黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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62杯目 ふたりの飛竜は微笑み合った

 《七竈堂》が酒を売り出した、その瞬間。

 ウチはよーく覚えとる。なにせ、“あいつを捜す”っていう目的に向かって、物事が徐々にミョウチキリンな方向に転がり出した瞬間でもあんねやから。

 

 あのな、目ェ瞑ると、まるで昨日のことのように思い出されんねん。

 中古のカウンターの上に勢いよく叩きつけられる木製のジョッキ。アルコールの匂いが漂い、黄金の飛沫が飛ぶ。それは、街じゅうどこにでも置いてある狩人ビールで……。

 これについて語るには、まずウチ……オズワルド・ベイリーという男がギルドナイトになってすぐの頃のことも思い出さなあかん。

 うーん、せやなぁ。二十年近く前のことになるやろか。

 

 

 

###

 

 

 

 なんか、思ってたんとちゃうな。

 ギルドナイトの就任式って、もっとこう、盛り上がった雰囲気なのかと思っとったんやけど。

 そのとき、ウチはドンドルマの大老殿で恭しく片膝をつき、石の床に映った自分の顔と睨めっこをしていた。

 

 前方では、綺麗な着物を着たオッサンがやたら長い巻物に書いてある文章を、もそもそと読み上げている。イントネーションからしてこの街出身ではないんやろな、と思った時点で、自分がオッサンの喋っている内容に一切興味を持っていないことに気づいた。

 

 目だけで両脇を見やる。ガーディアンやギルドの職員たちがずらぁーっと、置物みたいに立っていた。

 みんな厳めしい顔をしている割には、「はやく終わらへんかな」「飯まだかな」「鼻痒いな」っちゅー、つまんなそーな気持ちが透けて見えていた。

 

 ここでウチはバァッと手を挙げて、叫ぶ。

「こんなん時間と労力の無駄や! 形骸化されたシキタリっちゅうもんは、まず真っ先に排除すべきや!」

 ……なんてことしてもええねんけど、と想像した。まぁ、そんな行動をとったところで、結果ははっきりしている。

 返品よろしく、また新大陸に流される。これはまだ無血的解決方法なので大変よろしい方だ。大方、手を挙げた瞬間にそのへんのギルドナイトにズバッと斬られて終いだろう。金玉がヒュンとなる。

 

 もう一度、目だけであたりを見渡す。ギルドナイトの礼装は目を引く赤色で、鍔付き帽子に羽が目印だ。彼らは最前列には立っていない。ギルドの職員やガーディアンの影のように、前列の隙間からちらほらと覗いていた。

 帽子の鍔で隠れてしまっているので、その表情はよく見えない。でも、少なくともこの式典を楽しんでいる風には全く思えなかったし、どちらかと言えば、待ちくたびれて腹が減ったり、鼻が痒かったり、その辺のギルドの職員やガーディアンと同じようなことを思っているように見えた。

 

 なんや、ギルドナイトかてただの人間なんやな。ウチは胸の中で、思わず吹き出してしまいそうになる。

 彼らは、何かしら飛び抜けた実力を持っている。それは単純な腕力や知識や判断力、豪運――そんな狩猟の腕前だけではない。隠密行動や調査能力、そして対人戦闘やコミュケーション能力など、ハンターを統括しハンターズギルドを護るために様々な能力を兼ね備えているのだ。

 

 ウチは正直、フィジカルだけでは並のG級ハンターである。ここまで来られたのは、商売をかじっているという多少の珍しさと、よく回る口先だけ。どんなに哀しい背景を持つモンスターだろうが商人だろうがあっさり捌いてやる自信はあるが、人を殺める度胸だけはない。

 対して、ギルドナイトは密猟者を業務として処罰する。そんな彼らとうまくやっていけるか、ウチは内心すごく心配していた。

 けれど、なんや。蓋を開けたらその辺の人間と対して変わらへんやん、と思う。

 待ちくたびれるし、腹も減るし、鼻だって痒くなる。たとえ、その鼻を掻く手が人を殺めた経験を持っているにしても。

 

 綺麗な着物を着ているオッサンに呼ばれ、ウチは痺れかかった腰を叱咤して立ち上がる。形式ばった紙を両手で受け取って、恭しく頭を下げる。というより、どちらかというと腰を曲げて顔を床にちょっと近づける。さっき膝をついていた場所に戻って、また同じ姿勢になる。

 

 なんやねんこの業務的儀式。きっとこの違和感やズレ感、拍子抜け感は、ウチを摩耗させていくのだろう。ウチはこの時点でそこそこうんざりしていて、ギルドナイトになった動機を忘れかけていたりする。

 

 真正面で座っている大長老が、まぁ、がんばって下さい、みたいなことを言って任命式は終了した。どこか手慣れた味気ない空気感の中、ウチは息をつきながら腰を上げた。

 

 この時点で、「ようオズ! 今日からよろしくな!」と話しかけてくる軽薄な男ギルドナイトだとか、「ふふふ……どんな子かと思ったら結構かわいいのね」と呟く妖艶な美女ギルドナイトは、特におらへん。

 同僚となる赤い礼装の彼らは、足音もなくどこかへ去っていく。顔ぶれは老若男女さまざまだ。みんな、どこか翳のある顔つきをしているように見えた。

 

 ぽつねんと一人になったウチ。

 こんなことがあったので、以来ウチは就任式の後、新人に必ず声をかけることにしてんねんけど、この時ウチに話しかけてきたのはバツが悪そうな顔のギルド職員。

 獣人みたいに背を丸めながら「ハンターズギルドのなかを案内します」とぼそぼそと言うので、なんでそんな暗いねんと思いながらウチも背を同じようにちぢ込め、「はい、そうですか、そんなら案内たのんますわ」と返した。

 

 

 

 この、おもしろきこともなきハンターズギルドを、おもしろく。

 

 半分冗談、半分本気で、ギルドナイト就任前のウチは、本命の目的とは別にこんなことを思っていた。過去形ということはつまり、今は当時ほどの熱量はないわけで、この目論見はギルドナイトに就任してすぐにぶち壊れることになった。

 

 就任式の時点でうすうす気が付いてたけど、ギルドナイトの仕事とは予想してた以上につまんなそうやわ。

 それが、ウチがギルドナイトとして数か月働いてみた感想だった。

 確かに半分くらいは出張だけど、地味な事務作業みたいなやつも半端なく量がある。いや、ただの料金の検算だとか、納品書見るだけなら、ウチにとっては得意分野なので全然問題ない。むしろ純粋なハンターとして育ってきたギルドナイト達よりも、商人の経験があるウチの方が役に立つと思う。

 

 でも、ギルドナイトの事務作業は当たり前ながら金関係だけじゃない。分野が広すぎた。

 日々、世界各地の狩場から集められる大量の報告を確認し、取捨選択したうえで意見する。

 ハンターズギルドの編纂者が精査した、ともすれば一国の存亡が賭けられた情報をさらに吟味する。古龍観測所の竜人族の学者や、よくわからない遠くの国の将軍と渋い顔で話し込んだりする。ガーディアンと資材についてあれこれやりとりする。頭下げたり、下げさせたりする。

 膨大な資料の中から“あいつの情報”がないか目を通すのは、正直このときは全然うまく出来ていなかったと思う。

 

 ウチがなんでギルドナイトを目指したのか。

 そんな動機は、古龍の出現や国の滅亡の前ではなんと小さく、取るに足らない存在か。

 まるでヒンメルン山脈が水や風に削られていくように、ウチは日々の仕事にゆっくりと忙殺されていった。

 

 

 

###

 

 

 

 確か、ウチが何度目かの任務に失敗した日の午後だったと思う。

 部位破壊せずに大型モンスターを狩るとか、追っても追ってもきりがないチンピラ商人だか密猟者だかを捕り逃したとか、そんな徒労に終わったようなしょうもない任務だ。

 ただ、答えの出ない職業倫理にからめとられながら、重い足取りでハンターズギルドのデスクに着いた、ってことが妙に印象に残っとる。

 

 三徹のためにほとんど開かない目をこすりながら書類の山を確認していると、山の中腹あたりに紙切れが挟まっているのが目についた。お? と思って引き抜いてみると、一枚の手紙だった。

 その手紙が意図せず目についた理由は、手に取ってからようやく理解した。封筒が、ティガレックス――ウチの愛用装備のモンスター――の翼膜を鞣して作られた、いわば竜皮紙だったからだ。事務連絡にしてはやたら瀟洒な様相だった。

 この時点で、ウチはまだ相当ボンヤリしとった。おぉ?? と思って見渡すと、郵便屋アイルーがあちこちの職員に手紙を渡している。

 ふーん。あの背では、ウチのデスクのえらく高い書類の山に手紙を置くのは難しそうやなー。とか、そもそも書類のなかに紛れんでよかったわホンマ幸運や、とか、ぼーっとした頭で考えながら、宛名を確認する。

 

 その途端に、時間が止まったように感じた。

 旧友の――狩り友の名前だったからだ。

 エウラリア・ロペス。

 彼女の、男装麗人ハンターとして活躍していた姿が次々と脳裏に浮かんでは、消えた。ヘビィボウガンを担いで――当時は女性ハンターこそガンナーを務めるもんやというクソったれな常識があった――共にG級の狩場を駆ける姿、酒場で酒をあおる姿、拠点で火を囲んでモンスターや自然の美しさ、雄大さを語らう姿。

 それぞれに若い頃のウチと、“あいつ”の姿も必ず映っている。その光景ひとつひとつが、ウチがギルドナイトを志願した動機のはずだった。

 何かが音を立てて弾けるような感覚。三日三晩狩場を駆け続けた結果の疲労も眠気もその瞬間に忘れ去った。

 

 呼吸も忘れて開封した。中身を広げる。街でばら撒かれているかわら版の裏紙だった。無意識に、ウチは呼吸をするのを思い出したかのように軽く吹き出してしまった。仕事中に笑うなんて、ここ数か月ぶりだった。

 内容は、「あんたの手紙を受け取った。今夜、ここで待つ」。そんな本文と住所を示しただけの、凝った封筒に反して簡素な殴り書き。一度読んだら十分理解できるはずなのに、不必要に何度も読み返して、何やねん果たし状かよ、あいつらしいわ、と再度吹き出す。

 

 そう言えばギルドナイトに就任したての頃、機会があれば会いたい旨を手紙に書いて、出したんやったわ。彼女が前の住所にいないらしく、そのときは宛先不明で戻ってきてしまった。どこに住んでいるかわからなかったからダメ元で宛名だけ書いて、また出したんやったっけ。

 

 ウチは摩耗しきった身体に鞭を打って、時間ギリギリまでデスク上の書類を崩し続け、街に陸風が吹く頃にハンターズギルドを飛び出した。

 あちこちの店では灯りがともり始めている。こんな早い時間帯に、しかも重い足取りではなく駆け足で退勤するのは、ギルドナイトになってはじめてだった。

 

 

 

 鄙びた路地を全速力で進む。両側に建つ家屋や商店の姿が、中央広場や住宅区のものとは徐々に様子が変わってきた。貧相というか、建物の基礎がとても簡素なのだ。

 ウチはこの辺の地価が安いことを思い出した。その理由は、砦や戦闘街から最も近いからだ。古龍が侵攻してきた場合、この地区は一番最初に避難命令が出されるし、一番最初に潰れる。だから建材には重い石や価値のあるモンスターの素材は使わずに、安価で軽い木材や布が使われている。潰れる前提で建物が建てられているのだ。

 だから、ここに住んでいる人は旅人とか、商隊といった流れ者ばかりだった。

 

 なんでこんなとこに、と疑問を抱きながら、ウチは一軒のボロい居酒屋にたどり着いた。吊り看板には《七竈堂》と書いてある。……かつてウチが所属していたパーティ名だ。ウチは固唾を飲んだ。

 上がりかけた息を整え、ノックをしてから恐る恐る古びたドアを引く。すると、チリンチリンとボロさのわりに陽気な音が鳴って金玉がヒュッとなる。音のした方を見上げると、真鍮製のベルが揺れていた。

 小さく文字が彫ってある。ベルナ村製と書いてあった。あぁ、あそこってこんな工芸品が特産やったっけな、商品として運んだこともあったわと妙に納得する。

 その時、店内から懐かしい声がした。

 

「待ってたよ」

 

 彼女だ。エウラリア・ロペスこと、ウラ。

 ウチは覚悟を決めて、モンスターの巣に挑む気持ちで一歩進んだ。

 ウチの頭の中にあったのは、妙齢な男装の麗人の姿だ。

 けれど、カウンターの向こうにいたのは、小綺麗な太ったおばさんだった。いや、太っているというより酒で浮腫んでいる。「な」と変な声が出かけ、ウチは咳払いをして、「久しゅう」とごまかした。

 

「こちらこそ久しぶり。何年ぶりだい?」

 ウラはそう言って、嬉しそうに目尻に皺を寄せる。その笑顔も、口調も昔のままだ。ときに人懐こく、ときにモンスターをも怯みあがらせるような目つき。商人、とりわけ女将のような口ぶり。笑顔と口調は驚くほどに人を映す。彼女の中身は何も変わっていなかった。

 

 そう、変わったのは外見だけ。

 礼装を着ていても待ちくたびれて鼻を痒がるギルドナイトや、瀟洒な竜皮紙の封筒に簡素な中身の手紙、そして着るものがレックスX装備からギルドナイト一式装備へ変わったウチと、同じ。

 ……なんや。全部同じやないか。

 金玉がヒュンとなっていた己を情けなく思いつつ、ウチは彼女に促されるままカウンターの席に着いた。

 

 

 

 アルコールの匂いが漂ってきた。

 カウンターの向こうで、ウラが酒樽からジョッキに酒を注いでいる。向こうで、というのはウチにとってとても奇妙な感覚だった。なぜなら、これまでウチらはカウンターに座るとき、隣同士だったからだ。ウチらは酒場ではいつだって客側だったし、目の前のカウンターも決して高くない。狩場にある倒木くらいの背丈で、軽く飛び越えられそうだ。

 けれど、今はなぜか老山龍の侵攻も防ぐこの街の砦のように思えた。

 

「ま、何年ぶりでもいいや。あんたがこの店の初客でさ。さっそく乾杯しよう」

 

 ウラはジョッキを二つ、カウンターに叩きつけた。細かい黄金の飛沫が飛ぶ。どの時代でも、どこにでもある狩人ビールだ。

 ウチらはジョッキを小突き合い、半分ほど一気に飲み干す。駆け出しのころからずっと飲んできた味だ。美味くなるでもなく、不味くなるでもなく、何も変わらない。

 二人して、しばらく潜水してから水面に浮かび上がったときのような息を吐いて、ジョッキを置く。

 ウチらの間にある多少の年月を軽々と飛び越えて、「最近どう?」とウラは切り出した。あんまり軽い調子だから、ウチは何もつっかえることなく話し始めることができた。馴染みのある狩人ビールもまた、ウチの口を軽くしてくれた。

 

「忙しい。今日は奇跡的に、この時間に抜け出せた」

「へー。やっぱギルドナイトって忙しいんだ。ま、楽な仕事してる人ってわざわざ『楽だ』とは言わないもんね。声をあげる人は大抵、忙しい人だ」

「誘導尋問やないかい。じゃ、あんたはどうなん?」

「あたしのさっきの説には続きがあってさ。楽な仕事してる人は『楽だ』とは言わなくて、こういう返しをするのさ。『ぼちぼちかな』」

 

 にしし、と煙草で黄ばんだ歯を見せるウラに、ウチは「なんちゅー屁理屈」とムカつきつつも、同時に懐かしさを覚えている。かつて、ウチらはこうして酒を片手に与太話をくり返した。ウチらは根本的に、答えのないことについて本気で話し合うことが嫌いじゃなかった。

 

「アンタ、居酒屋なんて開いたんやなぁ。びっくらこいたわ」てか、この店ツマミとかないの? と訊くと、「あー、ツマミねぇ」と彼女はかったるそうに戸棚から熟成チーズの塊とナイフを取り出した。

「これ、自分で好きなだけとって」

「ウソやん」むしろ一周回って斬新で、アリか? とウチは感心する。

「あたしが料理できないの、知ってるでしょ」

 ウラはぶっきらぼうにそっぽを向いて言い捨てた。彼女は――こいつは、どんなに大型モンスターをヘビィボウガン一丁で『料理』するのは巧くても、こんがり肉を焼くのは絶望的に下手くそだった。焼くだけでなく、例えば狩りの前後に拠点で軽食を作るので、食材を切るとか味をつけるとか、そういった作業全般が壊滅的な腕前だった。

 

「せやけどこれはさすがに料理未満やろ」

 ウチも料理に関しては大したこと言えない腕前やけど、こいつは居酒屋としてどうなん? 熟成チーズをナイフでスライスしながら、狩場で何度も肉を焦がしてはキレる昔の彼女を思い出して、笑いがこぼれてしまう。

「あたしは料理と思しきモンは絶対やらないようにしてんだ。『ここから先はダメだけど、ここからここまでならできる』っていうのもしない。商売ならなおさらね」

「早よキッチンアイルーでも雇え」

 ウチがスライスチーズをつまんで口に放り込むのを見て、ウラは笑いながら「こういうとき、料理してくれるし、こうもするよね。“あいつ”なら」と言って、両手を合わせた。

 

「?」なにその仕草、と言いかけて、ウチは口をつぐむ。

 “あいつ”。雪山に消えた、狩り友だ。

 

 ウチらは、三人パーティだった。

 最前衛でモンスターの注意を引くランス使いのウチ。遠距離から適格に弱点を狙うヘビィボウガン使いのウラ。

 抜刀状態の機動力が低く、納刀も遅いウチらを戦況に合わせてフォローする、片手剣使いの“あいつ”。

 

 あいつは手先が器用で、剥ぎ取りや調合、料理がウチらのなかで一番上手かった。その辺の、同じくらいの力量のハンターの中でもそこそこ上手い方だったと思う。

 でも、ここまでならどこにでもいるハンターだ。

 あいつは、食事と剥ぎ取りの前に必ず()()という仕草をしていた。

 それは、ハンターとしてはとても珍しい行為だったように記憶している。少なくとも、ウチは今まであいつ以外に、食事と剥ぎ取りの前に祈るハンターを見たことがない。

 それが具体的に何なのか、無神論者のウチとウラは色々あいつに訊ねたし、あいつはあいつで何度も真剣に言葉を選んで話してくれた。けれど、ウチらは結局最後まで理解できなかった。

 

「それともこうだったっけ?」ウラは合わせていた両手の指を、真横から見たら×になるように組む。

「いや、そんな気持ちの悪い感じじゃなかったんやない?」と言うウチも、あいつが祈るときどんな感じだったのか細かいところを全然覚えていない。

 しばらく二人で両手の手の甲を合わせてみたり腕を組んでみたりして、いやさすがに腕組むのはいくらなんでもちゃうやろ、と意見が収束し、ウチらはジョッキのもう半分を空けた。ジョッキが乾かぬうちに、カウンターの向こうから二杯目が出てくる。

 

「あたしが居酒屋はじめた理由、話してなかったよね」

 

 ぽつんと、ウラは二杯目のジョッキの縁を見つめながら、こぼす。「あいつを待つためなんだよ」

 その声は、何人もの商人を口先でやりこめてきたウチがようやく気付くほどわずかに、震えていた。その手に持つジョッキの狩人ビールが、微妙に波うっているのも構わずウラは続ける。

 

「あいつ、異常に酒好きだっただろ。あたしが居酒屋はじめたって聞いたら、雪山から飛んで来るかなと思ってさ」

 

 そんなアホな、とウチは軽く回った酔いに任せて笑い飛ばす。瞬時に、ウチもまた待たれていたのだと気づき、ごめんと謝る。「待ってた、ってウチのこともやろ」

「思い上がんな。あんたはサブターゲットだよ」ウラはそう言ってけらけら笑った。少なくとも笑顔で、ウチはほっとする。

「って、サブターゲットって失礼やな」と突っ込むと、ウラはまたきゃっきゃっとひとしきり笑ってから、口を開く。

 

「あんたこそ、ギルドナイト就任の目的はあいつなんだろ」

「……うん」忘れかけていた経緯を、ウチは思い出す。「あのときと変わってへんで」

 

 あいつが唐突に失踪してから、ウチとウラはなんとしてでも見つけ出そうと躍起になった。

 世界じゅうの狩場を必死に探し回り、各地のハンターズギルドに捜索願を提出した。

 結局、あいつの足取りは雪山で途絶えていた。あいつの出身がその辺りだと自称していたことだけが、突然の理不尽に対するやるせなさの、勝手な慰めになった。

 

 ――あいつは故郷に帰ったんや。

 故郷という、生まれたんだか育ったんだか何の具体性も伴っていない無責任な言葉が、ウチらにとって応急処置的な説明感を与えていた。ウチらはそうやって無理やり理解していた。

 

 でも、理解はできても納得はできひん。それとこれは別もんや。

 ウチとウラは、二人で狩りを続ける意味を見出せなかった。ウチらは三人でのハンターライフが好きだったからだ。ウチらはそこでパーティを事実上、解散した。ウチらは個人(ソロ)になった。

 ウラは「この年になると、もうここから先は体が衰えていくだけだから」と言って、まだ皺ひとつない澄まし顔でハンターを辞めた。

 ウチは、ある狩猟で看病してくれたハンターズギルドの女に惚れて結婚した。家庭ができた。子供がふたり産まれた。父になった。

 

「あいつを探すのに、あのときの――G級ハンターのあたしたちがやれることは全部やった。あの状態からあいつの捜索を続けるには、もっと違った立場にならなきゃならなかったんだ。

 ――それであんたは、ギルドナイトに活路を見出した」

「なんとか有言実行になってよかったわ。新大陸に流されてみた甲斐もあったなぁ」

「その話はまた今度聞かせて」

「ハンターっちゅーより商人として行ったわけだし、一年で帰ってもうたから大したことしてへんのやけど……」

「でも、その経歴があんたをギルドナイトにした。無意味だったかもしれないけど、無価値じゃない。あんたの商人としての経験が、ギルドナイト就任の決め手になったんだろ?」

 

 ウラの碧眼がこちらを見据える。飛竜に見つめられたときのような感覚が、ウチの背筋を走る。

 そうだ。この女は昔から、まるで聡い飛竜みたいなのだ。

 一つ、地上を見下ろすように、何でもお見通し。

 二つ、風を読める。物理的な風だけではない。ウチら人間が『経済』と呼ぶ、モノと金の流れだ。

 

 アンタの目から見える景色は、ギルドナイトっちゅー立場になったウチの目でも見えるだろうか。

 そして、アンタとウチの目をもってすれば、あいつの足取りを追えるだろうか。

 

「なんてね、どう? 居酒屋の女将っぽかった?」

 彼女の笑う声に、ウチは我に返った。「あー、めっちゃええわ。少なくとも、ギルドの酒場のカワイイ姉ちゃんはそんなこと言わへん」と冗談まじりの低い声で返す。

「本当なら失礼な、と怒るとこだけど、もうそんな歳でもなくなっちまったね、お互い」と彼女は嬉しそうに狩人ビールをあおる。

 

 空になった二つのジョッキはすぐに下げられ、背の低い、氷結晶の入ったグラスが出された。

 

「ところでさ、あいつが戻ったらこれを三人でやろうと思って」

 ウラは黒い酒瓶を、大切そうに取り出した。グラスに注ぐと、強烈な醸造系のアルコールの匂いが立ち込める。その色は新大陸で素材だけ見た、爛輝龍の鱗にも似た黄金だ。その特徴を持つ酒を、ウチは知っていた。

 

「黄金芋酒か」思わず唇を舐める。この酒はG級ハンターであっても気軽に手が出せないくらい高級品だ。けれど、現役時代のウチらはこの味を知ってから、なにかと節目に取り寄せていた。

 

「あいつと三人でやるまえに、こっそり味見しとこうよ。もとはと言えば勝手にいなくなったあいつが悪いんだからさ」

 

 ウラがグラスを掲げる。彼女の笑顔が、黄金のグラスの向こうで楽しそうに歪んでいた。

 窓から月光が差し込んでいる。温暖期の陸風が窓のカーテンを、ウチらの髪を揺らす。

 

「あたしはこの地価がクソ安い店で、旅人とか商隊といった流れ者から。あんたは、ギルドナイトしか見られないような情報の中から、あいつの情報を集める。

 もちろん、あたしから提供できる情報はなんだって寄越してやるけど……気をつけなよ? 私的な用事でギルドナイトやってるってギルドの上層部にバレたら、あんたはすぐに処罰される身だ。もちろん、それを知って見ぬふりをしてるあたしも」

 

 ウチは誠意を込めて頷く。

 ウチらのやろうとしていることは、同僚に消されるリスクを常に背負う。それに、この街に毎日なだれ込む情報のなかから“あいつ”の足取りを掴むことは、一体どれほど気の遠くなるような作業になるだろうか。

 それでも、ウチらはやる。パーティを解散したあの時にウチらは覚悟を決めた。

 正直、見つからなくてもいい。結果は二の次だ。

 見つけるために何かをし続けることが、ウチらを納得させる唯一の手段だった。

 

「それでは、遅ればせながらアンタのギルドナイト就任と、あたしの開店を祝って」

 

 乾杯。我々はもう後戻りできない。

 共犯者は微笑み合った。

 

 

###

 

 

「ところでウチ、ギルドナイトに就任してすぐ、あんたの宛名だけで近況報告の手紙を出しとったんやけど。よく届いたなぁ、思て」

「あぁ、郵便屋アイルーがほとほと困ってたらしいんだけど、ハルチカが持って来てくれたよ」

「……ハルチカ?」

 ウチはその名前に引っかかる。「ウチと、あんたの、商売の師匠の、孫?」ウチがカウンターの上に指で相関図を描くと、ウラは「あぁ。師匠の家族関係は閣螳螂の墟城状態みたいにむちゃくちゃになってるけど、確か何人もいる孫のうちの一人だ」と頷いた。そのままウチにとって衝撃の近況を続ける。

 

「あいつ、誰に言われたわけでもなく勝手に《よろず屋》とか名乗って近所の困りごとを解決して、小遣いを稼いでるのさ」

「マ、マジか……」ウチはグラスに口をつけたまま、絶句して言葉が出なかった。

 ウチとウラに商売を教えた師匠は、とある大きな商会の筆頭だった。彼の引退後は、その複雑な経営システムを誰も維持できずに崩壊し、正式な後継ぎはできなかったと聞いている。

 

 祖父の商売は滅んで、孫は勝手に商売をはじめる。ウチらの現役時代にはこの世に存在していなかった生命が、今は自我を持って小遣い稼ぎをしている。

「酒なしじゃまともに受け止められんわ」ウチは思わずぽりぽりと鼻を掻いた。世の中ってほんま理不尽なことだらけや、という月並みな感想しか出てこない。

「案外、あの子も『身一つで最も稼げる仕事はハンターだ』ってことに気づいて、そのうちハンターになっちゃったりして」

 ウラはそう言って、自分自身と、ウチを指でさして笑う。

 

 

 そんな冗談が冗談でなくなるのは、このときはまったく予想がついてへんかった。

 この《七竈堂》に料理人がやって来たり、ハルチカという坊主がついにハンター兼商人のための商会を立ち上げたり、そのために物事がゆるやかに前進し始めるのは、もっと後のことや。

 

 

 




ドンドルマの街の構造はラノベ版「穿天無双の巨戟龍」を参考に、少し独自解釈が含まれています。
ところで、モンハン世界の「どこにでもある」ブランドビールって何でしょうかね。
タンジアビールとか達人ビールのイメージがあったのですが、これらは流行り廃りがあったり、限定品だったりと、思ったより普遍的な存在ではないみたいですね。意外。
本来ワールド・アイスボーンの食材なのですが、今回は狩人ビールにしました。

この章はこの話でおしまいです。書きたいものが書けて大変有意義でした。
次は闘技場編を書き直して、お話を進められればと思います。
読了ありがとうございました。次話もよろしくお願いします。
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