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「で、この圧電甲をどうやって使うのですかニャア?」
日は昇り、朝の森丘。寒冷期入りの爽やかな冷たい風が、西から吹く。
抜けるような空を見上げればランゴスタの集団が点在していた。朝と夕の時間帯は、ランゴスタといった羽虫の動きが活発になるのだ。
朝食に余ったパンを
「……ま、見てろ。ムニエル」
アキツネは、ゲリョスネコアンクに括り付けた圧電甲をコツンと手の甲で小突く。
その手の甲――セルタスSアームは、分厚い鍋つかみを
白兎獣ウルクススのワッペンがついていて、男性が使うには少々可愛らしいもの。本人曰く、買い物したときに福引きで当たったらしい。
離れて見れば、全身重装備に鍋つかみ、というかなり異様な光景だ。
アキツネが角笛を吹くと、ランゴスタの気が引き付けられてふらふらとやってくる。
「ぃよッ……と」
手のゲリョスネコアンクを蝿叩きのように振る。圧電甲がランゴスタの羽の先に触れたかと思うと──
バチン!
火花が散ったかと思えば、ランゴスタは力なく地に落ちた。手足をひくつかせ、覗き込むムニエルの顔も目に映っていないようだ。
「わ、こりゃあすごいニャア! かすっただけなのに一撃で!」
「ライゼクスは、その帯電した体を使ってランゴスタをショック死させ、捕食するんだと。習性サ、逆に利用してやンべ」
「やっぱりアキツネさんほどの実力もあれば、モンスターについても物知りなんですニャア」
「いや、全部うちの仲間の受け売りなんだけッとも……」
ばつの悪そうに頬をかくアキツネ。しかもヘルムの上から。
「へぇ。じゃあ、最初から圧電甲を持ってくれば良かったんじゃないですかニャア」
「ぐっ……うちァ金ねェから、狩ったモンスターの素材サすぐ売っちまうの」
しかも昨夜飯サ食ってるときの光蟲を見て、やッとこさ思い出したンだべ、と畳んだジェネラルパルドに寄りかかり、億劫そうに顎を乗せる。
「もしかして……アキツネさんってあんまり頭脳派ではニャい?」
「ン」
普段ぼそぼそと喋るくせに、ここだけは即答した。
アキツネは、セルタスSヘルムの隙間からむふぅ、と不服そうにため息をつく。
「正直な、ランゴスタ退治にライゼクス対処、携帯食料開発の同時並行で頭破裂しそうなンだべよ? むしろまだ何も破綻してねェ時点で、褒めてほしいべ」
「破綻してないんじゃなくて、何も進んでいない状態ですニャ」
「……クソ正論が」
アキツネはジェネラルパルドを展開すると、ゆっくりと振り返る。
「でも今ァ、この圧電甲を使うより簡単にランゴスタを一掃できる方法があンだよな」
のしり、と土の陥没する音とも、衝撃ともつかない感覚。
ランゴスタの活動時間に、ヤツが動かないわけがない。
こちらのことを、今日もヤツは待っていたのだ。
「……おれ、誘導するとか変に気遣って立ち回るの、苦手なんだけっとも」
アキツネはジェネラルパルドをリロードして、弾でやや移動した重心をその手に収める。
圧電甲のくくり付けられたゲリョスネコアンクと薬草笛を握りながら、ムニエルは緊張に震えた。腹は揺すられ、固唾を飲み込む。
「そう言ったって、撤退じゃなくて撃退を提案したのはアキツネさんじゃないですかニャア!」
「うるせェ、高ェ報酬金がかかッてるの!」
「
キシャアアアァァァ――――!!
空の暴君は、虫けら二人に咆哮した。
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基本的に、盾役とは綺麗な戦い方はできない。
足元に張り付き、削り、削られ、距離を取られれば必死に走り、また張り付く。その繰り返し、繰り返し。
勿論。
反撃の一閃でモンスターの猛攻をかいくぐるあの武器も。
狩場を無数の弾によって支配下に置くあの武器も。
虫と共に颯爽と空を駆けるあの武器も。
憧れたことがないといえば嘘になる。
――なんてなァ。
お前らがそんなに自由できンのは、盾役の、このおれがいるからだべよ。
ライゼクスの突き立てる鋏のような尾を、盾で受け流してやり過ごす。堅牢なセルタスS一式装備がガードしたときの衝撃を緩和させ、体への負担を軽減させる。
地面に突き刺さり、抜くのにもたつく尾に砲撃を叩きこむ。甲殻の表面が焼けるが、砲撃の真髄は熱だけではなく、それ自体の持つエネルギー。甲殻の下のやわらかい肉が破壊され、内出血が起こった。
いわゆる『肉質無視ダメージ』の一つだ。強靭なからだを持つモンスターに対抗すべく、ヒトが研いだ牙の一つでもある。
「まだまだ!」
アキツネは砲撃した箇所に突きを連続で繰り出す。熱で若干脆くなった甲殻の棘を、一気に叩き壊すことに成功した。
崩すには内側から。これが銃槍使いのセオリーである。パーティ狩りであればこの傷を全員で集中的に狙うことで、効率よく相手にダメージを負わせられる。
盾役とは、一番初めにモンスターに接触し、狩りの起点をつくる役でもあるのだ。
「シャアアアァァァ!」
二連続、袈裟懸けに斬るように振り回される角も受け止める。その太腿へ斬り上げ、砲撃。堅実な立ち回りを続ける。
続けて、電気ブレス。光の柱がいくつも作られ、周囲を朝日よりも眩しく染め上げる。
滞留したかと思えば、駆け巡る。天敵の襲来に逃げようとしていたランゴスタ数匹も巻き込まれて、ショックを受けたものが次々と墜落していった。
「えぇっと、いち、にぃ、さん、……っと」
アキツネの戦闘を気に留めつつ、ムニエルは岩陰でチェックリストに『正』を書き足した。
新たに倒したランゴスタの数だ。
目標討伐数まで、あと十九匹。これほど一気に狩れるのは、たいへん効率が良いと言えるだろう。
制限時間に、間に合うかもしれませんニャア……!
ムニエルは、ぐっとゲリョスネコアンクを握りしめた。
昨夜のこと。
圧電甲に触れてしまった光蟲の死骸を見つめるアキツネは提案した。ライゼクスの電気ショックでランゴスタを一掃できないか、と。
ライゼクスを攻撃して刺激を与えつつ、その電撃でランゴスタをまとめて討伐するのだ。おまけに、運が良ければライゼクスの撃退もできるだろう。
ヤツに利用されるのではなく、角笛と餌であるランゴスタを使って森丘じゅう引きずりまわし、むしろ利用してやろうという考えだ。
「ヒュロロロ……」
「!」
予備動作なしの突進を咄嗟にガンランスごと身を翻して躱すが、甲殻の突起にひっかけられて吹き飛ばされてしまう。乱れ始めた息を、肺全てに酸素がいきわたるように浅い呼吸を繰り返すことで、なんとか元に戻す。
ここまで、ほぼ反射的に行う。
攻める、守る、攻める、守る。ランゴスタがエリアから全て倒されると、すぐに移動。根くらべだ。
向こうもアキツネ達の考えに気づき始めたのか、やたらめったらに威嚇で雷撃を放つのではなく、アキツネを“倒す”目的で攻撃してくるようになった。
隙が見えればギリギリまで斬撃と砲撃を叩き込む。深追いは許されず、誤って少しでも余計にジェネラルパルドを振ろうものなら雷撃の追い打ちが襲い来る。すべてを防いで、見切って、いなして、捌ききって、じわじわと確実に追い詰めていく。ガンランスは、相手とのこの距離の感覚がたまらない。
でも。全て感覚でやっちまうなンて案外、狩猟と料理はどこか似ているのかもしれねェな。
最も、そんなことを口にすれば、仲間たちから非難を浴びせられかねないが。
「シャアアアァァァ――!」
ライゼクスは飛翔し、その透き通った翼膜を輝かせる。まるで飴細工のようだ。
盾で防ぐはその眩むばかりの光と、一拍遅れてやってくる衝撃。盾を垂直に掲げると押しつぶされるので、斜めに地面に付き刺し固定するようにしてやり過ごした。
視界の端では、またランゴスタが数匹バラバラに切り裂かれて、あるいは電気ショックに神経をやられて、墜落する。
止めていた息を吐きだし、体を反転させて銃槍を振るう。既に息は上がり切っていてヘルムの中は熱がこもり、肌がべたつく。
鋏状の尾が、足元に位置するアキツネに応じる。まるで別の生き物の様にうごめき、まばゆく放電した。
「……食らうかよ」
一昨日は盾越しにその電撃に触れ、雷属性やられを食らってしまった。
しかし、今日それを吸収するは――白兎獣印の安っぽい鍋つかみ。
分厚い絶縁体であるそれは見事に電流をさえぎり、使い込まれた表面が毛羽立つのみである。
砲撃の引き金が扱いづらいので、ミトン状であったそれは人差し指だけ自由に動くように、雑に裁断され繕われている。今朝、出発前に急いでこしらえたのだ。作った企業が見ればきっと泣き出すだろう。
反動で硬直しているライゼクスに、容赦なく引き金を引いて砲撃を見舞う。鋭く堅い甲殻の表面が煤に焦げ、内部の肉に着実にダメージが入る。それは目には見えずとも、ライゼクスの疲労の元に、アキツネの突き入る隙となる。
そして、クエスト開始時刻から日が三回沈んだ頃――つまり三日目の夜いっぱいで、遂にライゼクスは彼らに
「アキツネさん! ランゴスタ、全て討伐完了ですニャア!」
ムニエルの叫び声。彼もライゼクスの雷撃に当たらなかった個体の細かい処理に、圧電甲がくくり付けられたゲリョスネコアンクで助力してくれていた。
「――っしゃ、撤退するべ! そら、お
アキツネはライゼクスの振り下ろされる翼を潜り抜けて、ムニエルに渡されたランゴスタの死骸をライゼクスの方へ放る。
ライゼクスは放られたランゴスタを口でキャッチし、丸呑みにした。
すると急に頭を伏せ、口の中のものを全部吐き出して倒れ込んだ。目を白黒させるライゼクス。
「……ムニエルの用意してくれたランゴスタの味、どうだべか?」
「照れますニャア、アキツネさん。オイラもライゼクスと戦うための力になれて良かったニャ」
ざり、と。ライゼクスの鼻先の前までセルタスSグリーヴが歩み寄る。ライゼクスはひっくりかえったまま、赤い瞳で彼を睨みつけた。
アキツネが放ったランゴスタは、ムニエルがゲリョスネコアンクの毒で殺したもの。毒が回り切ったランゴスタは相当危ない味がするのだろう。ライゼクスは驚いて吐き出してしまったのだ。敵ながら、あっぱれな生体反応である。
「手伝い、感謝すンべ。……だけどよ、おれらィの邪魔したことは許せねェべな」
アキツネはライゼクスの背後までまわり、その尻尾にジェネラルパルドの切っ先を向ける。それを合図に、ムニエルは耳をふさいだ。
「次からは自分で飯サ用意するんだべな。人様から出してもらった飯も美味ェが……自分で一から用意した飯も、また美味いンだべよ」
大きく腰を落としてその鍋つかみで引くは、砲撃の引き金ではなく、隣のレバー。
一気に銃身が熱を高める。その高温とは、エネルギー。エネルギーは衝撃を生む運動力となって、カスケードに連鎖した火薬によって何倍も膨れ上がった。
「――狩らざる者、食うべからず」
寒色の森丘に、轟音が響き渡った。
――その後、一頭のライゼクスがふらふらになって森丘の奥の山へ飛んでいくのを、気球観測隊が見かけたそうな。
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「お兄ちゃん、あのライゼクスの尻尾切ったんだって!? さすがハンターだねぇ~!」
「ウチの畑からランゴスタがいなくなったんだわ! 今日の野菜はサービスしとくからね!」
「お兄ちゃん、旅の身なんだって? 現地妻とか興味ないかい! ウチの娘は力持ちだよぉ~~!!」
赤くなった葉も落ちきった、ココット村の井戸端前。
野菜の買い付けに来ていたアキツネは、何人ものおばちゃんに捉えられていた。
「そんなこといったらウチの畑は土がいいよ! 毎年他の農家と比べてたんと米が採れるの!」
「それにしても背おっきいし体つきも最高だねぇ~! ウチの畑、他所より広いから力仕事に欲しいわぁ~!」
「お兄ちゃん、ウチの婿養子にならないかい?」
畑に欲しいって、おれ、ポポじゃねンだから。
哀れ、おばちゃんの言葉の多さに、アキツネはネルスキュラに捉えられたゲリョスが困惑するが如く、その林檎色の瞳をぐるぐるさせてしまう。
――彼は、いわゆるコミュ症なのだ。女性の前だと特に酷い。
あ、あの、結婚とか、興味ないンで。
絞り出した遠慮の言葉も、その奔流の前では手洗い場の水に過ぎない。
「やだ~控えめで可愛いねぇ!! 大人しい子、おばちゃんの好みぃ~~!」
「アタシはもうちょっとガツガツしたのがいいんだけどねぇ」
「でも、この子が若い女の子の前だとどんな態度になるか、アタシ気になるわぁ~~!」
なンか勝手に話題がアッチの方へ……。アキツネはこの会議の氾濫をどうしていいかわからず、広い背を縮める。
すると、彼の着ているエプロンの裾を引っ張る手があった。
ムニエルだ。帰りが遅くて心配しにやってきてくれたのだ。
「こ、この辺で失礼します……すンません」
もともと頭を下げている姿勢なのに更に頭を低くすると、黄色い声が上がる。また明日おいでねぇ、とか、また来てねぇ、とか、ウチに婿養子においでねぇ、とかとか。
イャンクックのついばみのように何度も会釈して、逃げるようにその場を去った。
「くッそ……これだから田舎のババァってモンはよ……」
村の安宿に戻ったアキツネは、椅子に座り込んで姿勢を崩した。
への字口から漏れる悪態は現地人の耳に入れば非難
そんな彼に、ムニエルは健気にも茶を一杯出してやる。彼がココット村に滞在している間じゅう、お暇を旦那さんからもらっているのだ。
「何なンだべ、女相手の話まで持ち出すなンてよ……恥ずかしくッて逆に婿に行けねぇべや?」
「ライゼクスと単身でやり合うなんて、この村ではなかなか聞けない話ですからニャア。おばさん方に付き合ってあげてエライですニャ」
「……次ァ、絶対に誰か仲間と来ッから」
目元にしわを寄せたままアキツネは茶を啜る。喋るたびにほこほこと湯気が揺らめいた。
「なんとか元気を取り戻したようで良かったかニャ?」とムニエルはもともと細い目をさらに細め、今度は台所へ視線を向ける。
「それで、ギルドの依頼品、できましたかニャ?」
「ン、それがよ……クック豆を買い出しに行こうとしたら、もうランゴスタにやられちまった後だと」
クック豆はこの地方では有名な作物だ。アキツネは、今度は豆を携帯食料の生地に混ぜることで、コストパフォーマンスを下げるつもりであった。ついでに栄養価もアップだ。
しかし今年の収穫時期がランゴスタの湧く季節と重なってしまい、クック豆畑は甚大な被害を被ったという。
わずかに採れたものも、既に他の商人が高値で買い取っていた。アキツネは張り合えるほどの持ち合わせはなく、通常の数倍の価格にあえなく撃沈したのだ。
「確かに、クック豆はどこの店からも消えていたようにゃ……」
「……ここまで付き合わせちまったのに、申し訳ねェ。詰んだべ」
先程の疲労も相まってか、アキツネは机に突っ伏してしまう。
開けられた窓からやって来たのか、一匹の釣りフィーバエがアキツネを馬鹿にするように湯飲みに止まった。彼はそれを払う気力もなく放置する。
しかし、それを見たムニエルが耳をピクリとさせる。ついでに腹もゆさりと揺れる。
「あ、アキツネさん」
「……ン、なんだ」
「ライゼクスの尻尾、まだありますかニャ」
「……あぁ、明日にでも売っちまおうかと思っていたけっとも」
「ライゼクスの尻尾、とっても大きいですニャ」
「……」
「あれひとつで、携帯食料はいくつ作れるんでしょうかニャ~」
「……お前サン、天才か」
料理人魂がここに二つ、ごうと激しく燃え盛った。
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『 《南天屋商事》 アキツネ様 ムニエル様
携帯食料改良の選考結果の通知について
この度は、携帯食料改良の試作作製にご協力いただきありがとうございました。
誠に残念ながら今回はご期待に添えない結果となりました。 折角アルコリス地方まで足を伸ばして頂いたにも関わらず、誠に申し訳ございません。 手紙にて大変失礼とは存じますが、何卒ご了承くださいますようお願い致します。
……あのね、食べたら電気でビリビリしたんだけど! 新大陸で採用されているような、もっと高い火力で加工してくださーい!!
(by開発部一同)
末筆になりますが、貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます。
ハンターズギルド開発部 支給品課 食品部門 携帯食料部 』
そりゃこうなるよな――……。
ドンドルマのとある一角で、ココット村のとある一角で、一人と一匹が肩を落としたような。
彼らは再び携帯食料開発にリベンジするのだが――
それはまた、別の話。