黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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7杯目 愚兄、北風の狩人にて ひとくち

 

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 零下の世界。

 

 走っている最中でさえ、極寒の北風が防具を通して肌に刺さる。ホットドリンクを飲んでいてもなお、だ。

 

 ふぅ、ふぅ、と。わずかに、装備のマスクの下で息が上がっている。青年の視線は激しく移り変わりながらも、しかし、その右目は眼帯を当てている。隻眼なのだ。

 

 身にまとうは周囲の雪に馴染まぬ、紫。刺々しい甲殻と大きな飾り紐が特徴的なガルルガS一式装備。

 

 ガンナーの防具は普通、左のアームが強靭になるように設計されている。剣士の防具と比べて軽くても、構えた時に体の左側の防御力を保つためだ。

 青年のガルルガS一式装備はアームが右になっている。──つまり、通常のデザインと左右が逆。彼は左利きのガンナーだった。

 

 左肩に背負うは漆黒のライトボウガン、ヒドゥンゲイズ。

 迅竜ナルガクルガの素材のしなやかさをシンプルなデザインにまとめ、強力な狙撃を可能としている。通常のライトボウガンより長く大型なのは、狙撃の威力を更に高めるロングバレルを装着しているからだ。

 

 積もった雪をぐっと踏みしめてヒドゥンゲイズを構える動きは、見栄を切るようにわざと大きく。

 ガンナーらしくない剣士さながらの立ち回り。青年は、この狩猟で陽動の役割を担っていた。

 

 その反対側、青年が常に気にかけているのは思春期ごろの少女。

 フチが厚い眼鏡にまだ丸みがかった体つきで、フラヒヤ地方の駆け出しハンターが愛用するマフモフ一式装備に身を包んでいる。

 眼鏡越しの碧眼とヘビィボウガン、アルバレストの銃口はそろって前を睨み、額からはつうと汗が流れる。懸命に照準を定めていた。

 

 銀に似た雪の色と、冷たい石を思わせる灰色の縞模様を持つ細身の鳥竜種、ドスギアノス。

 

 王立古生物書士隊、通称『書士隊』からは大型モンスターではなく中型モンスターに分類されている。それでも、少女が見上げるくらいの巨躯。

 おどろおどろしい黄の眼を向け、だみ声で威嚇したかと思うと即座に噛みついてきた。間一髪の前転で身をかわす少女。

 

 よろけた少女に、子分のギアノスが飛びかかる。──しかし。

 

 パシュン!

 左足首を撃ち砕かれて、ギアノスの狙いは外れた。無様に墜落すると二度と立ち上がれぬ足で苦痛に悶える。雪が赤黒く汚れていく。

 

 目を離さずにリロードしながら、青年はフンと鼻を鳴らした。

 

「しのぎの削り合いに水を差すのは野暮も過ぎるというものだ。お前らの相手は、この俺だぞ?」

 

 

 ここは狩場、雪山の中腹であるエリア6。南と東西を岩壁に囲まれていて、頂上のエリア7へ至る場所だ。夜の狩猟ではあるが、月が明るく視界は良好。高低差や障害物が少ないこのエリアはガンナーである二人にとって好都合だ。

 彼らはそれなりに長時間対峙しているものの、じり、じり、と。確実に勝利を手繰り寄せてきている。

 今まさに、狩りの決着がつこうとしていた。

 

「ギァオオオッ!」

「っ!」

 

 ドスギアノスの噛みつきの後の隙に放つ、アルバレストのLv2通常弾。鱗が数枚はじけ飛ぶが致命傷には至らない。ドスギアノスは忌々しそうに少女へ素早く振り返り、再び牙を剥きだしにする。その後ろから更に襲い来る、ギアノス数頭。

 つい迷いが生じて、次弾のLv2通常弾は明後日の方向へ。

 

「や、やあぁっ!」

 

 反動の隙に、ドスギアノスの体当たりに掠って尻もちをついてしまう。追撃が来るかと少女は目を瞑って身を固くするが、ばたばたと周りで倒れてゆく。どれも脳天や胸に穴が開けられていた。

 

「目ェ開けろ! 恐れずに攻めてゆけ!」

 

 ライトボウガン使いの青年の、怒号。彼は手元も見ずにポーチの弾をヒドゥンゲイズに収め、狙撃を再開。振り返りざまに一発、また一頭のギアノスが吹っ飛んでいった。

 

「はぁ、はぁっ、やだ、あたしっ」

「ヘビィボウガンは隙を見る武器だ。相手の動きをしっかり見て、焦らず高威力の射撃を一発ずつ当てればいい! 大丈夫、お前はよくできているから!」

「――っ!」

 

 挙動を一つ一つ認めていてくれる、その言葉に奮い立つ。今日はこうして彼に何度も励まされてきたのだ。少女の目頭がぐっと熱くなる。

 

 同時に、村の訓練所で汗やら涙やらを教官と垂らした数か月の努力が。

 武器工房ではじめて鍛え上げたこのアルバレストの誇らしげな姿が。憧れのあの人の、ヘビィボウガンを担ぐ後ろ姿が。脳裏に浮かんでは消え、更に気持ちを高ぶらせる。

 最初に目の前の相手に抱いていた恐怖は、いつの間にか研ぎ澄まされた興奮に変わっていた。

 

 動き、読めた──! 少女はドスギアノスの大ぶりな突進を間一髪前転で回避し、アルバレストの引き金に指をかける。

 一撃。ドスギアノスの太腿に弾が吸い込まれ、ガクンと体勢が崩れる。

 

 絶好の機会!

 反動にこちらも体勢がよろけつつも、少女はしゃがむ。もたつきながらアルバレストに弾帯を装着し、背筋に力をこめる。

 勝手に喉から、叫び声が出ていた。

 

「あああああぁぁぁぁぁ――!!」

 

 ――ドドドドドド! 

 

 正に、怒涛。倒れ込んだドスギアノスを横殴りの吹雪のようにLv1通常弾が襲う。

 ついにすべてを打ち終えた頃には、ドスギアノスは四肢を痙攣させて一歩も動けなくなっていた。しかし少女も全力を出し切っており、膝から崩れ落ちる。

 

「──よし、よし、よくやった」

 

 エリアを満たす硝煙をかき分け、その丸い肩を支える手。イャンガルルガの紫苑の甲殻は青年の装備だ。

 ずっとこの余裕の調子だが、少女がドスギアノスの相手をしている間にもう一頭のドスギアノスの相手と、おまけに取り巻きのギアノスの掃討を完璧にこなしている。

 恐ろしいほどの視野の広さと狙撃の腕前だった。

 

「しかし、彼はまだ息がある。お前の獲物なのだから、最期はお前の手でつけてやれ」

「ひ、はぁ、はっ……」

「立てるか? そう、ゆっくり体を起こせ」

 

 手を借りて少女はやっと立ち上がり、緩慢な動きで再びアルバレストを構えた。

 青年はドスギアノスに歩み寄ると、そのうなじあたりを指さす。この辺りを狙うといいだろう。血管と一緒に神経がたくさん通っているから早く楽にさせてやれる、と。

 

「はぁ、はひっ」

 

 アルバレストのスコープを覗き込む。全身血だらけのドスギアノスの大きな目玉は片方が潰れていて、もう片方は少女を恨めし気に見ていた。いや、見えた。くちばしを不自然にパクパクさせているのは、呪いを投げかけているようにも。

 

「……あぁ、ごめんなさい、やっぱりあたしできない、ごめんなさい」

「……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

「……そうか、分かった」

 

 ──ズドン!

 愚かにも睨むドスギアノスの目に、言うが早いかLv3貫通弾がぶち込まれる。青年が撃ったものだった。

 

「ひ、ゃあ……」

 

 ズドン! ズドン!!

 念入りに、指さしたうなじにも二発。ごぱん、と眼窩の薄い骨が砕けて、口から貫通した弾と一緒にごぼごぼと血が溢れ出る。

 頭部の半分が崩れたドスギアノスの呼吸と瞳孔を見て、青年は完全に絶命するのを確認した。

 

 ――ドスギアノス二頭の狩猟が完了。クエストクリアである。

 

 

 ヒドゥンゲイズは北風の中、狩りの余韻のように細く煙をたなびかせる。

 ぺたりと座り込む少女に振り返り、ゆっくり屈んで目線を合わせる青年。ひとつだけの、フラヒヤの温暖期を思わせる深いグリーンの瞳だ。

 お疲れ様。キャンプまで、歩けるか? かくん、と首を軽く傾げる。

 

「……メヅキさん、あたし……あぁ、ちょっとだけ、疲れちゃっ……」

 

 答える少女の顔が青ざめているのは、きっと寒さのせいだけではない。

 

 名を呼ばれた青年は心底複雑な表情になって考え込んだが、やがて担ぐヒドゥンゲイズを腰辺りまでずり下げる。空いた背を少女に見せた。

 

「乗り心地は、あまり良くないが」

 

 しゃがんで、青年――メヅキは、ぶっきらぼうに呟いた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 しかし、皆がその摂理にただ膝を折るわけではなく。

 愚かにも、震える足を叱咤し立ち向かう(ハンター)たちがいた。

 

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 これは、それがちょっと苦手な(ハンター)()()のお話。

 

 

 

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