黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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 クソダサネーミング第三弾。
 
 
 


54杯目 タンゴを踊るにゃ二人必要

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

「ファントム・ホロロの従者が“シャドー・ブナハ”なんて! とんでもなくクソダサい名前だな!!」

「そんなの僕が一番分かってますよう……」

 

 フィーの軽口をあしらいつつ、シヅキは独特の艶感のある袖に腕を通す。こういう礼服とはとにかく縁がないので、肩周りのパリッとした質感に思わず息が詰まる。

 しかし今回はこれが指定装備だから仕方ない。

 

「にしてもブナハS一式装備を見ると《スカスピ》さんを思い出しちゃうなぁ」

 

 《スカスピ》。密林隣接のグロム・バオム村で活動する4人組バンド(小規模楽団)グループだ。

 彼らがドンドルマに闘技大会観光で再び来ていることを知るのは、もう少し後のことである。

 

 薄暗い控え室でシヅキとフィーは着々と出場の用意を整えていた。といってもフィーはすでにホロロ装備姿でくつろいでおり、慣れない装備に手こずっているのはシヅキだけだ。

 そんな彼を手伝いもせず、薬の瓶の蓋を閉めながら兄のメヅキは意見した。

 

「《スカスピ》殿は気品があってブナハ装備が似合っていたが、お前が着ると“竜子も衣装髪形(かみかたち)”であるな」

「「それどういう意味?」」と、フィーとシヅキの声が重なる。

「竜車引きのような身分の低い者が、きらびやかな衣装を着ても……という意味だ」

「答え次第でぶっ飛ばそうと思ったけど、文句言えないんだよなぁ」

 

 拳を握ってこめかみに青筋を立てるシヅキだが、フィーは「くふふふ」と腹を抱えて笑っていた。「まったく言う通りだ! お前、似合ってなさすぎる!」

 

 これから最後の狩猟だと言うのに、ホロロ装備を着た時から彼女は全く気にしていない様子だった。この装備を着て思いのままに双剣を振るうことが純粋に楽しみなのだと言う。全てのことは狩猟の後に向き合えばいい、とも。

 

「商隊お付きのハンターなど、竜車引きなんて雑用を嫌というほどやらされるものだ。まぁ俺は、今となってはアプトノスを上手く扱える自信がないものだが……さて、今回の薬はこれを持って行け」

 

 そう言ってメヅキはできあがった大きな籠を二人に押し付けた。中に入っている薬瓶が、がらがらとやかましい音を立てる。

 

「わ、どうしたのこれ」

「ギルドから許可が降りるまでが時間かかってしまった。応急薬や強走薬に、とっておきの秘薬だ」

「秘薬! 上位個体相手となると支給品も豪華だなぁ」

「俺が夜なべして作ってやったのだぞ。存分に使いたまえ。あいや、薬は使わない方が良いに越したことはないのだが」

「寝ぼけてんのかアホ」

 

 シヅキはツッコむが、メヅキの目元は確かに疲労の色が見える。一晩でこの量の薬を一から作ったというのだから、逆に労ってあげるべきなのかも知れない。

 

「医療スタッフゆえ俺はここまでしか付き合えんからな……特にシヅキは辛い戦いになると思う。これが薬師にできる、せめてもの祈りだ」

 

 メヅキは二人に両手を合わせ、ゆっくりと指を組んだ。

 

「どうか、二人に限りないご武運を」

 

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 兄ともなると弟の思考は手に取るように分かるものらしく、メヅキの不安は的中した。

 闘技場に出るなりシヅキは仮面――顔がバレないように急遽用意されたものだ――の下で眉根を寄せる。

 なぜなら、闘技場から見上げる観客席が予想以上に盛り上がっていたからだ。しかしファントム・ホロロの最終公演なのだから当然だろう。

 

 彼らは殺生を無邪気に望んでいる。見渡す限りの人が、命と金を天秤に乗せて賭け事を楽しんでいる。どんなに目を凝らしても悪意はどこにもない。

 シヅキの心臓がずくん、と軋んだ。あまりの痛みに一瞬だけ瞼を閉じる。

 この場に情けを掛けるような、狂っている人間は僕だけだ、と。

 

 なら、徹底的に狂い切って己を潰してやろう。それで先輩の首が繋がるのであれば――依頼が完遂されて、金が手に入るなら構わない。

 背負う太刀、絞蛇竜ガララアジャラ素材のコイルドネイルの柄に触れると、わずかに心が落ち着いた。

 

『皆様、お集まり頂き至極恐悦。今宵の舞台は無礼講、“白の騎士”と踊らんとする洛中を賑わすファントム・ホロロとその従者シャドー・ブナハの物語であります――』

 

 新月の闇夜の中、贅沢に明かりを灯された闘技場に司会の芝居がかった狂言回しが響く。するとシヅキとフィーの向かいの扉が、がこんがこんと音を立てて物々しく開かれた。ぬぅと白い巨体が現れる。 

 

 氷牙竜ベリオロス。右眼が潰れ、右前脚の独特のスパイクが破壊されている。甲殻や毛の擦れを見るに、どうやら右側からの大きな攻撃を食らった個体らしい。

 

(先輩、あの個体は()が弱いようです。しかし逆に、右からの攻撃には敏感になっているかもしれません。気をつけて)

(わかった)

 

 二人は手早くハンドサインと目線でやり取りする。商隊時代からのやり方だ。

 

 暗い控え室から急に明るい闘技場へ出たベリオロスは悪鬼のような形相になる。眩しい雪原でも視界を確保できるように目の上の甲殻が発達しているのだ。(ひさし)のような役割を果たす。

 酷く気が立っているベリオロスは二人を目で捉えるなり大きく咆哮した。

 

「グオオオォォォォ――――……」

 

 彼の竜の声は雪山を駆ける風の音のように低い。フィーはジャスト回避、シヅキはイナシでそれぞれ硬直をやり過ごす。

二人はそれぞれ動き始めた。狩猟の幕開けだ。

 

 右方向へぐるりと大きく回り込むシヅキを横目で見つつ、フィーは真正面からゆっくりと歩いて近づく。二人のどちらを最初に目をつけるか賭けではあったが、狙い通りベリオロスはフィーを獲物としたようだ。

 

 抜刀したままのフィーへベリオロスは体を横に向けたかと思うと、一拍置いた素早いタックル。これも前転でやり過ごす。背負うツインボルトの翠色の雷光が美しい円の残像を描いた。

 反対側でシヅキが浅めに斬りかかった。序盤は堅実に立ち回り、観察に徹するのがシヅキのブレイブスタイルだ。

 

「グルルゥ」

 

 挟まれたと分かると、ベリオロスは後方へ大きく跳躍。そのままこちらへ折り返すように突進してくる。

 シヅキが走って距離を取るのに対して、フィーは抜刀したまま二拍のステップで回避。派手で大きな立ち回りに、観客席からわあっと喝采が上がる。

 

 獲物を逃したベリオロスは急ターンするが、右腕のスパイクが効かない。腹で地を擦ってようやく回りきる。純白の毛が砂煙で黒く汚れた。

 その隙にフィーは素早く駆け寄る。

 

(尻尾きます!)

(分かってるって)

 

 ベリオロスは肉薄するフィーを見据えたまま尾で薙ぎ払う。フルフルのそれとは異なって、ベリオロスの尾は非常に長い。遠心力も相まって薙ぎ払いの威力は高く、立ち位置によっては時間差で食らう。尾の軌道を読み誤ったらしく、フィーは体を引っ掛けてしまった。

 体の軽いフィーは小さなうめき声を上げて、人形のようにたやすく吹っ飛ぶ。観客席からはどよめきのような悲鳴が上がった。

 すかさず狂言回しが入る。

 

『白の騎士も簡単には舞踏の誘いに乗ってくれない。ファントム・ホロロは手を差し伸べるも、冷たく払い除けられてしまう――』

 

 すぐさま起き上がったフィーは、再度仕掛けようと前へ一歩だけ踏み込む。

 

「っ――!」

 

 読まれていた。ベリオロスはバックステップから立て続けにブレスを放った。凍結袋という特殊な臓器によって生成された激しい冷気のブレスだ。

 フィーのホロロ装備に霜が厚くこびりつき、装備の可動性が途端に悪くなる。あまりの寒さにかじかんで、フィーの手足がずしりと冷たい鉄のように重くなる。

 俗称、『雪だるま状態』および『氷属性やられ』だ。

 

(急いで消散剤とウチケシの身を。残すとキツイです)

(……立て直しに退がる。場所はあげる)

(了解。前に出ます)

 

 二人の滑るような立ち位置の交代。シヅキの後方で、雑にポーチ開ける気配がした。

 

 抜刀。しゃらりとコイルドネイルの刃が鯉口と擦れ、鈴が鳴るような音。シヅキの心の中で暴れ狂っていた、ベリオロスへの同情や憐れみという雑音が完全に断たれる。

 シヅキは意識を静かに切り替えた。

 

「さぁ、僕が相手だ」

 

 怒りで琥珀色に燃えるベリオロスの瞳。シヅキを捉えるが早いか、予備動作なしのタックルが繰り出された。キレが鋭く非常に避けづらいが、あえて真正面へ踏み込む。真横一文字に切先が白く閃き、パッとベリオロスの体毛が散った。

 

 剛・気刃斬り。いわゆる『カウンター』と呼ばれる一撃だ。普通であれば回避に徹するところを攻撃のチャンスに()()()ところは、フィーのブシドースタイルと似る。

 

 驚いたベリオロスは――カウンターを食らったモンスターはまず驚くことが多い。なぜなら相手は大抵、自分が攻撃すれば被弾か回避の二択になると読むからだ――のけぞって怯む。大したダメージは通っていないが、この隙をこそ狙い。シヅキは斬り上げ、縦斬り、突きまで連携させ、ベリオロスの右方へ斬り払いながら位置を微調整した。

 僅かに息を吸って止め、再び激しい定点攻撃を仕掛ける。

 

『「突然のお誘い、無礼申し上げます」

白の騎士へ鋭く告げる、従者のシャドー・ブナハ――』

 

『「貴方を決して悪いようには扱いません。お嬢様は“正義の義賊”なのですから」』

 

『「しかし、このドンドルマでは価値あるものを溜め込んでいると妬まれます(ゆえ)、金遣いの荒い者こそ称賛されるのですよ?」――』

 

 皮肉の効いた狂言回しにどう、と賛同に湧き上がる観客席。この溢れかえった観客席では、一体どれだけの客が賭け券を懐に潜めていることか。バラバラと大雨のような拍手と、ひゅうひゅうという浅い嘲笑のような口笛があちこちで鳴り響く。

 

 その一端で、興奮する客とは真逆にひっくり返っている一行がいた。《七竈堂(ナナカマドウ)》マスターのウラとチェルシー、そしてアキツネとハルチカだ。

アキツネは鼻をふんふん言わせて興奮気味に呟く。

 

「……あの切れ味バキバキの太刀筋、シヅ(コウ)だ。おれ、いつも前衛で隣で見てッから、わかンだよ」

「あァ、(わし)の目から見ても間違いねェ。あいつどうしてファントム・ホロロの隣なンかに!」

 

 口をあんぐりと開けるハルチカの隣で、「ふ〜ン」とウラは嬉しそうに麦酒のジョッキを勢いよく傾けた。

 

「大人しそうに見えてあの子、意外とああいうガツガツした立ち回りするのかい。後衛としちゃ、ああいう子が前衛に立つとうきうきしちゃうねェ」

「……だろ? 前衛でも、あンなやつが隣サいッと気力湧いてくるモンだ」

 

 ニヤける口のまま麦酒を啜るアキツネ。ウラが素直に褒めることは尋常でないことだ。隣で熱帯イチゴのジュースのジョッキを揺らすハルチカも、嬉しそうに目を細めた。

 

「このアキも珍しく認める、《南天屋(ウチ)》の一番()()だゼ? 儂らの露払い役ならドンドルマ中のハンターを漁ったって右に出る者は居やしねェ」

「なんだい、ずいぶん好いてるネ」

「友を自慢して何が悪ィ」

 

 麦酒の泡を舐めながらアキツネはウンウンと大きく頷く。一瞬はにかんだハルチカも突然立ち上がり、闘技場に向けて拳を振り上げる。「にしてもシヅ公、とんでもねェ舞台に立ちやがって!」

 

 周りの客が驚いてハルチカを見るが構わず、思い切りドスを効かせて叫んだ。

 

「そら、ファントム・ホロロなンぞに美味ェ場所譲ンじゃねェ! お前サンはもっと突っ込むタイプだろうがィ!!」

 

 

 

 一方闘技場では、連撃を終えたシヅキがベリオロスの前から退き、開いたスペースにフィーが斬り込んでいた。

 

 体高の低いベリオロスの懐へ完全に潜り込めるのは並大抵の度胸と技量ではない。体格とは大きいだけが優秀だというわけではないと、振り抜かれたツインボルトが力強く物語る。

 

 今度は強走薬を飲み、息も切らせずに二連斬り、斬り払い、斬り上げとコンボを繋げる。硬い鱗に覆われていないベリオロスの腹の皮が切り裂かれ、たまらずベリオロスは空中に飛び上がった。血のついた白い毛が砂埃に混じってもうもうと舞う。

 

(またブレスか!)

(気をつけて、滞留します)

 

 どう来るか、と瞬きする程度だけ動きが緩むフィーに目掛けて、ベリオロスは再びブレスを放つ。

 このブレスは厄介なことに、その場でしばらく渦を描いて滞留する特徴がある。これを避けてベリオロスへ接近しなければならない。

 ただ、それは相手が普通の獲物であった場合の話。

 

(さすが先輩、上手い)

 

 滞留ブレスを迂回するシヅキは思わず心の中で感嘆した。観客席も一気に湧き上がる。

 ブレスは三連。これを一つずつ、もう二度と食らうかと言わんばかりに空中で身を捻ってやり過ごす。ホロロメイルのはためくマフラーや濃紺のマントに氷の破片がこびりつくが直撃はしていない。温暖期の熱気ですぐ解け始めた。

 

 シヅキが迂回を終える頃、ブレスは地面に複雑な紋様を描いてようやく消えた。ブレスの地を這った跡を闇色のホロログリーヴが無造作に踏んでステップをとる。飛翔するベリオロスの視線がスポットライトのようにフィーを追う。すっかりベリオロスのお気に入り――囮役となったフィーは叫んだ。

 

「次!」

「準備万端です!」

 

 走りながらシヅキがポーチから取り出したのはシビレ罠。

 フィーに気を取られ続けているベリオロスは仕掛けられた罠まで気が回っていなかったようだ。

 空中から着地するベリオロスの後脚に組み込まれているゲネポスの牙が食い込む。その足止めをするのは痛みではなく、麻痺毒だ。

 

「ヒギャッ!?」

 

 ベリオロスは変な悲鳴をあげてすっ転んだ。麻痺毒が血流に乗って一瞬で全身に回ったのだ。毒を持つモンスターの中でも、ゲネポスの麻痺毒は即効性が抜群である。

 しかし代謝されて消えるのも早く、時間は持って八秒。それでも、その八秒は狩猟――拮抗し続ける公演の流れを変えるのに十分すぎる。

 

『イッツショータイム! ファントム・ホロロは時を止める魔法をかけました。「今宵は無礼講ゆえ多少の魔法も目を瞑ってくださいね、白の騎士サマ?」――』

 

 観客席でげらげらと笑う声がする。一人前のハンターなら、これが時を止める魔法などではなくシビレ罠による麻痺だということを知っているだろう。

 

 フィーはポーチから五本のナイフを取り出した。ずらりと扇のように揃え、芝居がかった手つきで一本ずつ、痺れて動けないベリオロスの甲殻の隙間へ(はり)のように刺していく。

 最後の一本を刺し終えたフィーが両手を大げさに掲げると、ベリオロスは四肢の力が抜け、どどうと巨体を横たえてしまった。

 

 フィーは投擲が得意でないので、シビレ罠で動きを止めてから眠りナイフで確実に、長時間の不動化を狙う。シヅキの提案した苦肉の策である。

 

『ダンスの誘いを冷たく断り続ける白の騎士に、ファントム・ホロロはとっておきの催眠術――』

 

 狂言回しは、今度は眠りナイフを催眠術になぞらえたようだ。観客席からは一際大きくなった笑い声まで上がる。

 

「次の用意は!」

「出来てます!」

 

 フィーが眠りナイフの演技をしている間、シヅキは闘技場の端に寄せてある荷車を持ってきていた。大タル爆弾が二つ乗っているのを観客たちは見逃さない。登場と同時に色めき立った。これが登場すると言うことは、オチが既に決まったようなものだからだ。

 

 大タル爆弾は最も致命傷を与えうる頭部に。観客席からはきゃあきゃあと起爆を急かす歓声が沸く。

 注意深く設置し、あとは石ころを投げるだけ――しかし、生き物を相手にするとはシナリオ通りに行かないのがセオリーである。

 ベリオロスが早く目を覚ましたのだ。先に気づいたのはシヅキ。

 

「先輩、御免!」

 

 シヅキは真横のフィーを抱えながら大タル爆弾を思い切り蹴った。観客からは回避の前転のように見えただろう。

 どどう、と二つの大タル爆弾が吼える。咆哮は闘技場じゅうを揺らせた。

 

『見事!! ファントム・ホロロのサプライズに白の騎士も大笑いです。これは笑いの魔法だったのです――』

 

 ベリオロスは直撃。フィーもシヅキも爆炎に掠る。せめて主役のフィーの方が軽傷なのが救いか。彼女はすぐ立ち上がり、一瞬で状況把握の様子を見せた。

 しかしシヅキのブナハS装備はとにかく火に弱い。皮膚が焼けているのが見なくてもわかる。地面にブナハS装備を擦り付けて火を消すが、仮面の下でシヅキが歯噛みしたのはそれだけが理由ではない。

 

「まだ息が……!」

 

 右肩の腱が千切れても、下顎が弾け飛んでも、両目と耳が潰れてもなお、ベリオロスは残りわずかな命を燃やすかのように吼えていたからだ。

 生存のために攻撃してくると言うより、痛みにのたうち回ると表した方が近いだろうか。暴れるたびに血がぱたぱたと降り、白い体色は今やどす黒くないところを探す方が難しい。放っておいてもやがて息絶えるのは一目瞭然だが。

 

(想定内。とどめを刺す)

(……っ、勿論です)

 

 幕引きは目前。大タル爆弾で止めを刺しきれない場合は、直接手を下すことになっている。

 焼けた皮膚が引きつれる。シヅキは硝煙を掻き分け、ベリオロスの前に躍り出た。コイルドネイルを迷いなく抜き放つと、ベリオロスの振り上げられた左腕の爪が数本切り落とされる。

 シヅキが牽制を担っている間、フィーは後方でツインボルトを頭上に掲げて交差する。リズムよく打ち鳴らし始めた。

 

 ――カン、カン、カン、カン。

 

 鬼人強化状態から更に鬼人化を重ねる。士気の高まりに観客も手拍子で巻き込む。狂気にも似た万雷が闘技場に降り注いだ。

 

 ――カン、カン、カン、カン。

 

 一歩、二歩、三歩で肉薄。狙いのない攻撃ほど読みづらいとはよく言うが、暴れるベリオロスの四肢は拍子抜けするほどにフィーに当たらない。

 時にはステップ、時にはジャスト回避。むしろ攻撃の方が避けているのではないかと思うくらい華麗に車輪斬り、六段斬り、乱舞。

 闇夜色の衣装が舞う、舞う。

 

 数度瞬きする頃には、フィーはベリオロスの首を縦に斬り裂いていた。びゅう、びゅう、と未だに拍動を続ける心臓に合わせてベリオロスの喉から鮮血が噴き出る。返り血も化粧だと、その場の誰もが魅入っただろう。

 あまりの鮮やかさに、一番近くのシヅキさえもが見惚れてしまっていた。

 

『――ファントム・ホロロの今宵のお宝は皆様方の興奮と笑顔なのでした!

義賊のファントム・ホロロは、お宝を独り占めなんかにいたしません! 皆様、今宵をお楽しみ頂けましたでしょうか――』

 

 臭い台詞の狂言回しが、硝煙の名残と砂煙の闘技場に響き渡る。

 

 

△▼△▼△▼△▼△

 

 そんな舞台を、控え室の暗がりでひとり鑑賞している男がいた。オズである。

 彼は手を打って大はしゃぎしていた。「上出来やで。ようやった」

 

「メヅちゃんは“竜子も衣装髪形”なんて言うたけど、揶揄だけやのうて『大したことない中身でも外見次第で立派に見える』って意味もあんねんなぁ」

 

「普段は実力相応の装備なハンターでも、闘技大会では中身と見合わへん外見で挑む。……メヅちゃん上手いこと言うわァ」

 

 そこまで呟くと、彼は喜色満面なのを一変して表情の褪せた顔つきになる。珊瑚色の目が冷たく細められた。

 

「さて、ウチも仕事せな……いらち(せっかち)な雪山の夏は、だぁれも待ってくれへんのだもの」

 

 そうしてオズはレックスXメイルのマントをばさりと翻し、暗がりから姿を消したのであった。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 




 
 「タンゴを踊るにゃ二人必要」は英語の諺です。喧嘩両成敗、ってニュアンスみたいですね。今回は深い意味はなく、字の通りのタイトルです。
 とりあえずベリオロス狩猟はひと段落。この後、今章の伏線等を少し書き直して締めに取り掛かります。
 読了ありがとうございました。次話もぜひご賞味ください。
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