黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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本日の来客はこの方。


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56杯目 陽気な飛竜は図り、笑う

 

 

 

 風と水の都、ドンドルマ。この街の最南端の、とある裏路地に、あたしの店はある。

 店名は、《七竈堂(ナナカマドウ)》。

 

 《七竈堂》というのは、昔のあたしのパーティ名だ。その頃のあたしたちを覚えていてくれているやつは、半分くらいは、もう行方がしれない。

 どこかの土地に流れていったか、あるいは死んじまったか。

 

 とにかく。

 あたしの店は、客が二の次。少なくなっていく知人と、増えていくお気に入りの酒に囲まれるだけで、あたしは幸せ。多くは求めない。

 あたしにとってこの店は、第二の人生を送るための城だ。夜な夜な老人会が開かれる、朽ちてゆくだけの古城。

 語り尽くされ、あとはもう忘れられるだけの記憶もまた、酒の良き友なのだ。

 

 本日初の来客は、もっともお得意さんでもある、常連。

 かつて、ハンター三人組のパーティ《七竈堂》のひとりだった男である。

 

 

 

 

「イャンクック、倒したんやってえええぇぇぇ!?」

 

 轟竜ティガレックスのバインドボイスかと思ったよ。キーンと鳴る耳に顔をしかめながら、あたしは冷やしておいたジョッキを取り出す。

 

 《七竈堂》のドアにはベルナ村から取り寄せた、真鍮製のベルを引っさげている。現地では雲羊鹿ムーファの首にくっつけられるものだ。

 これは泥棒よけ。どんなにこっそりと足音を忍ばせても、誰かが店に入ればチリンチリンと音が鳴る、という仕組み。

 

 そんなあたしの計らいを無視して入店したのは、背の高い壮年の男だ。G級ハンターでも一式揃えるのは難しい、レックスX装備を身につけている。

 

 彼がただのハンターじゃないというのを証明するのは、装備だけじゃない。その白髪まじりの頭に乗っかっている、羽付きの真っ赤な帽子だ。フェザーというんだったかな。

 そいつが雄弁に語っている。「我こそはギルドナイトや」と。

 

「嫁さん、元気?」いらっしゃいませ、という意味の挨拶を、彼はこんばんは、という意味で「元気、元気」と返す。

 これって竜や獣が意味なく鳴き合うようなものだよな、と思いながら、あたしは彼がいつも必ず最初に頼む、フラヒヤビールの樽の栓を開けた。

 

「今日は定時で上がれたんだ?」

 あたしはフラヒヤビールの泡と、注ぎこむグラスの角度に気を遣いながら訊ねた。彼が入店する時間はいつも、まちまちだ。今日は早いほうだろう。

 スツールの上に滑り込んだ彼は、白い歯を見せて答えた。

 

「ギルドナイトに定時はあらへん。クエストに制限時間はあるのにな」

 一言やかましいことを述べて、がはは、と笑ってから、彼は「ってそうやなくて」と鋭く手のひらを見せた。

 

 彼の名はオズワルド・ベイリー。

 浅黒い肌に砂色の無精髭、砂岩色の瞳をたたえた目は、人たらしっぽくまなじりが垂れている。そして、その装備とフェザーの組み合わせは、一度見たら忘れられない。

 洛中で暮らしていれば、彼を知る機会は少なくないだろう。

 

 二十年近く前、彼は凡ミス、うっかり、物忘れを連発するズッコケギルドナイトとして名を馳せていた。けれど、経験を積んだ今はドンドルマハンターズギルドの「知将」だの、「情報将校」だのと、たいそうな呼び方をされている。

 あたしからしちゃあ、このバカが? って感じだけど。

 

 こんな遍歴から、あたしたちのような馴染みは愛嬌を込めて。距離を置く者は畏怖を込めて「オズ」という愛称で呼んでいる。

 ちなみに、いつもダル絡みされるアキツネは九割くらいが「面倒くさい」の意味である。

 明るいだけじゃなく、そういう、だらしないところも含めて、彼は陽気だ。

 

「ハルちゃんとアキちゃんが、イャンクックを狩ったらしいって聞いて。たまたま仕事が少ない日やったから、早よぅ上がらしてもうた。ホンマか?」

「本当だ。儂ら、イャンクック狩ったんだゼ」

 

 ハルチカは、まるで道端でたまたま落とし物を見つけたかのような、他人事みたいに言った。

 口では頻繁に自慢しているけれど、彼自身、ほとんど実感がないのかもしれない。周りの人の反応を見て、ようやく達成感を味わっているようだった。

 まぁ、かつてのあたしを見ているような気が、しないでもない。

 

「すごいなぁ、よくがんばったなぁ。アンタらはもう一人前の、立派なハンターやわ」

 

 オズはハルチカの態度に苛つきをみせることもなく、顔面を古紙のようにくちゃくちゃにした。

 

「この仕事してるとな、ハンターになって半年たたんと死んだり、行方不明になったやつのお世話することも多いねんで? 半年経って五体満足なことだけで儲けものやのに、ましてや大型モンスターを狩れるようになるなんて、めでたいことやわ」

 

 そのオズの笑顔には、わずかな翳が、ある。長年つきあいのあるあたしにしか、その暗さはわからない。

 この壮年のギルドナイトは、うまくいかなかったハンターの末路だけでなく、調子が良すぎるハンターの行く末だって、知っている。

 あたしは、彼がこの店で何度も何度も、酒を片手に涙するのを見てきた。

 

 そんなことをヒトダマドリの涙ほども知らないハルチカは、稲穂色に染めた髪をかき上げて「手前(テメエ)な、そうやって」と口にする。

 鼻につくような、泰然とした言い方だった。

 

「いろんな新人に同じようなこと言ってんの、知ってんだからな? 言葉が軽いンだよ。少しは謹んだほうがいいんじゃないかい」

「祝えるときに祝ぅとかんと、ウチら」

 

 空気がピリ、と棘っぽさを帯びるなか、オズは白い歯を見せたまま反撃をした。

 

「ハンターは、明日には骨も残ってへんかもしれへん職やからなぁ。ぬくい博打ばっかやっとったハルちゃんには、まだまだ馴染まへん考え方やんな? 博打はトチっても、すっぽんぽんにされるだけやもんな?」

 

 それから、あっけらかんとして、あたしに向かって手を上げた。「フラヒヤビール、もひとつ!」

「……けッ、年寄りの冷や水が」

「それを言うなら年寄りのクーラードリンク!! ウワアッハッハッハッハ!!」

 

 つまらなそうにそっぽを向くハルチカの横顔を、オズは笑い飛ばした。やかましいわ、ボケ。

 オズはランス使いだから、というのは関係ないだろうけど、カウンターがうまい。こうして口論になったとき、巧妙に揚げ足をとって相手を黙らせる。

 

 「酒、マズくなるから喧嘩すんなら外でやれ」とあたしが白い目をしていると、オズはぐびぐびぐび、とジョッキ半分を一気に飲み干して、今度は厨房の方に呼びかけた。

 

「おーいアキちゃん! ガンランス使うてみて、どやった!」

 

 すると、水面に浮かび上がるハレツアロワナのように、暖簾からアキツネがヌッと顔を出す。どうやら口論に聞き耳を立てていたらしい。

 

 そういえば彼は、今回のクエストでランスからガンランスに乗り換えたんだったっけ。狩猟に出かける前、彼はオズから徹底的に指導を受けていたらしい。

 ふと気になって、あたしはアキツネに訊ねてみた。

 

「ランスって重いから、ただでさえ扱いが難しいだろ? しかも機構武器のガンランスに変えたって、なんか目的でもあったのかい」

「……ン」考え込むアキツネは、頬のあたりをこりこりと掻く。すこし時間を要して、返事した。

「砲撃で、モンスターの肉が、焼けるンじゃねエかと思って」

「イャンクックの肉を食うつもりだったのかい?」

 

 アキツネはこっくりとうなずいた。

 

「狼黒鳥のモミジ肉ってのァ、珍味で有名でしょう……怪鳥のモミジはどうだべかと、思いまして。狩ってすぐの、鮮度のいい状態で焼いたら、ンめぇ(美味い)んでねぇかと」

「モンスターを食ってみたいってハンターはたま~におるけど、肉をガンランスの砲撃で焼けるとちゃうかって考えた人はそうおらへん。アキちゃん、やっぱしおもろいなぁ」

「こいつが、あんたのお眼鏡にかなう理由がよ~くわかったわ」

 

 あたしは鼻から大きな溜め息をついた。鼻の下の白粉(おしろい)が多少、飛んだ気がする。

 

「そういう変な人材を、ギルドに引き入れたいとか」

「砲撃で肉焼く職人がいたら、おもろいと思わへん」

「思わない。それにそんな人を取り入れてどうする」

「それはな、変な人には変な人が寄り付くからやね」

「新たな変人が、ギルドを変えると思ってるわけ?」

「せやんな。まさに、ウチと、アンタのようになぁ」

 

 そう言って、オズはまた顔をくちゃくちゃにして笑った。くだらない会話に爽やかな虚脱感を感じて、思わずあたしも笑ってしまう。

 こいつが揚げ足をとるのは、べつに口論のときだけじゃない。

 アキツネもあたしたちの会話にニヤニヤしていたが、しばらくすると分厚い肩をしょんぼりと落とした。

 

「でも、せっかく狩ったのに、怪鳥のモミジというのァ、それほどンまぐ(美味く)なかったです」

「そうなのん?」あらら、と眉尻を下げるオズ。

「そりゃそうだろ。美味けりゃ今ごろ、大衆酒場の人気メニューだ」

 あたしはレウスウイスキーをまた舐めてから、続ける。

 

「イャンクックは定期的に大量発生するし、それなりの頭数狩られるし、狩るのに時間もかからない。なのに食われないってことは、不味いんだよ、きっと。イャンクックの肉ってのは」

 

「……そうじゃなくて」アキツネは床へ目線をやる。

「さんざん痛めつけて潰した肉というのァ、格段に味が落ちンですね。家畜とは、ちげエ」

 

 潰した、という彼の言葉には、発音し慣れた響きがある。

 彼は、この街の近郊の、ジォ・テラード湿地帯にある農家の次男だ。確か、野菜とガーグァを育てていたんだったっけ。

 過去形なのは、この農家は数年前に破産したからだ。それで一家離散し、彼は今、出稼ぎとしてこの街に住んでいる。

 

 アキツネにとって、家畜を殺して肉にするのは、幼い頃からの日常。

 農耕の世界では、命を奪うことは、食すことなのだ。

 

 そんな世界と、狩猟の世界では、生き物と人間の関係はあきらかにちがう。

 ハンターになった彼はきっと、食す目的以外で何かを殺すことに、そして自分が殺される場合もあることに戸惑いを感じているのだろう、とあたしは思う。

「だからさ」あたしは少しだけ、明るい声を出してやった。

 

「家畜が飼われるんだろ? おとなしくて、簡単に殺せて、変な黴菌(ばいきん)も持ってない。安全、安心、そして、うまい」

「……ですね。そこに、めんこい(かわいらしい)、も入れといてください」

 

 アキツネは真顔のまま軽く肩をすくめて、のっそりと厨房に戻っていった。これからお通しの小鉢を出すのだろう。

 農耕と狩猟、ふたつの世界の狭間で生きる彼は、どちらの世界からもほんのちょっぴり浮いている。

 彼もまた、空と陸のあいだに生きる飛竜なのだ。

 

 その様子を微笑んで見ていたオズは、「せや」と大切なことを思い出したように、あたしとハルチカに向き直る。

 彼がスツールに座り直すときはたいてい、ギルドナイトの仕事の話だ。

 姿勢を正した彼に、柄になくあたしも、澄ました顔になってしまった。ハルチカもつられて、目線だけはこちらを向いている。

 

「先週な、また密猟者が、この街に出入りしとるっちゅー情報があってん」

 

 オズは、あたしとパーティを組んでいた頃から商売に精通している。そのことから、彼はハンターズギルドの業務の中でも「密猟の取り締まり」に携わっている。

 なぜか。密猟と商売は、近い関係にあるからだ。買い手がいるからこそ密猟が成立するし、両者の間には必ず商売が生じるものだ。

 

「アンタら、何か知っとること、あらへん? 証拠不十分で捜査も気合い入らんまま流れてもうたんやけどな、ウチとしては藁もつかむ気持ちやねん」

「うーん……商人仲間のうちでは、特に。なるべく協力すると言っておきながら、悪いね」

「せやんな〜。アンタらが最後の砦やったさかい、これでアテなしや」オズは真面目な表情をくずして、がっくりと後頭部を落とした。

 

「ウチの方でも、裏やってそうなバカは日頃から追っ払うようにしとるし。買い手がおらんなら、密猟は防げると思うてんねんけど……」

 

 首をひねるオズに「そんなの」と、ハルチカがおどけたようにして顔のあたりに両手を挙げた。

 

「密猟者が自身が、商品を直接市場に流してたら意味ねエだろ。商売すンのは、必ずしも商人とは限らねェ」

「あ」と口を開けるオズ。

「そうかぁ。ちょっと盲点やったわ。これまで、ハンター自身が取引やっとるっちゅー話はなかったもんやから……」

「使えねェ税金喰らいが。少なくとも儂が密猟者ならそうする、ってだけさ。『やあやあ我こそは商人兼ハンター、寄ってらっしゃい見てらっしゃい』なんてネ」

 

 唇の端がこぼれそうなほどニヤリと笑う、ハルチカ。万能の彼は、業界の垣根なんて見えていないみたいだった。業界の狭間をゆく、若き飛竜。

 対してオズは膝頭をポンと打って、試すように笑った。

 

「ハハ! ほなアンタが商人兼ハンターをやるとするなら、仲間はどないすんねや?」

「アキも引きずり込んでやるヨ。イャンクックの肉も工夫すりゃ、売りもんになるかもしんねェだろ? 商人どもとは違う目線で、儂らは儂らの商売をする」

 

 小鉢を出しに来たアキツネの肩に、ハルチカはがしっと腕をまわす。アキツネは迷惑そうながらも、どこかまんざらでもなさそうな顔をした。

「おれァべつにイャンクックの肉を売りてェンじゃなくて……美味く食いてェだけなンだけっともよ……」とボソボソ何か言っている。

 

「アンタらの商売かぁ、こりゃあ使えそうや」とオズは目を細めた。悪党にぴったりの、イヤらしい目つきになる。

「せやけど。イケナイことをやったあかつきには、すぐモス箱にぶち込むさかい、いつでもナワつく覚悟はしときぃや」

 

 「モス箱」とは家畜のモスを飼育する小屋のことだ。けれど、このときの「モス箱」は別の意味だ。

 

 オズはこう言いつつも、ハンターズギルドの定める善悪が――密猟を悪とすることが、自然界のもとでは無意味だと知っている。

 正規の狩猟だろうと密猟だろうと、命の賭博だ。そこに貴賤はない。

 

 だからこそ彼は、ハンターズギルドの規律を網羅する。法が無駄だと決めつけるには、法を知り尽くさねばならないことを心得ている。

 

 そんな意味で彼は、法の狭間を飛翔する飛竜と言える。

 陽気で、老獪な飛竜だ。

 

「……オマタセシマシタ」

 

 オズとハルチカの間へ割り込むようにして、アキツネは小鉢をカウンターにダンッと叩きつける。「飯ィ、マズくなっからよ。口喧嘩はやめれっつってンべ」

 そしてハルチカの両肩をつかむと、オズの隣の席に沈めた。ハルチカの細い体が衝撃に耐えかね、くねくねしている。

 

「今日はガーグァのシメたばっかのを仕入れたからよ、モモとモツさ、焼いたンだ。オズさん、おめェ、好きだべ?」

 

 その声色は低い。アキツネは自分の作った飯を真剣に食ってくれないと、怒るのだ。

 あたしの選んだ小皿の上で、丁寧に串を通した身が、脂でてりてりと光っている。粒の大きな粗塩は別皿だ。こいつを好みに合わせて、ふりかけて食う。

 確信した。こいつは間違いなくフラヒヤビールによく合う。あたしは素早く、自分のぶんの一杯を作った。

 

「ま、つべこべ言わねェで、()ェや」

 

 アキツネはオズに、喧嘩でも狩猟の腕でも頭が上がらないが、「じゃあ、なんとしてでも料理で黙らせてやる」という闘志があるみたいだ。

 

「ハッ。飯に免じて、今日はこれくらいにしといてやるゼ」

「アキちゃんの作った飯には(かな)んなぁ」

 

 そんな意気を汲んでか、ハルチカは思わずと言った様子で、オズは穏やかに表情をやわらかくした。

 

「ほな、イャンクック狩猟のお祝いと、密猟の防止をお祈りしまして、乾杯! 皆様にこれからも、限りない武運があらんことを!」

「ついでに、このクソオヤジが早めにくたばりますように!」

「黙れ! 今からアンタをモス箱に送り込むのが楽しみやわ!」

「はぁ〜?? 手前みてぇにギルドに飼われるにされるくらいなら、儂はモスと添い寝した方がマシだなァ〜!」

 

 

 

 元ハンターと現役ハンター、老人と若者、居酒屋の主人とギルドナイト。

 そんな、昼間であれば会合することのない者たちは、夜と、美味い料理を通して、確かにつながることができる。

 

 今日の陸風はまだ、吹き始めたばかりだ。

 

 

 

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