囲を歩いて、死んだリオレウスを注意深く観察していたシヅキ。部位破壊されていないはずのリオレウスは、頭殻や翼爪、鱗数枚が人の手によって切り取られているのが分かった。非常に綺麗な切り取り方で、並のハンターではこうも手際よく剥ぎ取りしないだろう。

 いるとするなら……それは素材商に関わる人間かもしれない。自分の剥ぎ取り方を思い出しながら、シヅキは推理する。

 

 低頭し、死んだリオレウスにもう一度手を合わせながら呟いた。

 

「素材になった彼が道しるべになってくれます。きっと」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

『ファントム・ホロロ、やっぱり最高だったなぁ!』

『当たり前だ、時代の寵児だぞ!』

『でも、その前の前の試合もすごかったよなぁ! ファントム・ホロロとタイムが変わんねぇ!』

『弓使いはファントム・ホロロ並みにド派手な立ち回りだし、大剣使いは地味だけど全く隙がなかった……!』

『これは期待の新鋭かもな……!』 

 

 

 

 闘技場の観客席では、何も知らないウラとチェルシーの元へ、何も知らないハルチカとアキツネが戻ってきた。はじめての闘技大会を泥試合で終わらせたヘッポコ二人はヘロヘロである。

 だが、アキツネはちゃっかり両手に盆を持っていた。

 

「アキちゃん、なんだいこれ」

「……フルベビアイス。前にレンキンコウジの研究を一緒にやった竜人族の学者サマが、屋台で泣きながら売ってたべ」

 

 フルフルベビー。本日の闘技大会で何頭も出ていたフルフルの幼体である。

 フルフルの手足をなくして小さくしたような見た目で、真っ白なオンプウオという表現が最も近いか。

 

「あの学者かニャ。今もたまに飲みに行くニャよ。会話できねぇけど面白い奴ニャ」

「接客、会話できねぇ奴はやってはならない……」

「あっ、ブーメランが」

 

 アキツネはすぐ(グー)に訴える(たち)である。

 

「フルフルの大量発生はフルフルベビーの大量発生も原因ということかニャア。自然界とはかくも理論的かな」

「で、その増えすぎたフルフルベビーを食材に活用したいからって、ギルドからあの学者の研究所にも押し付けられたンだと。フルフルベビーは竜人族の加工技術でないと食えないらしいのサ」

「かわいそうニャア。泣くのも無理はねぇ」

「チェルシーのオヤジ、食うか?」

「え……キモ……」

「だべなァ。アレ入ってると思うとなァ。こりゃ夜まで売れ残っちまうよナァ」

「アキちゃん、あたし一個貰い。氷菓子は好きなんだ。高利貸しだからネ」

「あいよ」

 

 受け取り、もむもむと咀嚼するウラ。フルフルベビーの粘液(?)でアイスに粘りが生まれ、溶けても垂れないようになっている。

 ちなみにアイスは甘いポポミルク。庶民のおやつの味である。

 

「フルフルベビー、別に悪かないネ……クセが無くて、噛み切れない寒天みたいな感じ」

「乾燥してから水で戻して、氷砂糖で重ね蒸ししてンだと。なンとも言えねェ触感が好み分かれそうだけっとも……濃いめに味付けたらキノコみてェで面白ェと思うンだ」

「アキったら、さっきからこんな感じでサァ、闘技大会どうでもよくなってンのサ。あと、ファントム・ホロロは楽屋で一回も見なかった」

「仕事せんかい、ヘッポコども」

 

 ウラが金歯を剥き出して(グー)を振り上げたその時である。

 最終試合だったファントム・ホロロの公演も終わり、ほぼ無人の観客席に可愛らしいエプロンをつけた一匹のアイルーが駆けて来た。

 

「う、ウラ様一行ー! ギルドナイトのオズ様から伝言、伝言ー!!」

 

「シヅキ様、メヅキ様が事件により身柄確保!! 身柄確保!! お(ナワ)にかかっておりますニャ!!」

 

 

 

 閑散とした闘技場に四人のすっとんきょうな声が響いたのは、言うまでもない。

 

 

  

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