黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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50杯目 好奇心は(アイルー)をも殺す よんくち

 

 

 

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 一方その頃、武具工房のカウンターでは。

 

 ハルチカを前に、恰幅のいいちょび髭親父が剣呑とした表情を浮かべていた。額には玉のような汗をかき、絵面は賊を前にした貴族か、跳狗竜ドスマッカオを相手にするムーファである。

 それを横目に親方とアキツネはよく冷えたレンキンコウジ甘酒を啜って一服していた。もはや丸投げである。

 

 先に口火を切ったのは親父。唾を飛ばしながら声を裏返らせる。「き、奇遇ですなぁ!」

 

「こんなところでお会いするなんて……私たちの商売に、干渉するなんてことはしないですよね?」

「一体どういう風の吹き回しだろうネェ。お前サンの取引の手伝いをしてくれって、ちょっくら頼まれちまって」

「て、手伝いなど頼んだ覚えはないですが」

「お前サンじゃなくて親方の方サ! ほら、武具工房って普通はハンターが利用するだろ? ハンター独特の注文の仕方、教えてやらァと思って」

 

 ハルチカはカウンターに乗せられた雄火竜素材に目をやる。甲殻や翼爪に、鱗だ。どれも大ぶりで、掠れたような独特のテクスチャを帯びている。上位素材の中でもかなり状態がいいものだ。

 これくらいなら、シヅキのような目利きでなくてもなんとか分かる。

 

「ほう、ずいぶん立派な雄火竜素材だ。こりゃア良い武具が作れそうだ。どこ産だろう?」

「私は商人であってハンターではないのでぇ……武具も作らないし、どこ産かもぉ……」と、親父は歯切れの悪い物言いをする。ハルチカはすかさず突っ込んだ。

「おやァ、仕入れた素材の産地を知らねェのかい」

「そ、そ、それこそ商人にとっては重大なミスでしょう! そうです、産地を確かめに……確かめるために、わざわざこんな時間に来たのです。まったく、焦った部下が早まって加工に出しちゃって。困ったものだ」

 

 商人らしい早口でまくし立てる親父。汗を高級そうなハンカチで拭きながら、アクセサリーに飾られた指でカウンターの伝票をトントンと示す。

 領収の宛てに“ネーパ・カウフマン”と書いてあるのは、恐らくちょび髭親父の名前だろう。

 

「お前サンは、部下が間違って加工に出した雄火竜素材の産地を確かめるため、返品を求めている――こういう状況かい?」

「そうです。まさしく」

「なーる」とハルチカは鷹揚に頷いた。「状況は分かった。まぁ座って、甘酒でも飲みなさいよ。取引はそれからサ」

 

 待ってましたと言わんばかりに左右からレンキンコウジ甘酒を持った親方とアキツネが飛び出し、あれよあれよと杯を勧められた親父は「あぅ」「いぇ」と変な声を漏らして居心地悪そうに縮こまる。

 筋骨隆々の男二人に挟まれたら誰だってそうなるだろう。やんわりと拘束するのは、直前に素早く立てた作戦だ。 

 

「だがねェ、基本的に渡した素材の返品はできねェのサ。返ってくるのは完成品と、『端材』っちゅー素材の切れ端だけなのヨ」

「そ、そんな! 武具工房は、その、頭数調整の調査や、素材の出所を検索したりしないのですか!?」

「あぁ無いネ。そいつァハンターズギルドのお仕事サ。武具工房は貰った素材を加工して、武器や防具を作るだけ。ナァ、親方?」

 

「おうともヨ」とちょび髭親父の左、親方。「ハンターズギルドと武具工房は確かに共同体だが、根っこは違う」

 

「例えば。素材の名称は『雄火竜』『火竜』だが、ハンターズギルドの公式な依頼書は『リオレウス』って書くだろ。クエスト名はともかく、中身はリオレウス一頭の狩猟、とか」

「ふぁぁ、なるほど?」

「モンスターの名称が違うように、それぞれ独立した組織だ。オレっち達職人にとって、素材が何者であるかは……まぁ、何も関係ないと言ったら悪い言い方だが、割とどうでもいい。そいつぁハンターズギルドの管轄よ」

 

 親方の言葉を聞くと、強張っていたネーパはへなへなと崩れ落ちた。青息吐息の様子で天井をぽかんと眺めている。

 

「あらあら、だいじょぶかい」とハルチカ。「身の上話なら聞くゼ」

「誰があんたなんかに相談を」

「事情を聞かねぇと返品もクソもねぇんだけど」と不満そうに言う親方。ブルファンゴのように鼻をふんふんさせてレンキンコウジ甘酒を煽っている。

 

「あぁ……返品。返品、大丈夫そうです。そのまま、加工を進めて下さい」

「なんだい、手のひらくるくる変えやがって」

「いやね、このリオレウス素材は部下がもってきたもの、とは既にお伝えしていましたが――」

 

 滝のような汗で上等な羽織物をぐっしょり濡らし、ちょび髭親父は座り直す。改めて襟を揃えた。「すみません、動転しておりまして。まずは名乗らなければ」

 

「私は、隊商を営んでいるネーパ・カウフマンと申します。隊商なので、物を“売る”というよりは“運ぶ”のが仕事です」

「本当かァ?」とハルチカに物凄い形相で睨まれ、ちょび髭親父――ネーパは慌てて訂正した。「個人的な事情で物を買い付けたりすることはありますけども! 基本的には、物流の者ですってば!」

 

「自分はしがない旅商人でしたが、運の巡り合わせで昨年の温暖期、今の隊商を引き継ぎまして。護衛のハンターなど雇った事がなかったので、まだまだハンター業界は不慣れです……」

 

「部下は、ハンターで。私より長くこの隊商に勤めています。おかしな話でしょうけども……とにかく、部下が持ってきた雄火竜素材は、私どもが運んだ形跡がないものでした。最近、リオレウスを狩猟したこともありません」

 

「何だって?」と、今度はハルチカの声が裏返る。「話がややこしくなって来やがった。お前サンの部下が出した雄火竜素材は、本当に出所が分からねェってのか……」

 

 そこまで言いかけて、やっと我に返る。

 そもそもハルチカ達が武具工房に足を伸ばした大元は、闘技大会用のリオレウスが何者かに殺された事件だ。それでシヅキとメヅキに容疑がかけられ、今、リオレウス素材を辿っている。

 

 ハルチカの現時点での推理で、真犯人はネーパの部下と見ている。彼もしくは彼女は隊商に仕えるハンターだ。護衛業を専門としているのだろう。

 

 でも、動機がわからない。喉に小骨が引っかかったような感じだ。

 

「お前サンの部下のハンターは、どうして雄火竜素材を武具工房に出したんだい」

「それが……全くわからないのです。装備は私からもお金を出して揃えてやっていましたし、非常に腕が立つ者ですから。今の装備で十分やっているのですけど……」

「ンン……?」

 

 闘技大会用のリオレウスを殺してまで武器が欲しかったのだろうか。そんな事をすれば自分が隊商から外されてしまうかもしれない。

 

(待てよ、隊商。隊商の護衛ハンターは……)

 

 シヅキとメヅキが“前の職場”でやっていたことだ。

 護衛業は基本的にハンターズギルドと契約するのではなく、個人と契約するのが大きな特徴だ。収入はハンターズギルドに差し引かれることは無いが、代わりに契約に大きく束縛される。

 

 だから。もし“隊商との契約を破棄したいのであれば”。“護衛業を辞めたいのであれば”。

 

(なんて発想はちと突拍子すぎるかネ……)

 

 首を捻って困り果てるネーパに目を細めつつ、ハルチカは煙管に火をつけた。

 

 

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 彼女の持つ松明で、フードで陰になっていたのが(あらわ)になった。灯りに映える瞳の色は、茜だ。

 

「……ん? シヅキ、なのか?」

 

 眼前の少女――いや、女はキョトンとした顔でフードの下からこちらを覗き込んでくる。なかなかの器量良しだ。

 アイルーのようにぱっちりとした目と控えめな鼻筋、唇は育ちのいい貴族の娘のようにも見える。うなじのところを伸ばしたショートボブは垢抜けていて、アウターとインナーで色が違う。瞳の色とよく似合っていた。

 

 信じられない。()()とはもう、二度と会うことはないと思っていたのに。

 

「あ――え、と」

 

 乾いた喉からは、言葉が出ない。頭が真っ白というよりむしろ、言いたいことがたくさんありすぎて。

 そんなシヅキはつい、女の手首を握る力を完全に緩めていた。女がそのことに気づくのは、それほど時間がかからない。

 女はあっさり手を振りほどき、勢いのまま膝を振り上げた。

 

「フンッ」

「はぎゃあああああぁぁぁ!?」

 

 瞬間、シヅキの絶叫。

 轟竜ティガレックスの断末魔もかくやな声量が、密室となった施設をビリビリと震わせる。

 なぜなら、女の右膝が――シヅキの股間をまっすぐに、寸分の互いも狂わずに撃ち抜いたからだ。

 稲妻のように衝撃は股間から脳天まで駆け登り、シヅキの目の前に「ばいばい」「あばよ」と川の向こうで儚く手を振る二つの紅玉が映る。錯覚である。

 

「……ザコが」

 

 女は泡を吹いて地に這いつくばるシヅキに追い討ちの蹴りを食らわせ、颯爽と身を翻して走り出した。その足は女とは思えないほど速い。

 だが、シヅキの絶叫が功を奏していた。真っ暗闇の一本道の通路には、既に奥からメヅキが走って来ていた。外からの出入り口である扉を施錠したのだ。おまけに、起きた闘技場用のモンスターが騒ぎ立てて、彼の足音を掻き消している。

 墨を流したような闇からヌッと現れるメヅキ。歯止めの効かなかった女の、土砂竜ボルボロスのごとく勢いのついた頭突きがその鳩尾に入り、二人でもんどりうって転がっていく。

 受けた一撃で呼吸が止まりそうになりながらメヅキも負けじと女のフードを掴み、めちゃくちゃに揺さぶって逃がさない。女の頭部を外套で素早く覆い、視界を塞いだ。その間に、逃げる隙のないゼロ距離の拳や膝が飛んでくる。

 

 くんずほぐれつの取っ組み合いの結果、結局後から追いついたオズが上から一網打尽に押さえつけて、白兵戦は終結を迎えた。

 股間を抑えたままうつ伏せになって動かないシヅキに、鳩尾を強打し四つん這いになって嘔吐をするメヅキ、頭部を外套で覆われて大の字になっているボサボサの女と、現場は死屍累々だ。

 

「若いってええねんなぁ〜」と暴れまくる女をヒイヒイ言いながら拘束し、オズは三人を施設職員の部屋に連れて――女を無理やり引っ張り、動かないシヅキとメヅキをずるずる引きずって来た。

 

 この施設の職員が来るまで当分時間がある。どうせなら自分のいないときに事が起これば良かったんやけど――とは口に出さないが。

 オズは手足首を拘束している女を宿直用のベッドにとりあえず座らせる。張り込みの時に齧っていた饅頭をちらつかせると、女はオズの腕まで噛み付かん勢いでがっついた。

 

「嬢ちゃん、名前は?」

「ん? 名前。フィー、だ」

 

 女は饅頭をもぎゅもぎゅやりながら無愛想に答える。

 片言だ。自分やアキちゃん――アキツネのような方言だとしたら。もしかしたら地方の人間かもしれない。

 生まれや育ちは、言葉の端々や行動に残酷なほどに影響するものだ。彼女に口で説明させる前に自分で推理してみようと、オズは注意深く質問を選ぶ。唇を舐めた。

 

 女はほぼクロで間違いないが、一体何者なのだろうか。

 

「嬢ちゃん……フィーちゃんは、シ――この倒れてる男の、癖っ毛の方ね。ぶん殴っちゃったのん? すごい悲鳴あげとったけど」

「シヅキか? (タマ)やったら一撃で死んだぞ。弱い! ザコだ!」

「男やったら確実に死ぬけどなぁ」

 

 やってやったと言わんばかりに牙を向く女へ、オズは溜息をついた。

 しかしなぜ、彼女はシヅキの名前を知っている? 途中まで言いかけたがオズはシヅキを呼んではいない。知り合いなのだろうか。

 彼が目を覚ましたら(?)そのあたりは二人一緒に尋ねるべきだろう。人間関係とは、一方的な意見では説明しきれない。

 

「ウチらな、あの檻のリオレウスの調査しててん」と、オズはなるべく軽く、柔らかく、いつも街中で知り合いの商人と談笑するときのように話しかける。(アイルー)撫で声だとよく揶揄されるのだが。

 

「フィーちゃん、何か知らないかしらん?」

「……し、知らない」

 

 女――フィーは不貞腐れたようにそっぽを向いて口を尖らせた。どこかそわついている。分かりやすいものだ。

 

 「何か知らないか」の質問は、その気になればいくらでも嘘をついて自分にアリバイを作る事ができる。それをしない、できないという事は、押せば真実へのヒントを出してくれる可能性がある。

 

「そうかぁ、何も知らんかぁ。誰か怪しい人見たとか」

「イイエ」

「凶器――ナイフ見つけた、とか」

「イイエ」

「饅頭もう一個いる?」

「イイェ――ィエス」

「ンッフフ」

 

 饅頭を放り投げると、女は器用にも空中でパクついて見せた。

 ハイかイイエで答えるクローズドクエスチョンだと、恐らく彼女はイイエの一点張りで終わってしまうだろう。

 ここはオープンに切り替え、自由に泳がせてみようか。オズは優しい声色のまま続ける。

 

「悪いけど、少なくとも朝まではここから出られへんのや。この部屋の番せないかんからなぁ。早よ帰りたいと思うけどスマンなぁ」

「……たく、ない」

「?」

 

「フィー、帰りたくない」

「なんや。家出か?」

「家出じゃない。家じゃないから」

「家がないんか?」

「家、いらない。フィーはいつもひとりだし、これからもずっとひとりだ」

 

 フィーは真剣な表情でオズに迫る。まるで訴えるように。

 彼女の茜色の瞳が燃え上がるように瞬いた。

 

 

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 カウフマン=商人、という苗字だそうです。

 鳩尾を強打して吐き気があったら結構ヤバいです。救急ものらしいです。結局メヅキはなんともなかったようですが。
 読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。

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