切れ味の鋭い刃物。
零細商事《南天屋》は、四人メンバー体制。
しかし、たった四人だけで全ての商売を回しているわけではない。
アイルーのアルバイト――バイトアイルーを雇っているのだ。
バイトアイルーは完全な雇用ではないため、メンバーに対しては『旦那さん』や『ご主人』と呼ばない。あくまで名前で呼び合うこととしている。
ネコバァによって斡旋されてやって来た派遣アイルーも採用しているが、基本は直接雇用。歩合制で、働いた分だけ報酬が貰える。
密かにリピート率の高い秘訣は、――必ずマタタビを四本貰えるから……なのだとか。
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寒冷期入りの、宵口。
夕日は半分ほど欠け、徐々に浮き上がる星々がこれからの長い夜を暗示する。
ハンターズギルドの定めるフィールドの一つ、森丘。その北東にある、エリア3で。
ゲリョスネコ一式装備に身を包んだ小太りのアイルーが、一匹の甲虫種の小型モンスター、ランゴスタ相手に奮闘していた。
ゲリョスネコメイルには、ナンテン印に黒星の『アルバイト』と書かれた小さなバッジがついている。
「ほニャ! ほニャッ!」
ぶんぶんとゲリョスネコアンクが短い腕で振り回されるが、ランゴスタは小ばかにするようにふらふら飛び回るので上手く当たらない。
「アキツネさん! こりゃ! ちょっと! 当てるの難しいですニャア!」
鼻息荒く追いかけるその様子を、のん気にも肉焼きセットで特産キノコ串を焼きながら一人のハンターが眺めている。
名は、呼ばれた通りアキツネという。
重厚な作りのセルタスS一式装備に、背負うは黒地と金の装飾が施された鉱石性のガンランス、ジェネラルパルド。質実剛健な作りから、
彼は訛りのある低い声で、焼けたキノコをヘルムの下からムシャムシャやりながら答えた。
「……ムニエル、ブーメラン、使ってみンべよ」
「はぁ、えと、こうですかニャ?」
その小太りのアイルー、ムニエルは慣れない手つきでブーメランを投げる。X型のそれはへろへろ飛んで――アキツネの頭に華麗にヒット。ぺそっ、と軽い音がした。
しかしアキツネは、そんな軽い一撃に動じることなくキノコを飲み込む。
「ま、毒けむり玉も尽きたし今日はここいらにしといて……あとは明日に回してもいいべな」
「うぅ……アイツだけ、アイツだけぇ」
「……そンなら」
アキツネは背負うジェネラルパルドを展開しながら、流れるような動作で一閃。
決して素早い一撃ではないはずなのに、黒い銃刀は夕日を反射し、見事ランゴスタの羽を切り裂いた。
ぼとりと墜落し、無様にも足をばたつかせる。
「わ! すごいニャア。オイラの旦那さんなら、こんなキレイに当てられないニャ」
「ウチの仲間は粒揃いだし、これくれェはできるようじゃねェと、クビだっぺや」
言葉とは裏腹に、なかなか得意げなアキツネ。ヘルムの下ではちょっぴりニタついている。
「正社員への道は遠いニャア……旦那さんがいるから、オイラは正社員にはなれないけど」
「お
アキツネはジェネラルパルドを畳み、腰ポーチからチェックリストを取り出すと、緩慢な手つきで『正』の棒を一本足す。
これまで書いた『正』は四つ。つまり、今日一日でランゴスタを二十匹討伐した。
正直言って、多すぎる。これが、この依頼を定番と言わしめる由来であった。
寒冷期入り――つまり、羽の虫の湧く季節。
この時期の定番依頼は、ずばり『虫退治』。一年を通して定期的に大量発生する、ランゴスタの討伐だ。
彼らは、調合素材分も合わせたありったけの毒けむり玉を持ち込んで挑んだものの、結果は惨敗。半日ですぐに手持ちを使い切り、防具の隙間に虫刺されをいくつも作ることとなってしまった。
こんなことなら『突く』ガンランス使いの自分より、仲間である『薙ぐ』太刀使いや操虫棍使い、『弾をばら撒く』ライトボウガン使いにこの依頼をまわせばよかった、とアキツネはしみじみ後悔する。
「まぁ、時間いッぱいやつらの数減らして……無理だったら、ちゃあンと村の人サ伝えンべ?」
「うニャ……それもそうですニャね。あ、アキツネさん!」
アキツネがハンターノートを、ムニエルがゲリョスネコアンクをしまおうとした、その時だ。
ムニエルが夕と夜の濃淡が美しい空を指すと、何か輝くものが横切るように疾走している。白っぽい緑色だ。
「ここ一帯、アルコリス地方はこの時期流れ星も見えるんですニャア。きれいですニャねぇ」
しかし、その流れ星は重力以上に加速して、こちらへ向かってくるのだ。
「あンだ、ここの流れ星ァ人に向かって落ちンべか?」
「ちちち違うニャ! なんですニャあれぇ――!」
「ムニエル、おれの後ろに下がれ」
走って逃げるには間に合わない速度。アキツネは腕を振り回して慌てるムニエルを背に、咄嗟にジェネラルパルドを構えた。
この依頼には大型モンスター出没情報は記載されていなかったが、『環境不安定』とされていた。『環境不安定』とは、狩場に大型モンスターの出没が予想されるコンディションのこと。あくまで可能性ではあるが……。
彼らは最低限のアイテムこそ持ってきているものの、メインの虫退治専用の道具で埋まってしまっていた。
まさに、想定したくない相手。
「シャアァァァァァァ――――!!」
着地と、放電。アキツネとムニエルを、盾ごと吹っ飛ばす。
輪郭が浮き始めた星々をかき消さんとばかりにまばゆく光り、彼は高らかに吠えた。
岩陰まで吹っ飛ばされた一人と一匹には目もくれず、先程アキツネが落としたランゴスタに迷わず食いついた。体液が飛び散る。
スタンダードな
翼を二、三回軽く揺らせば突風が巻き起こる。寒冷期色に色あせ始めた草がなぎ倒された。
「ラ、ラ、ライゼクス!?」
「……お
「ニャ、オイラは小型モンスター専門のオトモだニャ。大型モンスターはどうしても……」
「よし。ならその岩陰サ、ちゃンとついてンべよ」
アキツネは、右腕の盾のベルトを素早くきつめに調節した。ヘルムの隙間から、狩る者の瞳がムニエルを見つめた。わずかに、ライゼクスへの怒りが含まれている。
今二人の位置は隣接するエリアまで距離があり、相当な走力がないとあのライゼクスから逃れるのは厳しいだろう。
「アキツネさんは」
「やり過ごす。任せとけ!」
アキツネはムニエルのいる岩陰を背に、得物を静かに構えた。
走って逃げるのではなく、真っ向から対抗してやり過ごす。盾を持つ武器ならではの姿勢にライゼクスの瞳孔がぐわっと拡がり、爛々とアキツネを射止めた。喉を忌々しげに鳴らす。
「ヒルルルル……!」
「やンのが、あ゛ぁ!!」
裂帛の気合と共に、銃槍の切っ先を空に向けて威嚇砲撃を二発。――振り下ろして手で弄ぶように回転させ、リロードした。殻薬莢が二つ、空に踊る。
「――キシュヮアアアアッ!!」
いいだろう! と言わんばかりに叩き潰そうと、ライゼクスは右翼を振り上げた。それに対しアキツネは腰を低くし、受け流す。足元には大きな爪痕がつけられた。
迷わず銃槍を切り上げ、翼爪に砲撃を二発。独特な硝煙の匂いにライゼクスの不快感が高まってゆく。
「ヒュルルルルル……!」
ライゼクスは猛禽のような唸り声をあげて足元全体を尾で薙ぎ払うが、完全に防がれた。しかしその盾が金属製であることを勘で読んだのか、ライゼクスはさらに尾の先の鋏から電流を放つ。バチリ! と緑色の大きな火花が散った。
押されたアキツネはムニエルのいる岩陰からライゼクスの意識を反らすため、受け止める構えから、いなす動きへ。アキツネは銃槍を抱え込むように納刀しながらバックターンで、半時計周りに回り込む。読み通り、大きな動きにライゼクスの赤い目は彼を追った。
更なる追い打ちをかけるように、ライゼクスは電撃のブレスを放った。
光の柱は、より伝導性の高いところを求めるように不規則に地表を走り、アキツネの足元へ迫る。それを間一髪、身を投げ出して回避した。本来なら動きやすさより堅牢さを追求しているセルタスSメイルが、グリーヴが、その自重に軋む。
「ぐッ……! 」
アキツネは歯を食いしばって地面を蹴り、転って、再度襲い来る叩きつけをかわす。
乱れ始めた息を整えながらジェネラルパルドを展開し、ブレス後の硬直で目の前に投げ出された尻尾を銃身で打ち据えた。それ自身の高温に甲殻がわずかに溶け、尻尾の先の鋏が少し欠ける。
「クルルル……」
さすがに堪えたのか、それともこのエリアのランゴスタが全て姿を消したことに腹を立てたのか、ライゼクスは苛立ちを隠すことなく唸って羽ばたく。
風に煽られたジェネラルパルドを構えなおす頃には、星よりも明るい影は、今いる位置から南西に位置するエリア4へ去っていた。
アキツネはジェネラルパルドを畳むと、背後の岩陰に声をかける。
「……援護、助かったべ」
「いえいえ、とんでもないですニャ」
その岩陰から、手に薬草笛を携えたムニエルがのそのそと顔を出した。こっそり使っていたのだ。
「うまくやり過ごせて良かったニャア。それに、いくらオイラが採集専門のオトモとはいえ、雇い主を見捨てて逃げ出すオトモなんていますかい」
ニャフフ、と笑って体を揺するたびに、背負っているゲリョスネコアンクの鈴がコロコロと鳴った。ついでにお腹もゆさゆさ揺れる。
「いやはや……ライゼクスはこのアルコリス地方では『空の悪漢』とか呼ばれてるんですニャよ? それをアンタは一人で相手してしまった。怖かったけど、いいもの見ましたニャ」
「……ンいや、おれも一人だとなかなか追い詰めらンね。防戦一方で、たまに反撃というくれェだ」
アキツネはため息をつきつき頭を振って、やっとセルタスSヘルムを脱いだ。中から曇天色のゆるく巻かれた髪がこぼれる。
色白で、への字口の青年だ。まだそれほど乾いた季節ではないのに、ヘルムとこすれた髪は静電気がパチパチとはじける。
「ッたく……このセルタスS一式装備ァ、電気を通しやすいとか何とかで雷を操る奴はあンまし相手にしたくねェ。変な事故が起こんなぐて
装備が帯電しているこの現象を、ハンターズギルドやハンター達は『雷属性やられ』と呼ぶ。この状態にモンスターの攻撃といった衝撃が何回か加わると、装備の内で放電が起き、人体にショックが起きる可能性があるのだ。
そんなものを与えられると、脆い人体は一時的に神経をやられてしまう。
『雷属性やられ』は、ハンター達の最も配慮しなければならない状態異常の一つであった。
「電気を通さないというと、オイラみたいにゲリョスの装備とか、無いですニャ?」
「うちはお金無ェから、これが精いっぱいの一張羅なの」
んー……と唸りながらわしわしと前髪を掻き揚げると、ようやく髪型が落ち着いた。
寒冷期入りの冷たい夜風を肺に取り込み、アキツネは緊張が解けたのか、ぷは、と深呼吸。
その目は林檎色、ジトリとムニエルに向けられた。もともとそういう目つきなのだ。
「――ま、食うだけ食い散らかして礼も言わねェあいつァ、おれが直々にボコす。食に携わる者として、絶対に許せねェ」
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一人と一匹が森丘に入って、二日目の夜。
星の瞬くベースキャンプに、彼らは足取り重く帰還した。
「ウニャ……今日も奴に邪魔されちまいましたニャア」
元々体が大きめなのに、静電気でさらに膨れたムニエル。ゲリョスネコ装備の下は何ともないのに、尻尾や足など装備の無いところはもふもふ、という珍妙な格好になっている。
「……今日一日で三十七匹。昨日のと合わせると、普通の虫退治の依頼ならとっくに終わっている数なんだけっともなァ」
今日もランゴスタを追いかけまわしたが、狙っているものが同じだからかライゼクスがこちらを敵視して、とにかく攻撃してくる。そのたびにいちいち隣のエリアまで逃げるか、ライゼクスがエリア移動するまでアキツネが相手する──といった一日であった。
ランゴスタをいかに効率よく討伐するか、また、ライゼクスの乱入をどう対処するかが問題であった。
体のあちこちにかすり傷を作った彼らだったが、彼らの料理人気質は空腹のまま寝床につくのを許さない。
彼らは、遅めの夕食を取ることとした。
キャンプ備え付けの焚火に、その上に吊るされた鍋はコトコトと上機嫌に歌う。
ふかふかミトンで蓋を開ければ、夜の空にぶわりと湯気が立ち上る。
「アキツネさん、上手にできましたニャア!」
ビン詰めのシナトマトと寒冷期入りのベルナス、規格外サイズの特産キノコ。真ん中にはとろけた熟成チーズが二つ、満月のようにぽっかりと浮かんでいる。
ムニエルは味見にと木の匙ですくって、ふぅふぅと。ふぅふぅ、ふぅふぅ……。
唇につけるか迷っているその匙は、「……いただきます」。頭上からひょいと横取りされる。
「ン、おぉ、……まぁ、マシになったべか」
への字口は変わらずに、目頭の下あたりに微妙なしわを寄せてアキツネはもごもごと感想を述べた。柔らかなウェーブの髪が、鍋の湯気に煽られている。
「アキツネさんアキツネさん、冷めたらオイラにも。……うぇっ、多少マシ? やっぱり不味いニャア」
ムニエルは怪訝そうな顔をした。「スープ自体は絶品なんだけどニャア」
今回彼らを悩ませる依頼は、実は虫退治だけではない。ハンターズギルドからの『改良版携帯食料の考案』だ。
普段ハンター達の手にしている支給品は、日進月歩の技術の発展によって定期的に改良されており、それを支えるのは、《南天屋》の仕事の一つでもある。
今回の依頼では、更なる生産性と品質の向上……がテーマとなっている。
これが、アキツネが数あるバイトアイルーの中から、キッチン経験のあるムニエルを指名した理由でもあった。
「ン、スープに入れたら元に戻るかと思ッたけッとも、芯の方ァもっと煮詰めねェとダメだな」
「ココットライス、栄養価的にはバッチリだけど、お餅にしたらやっぱり硬くなっちゃいますニャア」
「……米粉にして混ぜてェが、加工に金と労力がかかッちまう。やっぱし米系はダメだべかァ」
携帯食料は、油を混ぜたウォーミル麦の粉を焼いて作られている。クッキーのようなものだ。
単価を下げるため、またウォーミル麦が不作の年でも安定して生産できるようにと、既存の生地を再現したものに潰したココットライスを入れてみたのだが……結果はご覧の有様である。
匙でスープに浮いたそれをすくい、口に入れて、ごりごりとした食感にアキツネはまた目頭にしわを寄せた。
「ンン……これ顎が疲れンべなァ……」
「ええと、アキツネさん、ご飯炊けたニャア?」
見れば、ムニエルが肉焼きセットの簡易火起こし器にかけた釜の世話をしてくれていた。蓋を持ち上げると、中のつやつやした純白のココットライスが覗く。二人はふくよかな香りにウットリした。
「ン、ご苦労サン。じゃ、魚焼けンのを待ちながら飯食うかい」
アキツネはベースキャンプで釣れたサシミウオを捌いたのを網にかけ、釜と替わって火にかける。ヒレや皮がきゅうっと縮こまったタイミングで、醤油と
改めまして、いただきます。
一人と一匹は手を合わせた。《南天屋》は、食事前に手を合わせるのが絶対の掟なのだ。
ムニエルはスープをふぅふぅしながら、テントの天井から糸で吊り下げられた欠片を指した。だいたい、両手大ほどの大きさであろうか。
「そういえば、さっきアキツネさんが吊るしたコレ、何ですかニャア?」
「……それァ、今日ヤツと戦った時の落とし物の、圧電甲。明かりになると思ってよ。ライゼクスはそれに電気エネルギーを貯めて……こう、虫をビシッとやるんだべよ」
米を頬張る箸は休めず、ぬぅ、と伸ばした片手でぱくぱく挟むような動きをするアキツネ。どうやらライゼクスの尻尾の先の
「その動き、なんだかフルフルみたいだニャア……」
ムニエルが匙を咥えた時だ。どこかからか光蟲がやってきて、圧電甲にふらりと吸い寄せられる。すると、触れた瞬間にパチンと火花が飛んだ。ひっくり返ってもがいているところをみると、ショックでおかしくなってしまったらしい。
「おぉ、食事中に縁起の悪いニャア……」
「……」
「……アキツネさん?」
「……これだ。虫退治、これで進めンべよ」
「ニャ?」
アキツネはおもむろに椀と箸を置き、ゆらりと立ち上がる。上背の高い彼は、座っているムニエルからすると文字通り見上げるほどだ。
それも相まって、彼の今のニタニタ笑顔は……正直、ちょっと怖い。
「奴を、ランゴスタ狩りに利用してやンベ」
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作中に入れる場所が見つからなかったので、ムニエルの設定だけ。
ココット村生まれのムニエル。旦那さんは、自分の畑を小型モンスターから守れる程度の、小規模活動していたハンターです。
キッチンアイルーとして働いていましたが、旦那さんが老齢でハンターを引退するとともに、もっと外の世界の食について探求したいと一念発起。その時偶然旦那さんのところに訪れていた《南天屋》のバイトアイルーになりました。
ゲリョスネコ一式装備は、《南天屋》の貸出品です。
アルバイトの頻度は高くなく、三か月に一回程度のため、普段はご隠居生活の旦那さんとのんびり、時々一緒に森丘近くへ、大型モンスターのいないときに採集に出かけて暮らしています。