黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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贈答用に書き下ろしたものです。
活動報告に載せていたのを、ほんの少しだけ加筆修正しています。

クロスオーバー元作品様【http://confeito.amaretto.jp/mh-ssmenu.html】(外部サイトにジャンプします)

掲載許可感謝です。




幕間チェイサー⑤
63杯目 飛竜よ求めよ思弁せよ ひとくち


 若い頃のあたしは、ヘビィボウガン一丁でなんでも解決できると思ってた。

 あたしの銃口を前にした竜や獣たちが傷つこうと、泣きわめこうと、それもまた自然の掟。

 あたしたちは皆、弱肉強食のルールのもとで戦っているのだから。

 

 でも、今のあたしは、そのルールから逸脱して過ごしている。

 かつてはスコープを覗くのが好きだったのが、今は磨いたグラスの透明加減を眺めるのが趣味になっていて。

 狩猟のあとの高揚を、狩った竜や獣の皮を舐めして心を落ち着けていたのが、今は高揚することといえば昔話と賭博くらいで、それも店の売上のゼニーを数えることですっかり満足している。

 鍛え上げていた肉体は見る影もなく、贅肉まみれだ。

 

 あの頃のあたしが今のあたしを見たら、なんて思うだろう?

 このデブ! クソババア! 卑屈で卑猥な独身醜女! 社会の寄生虫! なんで儲かんねぇのに飲み屋の主人なんかやってんだよ!!

 

 それに対して、あたしはこう答えるだろう――

 

###

 

 湿った潮風が止む。やがて、爽やかな陸風が吹いてくる。

 ヒンメルン山脈の稜線が闇に溶けるころに、ふらりと今晩の客はやってきた。

 

 ベルナ村製の真鍮のベルが鳴る。待ちぼうけで、グラスを磨いていたあたしは手を止め、「はぁい」と間延びした返事をした。

 

「いらっしゃい。ご予約の奴だね? 名前は、リュデル様」

 

 夜風を身体にまとわせながら入ってきたのは二人。

 一人はすらりとした体躯の、赤髪の男。きっちりと着こなしているのは、紅のギルドナイト一式装備だ。目頭や眉間に、剣呑とした影が落ちている。

 もう一人は、先ほどの男より一回り控えめな背丈の青年。黒髪を一つに束ねている。純朴そうな顔つきだが、目にはどこかどんよりとした色が浮かんでいた。

 二人とも、仕事帰りの雰囲気がただよっていた。それに、少し前に口喧嘩でもしたのか、気まずそうなところもある。

 

 初来店にもかかわらず、赤髪の男は躊躇いもなく、壁際のカウンター席にするりと滑り込むと口を開いた。

 

「ああ、俺はユカ=リュデル。予約していた者だ。こちらが……」

 彼はやや顎を引いてから、扉のあたりでまごついている青年を手で示した。

「カシワという。……ほら、かつてG級ハンターだった御仁の前だ。挨拶くらいしろ」

「こ、こんばんは……あんたが主人か」

 

 首を引っ込めながら答える青年は、いかにもお上りさんといった様子だ。けれど、きょろきょろと店内を見渡す表情は若々しく、伸びしろ十分なのが窺える。

 

「歓迎するよ、カシワ。噂はかねがね。どうぞ今後ともご贔屓に」

 

 この青年は、先日、古代林でとある古龍を撃退したのだという。あたしの友人のギルドナイトから聞いた話だ。

 そいつは、目を輝かせながらこう言っていた。

 

 ――こりゃあ、将来は大物になるで。

 すごいのは、なんも腕前だけやない。ハンターランクがまだ下位であるにもかかわらず、古龍に巡り合えるっちゅう、運や。

 きっと彼は、とんでもない幸運の持ち主なんや。

 ハンターを続ける上で最も大事なこと。あんたは、その身で実感してるやろ?

 

 はいはい。実力とカネ、それと幸運、でしょ。

 あたしは頭の中に浮かんでいる、友人の小うるさいニヤケ顔を頭から追いやる。

 それで、カシワ青年にギルドナイトの男、ユカの隣の席を勧めてやると、彼はさらに肩をこわばらせてぎこちなく座った。

 

 そんなビクビクすんなよ。別に、これからとって食うわけじゃないんだからさ。あんたたちを仲直りさせたいだけだよ。

 

###

 

 ブレスワインをグラスの下から三分の一だけ注ぐ。とぽ、とぽ、と小気味いい音が店の中に響いた。

 

「本日はご来店どうもありがとう。あたしゃギルドナイトは大嫌いなんだが、なにせ馴染みの奴から『美味い飯と酒で仲を取り持ってくれへん?』って言いつけられててねぇ……あいつには、そろそろ貸しを作っときたかった頃だったしさ」

 

 あたしは皮肉を交えた歓迎を示すと、ユカはニタリと笑う。まるで、雄火竜リオレウスが上空から地上に狙いを定めた時みたいな顔つきだ。

 

「それくらい嫌味ったらしい方が信頼できる。噂に聞いて、どんな悪党のアジトなんだかと思っていたが……まぁまぁ居心地がいい」

「理由は、あんたも悪党だからに違いない」

 

 その間、カシワはあたしとユカの間で視線を行ったり来たりさせている。まるで二人で投げ合っている球を、目で追っているようだ。

 あたしは思わず笑ってしまった。「でも、どうやら善人には居心地が悪いみたいだ」

 

 グラスのブレスワインへソーダを静かに注ぎ、センリョウミカンの皮を数滴分しぼれば完成。食前酒だ。食欲をかき立てるよう、すっきりとした苦味のある発泡ものを選んだ。

 このグラスを二つ、客の前に置く音が合図。厨房から一匹の獣人がよちよち出てきて、カウンターに恭しく小皿を置いた。

 突き出しの、古代真鯛カルパッチョだ。鮮やかな白とピンクの切り身をシナトマトのスライスで挟み、削ったロイヤルチーズをかけている。

 店の中に料理の匂いが立ち込めて、たちまち口が軽くなるような気分になる。

 

「うぉ、こんなアジトにアイルーが?」カシワはさっそく小皿に気を取られ、さらにふわふわの獣人を見て緊張がほぐれたようだ。

「“マム”を名乗る獣人の紹介で雇ったんだ」あたしは、やはり獣人を用意しておいてよかった、と確信する。こいつらの可愛らしい見た目で、気持ちが和まないハンターはいない。

 

「この子は人語を練習中だから、あたしたちの会話の細かいこたぁわからないさ……この店に来るってことは、あんたたち、脛に傷のひとつやふたつは持ってるだろうからね」

 カシワが唾を飲む気配がする。「人払いは済ませてある、ってことか」

 

「心配すんな。ここは飛ぶのに疲れた飛竜のための場所なんだ」あたしはもう一つブレスワインを手早く注いで、自分のための一杯を作る。

「飛ぶのを辞めたり、翼が折れたやつでも歓迎してる。夜と酒は口を軽くするし、聞き手は友達のいないババアだし」

 乾杯の意を表して、グラスを軽く掲げてみせた「また飛んでもいいかな、って思ってくれたら十分」

 

 カシワはしばらく間抜け面をしていたが、やがて頬がふっと緩む。よし。これから伸びる子は、そういう風に元気でなくちゃ、ね。

 隣を見ると、ユカはニヤニヤと唇の端を吊り上げてこちらを見ている。 あんたみたいなひねくれ者だって、夜と酒の力を借りれば、多少は叩きのめして素直にさせてやることができるだろう。

 

 屁理屈ではあるが、客を引き込むのは、どこか狩猟と似ている。あたしの望むままのポジションに(ヘイト)を向けさせて、気持ち良い射程に引き込むのだ。

 

 乾杯。

 あたしにとっては飲み屋の主人として、腕の見せ所だ。

 

 

 

「今日の料理はコースにするよう頼んでるんだ。改めて食いたいもんがあっても出してやれないから、了承しておくれ。……まぁ、作ったのはあたしの見込んだヤツだから、あんたたちは絶対に満足するだろうけどね」

「その通り。この店の料理人は、とてもいい腕を持っている」食前酒を一口飲んだユカは、うっそりと言った。

 

「あいつは、大量発生して市場がダブついていたフルフルベビーを揚げ物にして、これが大ヒット。消費の拡大へ持ち込んだ。あれ以来、フルフルベビーが大量発生しないことが誠に残念でならない」

「フルフルベビーを揚げたのって、俺も前に食べたような……あ、フルベビフライのことか?」おずおずとカルパッチョをフォークでつつくカシワ。

 

「ってことは、ここの料理人ってもしかして……」

 

 あたしが料理人の名と、そいつが携わっている萬屋の名前を告げると、カシワは顔をパッと明るくした。

 

「そうなのか! こんなところであいつらのことを聞けるなんて」カシワは古代真鯛の身を美味そうに噛みしめる。「今日は居ないのか。残念だなぁ」

「あたしとしちゃあ、なんで龍歴院から来たあんたたちとあいつらが繋がってんのか、不思議でならないよ」

「これもまた運、と言いたいところだが」

 

 ユカもシナトマトをつまみ、口の中に放り込む。「単にあいつらが地道に顔を売っている成果だろう。痒いところに手が届き、微に入り細を穿つ、職人気質な萬屋。ギルドとしては使える、と思わずにはいられない」

 

 そして、ユカは古代真鯛をつつきながら、ゆっくりとあたしに語りかけてきた。

 

「それで、主人よ。俺たちは今、ちょっとした事情で少々仲がぎこちなくなってしまっていてな。なにか昔話の一つや二つ、してくれないか」

「いいとも。あたしのオリジナルゲームをしよう」

 

 あたしは冷やしておいたジョッキを取り出した。次は定番の達人ビールだ。

 運ばれてきた料理は、黄金魚のお造り。皿には黄金の鱗の頭が仰々しく置かれているが、この魚は見た目が金色でも、中身は他の魚と何も変わらないところが、あたしは好きだ。

 そしてオニマツタケとジャンゴーネギ、キングターキーの蒸し物。こいつはビールによく合う。串に刺さっているのが食べすくて、いい。

 どちらもそのまま食えば素材の味を楽しめて、薬味やタレを絡めれば酒にぴったりの刺激的な味になる。

 

「あたしは、今からあんたたちに問題を出す。答えは複数あるし、答えられなくても大丈夫さ。あんたたちの答えに応じて、あたしが酒なりソフトドリンクなりを作ってやるよ。……どうかね?」

 

 あたしは両手を小さく上げてみせる。「面白い」ユカは挑むような目つきで笑った。

「大丈夫か? あとで、変に高いカネを要求して来るとか?」これは不安そうなカシワの言葉だ。

 

「代金は気にすんな。最初に提示したやつ、そのままだよ。飲み放題だ」

「それに、俺の得意な業務のひとつが書類仕事だ」

 

 ユカは仮面のように無機質で、穏やかな笑顔を見せる。「ギルドから必ず経費で落としてみせるさ」

 あんたってやつは、やっぱりこの店にぴったりの悪党だね。あたしはそう思わずにはいられない。

 

「それじゃ、まずはランポスの問題だ」

 

 あたしは二杯の達人ビールを出す。モンスターの名前を聞いた途端に変わる、客二人の目の色。

 彼らが生粋のハンターであることを感じながら、あたしは言葉を紡いだ。

 

「あるところに、ランポスの群れがあった。だが、この群れにトラブルが起こる。こいつを一頭ずつ狩っていこう。残り三頭、二頭、一頭……やがて、全てのランポスを狩り終える。

 じゃあ、『群れ』は、いったい何頭がいなくなった時から『群れ』じゃなくなる?」

 

 店が少し、しんと静まりかえる。うーん、とカシワが唸ってから、右上の天井あたりを眺めた。黄金魚の刺身を食うための箸が、空中をさまよっている。

「えーと……群れっていうと、討伐クエストに出るのは五頭くらいだから……五頭、とか。あ、でも」

 

 カシワは自分で自分の答えの欠陥に気づいた顔をした。「十頭とか十五頭を討伐しろってクエストもあるよな」

「具体的な頭数を『群れ』の定義にするのは、確かに難しい。でも、わかりやすい考え方だ。誰でも理解できる」

 

 あたしは達人ビールのジョッキで、水を向ける。「あんたはどうだ? ユカ」

 彼はフォークで刺したキングターキーを見つめながら、口を開いた。

 

「個体が視認できるようになれば、群れではない……というのはどうだろうか」

「なるほどね。視覚的なところを強調した、ってことか」

「?」カシワは首を捻っている。「どういうことだ?」

 

「ランポスってのは、青と黒の縞模様をしてるだろ?」あたしはブックラックから、使い古したモンスター図鑑を取り出した。ユカに向かって軽く放り投げる。

 彼は片手で受け取ると、繊維がすっかり柔らかくなった紙を繰り、ランポスについてのページをカシワに見せた。

 

「この縞模様は、個体の数を錯覚させるためにできたと考えられている」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ユカは色褪せた図説を指さした。なじみ深い青と黒の体色。牙の生えた黄色の嘴。同じ色の目玉。両足で走ることに特化した、細長い体躯。

 

「ランポスが群れていると、何頭の個体がいるのか視認するのは難しい。森丘のエリア9のように、鬱蒼と気が生い茂っている場所なら尚更だ」

「た、確かに……?」

「それで」あたしは言葉を引き継いだ。「群れが小さくなって、一頭一頭見分けられるようになったとき。『群れ』は定義を失う」

「か、完璧じゃないか!」カシワは素直に賞賛を示した。

 

 当たり前だ、とばかりにユカは鼻息を洩らす。その形のよい唇の端が緩んでいるのが、彼もまだまだ子供っぽいところがあるということが、わかる。

 でも、まだ甘いな。

 

「じゃあ、そのランポスの群れが、真っ暗な洞窟の中を縄張りにしているとしたらどうだろう?」

 

 うぐ、とユカは笑顔のまま固まる。

 

「なるほど。リオレウスがはるか上空から、その群れを見下ろしているとするなら? 盲目のフルフルが見るとするなら? ……考えてみればいろいろ都合が悪い条件も、あるよな」

 

 少し前から薄々気づいていたけど、このカシワって青年は自分より目上の人を立てるってことを知らないのか?

 ま、どちらかといえばあたしもそっち側だけど。

 あたしは彼を興味深く感じながら、達人ビールのジョッキを傾ける。

 

「ちなみに、若い頃のあたしはこう考えた。ランポスたちが『群れ』だと思わなくなるまでは『群れ』だ、ってね」

「……俺たちはランポスではないのだから、彼らの気持ちなど分かるはずがない。その考えは、驕りだ」

 

 ユカは低い声を出す。彼は過去に何か、モンスターとの付き合い方で悩んだことがあるような言い方だった。

 会話のわからぬ雇いの獣人が、二人の空になった食前酒のグラスを下げていく。あたしは新たなドリンクを作るべく、新しいグラスを棚から出す。

 

「その通り。この問題は若い頃、あたしのパーティで酒を飲むときによく話題になってたんだけど。あたしがこう答えたとき、そりゃボコボコに批判されたさ」

 

 その時、狩友の一人はこうも言った。「そんなの、なんでもええやんか。――ところでその狩猟、儲けはどないなったん?」

「けどさ」嚥下を終えたカシワは、ぽつりと呟く。まるで静かな湖面に、小石を投げるみたいだった。

 

「そのランポスたち、なんか悲しいよな。別に全滅までさせなくたって、『群れ』じゃなくなった時点で、そいつらにはもう力はないはずだ。この問題は、悲しい話だ」

「って、これも驕りかもしれないけど」と、照れくさそうに髪の結び目を撫でるカシワ。ユカは毒気を抜かれたような顔をしている。

 この二人はこれまで、こうやって互いに影響を及ぼしあってきたに違いない。

 

「それで今のあたしはこう思ってるよ」あたしはこの若々しく、こそばゆい空気に居心地が悪くなって、なんだか意地悪な気持ちになってしまった。

 

「この問題はナンセンスだ。『群れ』ってのは、物理的な量、って意味だけど、本当はは定義がものすごく曖昧な言葉なんだ。『群れ』って言葉が、悪い」

「そんなのありかよ」カシワは口を歪めた。あたしは反撃する。

「言葉をよく考えな。まさか、ギルドの出すクエストの文章だとかを、ホイホイ信じてるんじゃないだろうね」

「信じるに決まってるだろ。だってギルドはその辺、きちんとしてるはずだぞ」

「本当にそうかねぇ? クエストを発行する人ってのは、あんたの隣に座ってるような悪党もいるみたいだけど」

 あたしが意地悪く言ってやると、ユカは「なんのことだか」と言わんばかりに肩をすくめた。

 

 さて、ドリンクの出来上がりだ。

 きっぱりと頭数を挙げる答えには、ソーダベースに銀シャリ草の酢を。隠し味には竜酒を垂らしている。次の一口に向け、きりっと口の中を引き締めてくれる味だ。

 『群れ』の見た目に言及するなら、アオキノコの色素だけ抽出した青いシロップと、真っ黒になるまで熟成させたレウスウイスキーを交互に注いだオリジナルカクテル。シロップとウイスキーの比重を細かく調整することで、何層にも見えるのがランポスの体色と一緒だ。

 正直見た目のインパクトだけで作ってみた一杯だが、二人の客人は興味深そうに覗き込んでくれた。

 

 二つグラスを出した時、新たに料理が運ばれてくる。焼けた脂の匂いがたまらない、メイン料理だ。

 リュウノテール、リュウノハラミ、ドラゴンフィレの石焼。美味しいところを少しずつ、たくさんの竜の種類の肉が食べられるのは、狩場に出ていたら絶対にできないことだ。

 二人が感嘆している間に、あたしは話を続けた。

 

「それじゃ、もう一つ問題を出そうか。『英雄の鎧』についてのおとぎ話だ」

 

 

 

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