黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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 あんパンと牛乳。そんな感じです。

 
 


49杯目 好奇心は(アイルー)をも殺す みくち

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 一方その頃。

 

「いーやーだー!! 素面(シラフ)のオズ殿と一晩一緒なんて!!」

「ウチも嫌やわ、さっさと帰って酒でも飲もうと思っとったのに、野郎とベタ付けなんて」

「せめてここにお酒があったらもっと話が弾んだんですけどね!」

「あぁ、飲みに行きたい……」

「……」「…………」

 

 啜るポポミルクと齧る饅頭は、酒でなくても優しい味だった。

 

 オズ、メヅキ、シヅキの三人は収容施設に残って張り込みをしていた。リオレウスの死体が見える位置の物陰に潜んでいる、という状態だ。

 光源は持っておらず、申し訳程度の天窓の月明かりに目を慣らしている。

 

 本当なら武具工房へ素材に詳しいシヅキを行かせるべきだったのだが、ギルド職員が疑って身動きできなかったのだ。

 

「……」

 

 暗闇と沈黙の中、シヅキは剥ぎ取りナイフを懐で大事そうに抱えている。現場に放置されていたのを拾って手入れしていたのだ。今は乾いた清潔な布で包んでいた。

 ちなみに、ガンナーであるメヅキは砥石の扱いが上手くない。手入れはシヅキに譲っている。

 

「マメやな。その剥ぎ取りナイフ、もう使われへんかもしれんのに」

「はは……誰も使わないってわかってても、つい手入れしちゃうんです。前の職場からの、悪い癖と言うか」

 

 指の腹でそっと刀身を撫でるシヅキ。その切れ味はすっかり新品同様に磨かれている。

 沈黙の気まずさもあり、シヅキはぼやくように続けた。

 

「前の職場の先輩、剥ぎ取りナイフをすっごい雑に扱う人だったんです。最初は『アンタが後輩なんだから磨いとけ』って丸投げされてたけど、そのうち放っておかれているのを自分から研ぐようになっちゃって」

 

 メヅキはその様子を見て、ふと零した。

 

「……犯人が、もしハンターなら。これを置いて行ってしまうなど、それほど腕の立つ者ではないのかもしれんな」

 

 剥ぎ取りナイフとは、ギルドカードに並んで“自分はハンターである”という証明である。

 野草を刈ったり、肉を切ったり、採材に使ったり。自然からお裾分けしてもらうときの橋役、とも言えるかもしれない。

 

 そんな剥ぎ取りナイフを粗末に扱うハンターは上手くいかない、という考えだ。ひいては採集や、剥ぎ取り作業を大切にしないのだから。

 

「ハンターとしての実力まで測るのはちょっと突飛(とっぴ)な発想やけど……やっぱしアンタらは普通のハンターとはちゃうなぁ」

「ふむ、確かに飛躍しすぎたか。剥ぎ取りナイフ一本では犯人像の特定はできん」

「いいのいいの。想像力、働かせた方がおもろいで。おもろいハンターはウチ、好きや」

 

 オズはシヅキの懐から剥ぎ取りナイフをちょいちょい引っ張り出すと、手に取った。

 

 どこにでもある剥ぎ取りナイフだ。使い手に合わせた一本というわけではなく、()込んだ金属を型抜きした大量生産もの。

 よく言えば誰でもそれなりに使えて、悪く言えば非常に安価。チープ。

 

 それでも星の数ほどのハンターを、()(かた)()(すえ)も変わらず育てるのが剥ぎ取りナイフというアイテムである。

 数多のモンスターを狩ってきたG級ハンターであるオズの手にも、剥ぎ取りナイフはしっくりと馴染んだ。

 

「うちがハンターを始めた頃から(なぁ)んも変わっとれへん。……最近、狩りに出ることが少なくなったから名残惜しいねんな、これに育てられた日々が」

 

「懐かしいわぁ。ウチと、ウラと、狩り友もうひとり。三人で愚直に狩りを楽しんどった」

 

「珍しい。オズ殿が昔話をするなんて」

「ランスでも降るのかな」

 

 胡散臭そうに見上げてくるメヅキとシヅキの目線を、オズはカラカラと笑って飛ばす。

 

「一応、ギルドナイトはボロ出んように昔話をせぇへんように決められとるからな。でも、これはただの、老いぼれハンターの話や」

 

「もう三十年以上前の話。ウチらにもアンタら兄弟のように、自然やモンスターともっともっと上手く付き合えると思っとった時があるんやで──」

 

 オズの声色は薄明りの中、過去への恋しさと寂しさの影を孕む。

 三十年。ひとりの爺とふたりの青年の間にある、年月という絶対的な距離を。昔話は、ほんのひと時だけ縮めてくれる。

 

 人の世では世代が巡り、技術の枝葉は広がっても。自然界は驚くほどに取り合ってくれない。

 それでも。どんなに人の営みはささやかでも、小さな一歩は自然界(あちら)を理解しようとする確かな轍なのだ。

 

 愚直に狩りを楽しむことこそ、自然やモンスターとの上手い付き合い方のひとつなのだ、と。決して懐古による誇大表現ではなく、経験による強い芯が昔話にはあった。

 

「ん? 狩り友もうひとり? 今はいずこに?」

「……それは」

 

 オズが言葉を詰まらせた、その時。

 

 ──がちゃん。

 

 リオレウスの檻の方から物音がした。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 時刻は天辺をまわった頃。ハルチカとアキツネは闘技場から出たそのままの足で、涼しくなった中央広場をぽてぽてと歩いていた。

 闘技大会の慣れない装備はとっくに脱ぎ、動きやすい軽装姿のハルチカはハテと首を傾げる。

 

「濡れ衣着せられていやがる。あの兄弟、いくらバカとはいえ罪を繰り返すわけがねェ」

 

 隣で、同じく軽装のアキツネもぽそぽそと呟いた。

 

「不在、困る」

「あぁ、日々の納品書チェックなんかは人数が勝負だ。確認する目が減ッちまうと……」

「……違ェ」

「?」

 

「おれの飯、食う人がいなくなンの、ヤだ」

 

 明後日の方を向いて口を尖らせるアキツネに、ハルチカは目を見開いた。

 

「儂じゃダメかい?」

「ハル、大食いな方じゃねェから、兄弟の方が食わせ甲斐ある」

「あー……」

「おれが気分いいかどうかの話。おれァ、あのバカ兄弟に飯食わせてェの」

「お前サンは昔ッから自己主義サねぇ」

 

 ぶすくれるアキツネに、ハルチカは呆れて目元を覆った。

 そもそも彼が料理人をやっている理由は、誰かに満腹になって欲しいからとかいう優しさではない。単純に、自分の作った飯を他人が食っていると気分が良いから、だったりする。

 

「儂、これからもうちょっと量食うようにするから。ネ、ネ?」

「あ゛ァ? あと、仕事とか絵の片手間に食ってもダメだ。ちゃアンとおれの飯に集中しろ」

「ええー……」

「それから、厨房で煙草吸うな」

「スンマセンでした……」

 

 普段は少しでも気に障れば突沸するアキツネが、珍しくネチネチとふてくされている。

 ハルチカはやんわりと受け流しつつ、こういうのをシヅキとメヅキが緩衝してくれていたのかと改めて思い知った。違った意味でも、彼らの濡れ衣を早く解かなければならない。

 

 アキツネの不平不満をちぎってはヨシヨシとあしらっていると、やがて武具工房へ辿り着く。闘技場併設のアリーナと隣接しているので、それほど時間はかからない。

 

 平日を控えた夜半。それでも武具工房は夜に出発したり帰ってくるハンターのため、規模を縮めてひっそりと営業している。煌々とした炉の灯りは大衆酒場に並んで、夜に住まうハンター達の心の拠り所だったりする。

 

「なんだ、夫婦喧嘩か」と二人を迎えてくれたのは、低い背にがっちりとした体格の土竜族、夜勤中の親方(オヤカタ)だった。

 

「アキツネが女房みてぇだなぁ」

「だと思うだろ? 実は《南天屋(ウチ)》の頑固親父なんだゼ、こいつは」

「親父とやんちゃ息子ってことか」

 

 親方は鼻くそをほじりながら興味なさそうに相槌を打った。結構暇そうである。

 温暖期、夜狩りに出るハンターは少なくない。それなりに夜勤務も忙しそうだが、親方は隙をついてダラけているようだ。

 

「こんな時間に何用だ? 夜狩りに出る装備じゃなさそうだが」

 

 怪しんだのか、親方はさっそく仕事の話をしてきた。確かに日中ならともかく、夜中に雑談をしに来る奴もいないだろう。

 翌日に聞き込み調査を先送りしても良かったのだが、他の依頼が重なれば犯人の足取りは揉み消されてしまう。今、巧妙なウソで情報を引き出さなければならない。

 

 ハルチカは商売用の笑みを浮かべて襟を整えた。アキツネには下手なことを言わないよう、黙っていろと口止めをしてある。

 

「ちょいと武具工房に入ってきている素材の様子を知りたくてネェ。明日、大事な素材の卸しがあるのサ。出回っている素材の状況を見てから卸し値を決めたくてねェ」

「そんなん日中でもいいだろ、まぁいいけど。入った金、早く事務所の修繕代に充ててくれや」

「そいつァどうだか。……して、素材の様子はどうだい? やっぱりイャンクックやランポスが多いかな?」

 

 そっと目配せすると、アキツネは用意してあったレンキンコウジ甘酒と椀を出す。チェルシーに急いで持って来させたもので、キンキンに冷やしたのは親方の大好物である。

 疑っていた様子の親方も、途端に上機嫌になった。

 

「おう、あとは先月に大量発生したっていうフルフル素材がちらほらだな。それなりに大規模だったって言う割には、あんまり武具工房(こっち)に来てねぇけど」

「へぇ、珍しい。雷属性武器と言やァ火竜に効くってンで、ここらへんの地域じゃ四属性の中でも人気のはずだ」

「武具加工するんでなくて市場に流れたのか、何かを見越してまとめ買いした奴がいたのか」

「フルフルが狩られる前に雪山の中で頭数調整が起こったのか……って、そんなおとぎ話みたいなこたァねェわな。武具工房に儲けが出なくて残念だ」

 

 お世辞を言いつつ、素材の話となるとシヅキのことが頭にちらつく。ついハルチカの性に全く合わないことを口にしてしまい、吐き気がした。

 商人は儲けの事だけを考えればいいのだから。

 

「あぁ、火竜といえばついさっき、立派な雄火竜素材が来たぜ。これを武器にして欲しいって、ありゃあ相当上物だ」

「……ほぉ。さぞかし腕の立つハンターが狩ったンじゃねェかい? 同業としてどんな奴か気になるネェ」

「ウンニャ、顔は見れなかったな。背が低くて大きなフードを被っていて」

 

 明らかに怪しい。ただ、これで今回の事件にハンターが絡んでいることが分かったのは収穫だ。ふつう、ハンターはハンターズギルドに情報が登録されている。そのフードの人物が闘技大会用のリオレウスを殺したかどうかは分からないが、これで関わっている人物は絞られるだろう。

 

「顔を見られたくねぇハンターだって多いモンだよ。うちのメヅキだってそうだ……あんまり深追いしないでおくれ」

「あぁ、メヅキと言えば」親方は言葉を続ける。

 

「そのリオレウス素材、恐ろしく剥ぎ取り方が綺麗だったんだ。メヅキの弟だったか、シヅキのと同じくらい。

 オレっち、『これは黒髪に青目の小柄な男が剥ぎ取ったのか?』って聞いたんだが、いいや違うと返されちまった。あれ、一体どいつが剥ぎ取ったんだろうか」

「そいつァ奇妙だ。帰ったらシヅ(コウ)に聞いてみようか」

 

 ──来た。これは思ってもない情報だ。ハルチカは思わず唇に沿って舌を這わせる。

 その者、ウチでバイトとして雇いたいな、なんて嘘の切り札を見積もっていると突然、同業の下っ端と思われる男が親方に寄ってきて、何やら耳打ちした。

 

 親方は毛むくじゃらの顔を鬼蛙テツカブラのように「ゲェ」と歪ませてから男に指示を飛ばし、急にハルチカの手首を掴んでくる。

 さすが工房職人、力が強い。

 

「そうだ、せっかくだし雑用を頼まれてくれイヤ頼まれろ」

「嫌だネ、儂は情報仕入れられただけで十分だ。早くこの手を離せ」

「情報の代価だよへぐなちゃこめ。うるせぇ商人がこんな夜中に揉め事起こしててな」

 

「さっきの雄火竜素材の返品を申し込んできたんだ。いくつかはもうチョッパヤで加工が始まってるってのに」

 

 親方はサムズアップで武具工房の受付を指した。こんな時にだけ察しのいいアキツネは既に外へ出ている。

 

「お前、ハンター兼商人だろ? なんかこうイイカンジに納めてくれや」

 

 指された方を見たハルチカが今度は「ゲェ」となる番だった。なぜなら件のうるせぇ商人は、恰幅(かっぷく)のいいちょび髭の──

 

「──虫商のクソオヤジ!?」

 

 

 

 かつて、ハルチカが口止めの(グー)を振るった相手だったからだ。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 なるべく足音を殺してリオレウスの檻へ近づくシヅキ。こんな違いは自分と兄のメヅキくらいしか分からないものだが、どうしても義足が鳴ってしまうのが歯痒い。

 

 オズとメヅキは出口を塞ぎに裏口へ向かった。遠くで出入口が封鎖される音がした今、この収容施設は完全な密室になっている。犯人は逃げられない。

 

 リオレウスの檻のそばには松明を持ち、フードを被った人影が立っていた。

 暗闇の中、どこからこちらが近寄って来るのか分からなかったようだ。慌ててきょろきょろしているところを、思い切り腕を掴む。

 

「──!!」

 

 腕は細いが暴れる力はすこぶる強い。くんずほぐれつ、シヅキはもみくちゃになりながら人影のフードを取る。新月の夜空を切り取ったようなショートボブがさらりと零れた。

 

 驚いた。なぜならフードの下の人物が、件の剥ぎ取りナイフを放り出すような前の職場の──

 

 

 

「──先輩じゃないですか」

「あんた、シヅキか」

 

 小鳥のさえずるような声で、少女は呼んだ。

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

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