黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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贈答用に書き下ろしたものです。

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掲載許可感謝です。



65杯目 夜風と祈りとレウスウィスキー ひとくち

 商事《南天屋》の取締役であるハルチカは、誰かを雇うときの信条が三つある。

 

 一つ、年齢を詳しく訊かない。

 一つ、宗教を詳しく尋ねない。

 一つ、過去を詳しく探らない。

 

 ただし、“偶然”知ってしまった場合は仕方ない。悩んでいそうなら、相手の気の済むまで付き合ってやる。相手が触れてほしくなさそうなら、見て見ぬふりをする。

 

 誰かを雇うのに必要なのは、最低限の責任感と、ある程度の無責任さ。

 ハルチカは常々、そう思っている。

 

 

 

「お前サン、もうすぐ誕生日だね。欲しいモン、なんかねェのかい?」

 

 ハルチカがそう訊くと、ベリオS装備のハンター、シヅキは困ったように白い歯を見せた。

 

「うーん、すぐには思いつかないよ。強いて言うなら……毎年恒例の、普段どおりの日常で十分だ」

 

 この青年の本当の年齢を、ハルチカは知らない。

 誕生日は、何かのきっかけで彼の双子の兄貴の口から聞いたから、おそらく間違いない。けど、その二人の年齢を聞く機会をなんとなく逃してしまった。

 

 別に、今さら聞くほどのものでもないし……自分より多少は年下で、二十歳はとっくに過ぎているくらいか?

 まぁ、なんでもいい。もうこんな歳になると、多少の歳の差なんて無いようなものだ。

 

 森丘の夜風が、ハルチカの身につけているミツネS装備の腰帯を、シヅキの頭装備の飾りを、ふわりと揺らした。

 地面に直置きしている、ランタンの明かり。紺色の二人分の影。ゆらゆらと不安定に、でもしっかりと地面に立って伸びている。

 

「今回のゲリョスの大量発生ってさ」

 

 そう言いながら、シヅキはポーチから取り出した布で、手を拭う。泥みたいに固まり始めている、黒くこびりついた血がぽろぽろと落ちた。

 その向こう側では、二度と立ち上がらないゲリョスが横たわっている。

 エリア3はまだ、血の匂いでいっぱいだった。

 

「世界各地で起きてるんだっけ? 理由、わかってないらしいんだよね」

「そうみたいだねェ。一体なんでなんだろうねェ」

 

 装備に付いた返り血をまめに拭っているシヅキを横目に、ハルチカは煙管に火をつけた。

 狩猟の後に必ず一服するのは、ハンターを始めた頃から長年の習慣だ。

 

 吸った煙草の煙が、ハルチカの鼻の中に溜まっていた血の匂いを、肺の奥へとゆっくりと押しやる。喉が温まっていく。

 月明かりで白く霞んだ星空に、煙管の煙がふかり、ふかりと立ち上って、溶けていった。

 

「気まぐれな神さまの仕業、とか」煙管に集中したいハルチカが適当に答えると、シヅキはにやりと笑って両手を組むふりをした。

 

「人はそうやって、理不尽なことや理解できないことをみんな神のせいにする。そうでしょ?」

「自然信仰してるお前サンが言うと、ぜーんぜん説得力ないねぇ」

 

 ハルチカは無神論者だ。対して、シヅキは敬虔な自然信仰者――確か、雪山信仰だったか。

 

 でも、彼の信仰している宗教には、厳しい戒律があるわけでもなさそうだった。なぜなら彼は普通に肉を食うし、酒も大量に呑むからだ。

 ただ、彼は食事をする前と、剥ぎ取りをする前に、両手を組んで少しのあいだ瞼を閉じる。対象が地べたにあるときは、わざわざ膝をつき、背中を丸めて頭を垂れる。

 

 それが何を意味しているのか、ハルチカは知らないし、興味もない。訊きもしない。

 ただ、その時間は彼にとって、数少ない大切なものらしかった。

 

「こういうのはね、信仰してるから言えるんだ。逆にハルチカみたいな無信仰の人は、理不尽なことをどうやってやり過ごすのか知りたいよ」

「どうやって、って……適当に?」

「あ、わかった。君の場合は」

 

 シヅキは急に納得したような顔になると、ハルチカの咥えている煙管を指差した。

 

「煙草とカネ、賭博だ。他の人は、お酒とか暴力とか……」シヅキはそこで語尾を濁らせる。「あとは、女性とか」

「あー、まぁ間違いねェな。で? それらは神と同義ってことかい?」

「さぁ。どれも、並べて比べるようなものじゃないんじゃないかな」 

 

 飽きたように言い、シヅキはそっぽを向いて回復薬の蓋を開けた。 

 狩猟の後特有の、ゆっくりと温度が低くなっていくようなエリアに、きゅぽ、と気の抜けた音がする。その横顔には、五年前に雇ったときの暗さ、無感情さはほとんどない。

 

(……ずいぶん、口がうまくなったもんだ)

 

 五年はあんなに無口で無表情だったのに。今じゃ、気を許した相手であれば軽口や冗談が言える。“必要に応じて”悲しみや怒りのような表情も見せる。

 

 ハルチカが雇う前、彼は前に働いていた場所で何があって、何を犯したのか。ハルチカはごく断片的にしか把握していない。

 しかも、それらはシヅキ本人の口から知ったわけではない。主に彼の双子の兄貴や、彼を取り締まったギルドナイトからの又聞きだ。

 

 けど、まぁ、この距離感が悪くない。

 彼とは、なんの取り止めのない会話をするだけで居心地よかった。

 

 ハルチカはそう思いながら、何気なく回復薬を飲む。

「って、にっがァ!」

 あまりの不味さに、口から思い切り吹き出してしまった。平凡な雑貨屋が売っている薬の味を忘れていた。

 

 回復薬はいつも、シヅキの兄貴――《南天屋》専属の薬師が、飲みやすさにこだわって手作りしたものを頂戴している。今回はたまたま既製品だ。

 シヅキは「言われてみれば、苦いかも?」と不思議そうに首を傾げて、もう一度口をつけた。「うん、これは苦い」

 

「普通のハンターって、こんなの飲んでいたンだねェ……」ハルチカは思わずぼやく。

「君も普通のハンターですけど」

「だけどよ、上位になっても回復薬をわざわざ手作りするハンターって、結構物好きだと思わねェかい? その辺の上位ハンターなら買ってるゼ」

「それは、僕らが物好きと言うより、貧乏性だからだ」シヅキは肩をすくめる。「出がけにセールしてるのを見つけて、衝動買いしたのが悪かったんじゃないかな。普通の上位ハンターなら、セールじゃなくてもためらわずに買い物するよ」

「半額になるには半額になるだけの理由があるもんだねェ……」

 

 ハルチカは口元をぬぐいながら、次は雑貨屋で半額セールを見ても回復薬だけは買わない、と決心したそのときだ。

 

 シヅキが急に鋭い目つきになった。

 素早く身を翻し、背後の茂みに向かって構えをとった。愛刀、ヒドゥンサーベルの柄に手をかけるのではない。即座に拳や蹴りを放てるよう踵を軽く浮かせた半身だ。

 それは、人を殴るときの恰好だった。針のように鋭い緊張感が、彼の構えからに伝わってくる。

 モンスターじゃねェのか? 一体どうした? ハルチカがそう声をかけようと口を開いた。

 その瞬間、全身に、ねっとりとまとわりつくような視線を感じた。

 

「よぅ。そんなに警戒するこたぁねぇだろ」

 

 暗い茂みの奥から声がした。

 振り返ると、長身の人間のシルエットが闇から浮かび上がってくる。まるで沼の底から、ぬるりと海竜種が這い上がるようだ。

 茂みを歩いているはずなのに、ほとんど音がしない。装備の金属の部品がなる音や、草の葉の擦れる音さえも。

 それは、その人物が、狩場の歩き方を熟知していることを意味している。

 

 ハルチカは考えるより先にランタンの明かりを突きつけた。

 鮮烈な赤色が、照らされる。その男が身につけているギルドバード装備の色だった。

 思わず舌打ちをする。

 この職の奴が寄ってくるってこたぁ、少なくとも楽しい案件じゃなさそうだ。

 

 ランタンを少し上にやると、胸の辺りまで垂れる縹色の長髪が浮かび上がる。

 鋭利な顎と顎の線、金のピアス。薄い唇がぐにゃりと歪み、尖った歯が顕になった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ご機嫌いかがかな? 南天屋のガキども。モンスターをぶっ殺した後って、“最高”だよな」

 

 ギャハハ、と男は威圧するように笑う。常に周囲を見下した口調、姿勢。

 彼はドンドルマの賭博場や郊外で、ハルチカが何度か顔を合わせたことのある人物だった。

 

「……アトリ」

 ハルチカは、その男の名を呼ぶ。「なぜここに?」

「仕事だよ、仕事! ……用件の前に聞きてえんだが」

 

 ギルドバード装備の男、アトリは億劫そうに木に寄りかかる。そして、今にも殴りかかってきそうなシヅキを頭装備のてっぺんから足装備のつま先まで、じっとりと品定めするみたいに眺めまわした。

 

「そこのガキ、なんで俺の気配がわかった? 脅かしてやろうと忍び足で来たのによ」

 

 アトリはまるで、以前からうっすらと気になっていた商品をもう一度確認するみたいな目線を、シヅキに向けている。どこか考え込むような様子でもある。

 

「……あなたが特別な人というわけじゃありません」シヅキはべたついた視線を全身に浴びたまま、慎重に言葉を選ぶ。

 彼の全身から、罠が撒き散らされた暗闇の中を探るときのような緊張感が、漂っている。

 

「もし、火山にベリオロスがいたら。雪山にグラビモスがいたら。それだけで、狩場の雰囲気はいつもと違うでしょう。……そもそも狩場に人間がいるだけで、空気は変わる」

「お前って詩人なのか? まぁ、言わんとすることはわからんでもないが」

 

 アトリはシヅキの緊張感をものともせずに、感心したような、バカにしたような目つきをシヅキに投げかけた。ほんのわずかな時間そうしていると、次の瞬間、その不敵な笑みが消え、低い声が響く。

 

「ハルチカ。こいつ、躾がなってねぇよ。楽なカッコ、させてやれ」

「先に用件を言え」ハルチカは間髪入れずに、そう答える。

 

 すぐに、状況を整理しなきゃなんねェと直感していた。「それにシヅキの態度は、躾がなってないンじゃねェ」アトリが何かいう前に、そう言い返していた。

 

 こいつは敏感に危険を察知しただけなんだ。身を挺して護ろうとしてくれている。こいつは、こいつの仕事を忠実にやってるだけだ。

 

「あー、そうカッカすんなって」アトリはハルチカの言葉を、小虫をはらうみたいに手をひらひらやって払いのけた。

 

「用件か。オレはな、剥ぎ取りの現場を見に来ただけだ。剥ぎ取りの方法と、素材の量は適切か、ってな。別にイチャモンつけにきたわけじゃねえよ」

 

 これはな、ドンドルマハンターズギルドが定期的に取りまとめてる調査なんだ。だから、監査対象はお前らだけじゃねえ。

 アトリは面倒くさそうに、まるで文書を読み上げるようにそう言って、懐からぐしゃぐしゃになった薄っぺらい紙切れを取り出した。

 

 よく見ると、紙は二枚あった。

 一枚目は、アトリが言ったことをそのまま型に当てはめたような、形だけは整っていながらも、ぜんぜん丁寧さが感じられない量産されただけの依頼書。

 もう一枚は、「適切な対応どうぞよろしく頼む」という旨の、たった一行の直筆だった。右下に、とあるギルドナイトの名が書かれている。

 

 クソが! ハルチカはその達筆な字をを殴りつけたくなった。

 なぜなら、そのギルドナイトは、これまで何度も《南天屋》に無茶な要求をしてきたことがあったからだ。その度に《南天屋》は西へ東へ奔走し、四人みんなの知恵を絞って、いつもそいつのお望みどおりに答えてきた。

 でも、そいつは毎度律儀に、十二分の多額な報酬を支払うのも事実だった。

 

「ま、調査ったって普通は職員が気球とか飛行線で空からこっそり見るんだけどよ、オレ、新人だからさ。せっかくだし、現地で見て“勉強”してこいって」

 

 今さら何を勉強するのか。テメェ、そこそこ腕の立つ――G級に相当する腕前なんじゃねえのか。

 ハルチカは一気に不信感に駆られる。

 なぁ、アトリ。テメェ、ハンターズギルドは何を考えてる?

 

 アトリはハルチカが睨んでいるのを無視して、二枚の紙を引っ込めた。

「この“フラヒヤのガキ”がうるせぇんだよ。勉強しろ勉強しろってな」そうぼやいて、直筆のギルドナイトの名前を爪で弾く。隣で、シヅキの肩がぴくりと動いた。

 

 そうか。あのギルドナイトもシヅキと同じ、雪山らへんの出身なのかい。ハルチカの合点がいったのは、この後しばらく経ってからだ。

 

 しかしこの案件、どこまでが業務で、どこまでが思惑なのか。公的なのか、私的なのか。

 考えながら、同時に結論は出ている。ハルチカは自分の考えを告げていた。

 

「悪いが、儂らの仕事は見せもんじゃねェ。興味本位ってンなら断る」

 

 少なくとも、お前らは儂らを都合の良いように見下してンだろ? こっちが一瞬でも公的と私的、どっちなのか迷うような態度をとった時点でな。

 お前ら、とは。目の前の男と、依頼主の“フラヒヤのガキ”のギルドナイト、そしてハンターズギルドそのもの、だ。

 

 すると、「あァ?」アトリは突然声を荒げた。彼の周囲の空気がぐらりと湧き立つ。

 

「テメー、オレだって好きでやってんじゃねえんだよ! 毎日クソつまんねえ事務仕事ばっかり! 久々に外に出られたと思ったらガキに頭下げなきゃなんねえ! テメェらみてえに呑気に好きな仕事選んでやってる奴にはわかんねぇと思うけどなァ!!」

 

 アトリが怒りをあらわにすると、髪や瞳の色と相まって、機嫌の悪いリオレウス亜種のようだった。  

 めんどくせェな、どう切り抜けるか、とハルチカはとっさに思考する。

 

 しかし。

「この依頼、受けよう」ハルチカの考えを止めたのは、隣のシヅキだった。

 腕を顔の前に構えた、威嚇する姿勢は解いている。けれどいつでも即座に動けるよう、体の重心の位置に気を遣っていた。

 彼は静かに半歩前に出る。真剣そのものの表情は、変わらない。

 

 

「アトリさんの言う、“フラヒヤのガキ”は……僕も以前、個人的に依頼を受けたことがある。雪山で直接ね。その時、僕は見慣れない素材を鑑定したんだけど……あの方はすごく評価してくれて、たくさん報酬をくれた」

「あァ、あの依頼? そんなことがあったのかい?」

「突発の依頼があって、たくさん報酬をもらったことまではハルチカ達にも話したよね。でも、依頼主のことは黙ってた。ごめん」

 

 シヅキは少し申し訳なさそうに地面を見やってから、「それで」と、アトリの方に向き直った。

 慎重ながらも、誠実さを帯びた口調で話す。

 

「あなたの事をあからさまに警戒してしまったこと、お詫び申し上げます。あなたのことは、まだ信頼できかねませんが……でも、ご依頼主のギルドナイト様のことは信じてます。少なくともあの方は、今回もきちんと“仕事”してくれる。そうですよね」

 

 それに、同じ故郷の……厳密には違うけど……人の頼みは、無碍にしたくない。

「僕としては、丁寧に対応したい」そう言うシヅキの、僕としては、の部分に、そんな気持ちが見え隠れしていた。

 ハルチカは彼の故郷を詳しくは知らない。ただ故郷を捨てたことはわかっている。

 そんな彼にとって、同郷の人とはどんな存在なのか?

 ハルチカは腑に落ちないまま、それでも彼の誠実さは尊重するに値すると思った。 

 

「まぁ、お前さんがそういうなら、儂としちゃあ構わねェ。いつも剥ぎ取りの担当はお前さんで、儂は書類を書く係だからネ」

 

 ハルチカは両手を顔の位置に軽くあげて、ひとまずアトリに従う姿勢を見せた。シヅキへ警戒を解くように目線で指示すると、彼は素直に、すっかり緊張を解いた。

 今までずっと、何かあった時にいつでも反撃できるよう気を張ってくれていた。

 

「フン、最初からそうしてれば話が早かったんだぜ? 久々の外勤、楽しませてくれよ」

 

 アトリは顎をしゃくってゲリョスの死体を示す。背の低いシヅキは、背筋を伸ばしてアトリを見上げ、「それじゃ、さっそく始めましょう」と歩き出した。

 

 狩猟後特有の、エリア全体が熱を帯びた感じはすでに冷えて、ひんやりとした死の臭いが漂い始めている。

 草の隙間から、屍肉を食う虫たちが息を飲んでいるような気配があった。

 

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