黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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64杯目 飛竜よ求めよ思弁せよ ふたくち

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「それじゃ、もう一つ問題を出そうか。『英雄の鎧』についてのおとぎ話だ」

 

 あたしはレウスウイスキーのロックを作り、ちびちびと舐めながら(そらん)じる。

 

「あるところに、歴戦のハンターがいた。そいつは長い年月、激しい狩猟を繰り返している。その間に傷ついた防具を何度も修理し、時には新しい部品に作り替えていった。その防具はまさに、『英雄の鎧』と呼ばれていたのさ。

 けど、こういう考えの人もいた。防具のすべての部品が変わってしまったら、それは本当に『英雄の鎧』と言えるのか? ってね。

 あんたたちはどう思う? 部品がすべて作り替えられた『英雄の鎧』は、『英雄の鎧』か?」

 

「それは」カシワはリュウノテールを噛みながら言う。

「『英雄の鎧』だと思う。防具の部品が変わっても、英雄がその防具を使い続けるんなら『英雄の鎧』なんじゃないか」

「いいね。持ち主を重んじるのは、いかにもハンターらしい考え方だ。どうだい? ユカ」

「俺はカシワの考え方に賛成できないな」

 

 ユカはランポス色のカクテルを一層一層味わいながら、口を開いた。

 

「取り替えられた部品は、昔の防具とはまったく無関係なんだろう? それじゃあ『新しい鎧』だ。英雄が所有しているというだけで、その防具の本質は別物だろう?」

「そんな、寂しすぎる」カシワの声に熱が籠った。

「関係ない部品だろうと、中身は同じじゃないのか。その、防具に宿る魂っていうか……意思っていうか……うまく言えないけど、でも、大事なのは形なんかじゃないだろ?」

「形なんかじゃない、か。では『英雄の鎧』が手放されたらどうなる? その防具を、他人が身につけたら?」

 

 あたしはすっかり青と黒色の層の壊れたランポスカクテルを眺めながら、水を差す。

 

「そう言うユカも、形を重んじるとするなら、初めて修理した時から『英雄の鎧』は別物だったのか? ってあたしは思うけどね」

「そ、それは……」

 

 ユカは眉間に皺を寄せて、渋々の様子でリュウノハラミを噛んだ。予想以上に美味かったようで、眉間の皺はすぐに消える。

 

「この問題も昔、よく飲みの席の話題になっててさ。若い頃のあたしはこう思ってたよ。部品が変わったって、戦いの痕跡がある限り『英雄の鎧』である、ってね」

 

 ユカが窺うように訊く。「傷ついた部品を新しい部品に取り変えるのに?」

「見た目じゃない。取り替えた、って行為が大事なんだ」

 

 あたしは新たな酒を作り出す。

 心を重んじる答えには、熱い一杯を。少量のハチミツ酒を、カウンターの裏で、燃炭石でじっくりと温めていた硬茶【矢倉】で割った。ハチミツ酒を甘くないギリギリの量加減にすることで、料理にも合い、後味に存在感を感じるようにしている。

 形を重んじる答えには、キノコ大吟醸を炭酸で割り、ハチミツをほんの少し垂らして、摺鉢で細かく挽いたオニキスペッパーを一振りしたもの。そっと混ぜた時、オニキスペッパーの粉がグラスの中で舞うのを見てほしい。動き続ける粉は一瞬たりとも同じ姿にならないのだ。

 

「でもかつてのあたしは、部品を取り替える行為が要するになんなのか、うまく言葉にできなかったんだ。口ごもるあたしに対して、友人はこう言った」

 

 ――『英雄の鎧』っちゅうのは、価値のことやとウチは思う。

 部品を取り替える行為でなんぼ儲かる? そもそも、その防具はボロでも、英雄の、と謳っとけばそこそこ売れるんとちゃうん?

 その値段こそが、英雄の、の部分や。

 

「ただしこれは、買い手が誰かによって『英雄の鎧』の価値や値段は変わっちまう。結局のところ、これも不完全な回答だったわけだ」

 

「難しすぎる」カシワはお手上げだ、というふうに肩をすくめて、ハチミツ酒の硬茶【矢倉】割を一気に飲み干した。「もう一杯!」

 

 はいよ、とグラスを受け取りながら、あたしは胸の内で、若い頃のあたしが力のままに振る舞っている様子を思い出す。

 その姿が目の前の若者に重なり、苦い気持ちでいっぱいになる。

 

「今のあたしはこう思ってるよ。『英雄の鎧』とは物語を指す、ってね」

「物語?」カシワは首を傾げた。

「その防具が、英雄を守り抜いてきた日々。所有というステータスや、意志、できた傷、価値は、副次的なものでしかないのさ」

 

 喋りながらユカの方に目線だけ向けると、彼はカウンターに両肘をつき、指を組んでいた。「なるほど」と、彼は呟く。誰に喋っているのか、一目でわからなかった。

 自分自身に対して、かもしれない。彼は誰に言い聞かせるのでもなく、言葉を洩らす。

 

「誰が持っているのか、どんな形をしてるのか。いくらで売れるのか。それらは全部、『英雄の鎧』の本質とまったく違うということではないが、完全な本質ということでもない。大切なのは、その防具がどんな物語を紡いできたか、か……」

 

 あたしは、彼の呟きを聞きながら一番のお気に入りの銀嶺ハイボールを作り出す。なんだか、自分の中に住む過去のあたしを、(そそ)ぎたい気持ちだった。

 この二人の客は、なんだか、あたしに気持ちを切り替えたいと思わせるような不思議な力がある。まるで寒冷期の終わりを告げる南風だ。

 あたしは二人を交互に見やった。

 

「いいかい? あたしたちは成長して、経験を積んで、生きていく。若さを失って、年をとっていくのさ。姿や物事の考え方が変わっても、以前と同じ自分だと言えるのか? 答えはイエスであり、ノー、だ」

 

 獣人が恭しく皿を下げてゆく。最後の水菓子として、カットした炎熟マンゴーを運んでくれた。

 

「人生にどこか、具体的な歳の境界を設けてもいい。魂や意思を尊重しても、肉体の変化を尊重しても構わないし、そもそも問題自体を批判してもいい。答えを出す前に、目の前の困難を解決する方が先だろうが、ってね」

 

 あたしは獣人に、労いの意を込めてマタタビ酒を作ってやる。嬉しそうに、厨房へ引っ込んでゆく。

 この目の前のことに一生懸命な獣人に、どうか幸運が訪れますように、と思う。

 

「でも、生きていくことに完璧な答えは出なくても。何もかも嫌になっちまいそうなときなんかに、ふと、こんなばかばかしい問題について考えることくらいはいいじゃないか。そうだろ?」

 

「さぁ、この話題の締めをどうぞ」ユカは分かりきった顔で炎熟マンゴーを齧った。

「物語さ」あたしは銀嶺ハイボールのグラスを持ち上げる。かつての狩友が好きだった、酒。

 

「誰かの存在を定義するのは、『そいつについて語ること』だ。考え込めばキリがないが、別に難しく考える必要もない。これだけでいいんだ」

 

「なんてありがたい講釈だ」ユカは目を細めると、ニヤリと唇の端を釣り上げた。「こういう与太話は仕事の合間の夜に、酒を片手に喋るのにぴったりだな……って」

 

 ユカが隣を見ると、カシワはカウンターに突っ伏していた。すやすやと安らかな寝息をたてている。

 

「ありゃ。老人の話は退屈すぎたかな?」あたしは思わず吹き出してしまった。

「は〜……」ユカは額に手をやる。「疲れているんだ。アルコールが効きすぎてしまったんだろう」

 

 あたしは、この多忙なギルドナイトにもどうか幸あれ、と願わずにはいられない。彼に、店の中央に据え付けたソファを指した。

 

「カシワはそこに寝かせておくといい。潰れた客用に置いてんだ。この店は朝の潮風が吹くまでやってるから、あんたも休んでいきな」

「お気遣いどうも。だが生憎、この食費を経費で落とすために書類仕事が」ユカは皮肉っぽく肩をすくめる。

 

「でも、可能ならば作業のオトモとして、お前の現役時代の話を聞ければ僥倖だ。同じガンナーとして学べることも多いだろうしな」

「勉強熱心だね。それじゃ、ロングカクテルでも飲みながらにするかい」

 

 あたしはカウンターの裏に戻る。次のいっぱいを作るため、冷やしておいたグラスを手に取る。

 夜と酒の力を借りて、あたしは記憶をゆっくりと昔に巻き戻していった。

 

「若い頃のあたしは、ヘビィボウガン一丁でなんでも解決できると思ってた……」

 

 

 

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 ハンターズギルドは常に優秀なハンターを求めている。

 

 クエスト中にハンターの肉体が傷つけば、『一乙』という形で獣人が回収するシステムがある。

 とっさの治療費だって、クエストの前金を払っておけば問題なし。

 要するに、ハンターの肉体を守るための保険制度だ。

 

 じゃあ、精神が傷つけば? こうして心の傷を癒せる場所に誰かがハンターを引っ張っていき、治療という建前で酒を飲んでいくのだろう。

 とっさの治療費は……どこから出ているのかわからない。きっとあの、ユカのようなギルドナイトが東奔西走することで有耶無耶になる。

 の、かもしれない。

 

 

 

 自室にジォ・クルーク海からの潮風が吹き始める、朝。

 あたしにとってはベッドに潜る時間だ。いつも夜のバルで暮らしていると、べたつく風と眩しい朝日、世の中の活気というのは、なかなか堪える。

 いや、夜のバルで暮らしているから、日中が辛いのか? 日中が辛いから、夜のバルで暮らし始めたんだっけ? 

 どちらが先だったかを忘れていることに、あたしは苦笑する。

 昔の飲みの席でよく話していたことを思い出した。飛竜が先か? 卵が先か?

 

 上等な布で作ったカーテンの影に、あたしの防具は佇んでいる。寝る前に、これを寝酒片手に磨くのが現役時代から変わらぬ習慣だった。

 カーテンを押しのける。朝の光を浴びる、ランポス一式装備。

 といってもランポス素材を使っているのは原型だけで、長年かけて希少な鉱石や、色々なモンスターの素材をつぎはぎして補強している。

 

 だから、かつてのランポス一式装備。見た目でも性能でも、どちらかというと今はG級に格付けされるギザミX一式装備の方が近い。

 

 胸当てに出来ている傷を、乾布でなぞる。たくさんの狩猟と商売を乗り越えてきたことを思い出す。

 楽しかったものも、苦しかったものも、綺麗なものや、汚いものだって。

 そんな経験はあたしを英雄にも悪党にも変えて、今ここに、鄙びた酒場の主人をやるあたしが、いる。

 

 

 

 ――あたしがなぜ、儲け度外視で飲み屋の主人なんかをやっているのか。

 

 客と語り明かし、これまでとは部分的に違うあたしができていくことで、ピュアな気持ちになれるからさ。

 ランポスが群れから一頭いなくなるように。防具の部品が一つ取り替えられるように。

 

 あたしは今晩の寝酒を探すために、ベッドの横に並ぶ酒瓶の山へ手を伸ばした。

 

 

 

 





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