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「フィーはひとりで生きてきた。これからもひとり。フィーは強いから」
訴える彼女の目は、きつい印象がある。
オズの商人としての――いや、人としての勘が反応した。
優しさを受けて来なかった目だ。
(もっと
「なーんて」とオズは茜色の瞳に向けて、心の中で舌を出した。影蜘蛛ネルスキュラが毒怪鳥ゲリョスの皮を被るが如く、オズは
「フィーちゃんはずっと一人? 知り合いとか家族は?」
「連絡するようなやつ、いない」
「夜が明けたら、アンタを引き渡すのに連絡せないかんのやけど」
「フィーは一人で仕事の処理する。仕事は一人でやるもの。そしたら取り分も自分のものだ」
「どういうこっちゃ。家もなけりゃ家族も知り合いもいないって」
毅然としたフィーに、オズは困って頬をぼりぼりやった。これでは彼女を何者か証明することができない。もしかすると身の回りに身内と呼べる人がいないのだろうか。上
だが自分で自分の仕事をこなし、成果を独り占めしてやるという考え方は、オズは嫌いじゃない。
この世界を生きる上で、これぞ無駄な優しさを削いだ考え方だ。
オズはここで切り札を出す。絶対的すぎて面白みに欠けるが、『ギルドナイト』という権限をチラつかせるのだ。
「フィーちゃんが最低限どういう人なのか、ウチはギルドナイトだから知らなあかんねん」
「……!」
「ここの施設はハンターズギルドが管轄しとるから、あのリオレウスに近づくには許可が要るねんな」
ギルドナイト、と口にしたあたりでフィーのそわつきが酷くなった。「あんまし女の子いじめるのは好きやないねんけど」と心の中で呟いて、オズはフィーに語りかけた。
「その反応、ギルドナイトが何なのか知っとるやんな? さてはフィーちゃん、ハンターとか、ハンター業に携わる人とか」
「……言えない」
「そんな取って食ったりせぇへんって。少なくともウチは処罰するんやなくて、忠告したり、更生を応援するのが仕事や。ウチは《抑制のギルドナイト》よ」
「自分で言うのはちょっと白々しいんじゃないですかね。オズさん」
そこで、部屋の床の隅から汚い呻き声がした。オズが目だけやると、伏していたシヅキがむっくりと身を起こしている。
フィーは見るなりベッドから飛び上がって後退りした。死体のように寝そべっていた彼に復活に驚くのも無理はない。
「シヅちゃん、おはようさん。起きるにはまだ早いけどなァ。日はまだ顔を出しとらん」
「あ、せんぱ……じゃなくて、女の子は」
「この通りよ。縄で括り付けている状態」
シヅキは若干まだ焦点の合っていない目でフィーとオズを一度だけ交互に捉える。オズから水の入った瓶を渡され、唇を湿らせる程度に口をつけたところでやっと一息いた。
「……ありがとうございます」
「さっきフィーちゃんの口からシヅちゃんの名が出とる。二人は知り合いなんやろ。そこは隠さんでええよ、ウチにも話してほしい」
なぜなら、シヅキこそ数少ないフィーを知る者だからだ。
シヅキは気まずそうに床をちらりと見やってから、「……わかりました」と深々と頭を下げた。ここまでほんの僅かしかフィーを直視していない。
なんとなく、人懐こいシヅキらしくない。オズは尋ねるようにというよりも、彼の曖昧な引っ掛かりをわざと掠るように会話を振った。
「フィーちゃん、自分のことずっと一人やと言うとるの。運営側のウチとしちゃあフィーちゃんに関係する人に連絡せないかん。帰って
「もちろんいます。いるはずです」
「先輩」と、シヅキの掠れた声が
「僕達と過ごしたことがあるのに、ひとりだったって言うのは百歩譲っていいです。別にいいんです。裏切るんですか、なんて言いません」
「裏切っ……!? シヅキ達の方こそ、勝手にどこか遠くに行ったか、野垂れ死んだかと!」
「昔話をしたいのは僕も山々ですけれど。それは今のことを片付けてから。このままだと、雇ってくれてる方々に迷惑をかけちゃいます」
ちょい待ちや、という言葉をオズは飲み込んだ。シヅキはフィーのことを「先輩」と呼んでいる。
現時点でシヅキの身の回りに先輩はいないはずだが、シヅキがフィーのことを一方的に先輩と見なしているだけだろうか。
シヅキは苦しそうな吐息と共に、掠れた声のまま切り出す。言葉の中にある冷たく鋭い雰囲気は、懐に隠し持ったナイフのようだった。
「先輩。リオレウスを殺したのは、あなたですね」
声音は優しいのに、言葉のナイフは声音なんて鞘にならないらしい。ベッドに座っているフィーへ
「先輩の剥ぎ取り方、間違えるはずありません。僕は素材屋としての生き方をあなたに教わったから」
フィーはそんなシヅキに
「なッ……仕方なかったんだ! リオレウスを殺したのは悪くない! 放っておけば今晩で死ぬような個体だった! むしろフィーが早くトドメを刺してあげた! フィーはお金が必要だった! 早くお金に換えてあげたんだ!!」
「落ち着け二人とも。ここで事を荒立てても損するだけやで」
責めるようなシヅキと、金切り声を上げるフィー。
まずい。証言は確実に取れたが、この手の女の子は感情的になったり逆上すると質が悪くなる。物腰穏やかなシヅキをぶつけることで、火に油を注ぐ結果になるとは予想していなかった。
慌ててシヅキを諫めようと椅子から腰を浮かすオズだったが、逆にシヅキから腕を恐ろしい力で掴まれた。オズを支えに、ふらふらと立ち上がるシヅキの顔は青ざめているが、目には固い意志が覗いていた。
「先輩。僕は、そんな理由で怒ってるんじゃなくて」
彼はゆるく、細くため息を吐いた。
「素材は、正しく送り出さなければなりません。――どこにやったんですか。リオレウスの素材を」
二人のやりとりを、うずくまりながら黙って部屋の隅から見ていた男がいる。メヅキだ。
眉間に深い皺を寄せているのは、口の中に残る吐瀉物の味だけが理由ではない。
「貧しいとか、立場が弱いからといって、それを理由に何でもやっていい訳ないだろう」
呟いたメヅキは、震える手で両目を覆う。体を折り曲げるように背を丸めた。
指の隙間から大粒の涙がひとつ、床に落ちる。
「その判別もつかんものか……先輩にだけは、こんなこと思いたくなかった」
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「なんだか、嫌な予感がします。商人の勘がそう言ってます」
ネーパはちょび髭をぶるぷると震わせ、「こうしちゃいられません」と、おもむろにハルチカ達の方を向いた。
「部下は何かをしでかそうとしているかも知れません! 日中からずっと連絡つかないのです」
「ずいぶん舐めた部下だな」と親方。「こんな賑わいだし、部下はハンターってんだろ? ハンターなら闘技大会の見物でも行ってたんじゃねえの」
ネーパがハッと息を飲んだのを、ハルチカは見逃さなかった。素早くカマをかける。
「儂らの狩猟も、その部下ってやつに見られたのかネェ。儂らは闘技大会のシステムが苦手なモンで、下手な立ち回りをお披露目しちまったンだ……」
「と、闘技大会」と、ネーパの声が裏返った。
「あの、最近は……ファントム・ホロロで話題が持ちきりですよね。ハンターじゃない私も知っています。私の商人仲間がみんなその話をしていますから」
「あぁ、話題性がハンターだけじゃねぇってところがスゲェね。あちこちで賭博が行われてる。フルフルにケチャワチャ、タマミツネに……どんな地域のモンスターでも柔軟に対応するから、ありゃ土着のハンターじゃねぇと儂はみた」
煙管をふかしながらハルチカが言うと、ネーパは思い詰めた表情になった。ハルチカではなく、膝の上で握った拳を見つめている。
「ファントム・ホロロのこと、どう思いますか。私……彼女の、大ファンなんです」
「お騒がせだが、やっぱスゲー人なンじゃないかネェ……狩猟の結果はもちろん、あんな大衆の憧憬集めて、ギルドにも認められてて、経済ブン回してる」
「……商人や一般人まで話題が広がるハンターは、珍しい」と珍しくアキツネも賛同した。「金の嵐のど真ン中」
「ひとくちで言っても色々あるが、ああいう人もまた『英雄』って言うンだろうネ」
「そう……ですか。そうですよね」
一瞬、膝の上の拳を握り締め、ネーパはハルチカの手を取る。手汗でべとべとしていた。
「やっぱり部下の暴走を止めなければ。隊長としての役目です。どうかご協力を、《
ハルチカは「フーン」と目をすがめ、装飾品に飾られたネーパの手をくい、持ち上げる。
「……高くつくゼ? クソオヤジ」
その向こうで、彼はニヤリと口の端を吊り上げた。
「キザなやつ」アキツネと親方は部屋の隅で呆れていた。「まッたく、人たらしなやつだべ」
「そうとなりゃア話は早い。明日の朝から行動するかい、それとも今から?」
「……日も回っていますが、今から。早急に動かねばならないって、なんとなくそんな商人の勘がします」
「おっ、お前サンやっぱ商人向いてンじゃねえの。チャンスをモノにできるタイプの人だ」
軽口を言いながら、ハルチカは薄い唇を舐めた。
ひとまず収穫。犯人の関係者を捕まえることができた。オズに貸し一つだ。
夜もだいぶ更けたが、収容施設で張り込みをしているオズ、シヅキ、メヅキは無事だろうか。
このままネーパを収容施設へ連れて行き、犯人――おそらく、ネーパの部下についてオズに喋らせよう。
親方へレンキンコウジ甘酒を押し付けながら適当な礼を言い、ぞろぞろと武具工房から退室しようとしたその時、「ところでさ」とハルチカの肩を親方が掴んだ。
「あい、なんだい。これから忙しくなるってのに」
「お前さ、素材の流通情報を確かめに来たってのは嘘だろ。《南天屋》だと、そいつはシヅキの仕事だ。お前も審美眼が全く無いってわけじゃねぇけど」
「なァんだバレてたの」
「いつも金いじりばっかししてるからな、お前」
「ハハハその通り、金勘定しかやらねェの。儂」
ハルチカは下手くそなウィンクをした。「儂ァ素材を見る
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施設の外から、「ぅおーい」と扉を叩く気配がある。フィーを閉じ込めるため、内から錠前で施錠してしまっている。
急いでメヅキが開けに行くと、ちょび髭に恰幅のいい以下にも商人然とした親父がブルファンゴのように突っ込んできた。
今度は鳩尾に入らないように、メヅキは間一髪で躱す。
「あの! 女の子! ここに来ませんでした!?」
「女の子というと」
「部下です! 私の直属の!!」
「……部下?」
すると遅れてハルチカ、アキツネが息を切らせてやって来た。メヅキが助けを請う視線を向けると、してやったりという表情をする。
メヅキは怪訝そうな顔をした。
「つまりフィー先輩の上司、ということか?」
ちょび髭親父ことネーパ・カウフマンは、フィーの事情を聞くなり勢いよく頭を下げた。脂汗がぼたぼたと床に落ちる。
「ぶ、部下の失態、お詫びいたします」
「まぁまぁ、頭上げなさいな」と、オズ。肘をついていた手で「くるしゅうない」とひらひらさせた。
「上司が直接の原因ってわけでもなさそうやねんな? 部下の行動を管理でけてへんのはちょっとばかしアレやけど」
軽い口調のオズだが、ネーパは心ここに在らずといった様子でオズに縋る。
「ギ、ギ、ギルドナイトは罪を犯したハンターの首を切り落とすと聞いております。わ、私は罰せられるのでしょうか。キャラバンは。闘技大会用のリオレウスを殺すなど、明日以降の闘技大会に、なによりフィーは」
「それは……分からへん。判決はウチがするもんではない」
「フィー、首を切り落とされるのか!? いやだ、どうにかしろクソオヤジ!」
「人の心配をクソオヤジ呼ばわりは傷つきますね!」
フィーはネーパに思い切りあかんべえをした。まるで思春期真っ盛りの娘と父親といった感じだ。
「確かにネーパのオッサンの言う通り、明日以降の闘技大会をどうするかやなァ」
「そ、そうです。だって目玉だったんでしょう? なんと言ってもあの、主役の、リオレウスなんですから」
「……う、それは、考えてなかった。代わりのモンスター、出さなきゃいけないのか」
どもって滝のように汗をかくネーパに、ようやく自分のやってしまったことに苦い顔をするフィーに、オズは口の端を吊り上げた。
「ウチが心配しとるのは目玉のモンスターやないで――なァ、ファントム・ホロロ」
どっ、と部屋がどよめく。
納得した様子をしたのはハルチカ。一番唖然としたのはフィーだ。
「なっ……いつから分かってたんだ!」
「正直、最初ッからきな臭さはあったで。もともとウチ、ファントム・ホロロの正体暴こうと先々週くらいから嗅ぎ回っとったからな」
「フィー、ギルドの世話になったことない。だからギルドナイトには捕まらない」
「そう。そこや」
ハルチカがオズの言葉を続ける。「だが、ファントム・ホロロは
「つまり、どういうことだべ?」と、首を傾げるアキツネ。シヅキとメヅキだけはハッと息を呑んだ。
「ファントム・ホロロは“流れ者のハンター”や。ギルドに登録しておきながら、外部の依頼を受けとる。もちろん、それ自体は違法やないで。ギルドに登録していないハンターもおるし、それぞれの文化や考え方もあんねん」
オズは頭をぼりぼりと掻く。合点の行く気持ちも、やるせない気持ちも混ぜこぜなのだ。
「ギルドはあくまで、ハンターという職業の組合。ハンター業をより安全に、効率よく営まれるようにすんのが役割」
「ハンターズギルドに登録していなけりゃア、どんなに狩猟をこなしたって、腕があったって、クエストクリア回数はゼロ……」
「とにかく、ネーパがフィーちゃんを雇っている、ってことでウチは勘定した。つまり、ファントム・ホロロはキャラバンの護衛ハンターや」
難しい表情で唸るハルチカの額を、オズは軽く小突いた。力を抜いていてもだいぶ強く、ハルチカは額を抑えてうめく。
「明日のファントム・ホロロの公演、一日だけでも損はまあまあデカいで〜。知り合いなんぼかに声かけてみるけどね」
「あ、そうか。ファントム・ホロロの公演は毎度満員御礼だったサ」
「見せもんのハンター一人に財政握られてるようじゃ、ギルドもなかなかヤバいねんけどな」
オズは座り直すと、指を三角形に組む。目頭に皺を寄せた。
「売り上げはともかく、捕獲したモンスターがまだぎょうさんおんねん。大量発生したフルフルに、砂漠産ディノバルド……」
「ギルドからしたら儲けのネタになるだけでなく、捕獲したモンスターの処理も併せているということか!」と、今度はメヅキが刺々しい声を出した。「それでも人間か、ギルドは!」
「罵られてもどうしようもないねんな。ウチらはギルドの
「まぁ、明日はゴタついて、フィーちゃんが闘技大会に出るんは確実に無理や。その代わり――明後日にはどうにかしたる。せいぜい頑張りや」
オズはネーパとフィーを射抜くように見据えた。二人は体をこわばらせるが、同時に高揚した顔つきになった。
「この上司のオッサンが首チョンパされる覚悟でウチに頭下げたように、今度はウチが上に頭下げる番やで」
「あ……ありがとうございます!」
「また闘技大会、出れるのか!? 今度は何を狩るんだ!?」
「そいつはこれから手配や。それからもちろん、明後日は二倍の集客も設けたい。すでに十分な話題性はあるねんけど、明日出ぇへんぶんの説得力も持たせんといかん」
「どーいうシナリオがええかなぁ」とオズから話を振られたハルチカは、天井に向かって高笑いする。
「ハハハ面白ェ。稀代の
「依頼や、《南天屋》。こっからプログラムなんぼか足したるから、と言うか足さんと企画が回らへんのやけど、闘技大会に出ろ。協力しろ」
「ン〜こいつァ高くつきやがるゼ!」
昨晩、フルフルにボコボコにされていたハルチカはさめざめと嘘泣きをした。アキツネはまた呆れた顔をした。
「待って下さい、その前にこのまま今日の仕事に出るんですか!? 少し休んだ方が」と、シヅキ。
確かにここにいる全員がこのまま朝を迎える。少しも休まっておらず、このコンディションでまた一日行動するのは効率が悪いだろう。
「んー、じゃアキちゃんとハル坊の出番は夕方とか夜に回してもらお。シヅちゃんとメヅちゃんも午前は休んでええし、オッサンも一度帰れ。フィーちゃんだけちょっと休んだら、ウチと上に顔出しに行こか」
「オズさんは?」
「んー、逆にこの歳になると一徹が限界やわ。メヅちゃん、すぐに元気ドリンコ一本、調合頼む。あと一杯の酒」
少しだけ唇を噛んだメヅキ。すぐに飲み下して、真剣な
「承知した、俺に頼んだことを後悔するくらい最高のものをお届けしよう。それは別として酒は控え、軽い仮眠を推奨するがな」
温暖期の夜は短い。
ドンドルマ洛中には気の早い朝が来た。連休であるにもかかわらず、まめな性格の商人が店の準備をする気配が通りのあちこちから感じられる。
心配したギルド職員は早めにオズとの交代にやって来て、日が昇る頃には収容施設を離れることができた。
施設の外には何人も警備のガーディアンがうろついていたが、手を縄で縛られたフィーに気づいても、オズがいると分かると一瞥するだけだ。
完璧にハンターズギルドの口止めが効いている様子だった。
「さぁおもろなってきたで。人生これぞエンターテイメント」
オズは爽やかな朝日へ眩しそうに、目を曲げた鉄板のようにしわくちゃにした。楽しそうに、快活に、白い歯をぎらりと光らせてみせる。
ちなみに、老いた竜にこそ用心せよ、というのは狩場に出るハンターの間でよくよく知られたことである。
知恵を武器に、厳しい自然界を生き抜いて来たのだから。
「――ほな行こか、《南天屋》。難を転ずる時やで」
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英雄・ニアイコール・アイドル。
流れ者のハンターのくだりは公式ノベルからです。
オズさんは本当に強いです。彼に言わせるとしっかり説得力を持たせてくれます。今回は切れ者のハルチカを添えて。
読了ありがとうございました。次話も是非ご賞味下さい。