黄金芋酒で乾杯を   作:zok.

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9杯目 狩猟と商事の《南天屋》 

 

 

 

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 始まりは、吹けば飛ぶようなものだった。

 

 ()のおとぎ話の舞台、シュレイド地方から南東。

 

 さらに王都と共和国、“空へ限りなく近い山”ヒンメルン山脈を越えて東へ――およそ大陸中央部、ジォ・クルーク海を臨む地の、切り立つ山々の峡谷に。

 古き人の手で風と水の都が築かれた。

 

 これを“まほろば”と思うかい? いやいや、そこは気持ちいいほどにヒト臭い。 

 

 ――その美しき都の(しょう)こそ、ドンドルマ!

 ちなみに『氷菓』を意味するのだとか。

 

 山から湧き出る無窮の風を、水を、人は利用し、周辺に住むモンスターと共存するのみならず、それらの脅威を“街の発展”へ転ずるのだと。

 幾度も襲い来る彼らの牙にも屈さず、(まつりごと)やら、計やら策やら。縦横無尽に張り巡らせて、その都は他に類を見ぬ大拠点に。

 

 一体何の大拠点かって? あのハンターだよ、ハンターの。

 

 

 門から入ってすぐ左、煌々と、光絶やさぬ古龍観測所。(うらない)を祖とする研究施設さ。

 文献(めく)るせわしい音と、伝書の鳥舞う、竜人族の不夜城だ。

 

 それから中央、石敷きの広場。見上げりゃ雄火竜と雌火竜色の旗、個人経営の店で賑わい、多くの人が(たむろ)する。

 市場を抜ければ屋台に香草、香辛料。漂うスパイスの香り、絹やサテンを値切る声。

 輝く鉱石、干し肉、魚。果実に竜車や丸鳥車も。

 目をよく凝らせばにゃあ、と足元。獣人族が闊歩する。

 

 奥には都の攻守の要、やたら馬鹿でかい武具工房。常に槌振る拍子が響き、せかせか出入りする職人どもは、みんな()()()で赤ら顔。

 この武具工房は知る限り、あらゆる素材を手掛けるのだとか。あの狩猟笛や弓や銃槍は、この武具工房が編み出したという。

 

 横には闘いと癒しの演技場、胸もとどろくアリーナさ。あの歌姫さまがおわす館にて、このドンドルマの象徴の一つ。

 闘技場ではハンターの戦力と戦術の底上げで、更なる発展を助長する。

 ……闘技場のモンスターには、ちょっとうかがわしい噂もあるが。 

 

 おっと、最奥の大老殿には行かれない。その階段は、『G』の格を得てからだ。

 その(まつりごと)の中枢核こそ、見上げるほどの白亜の塁壁(シャトー)

 どっかと鎮座ましますは、この都を建てし古き人、その末裔にして大長老さま。

 

 ――祈りではなく自らの手で、街を護り、切り開く。

 

 このドンドルマの構想そのもの、それを立案、ぶち上げしお方にて。

 なんとおっかなく、なんと生きる力に満ち溢れたお方だろう。

 

 そして大衆酒場、ドンドルマハンターズギルド。

 酒と脂の匂いと熱気、それから揺蕩(たゆた)う紫煙に包まれ、古龍観測所が竜人族の不夜城ならば、こちらはハンターの不夜城だ。

 情報、友情、怒号が飛び交い、ドンドルマを大拠点と言わしめる施設にあり。

 

 ()(かた)も、また今日も変わらず、()(すえ)も。

 老若男女、新米古参のハンターを送り、迎える。

 今日もどこかのハンター達が、ここで彼らの物語を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 さてさて、そんな大都市ドンドルマ。

 一番地価が安い地区、とある(ひな)びた路地裏に――あの大都市ドンドルマにだって、そんな場所はごまんとあるだろうさ――とある“商事”があったとな。

 

 塗料が剥げた雌火竜色、傾きかけた住宅街、その隙間にぽつねんと。

 雨漏り、軋み、隙間風。そんなボロ屋の一戸なれども、彼らにとっては立派な塁壁(シャトー)で。

 

 見上げりゃ竿に干された、洗濯物。

 ナンテンの実と黒星の商標(ロゴ)、銅の小洒落た吊り看板。

 『CLOSEDだニャー』、獣人族のイラストの小さなボードが置いてあり、窓から漏れる光と談笑。

 

 その扉にある丸みがかった綺麗な字こそ。

 

 

 

『 狩猟と商事の《南天屋》 ドンドルマ総合事務所 』

 

 

 

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 陶器でできた、小鉢たち。

 前菜に、こんがり炒ったクック豆。塩とスパイスで和えてある。

 コトリと、そこへグラスが置かれた。

 

「……こうして、俺とシヅキはポッケ村での買い付けを終わらせた。だから、滞在日数が増えたわけだ」

 

 グラスの輪郭を指でなぞる青年、メヅキ。薄い唇をぐんにゃり歪めて、不機嫌そうに息をつく。

 

「ア゛~……なんだい、新米のハンターを二人も面倒見たから、クエストに二回も行かにゃアと?」

如何(いか)にも」

「なンだい、何度計算してもお前サンたちの交通費だか宿代だかの採算が合わねェッてンで、文句でもつけてやろうと思ったが……」

 

 これじゃあ、収まりどころが悪いッてモンさァ。

 いら立ち半分、バツが悪い半分で、後ろに撫でつけた稲穂色の髪をぐしぐしやる青年。ハルチカだ。

 

「だから~っ、減給だけはヤメてください! お願いしますっ、何でもしますから!」

「ん、何でもと言ッたねェ、ア゛ァ!?」

「はぅ、できる限り……何でもするとは言っていない……」

 

 ギロリとハルチカの三白眼に覗き込まれて、思わず明後日の方に顔をそむける青年、シヅキ。兄であるメヅキとは二卵性の双子であり、その実、顔は似ていない。

 そんな彼、今は、完全に絞蛇竜に睨まれた鬼蛙のようになっていた『お願い』の格好で合わせられた手が、ハルチカの凄味にワナワナ震えている。

 

 《南天屋》は社員、アルバイト――といってもアイルーの――共に完全歩合(ぶあい)制。ノルマの数だけ給料がアップするのだ。裁量は、元締めであるハルチカによって決められる。

 最も、ハルチカも自身の給料を歩合制としているため、ポカしたときは泣きを見ているが。

 

「まァ……そンな理由ならいいや、ちゃンと買い付けの雪山草は卸せたみてェだし、いい土産話を聞けたモンよ。新米の育成は未来への投資ッてナァ」

「だから、別に悪いことはしてないぞ?」

「ハン、だが次に同じこと――交通費やら滞在費やらの申請を、怠けてみやがれ。その時ァ、コレさ」

 

 紅を刺した(まなじり)を細め、親指でピッ、と喉仏を横に切る仕草をするハルチカ。

 それだけでシヅキは自分の喉元をきゅーっと抑えて、正にテツカブラのようにひっくり返ってしまった。

 

「僕には幼い娘がいるんです、どうかお代官さま、お許しを~~っっ!!」

「だーッははははは! 演技上手くなりよッてシヅキ! こりゃアまるで風刺画(ポンチ)みてェだ」

 

 態度一変、散々爆笑したハルチカは舌をチロッと出す。このやりとりは、彼らのいつもの茶番だ。

 ちなみにシヅキは恋人さえも作っていない。

 

「いやぁ、毎度ハルチカが本気だからさ。もしかしてホントにあるかも? って毎度思うよ」

「そうかい? これくらいの脅しができねェと、元締めもやッてられねェってモンさ」

「俺は毎度本気だと思っている。六割くらい」

「中途半端な割合だな。冗談が四割しか通じない奴だねェ、メヅキは」

「だからこちらも本気で説明したのだ!」

 

 シヅキとメヅキの土産話の前に、ハルチカはバルバレへの出張帰りにとある商隊と揉めた話を聞かせた。もしこのとき、ハルチカが本気で激昂していたのであれば……相手は芯の髄から怖い思いをしただろう。ご愁傷様。

 

「……よォ、ギャーギャー騒ぎやがッて。何、お(めェ)らだいぶシッポリしちまッてるでねェべか」

 

 三人が大きな炬燵(こたつ)を囲う居間の隣、台所の暖簾(のれん)からヌゥと顔を出す青年は、アキツネ。

 使い込まれた割烹着(かっぽうぎ)を身に着けていて、彼のセルタスS一式装備と同じくらい身に馴染んでいるような。しかし、トングをがちがち鳴らしてノシノシ近寄ってくるのは、正直ちょっと威圧感がある。

 

「シッポリって言ったって、まだ食前酒程度だよ」

「かく言うアキツネもしっかり酒気(アルコール)入っているではないか。このこの」

 

 何やらもぐもぐしているアキツネに、メヅキはちょっかいをかけた。

 アキツネは、いつも出来立てのをつまみ食いをしながら料理を運んでくる。今もつまり、料理ができあがったということで。

 

「おれか? 揚げモンは時間かかっから、待つ間は一人飲みに最適だべや」

「俺も手伝い呼んでくれれば、酒の相手くらいはできるぞ」

「台所は(せめ)ェから入ッてくンでねェ」

 

 ちょっかいをかけるメヅキを蹴り飛ばし、小鉢を三つ下げたかと思えば、竜の尻尾は乗ろうかと思うほど大きな皿を二つ、空いている指の隙間に取り皿まで器用にも一気に持ってくる。

 熱を通した脂の香りは、かくも素敵なものかな。三人は見事なコンビネーションで炬燵の上を片付けて、大皿を置くスペースを作った。

 

 とにもかくにも、まずは無事の帰還の祝い酒。目の前のことを喜ぼう。

 

 本日のお酒はポッケ土産のフラヒヤビール。現地では安価で売られているものの、ドンドルマでの流通はそれほど多くない。

 

 とく、とく、とく、しゅわわ。

 雪のような泡をはらむ黄金が注がれれば、一気に気持ちは有頂天。

 

 

 ――乾杯!

 

 

 キンキンに冷えたグラスが四つ、小突き合ってコロコロと陽気に鳴った。

 手を合わせてから、四人は料理に早速手をつける。メインはシヅキ、メヅキの土産とアキツネの土産のサシミウオ食べ比べ。

 

 フラヒヤ地方のサシミウオは冷たい雪解け水で脂が乗っている。

 丁寧に小骨を取り除いてからドテカボチャやドデッカブ、ベルナスと一緒にあらびきマスタードと香草で、薫り高くグリル焼き。

 

 アルコリス地方のサシミウオは豊かな土壌から注ぐ水で、身がやたらと大ぶりだ。

 ボリューム感を残したぶつ切りを生姜と醤油に漬け込んで、溶き卵にくぐらせてから片栗粉をまぶし、カリッと揚げれば絶品サシミウオザンギ。

 

「ッかア~美味ェ! 酒も料理も美味ェ! (わし)、バルバレから帰る道中はこんがり肉しか食ってなかったモンだから魚が殊更(ことさら)美味く感じるネェ」

「うむ、グリルは脂にマスタードのつぶつぶ感がよく合って……ザンギは全然パサパサしておらんし、カリカリの衣がたまらんな。まったく、どちらも美味い!」

「だべ? もっと褒めてくれてもいいッぺよ」

「これはお酒も進んじゃうねぇ、脂とお酒って最高だ。お酒に合う味よく知ってる奴だよ、アキツネは」

「だッぺやだッぺや? 三人とも、良ぐ分かッてッぺな、フフン」

「いよっ、天才料理人ー!」

「天下一品ー!」

 

 いつもはへの字の口を端だけニヤリと吊り上げて、いそいそと一旦台所に姿を暗ませた。

 実は彼、先程まで依頼に失敗したことでへこんでいた。なんでも、生地にライゼクスの尻尾の肉を混ぜたら、舌がビリビリ感電する携帯食料ができあがってしまったのだとか。

 それでも、バイトアイルーがいたとはいえあのライゼクスを単身(ソロ)で撃退にもつれ込ませる奮闘をしたのだ。

 携帯食料のことより、そっちの方がスゴいような気が……と三人は密かに思っている。

 

 酒があってのことだろう。今の彼は完全にいい気になっていた。

 

「……これ、追いタルタル。()ぇや」

 

 再び台所からアキツネが持ちだして来たのは、ボウルいっぱいの淡いクリーム色。

 塩と酢、コショウがベースの味付けに、ガーグァのゆで卵のホクホク感と、爽やかな辛みのオニオニオンの食感でまた違った味を楽しめる。

 

「ン、美味ェ! どッちもガッツリしてるはずなのに、タルタルソースがあると味変(あじへん)して全然イケるサ」

「はい美味しい。見た目からもう美味しい。不味くなるワケがないね」

「憎いことに付け合わせの野菜でさえよく合うな……くそぅ、胃袋が足りん」

「胃袋がダメなら腸まで行っちゃいナ~」

「ペース速すぎるぞ、俺を死なす気か!?」

 

 半分以上減ったメヅキのグラスに、どぽどぽと容赦なくフラヒヤビールを追加するハルチカ。

 彼は四人で一番酒に弱く、実は先程の食前酒であるポッカウォッカの一杯で結構酔いが回っている。

 今こそこのように好き放題暴れ回っているが、まもなく深い眠りに落ちるだろう。かわいそうな奴だ。

 

「あッ眠い、儂寝る」

「シヅキ、廊下から隙間風サ入るそこの戸の前に、ハル詰めといてくれ」

「はいよ」

「ア~酒弱い人ッちゅーのは如何(どう)して人権がねェのかナ! ……グゥ」

 

 ハルチカはシヅキに毛布でぐるぐる巻きにされ、隙間風を埋める壁として部屋の隅で眠ることとなった。哀れ、ここで彼は退場。

 それを横目にアキツネはしめしめと言わんばかりに台所に戻り、何やらもう一品作り始めた。

 

「あのな、ハルは寝ちまッたけッともあいつ、土産にドドブラリンゴなンて持ッて来たンだべ」

「ふむ、ドドブラリンゴか。豪雪地帯ので採れるものだろう? バルバレ土産にしては怪しいな」

「だべ? やたらいが(デカ)くて高そうで、それこそ貴族が食ッてそうな……ッちゅーワケで、こッからはもッと深酔いしてくべよ」

「どういうワケだ」

 

 アキツネが台所から更に取り出したのは、真っ白な皮に真っ赤な果肉、真ん中にタップリ蜜の乗るよく冷えたドドブラリンゴと、なめらかなテクスチャのロイヤルチーズに、ブレスワインの大きな瓶。

 やたら高い酒ということはこの男、ただ酔うだけではない本気の酒を楽しむつもりらしい。

 

「こういうワケだべ。高級なリンゴに合う酒ッつッたら、同じく高級なワインがいいンでねェべかと思ッて」

「リンゴとチーズって合うの?」

「合うとも。お前ェらの馬鹿舌、もッと鍛えてやる」

 

 その言葉に二人は見事なコンビネーションで炬燵の上を片付けて、皿とワイングラスを置くスペースを作った。

 

 時刻は日付を回った頃。さあ、悩み、(わずら)い、心配事。全部酒に流しましょう。

 とく、とく、とグラスのたったの四分の一ほど。竜の血よりも深い赤紫が注がれれば、豊潤な酒気に一気に脳みそが(とろ)け。

 

 

 乾杯、いざ深酒の世界へ!

 

 

 こうして彼らの夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 その実はただの飲んだくれかもしれないが、依頼を選ばず客問わず。

 困ったときは、ミョウチキリンなことさえも彼らに頼んでみればいいだろう。

 

 大都市ドンドルマの、一番地価が安い地区、とある鄙びた路地裏。

 そこにはボロの小洒落た事務所が、ひっそりぽつねんと建っている。

 

 寄ってらっしゃい見てらっしゃい、ここが狩猟と商事の《南天屋》。

 

 

 

 なお翌朝、ハルチカはポポのバターをたっぷり塗ったトーストに、ドドブラリンゴとロイヤルチーズを乗せたのを、アキツネに食わせてもらったとか。

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△

 

 

 ――ドンドルマハンターズギルドの、とある倉庫、とある一室。

 所属しているハンターの、全てのギルドカードが眠っているそうな。

 

 そこにある、とある浅い編み籠に。

 『G』の格を授かるべく、十数枚のギルドカードが眠るとな。

 なに、みんながみんな、『G』の格が授かれるってわけじゃない。

 あくまで候補だよ、候補。

 

 それで、その中の四枚。紐か何かでまとめられた四枚。

 その持ち主たちは、珍しいことにとある《商事》も営んでいるそうな。

 しかしながら、それは大変不思議であることに。

 

 ――四つとも、苗字が記載されておらず。

 

 奴らがどこの身分だか、全く分からないのだそうな。

 

 ハンターを志す理由は多様。

 富、金、名声。あるいは生きとし生ける者の、本懐を見届けたいがため。

 しかし、ゆめゆめ忘るることなかれ。ごくごく稀にハンターは、罪人上がりが潜むことを。

 

 ハンターズギルドは定めた倫理を崩さぬならば、来るもの拒まず去る者追わず。どんな人物も構いやしない。

 当然、この掟に異を唱える者達もいるが……はてさて。

 

 

 それはまた、別の話。

 

 

 


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