黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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8杯目 愚兄、北風の狩人にて ふたくち

 

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 ――乾杯!

 

 気持ちの良い音頭と、カランコロンとグラスやジョッキの小突きあう音が聞こえそうなものだが……今は、深夜から夜明けの時間帯。客足の(なぎ)だ。

 

 ポッケ村の大衆酒場はこんなに閑散とした今日だって、どんなハンターでも送り、迎えてくれる。

 今日もどこかのハンター達が、ここで彼らの物語を紡ぐのだ。

 

 随分もの寂しいホールには、狩猟帰りの青年と少女の二人しかいない。二人は壁際の席で、無事の帰還を祝ってささやかな軽食を取るところであった。

 向かいに座るライトボウガン使いの青年──メヅキは、先程から何やら視線をちらちらと揺らしている。少女の伺うような表情に気づいて、ちょいと指さした。アルバレストに。

 

「ヘビィボウガン」

「……?」

 

「カッコイイよな、ヘビィボウガン。俺は苦手だが」

「何言ってんですかこの人」 

 

 数日前に、訓練所の教官を介して顔合わせをしたときから薄々気づいていたが、彼はどうやら会話作りがだいぶ下手らしい。

 

「──お前は、なぜハンターを目指すようになったのだ?」

 

 かくん、と首を傾げるメヅキ。また唐突な、と改めて少女──トーペは青年の顔を見る。

 

 狩猟中に彼が身につけていたガルルガSキャップはマスクが付属した兜。顔全体を覆っていて、目だけが覗く構造だ。それが外されていると……襟足を揃えた黒髪に涼やかな目尻、しなやかな輪郭から首筋と、正直言ってさっぱりとした感じの美丈夫だった。

 ただ一点、顔の右側の焼けただれたような傷を除けば。傷は眼帯で隠しきれておらず、縦に縫った痕の周りは皮膚がぐちゃぐちゃにひきつれている。

 

 返事が来ないからだろうか。彼が柳眉をわずかに動かしたのにハッとし、トーペは慌てて言葉を繋いだ。この返答のタイミングはギリギリ許容範囲だろうか。

 

「え、えと。あたしと、あたしの家族が隣の隣の村まで行くときに護衛してくれたのが、ヘビィボウガン使いのハンターさん。パパッてギアノスを蹴散らして、そいつらがとうとう呼び出したボス……ドスギアノスもやっつけて、それがすっごくかっこよくて」

「……」

「といってもそのハンターさんは別に雇ったというより、たまたま同行しただけなんですけど……」

 

 熱っぽく語るのに目を細めるメヅキ。ゆっくりと机に肘をつく。

 トーペはポッケ村のとある土地を治める、大きな領家の箱入り娘。思い付きで家を飛び出したものの、家族も金銭面の支援をしてくれていた。

 

「俺の狙撃の師匠が元ヘビィボウガン使いでな。カッコイイよな、ヘビィボウガン。俺は当時、体格が悪くて扱いきれず……あの武器は持つ者の体格を選ぶものだ」

「私がデブって言いたいんですか?」

「? 俺はそんなこと一言も言っていないのだが」

「っ~……!」

 

 不思議そうにするメヅキに赤面するトーペ。今のはミスリードしても仕方がないセリフだった、と無理やり自分に言い聞かせる。

 

 そこからは、話題がとんとん進んでゆく。

 ヘビィボウガンとライトボウガンでは取り扱いが大きく異なること。

 間合いや距離感。各種、弾の性能。

 机の端には解説のために散らかしたメモ用紙とメヅキの分厚いハンターノートが散乱してゆく。

 

 見た目が怖くて気難しいひとだと紹介してくれた教官は表していた。確かにそう。そうだけれど……実は、器量も面倒見も良い男なんじゃないかしら、とトーペは思うようになっていた。

 

 

 

「……では、お前はハンターとして何を目指しているのだ?」

「!」

 

 不意に尋ねられる。……聞かれたくないことだった。

 あからさまに動揺したのを見て、メヅキはまた少し首を傾げる。

 

 どうせこの夜が最後なんだし。トーペは思い切って告白することにした。俯き、分厚いマフモフミトンの両手でぎゅっとグラスを包み込む。

 

「……私、今回のドスギアノスを自分の手で倒せたらハンターを辞めようって決めてたんです」

「む……」

 

 メヅキは閉口する。体勢を整え、耳を傾けた。

 

「パパとママと、お姉さまたちとの約束。どうせ《モンスターハンター》になるんなら、ギアノスを倒せるようになって、将来はうちの土地に湧く奴らをやっつけるお仕事をやればって」

 

 トーペはいつまでもドスギアノスの討伐ができないハンターであった。

 雪山を活動拠点とするハンターにとって登竜門、ドスギアノス。それを前に何か月も何か月も足踏みをしている状態だった。家族の期待を背負って家を飛び出してからもうすぐ二年になるだろうか、アルバレストは採取した鉱石と虫素材で強化していた。

 

「でも、やっぱり、私に討伐は向いていないんです。私はハンターなのに、モンスターを殺すのは可哀そうだとか思っちゃって。このままだとずっと帰れない……」

 

 可哀そうって、やっぱおかしいですよね? そういうのは気にしちゃ良くないっていうか。

 震え声で苦笑いするトーペ。自分で自分の失敗を掘り返し、とてもいたたまれない。いっそガツンと怒られた方が楽だった。

 しかし、かき消すように――くはははは! メヅキは大笑いする。傷が引きつれて顔の右側がほとんど動かず、見ていて違和感を感じるような笑顔であった。

 

「なに、仲介してきた教官が少々心配しておったからな。面白い、面白い約束だな、それは」

「……じゃ、じゃあ! なんでメヅキさんはハンターになったんですか?」

 

 少しムカつきながら今度はトーペが問う。彼から聞いて来たんだから、こっちも聞いたっていいじゃないか。

 するとメヅキはしばし目線をさ迷わせて、閉じた。

 

「俺は、ハンター兼商人だ。《南天屋(ナンテンヤ)》という商事(パーティ)で、主に薬売りをやっている」

「は、はぁ」

 

「一般の商人が立ち入れない狩場にある薬の素材を、ハンターであれば入手できるからな。だから一言で言ってしまえば……金稼ぎ、なのかもしれない」

「かも?」

「と、言うのが表向きの理由。だが、本当は……」

 

彼ら(モンスター)が“すなわち狩るか、狩られるか”に至るまでに、どんな背景があったのか……知るために。覚えておくために」

 

 不意に声が低くなる。トーペは思わず閉口した。

 すい、とメヅキは顔を上げると、指で『二』を作ってみせる。

 

「例えば、俺達が狩った二頭のドスギアノス。彼の鳥竜は他のランポス種と比べて社交性が高くてな。ギルドによると二つの群れが衝突したのだが、群れは争うことなく統合していたのだとか」

「な、なるほど。だからあんなに大規模だったんですね」

 

 今回、トーペはメヅキが()()と二人で出かける予定であったクエストに訓練所の教官を通して同伴させてもらっていたのだ。代わりに取り巻きのギアノス狩りを、彼の相棒──確か、剣士──が昨日のうちに別のハンターと済ませたという。

 

「では、群れが衝突する前に分断したり、規模の縮小を図れたら? どうしたら被害を抑えることが出来るだろう? なんて、推理めいたことを考えるのが好きでな。

ほとんどは(カネ)や権力……依頼のやり取りのうちに揉み消されてしまって、彼らの事情に触れることなく狩猟が終わってしまうのが現実だが」

 

 再び目をすがめるメヅキ。グリーンの瞳に影が宿り、複雑な色になる。続けて呟くように語る。

 

「──《モンスターハンター》。

力でもなく、強い装備でもなく、狩ったモンスターの数でもなく。すべてを自然の一員とみなし、それを調え、制するような、最高のハンターを讃える呼称……」

 

「別に、ハンター業をする理由はなんだって良い。富や名声のためだとか、生計を立てるためだとか、自分の力量を試すためだとか。

皆が皆、《モンスターハンター》になりたいからハンターをやっているわけではないのだ」

 

 そこでいったん言葉を切ると、彼は改めてトーペにまっすぐ向き直った。まるでどこまでも未来を見据え、貫通弾みたいに射貫くようだ。

 

「お前がハンターを辞めるかどうかは勝手だが、命を奪う行為に対して何かしら思うことを、おかしいとか、おかしくないとかは、常識で測れるものではない。……し、俺の言う常識も、彼ら(モンスター)の前ではヒトという生物の範疇でしかないのだろうな。

 それでも。武器を担ぎ、狩場に立ち、命について考えられた。それだけで、お前は立派なハンターだ」

 

 静かに水のグラスを差し出してきた。お前もグラスを持て、と顎をしゃくられる。

 

「行きずりのハンターである俺に、話してくれてありがとう。お前に限りない武運を祈ろう」

 

 ──乾杯。がらんどうのホールにひとつ、グラスが小突き合う音がした。

 

 彼にとっての意味は祈り。トーペが、彼女なりの《モンスターハンター》になれますように。

 トーペにとっての意味は約束。自分が自分なりの《モンスターハンター》となることを。

 

 

 

 

 お待たせしましたニャー、ご注文の日替わりホットサンドですニャー。厨房から板前アイルーが大きな皿を運んできた。ちなみに、メヅキの奢りである。

 ほかほかと湯気を立てたパンに分厚いタマゴ焼きを挟んだのとか、砲丸レタスや熟成トマトを挟んだのとか。そして、メインの具材はというと――。

 

 きちんと手を合わせてからホットサンドをわしりと手に取り、豪快に頬張るメヅキ。少し驚いた表情になったが、すぐに笑顔になる。

 

「おぉ、ギアノスの腿肉ハムか。これは美味いな!」

 

 トーペは大粒の涙をこぼしながら、彼に続いてホットサンドにかぶりついた。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 カーテンの隙間から床に投げかけられる、柔らかな光。漂う埃がちらちらと反射する。

 寒冷期のフラヒヤの朝は遅い。朝日が昇っているものの、朝と言うには遅い時間だ。

 

「ただいま……?」

 

 部屋へ呼びかけるも、返事がない。

 ()()はどんなに夜更かししても朝には大抵起きている。この時間に返事がないのは少しおかしい……メヅキはつい首を傾げてしまう。

 

 ここはポッケ村のとある安宿の一室。村に滞在するため、相棒とここを五日間ほど借りていた。

 

 

 摘んできたばかりの雪山草──もちろん、ハンターズギルドに申請して許可を得ている──の包みを荷物の山の中に放り投げ、眼帯を無造作に外す。

 その下は瞼が癒着し、不自然に落ち(くぼ)む右目。ずっと前に摘出されている。再び光を見ることはどんな技術を用いても不可能だろう。

 

 しかし、隻眼のハンターは全く珍しいという訳ではない。ハンターであれば時たまに見られるものだし気の毒に感じるべきでもない。

 それでも狩りを続けることを選ぶ者に、後ろ指をさすことこそが無礼だろう。

 

 黒髪をわしわしやりながら、若干ふらついた足取りで先に洗面所に向かう。狩猟明けの顔を清潔に洗い、保湿に自家製の練り薬を塗った。

 

(んん……まだ、頭痛が)

 

 ズキズキと脈打つ左目の目頭をぐりぐりと親指で揉む。隻眼のために眼精疲労持ちなのだ。雪山での狩りは雪の反射が眩しく、特に堪える。

 夜の狩猟だったのでまだマシなものの、朝方になって帰還するときがキツかった。移動中、眠りこけるトーペの代わりにずっと見張りをしていたから。

 

 隻眼は残った目の負担が大きい。二つであるはずの目が一つになるので、単純計算で負担は二倍。隻眼のハンターは普通、視力の低下を理由に引退が早い。

 メヅキも例外ではなく、すでに視力にはやや自信がなかった。

 

(……と、“アイツ”、珍しくまだ寝ているのだな)

 

 鈍痛に唸りつつ部屋を見やれば、並ぶシングルベッドの片方が膨らんでいる。小柄に癖毛の黒髪は、相棒の──双子の弟の、シヅキだ。

 人当たりの良さから護衛業をすることが多い彼は、生まれは同じであっても、顔や性格、得意なことだって兄のメヅキと似ていない。それでも駆け出しの頃からずっと、ハンターとしての目標を共にしている相棒だった。

 

 しかし、本日夕方にドンドルマへの帰りの便だ。さすがにもう起きていた方がいいのではないか。うずくまって眠る背に回り込み、どれ起こしてやろうか、とそっと覗く。

 だが、毛布を剥がそうとする手が止まった。毛布の隙間に見てはいけないものを見てしまったような。

 

 己の良心が枷となり、金と権力とを引き換えに、命を奪い続けることに疲れきった寝顔。寝息も立てず、死んだように伏せ、つかの間の惰眠をひたすらに貪っている。

 そんなに辛く苦しそうな様子で、きちんと休めているのだろうか。

 

「ほほぅ……」

 

 部屋の真ん中の机に、シヅキが買ってきたであろうポッカウォッカの酒瓶と、ぼろぼろに使い込まれたハンターノートが置いてある。そこでやっと、なるほど納得。シヅキはハンターノートのを書き込みながら寝酒をキメたのだろう。

 シヅキは酒に強い方だが、さすがにこの量を一人で飲んだら潰れる。おまけにこの(たぐい)の酒はアルコール度数がとんでもなく高いのだから。

 彼がこうして一人で深酒することはごくごく稀にある。抱え込みやすい性格だからか、噴火するときはいつもこうなのだ。

 

(そっとしておくか。散歩にでも出て……そうだ。訓練所へトーぺ嬢の報告に行って、とぼけたフリが良いだろうかな?)

 

 正答かどうかは分からないが、首を傾げながらなんとか頭を回転させる。

 メヅキは自分が配慮に欠ける人物だという自覚があった。いや、全力で色々と試行錯誤して配慮しているつもりなのだが……いつも誤射してしまうらしい。実際、トーペと会話して何度か嫌な顔をされたし。細やかな気遣いは弟のシヅキの方が得意だ。

 

 もう一度、シヅキの寝姿を見る。ガンナーのメヅキよりも少し広めな剣士らしい背。毛布からはみ出した足は義足が外されていて、足首や膝に尋常でない量の包帯が巻かれている。メヅキ自らが処方した湿布薬だ。

 隻脚での狩猟は間違いなく負担である。彼はこのまま体を酷使し続けると、いつか本当に歩けなくなってしまうかもしれない。

 

 思わず溜め息。

 決して同情などではなくただ単純に、呆れ半分。もう半分は、真面目な奴だなぁ、と素直に感心を。

 

(こんな不器用(愚か)な兄ですまない。お前も不器用(愚か)なりに俺を頼ってくれ)

 

 メヅキは荷物の中から新鮮な雪山草を数枚、冷たい水と小鍋に放った。深酒明けにはこれ。昔ながらの簡単な滋養強壮の薬だ。

 煮えるまでには時間がかかる。どかりと椅子に座って、残りわずかな酒瓶と夜鳥ホロロホルルの羽ペンを手に。

 一言。無理するな、と書置きを作った。

 

「……」

 

 照れ隠しにポッカウォッカを一息に(あお)り、もう一言。

 

『 酒買ってくるなら 俺にも一言くれ 馬鹿! 』

 

 

 

 フラヒヤの雪解けはもうすぐ。積もった雪も少しずつ、少しずつ薄くなって、地を這う草たちは繁殖期──春を待ちわびる。

 きれいに雪かきされた、宿から村の中心へ伸びる細道。午前の冷たい空気の中を、メヅキはほんのり湿った土をさく、さく、と踏みしめてゆく。

 

「……あ」

 

 ふと、首を傾げた。

 

「書置きに、訓練所へ行くって記しておくのを忘れていたな……」

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 

 ポッケ村の隣の領地だけを狩場とするハンターがいるそうだ。

 

 装備はパピメルシリーズと、ヘビィボウガンのアルバレスト。どちらも採取素材だけでできる一品だ。それで、あの雪山の凶賊、ドスギアノスをメインターゲットにハンター活動をしているらしい。

 

 狙撃の腕前は上位ハンターにも食い込みそうなのだが、なぜか討伐をしない。撃退だ。脚や牙を撃って、戦えなくなるようにするだけだ。

 

 なぜ討伐しないのか、その腕前だと殺すことも容易いだろうと尋ねたところ。

 ドスギアノスを倒せるようになったら、あたしはハンターを辞めるんです、そう約束をしているんです、だと。

 

 アルバレストを構える姿はとにかく眩しくて、可愛らしくて、とても頼もしい。

 彼女は確かな一人の《モンスターハンター》だった。

 

 確かフチが太い眼鏡をかけていてね、名前は何だったかな――

 

 

 

 それはまた、別の話。

 

 

 




 隻眼は意外と大変そう。

 四人目はシヅキの双子の兄、メヅキのお話でした、これでメインの登場人物四人の短編はおしまいです。
 読了ありがとうございました! 次話はこれまでメインで登場した四人が集結します。是非ご賞味下さい。

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