目の前で未だ目を覚まさない少年の額の汗を拭い博麗霊夢はため息をつく。
エルは魂だけ、ヨミは見た目だけではなくエルの身体を手に入れている。しかし本来の力はまだ引き出せていない。もし本当の力を取り戻した場合幻想郷は魑魅魍魎で溢れかえるだろう。そんなことになってしまっては博麗の巫女たる霊夢でも手がつけられなくなる。
「残り6日・・・・・・」
恐らくあと1回は現れるはずだ。本来の日までの6日でエルを融合ないし消滅させに来るはずだ。エルの方も無理に力を行使したせいで魂の波動が弱くなっている。ヨミを倒すにはエルを身体に戻しヨミを追い出しヨミとエルの身体の繋がりをころろのタイムアペレイトで断ち切らねばならない。ただその為にはエルがヨミの魂の力を上回る必要がある。タイムアペレイトは結果は変えられないが工程を変えられるもの。因果逆転のスペルカード。すなわちエルが体を取り戻すという結果が先にある必要がありヨミとの繋がりを断つのは過程でしかない。次はこちらからではなくあちらから襲撃してくるだろう。そこが最終決戦だ。それまでにエルの魂を、ヨミをも勝るものしにしなければ。霊夢は本来巫女としてこの事態を解決せねばならない自分が何も出来ないことを悔やむ。悔しさに歯をかみ締めていたその時だった。
「うっ・・・・・・」
ころろが目を覚ましゆっくりと目を開く。
「気づいた?」
「ここは・・・・・・博麗神社か・・・・・・痛っ・・・・・・」
「まだ無理よ寝てなさい。全身打撲よ。むしろ骨折じゃないのが不思議なくらいよ」
それを聞いたころろはへへへ・・・・・・と苦悶の表情を浮かべつつ笑った。
「あの時咄嗟に使ったからなタイムアペレイト。大怪我負うのは確定だったからなるべく治りが早いものに変えたんだ。それでもこんなもんだけど・・・・・・いててて」
「そう。まあ今回1番ダメージが大きいのは貴方よ。でもいつまでも休ませてる訳にも行かないわ。ヨミを封じるには貴方のスペルカードが必要だからね」
「他のみんなは?」
ころろの周りには霊夢以外居なかった。
「貴方が一番最後よ。みんな家に帰ってるわ」
「エルは?」
「魂の衰弱が激しいからね。今は見えてないだけでちゃんと「居る」わ。ただずっと姿を現したままだと波動が弱い現状、すぐに消滅してしまうわ」
回復はしているが魂の波動までは治癒の力でもどうにもならない。本人の生きたいという意志にかけるしかない。ころろは彼女の心の内の末端を知っていた。彼女が幻想郷に来た原因は「終わりたかった」から。現実に光を見いだせなくなったが為の行動。しかし今、彼女は生きようとしている。
「・・・・・・エルなら大丈夫さ。エルなら奴に勝てる。いや、エルにしか勝てない、だから俺は、あいつを……」
「いいからもう少しだけ寝てなさい。せめてスペルカードが使えるくらいまでには回復してもらわないと困るわ」
「そんじゃお言葉に甘えさせてもらいますよ……」
ころろは痛む上半身をもう一度布団に戻す。
霊夢はそっと立ち上がると
「じゃあ私はやる事あるから」
「ああ、ありがとうな」
「……礼には及ばないわ」
立ち去ろうとした霊夢は襖の前で足を止めこちらに一瞥し続けた。
「ただ、私がやるべき事と貴方達が首を突っ込んだ事がたまたま同じだったからよ。利害の一致ってやつ」
「それでも……ありがとう」
「……ええ」
ころろの再度の感謝の言葉を背中で受けて霊夢は居間から出ていった。
ベッドに寝転がり天井を見つめる。
「なあエル、いるんだろ?とりあえず聞いてくれ」
ころろ以外に誰も居ない、いや少なくとも「見えていない」この部屋に「いるはず」の少女に声をかけた。
「ころろさん……」
うっすらとエルが現れ実体化してきた。ころろはそれにおどろき
「あーいいからいいから。謝るとかそういうのは。むしろ謝らなきゃ行けないのは俺らさ。エルに助けられて……不甲斐ない」
「そんなことないです!ころろさんたちがいなかったら私は……ころろさんたちのおかげで勇気をだしてあの人の前に立てたんです!」
エルの目は少し涙ぐんでいた。それは彼女が勇気を持って決断した証だった。ころろはそっと微笑むと目の前の少女の頭をそっと撫でた。
「……そうか。なんというかその……その言葉を聞いて安心した」
「安心……ですか?」
「ああ、希望が見えた気がする」
勝てるかもしれない、そう思えた。なぜかと言われても答えることは出来ないかもしれない。しかしエルの「勇気」という言葉に掛けてみたくなった。
「あいつから身体を取り返すにはあいつの想いの強さを上回るしかない。あいつのこの世への執着は異常だ。蘇りたいとかそういう類ではなく復讐という名の単なる嫌がらせだから尚更な」
自分を捨てたイザナギへの復讐と言っていた。はっきり言って今ヨミがしている事は八つ当たり以外の何物でもない。やり場のない想いをひたすらぶつけ続けて来ていたのだろう。
「今まで博麗の巫女はヨミを倒さず封印してきた。それは既に死した存在だから」
ヨミに「死」は効かない。だから封印していた。幻想郷の端の岩戸に結界と御札で封印していると霊夢が言っていた。
「もうこの先もアイツが蘇るのははっきり言って面倒だ。だから俺はヨミを"封印しない"」
「封印……しない?」
思いもよらぬ答えにエルは首を傾げる。
「ああ……ようはな……」
数時間後、
「大丈夫なわけ?」
「ああ、とりあえず歩けるようにはなった」
ころろは壁にかけてあったパーカーを取り羽織る。霊夢は縁側でお茶を啜っていた。
「で、どうするわけ?貴方ヨミを封印しないんでしょう?出来るの?」
霊夢は振り返らずころろに問う。ころろは数秒の沈黙の後霊夢の隣に座り込んだ。
「出来るなんて100パーの保証はないさ。でもエルならそれを可能にしてくれると信じてる」
「でも彼女の魂は衰弱したままよ。今のままではヨミには勝てない」
「確かに、な。でもエルは勇気を得た」
「勇気」、それだけ聞けばとても軽く聞こえるかもしれない。だがエルにとってはとても重い1歩だ。
「既に死した存在の現世への復讐の感情より"終わろうとしてた"存在の生への執着の方が強いと思わないか?」
「……わかったわよ。貴方たちに掛けるわ。ただし私もしっかりメインをはらせてもらうわ」
「つまり……?」
霊夢はお茶をお盆に置き立ち上がる。
「博麗の巫女としてあなた達ニコラ商店に異変解決の支援を依頼します!」
ビシッところろにむけて人差し指を構える。
「うちは依頼されたら断らないさ。これで貸しもチャラだな」
「あら?今回でまた貸しをひとつ作ったからチャラではないわよ」
ははは……と、ころろは頬を掻く。
「かなわねぇよお前には」
「それじゃ手はず通りに」
「了解だ。頼んだぞ」
霊夢と握手を交わすところろは未だ重い身体を引きずるようにして仲間の待つ家へ帰る。
「あいつに勝つにゃどうすりゃいいんだろうな」
ラッキーは座椅子に腰掛けお茶菓子を食べながら天井を見つめていた。にょろはさっきからずっと難しい顔をして椅子に座っている。昔美術の授業で見たロダンの考える人のようだ。
アルはキッチンでお茶を淹れていた。トライは縁側でぼーっと外を眺めている。
「とにかくみんな1回落ち着きましょう。ほらお茶を淹れましたよ」
「悪いなありがとう」
アルから湯呑みを受け取りお茶を啜る。するとにょろが口を開いた。
「なあお前らは幽霊って信じるか?」
唐突なその質問の意味がラッキーにはイマイチ理解できない。
「そらここ数日で何回か見てるし信じるなって無理な話だぜ……?」
「いやなんというか説明しづらいな」
少し考えてにょろは手元にあった湯呑みを手に取る。
「なあラッキー、これはなんだ?」
「あ?そら湯呑みだけど」
「そうだ湯呑みだ。じゃあアルの方を向いててくれ」
ちょうどラッキーの後ろにいるアルの方を指さしラッキーは指示に従い後ろをむく。自然とアルと見つめあう。が、
「あんまりジロジロ見ないでくれるかしらね?」
「悪ぃな好きで見てる訳じゃないんでね!」
頬を赤らめながら言うアルにラッキーは少々イラッとくる。
「じゃあラッキーこれはなんだ?」
にょろはすぐ近くにあった煎餅を手に取った。
「これって言ったって見えないもんは答えようねぇだろ……」
後ろを向いているラッキーには当然にょろが持っている煎餅は見えない。ラッキーの背中には目はついていないので当然である。
「じゃあこっち向いてみろ。ほら」
「煎餅か」
「そう、それだ」
「は?」
と言われてもという表情でラッキーとアルは首を傾げる。
「こんな説がある、世界というのは視界に入ったものだけ存在しているのではないかと。もちろん現実は違うが。前を向いている時後ろは見えない。その瞬間後ろに世界が存在しているとは自分では証明できない」
にょろは1口煎餅を齧る。醤油の染みた味がする。
「それは俺らにも言えることだ。今俺の事をお前らが認識していることで俺は俺自身がここに居ると感じられる。存在するためには他人に認識されないといけない」
「あのさぁにょろ……お前っていつも説明する時凄い遠いところから話し始めるよな……」
「そうか?まあわかった本題を言おう。さっき俺はお前らに幽霊は信じるかと聞いた」
「ああ?そうだn」
「幽霊とか妖怪って類はな」
にょろはラッキーの返答を待たずに話を続ける。
「昔の人達が恐怖心に名前をつけたんだ。暗闇に対する恐怖がそこに無いものを作って暗闇ではなく『そこにいる何か』に対して恐怖を抱くようにした。妖怪も同じだ」
「でもさ妖怪も幽霊も幻想郷にゃみんないるだろ……?」
「そう、それなんだ。その考え方。俺らはここの考え方に感化されてしまった。幻想郷は非現実が現実だ。あっちとは違う」
ラッキーとアルは未だ理解しきれていない。
「何かが存在するには他人に認識されること、幽霊や妖怪は人々の信仰が生み出したもの。だから認識しなければいい。幽霊も妖怪もいないと信じる。ヨミが使うのは幻術、いわば俺らの中の存在を投影するんだ」
そこでアルは理解したようで口を開いた。
「つまりそれって……」
「ああ、そうだ。この戦い方は俺らの『心』を殺して戦わなきゃ行けない。見えたものをもう居ないと、存在してはいないと思い込むことだ」
いないと信じれば幻霊は存在できないのではとにょろは考えた。
「幽霊なんていないと信じる……か。なら最初からそう言えって……」
「わるいなこういう話し方しか出来ないんだ」
「まあそれが出来ればあいつはかなり弱体化するな。できればの話だが」
実際問題これはかなり難しい。ここは幻想郷だ。「無い」ものが「ある」。
普段妖怪やら神様を見ているためにそれが普通だと感じ始めている。ラッキーたちももう立派な幻想郷の住民なのだろう。
「霊夢も言ってたがあいつに勝つための鍵はころろとエルだ。俺らが露払いをする必要がある」
「それは分かってる……分かってるが……」
「あの……」
にょろとラッキーの会話に割ってはいる少女の声。
「私に考えがある」
赤い瞳の少女、アルだった。
(俺とエルが……鍵になるだろうな……)
歩く度全身が悲鳴をあげている。立つのがやっとではある。が、そんなことを嘆いてはいられない。時間もそこまで残されてはいない。しかしころろにはひとつ策があった。ころろの体力も回復できエルの魂の力も上げられる方法。それにヨミが乗るかの賭けではあるが。
ふと歩みを止める。気配を感じた。
「エルじゃない……紫だな?」
「よく分かったわね」
木の影から紫が顔を出す。
「まあお前の気配は嫌な感じで分かるからな」
「あら遠慮なしにズバズバ言うじゃない?」
ころろはふう、と深呼吸すると紫に今まで思っていた疑問をきりだした。
「お前、今回のことどれだけ絡んでるんだ?」
紫は一瞬きょとんとしたあところろの目を見つめやれやれと言った感じで説明し始めた。
「どうせ私があの子をこの世界に呼んだとか巻き込んだとか思ってるのだろう?だが残念だがそれは見当違いだ。今回の事はほんとに何も関わっていない。正直私の想像以上でもある。まさかアレだけ強力に引き合うとはね」
「お前が一切関わってないだって……?」
ころろは困惑した表情で紫に聞く
「じゃあなんだ……器が引きあってエルは幻想郷に飛ばされたと……?」
「そうよ。彼女がここに来たのもそれによるものよ。無意識のうちってやつね」
「でも待て……エルは……「終わろう」としてあっちの博麗神社に来たんだろ?それはあいつの意思じゃ……?」
そうだ。彼女は終わるためにあちらの博麗神社に来たはずだ。
「終わるために……?彼女がそういったの?」
「ああ、そうだ。あいつが話してくれたよ"終わるため"に来たと」
「ただいま」
当たり前のその一言を当たり前に言える場所に帰ってきた。気づけば夕方になっていた。
「おかえり」
居間に行けばいつもの仲間が待っていた。あれからドタバタしていて結局ころろの誕生日を祝うための飾つけはそのままになっていた。
とりあえず近くにあった椅子に座る。沈黙が流れる。みな何も口を開かない。こころは深呼吸すると口を開いた
「話が……」
「ころろ、話がある」
ころろが話す前ににょろが口を開いた。
「お、お?ああ、なんだ?」
「ヨミを倒す方法だ。アルが話してくれる」
「はい、ヨミを直接倒すという手ではないですけどころろとエルをヨミのところに送り届けるための作戦です」
アルは淡々と喋り始める。アルがこういう喋り方をする時は何か覚悟があるときだ。ころろはそれを推し量っていた。
「さっきにょろがあの取り巻きの幻霊たちを見なければ良いのではと言いました。幻霊たちは見ることによって存在すると。逆に見なければ幻霊たちは居なくなりヨミは弱体化する」
「それはそうだがどうやって……?」
「私の眼を使う。この目の力を常時発動してころろ、トライ、エル、にょろ、ラッキーに接続して戦闘してもらいます。そうすれば幻霊は大幅に弱体化しヨミにも近づけるでしょう」
だが、その作戦には欠点もあった。アルの負担が恐ろしくあがる。常時発動ということは目にかなりの負担をかける。さらにトリックが分かればアルは一斉に狙われるだろう。
「私がやられる前にみんながやってくれればいいんですよ」
「それはそうだが……にょろ、ラッキー、お前らは納得したのか?」
にょろはメガネを中指でクイッとあげ
「ああ、それしかない、という結論だ。恐らくそれだけ見ないようにしてもあの巨大な骸骨は充分強い。だが、アルの目を使えば見えなかった弱点が視覚化される。かけてみる価値はある」
「俺もまあ同じだ。正直最大の難関はヨミじゃなくてあの守護してるゴーレムだ。不運連鎖でも削れない」
とは言うもののやはり苦渋の決断のようでラッキーとにょろの表情は曇る。ころろはそんなふたりの心情を察して自分の作戦を話始める。
「俺にも考えがある。ただしこれは倒せる手段とかじゃない。倒すために必要な作戦だ
」
「倒すために……?」
アルはイマイチ理解が出来なかったので確認するように聞いた。
「ああ。あいつに果たし状を出す」
「果たし状!?」
その場にいたころろ以外と全員が声を上げた。
「果たし状ってお前喧嘩じゃないんだぞ……?」
「いーや、これはあいつの八つ当たりが原因の喧嘩さ。何か大義名分がある訳でも無い」
「だが、あいつがそれに応じるのか?」
にょろのもっともな疑問にころろは自信ありげに答える。
「応じるさ。あいつは腐っても神だ。プライドは高いしな。こいつで本来の日にち、六日後まであいつの再来を引き伸ばす。そのあいだに俺たちは特訓さ」
「特訓?」
「ああ、今のオレたちでは体力が回復したとしてアルの目で弱点を炙り出してもで決定打にはなりえないかもしれない。だから改めて自分たちの長所を延ばすんだ。その間にエルの気力も回復する」
万全な状態で決戦を迎えようというのがころろの考えだった。みんなもその考えに賛成だった。ころろは筆をとり果たし状を書き始める。
「律儀に墨で書くんだな」
「まあほら一応向こうも神様だしな。多少の誠意は見せた方がいい」
さらさらと書くとそれをトライの口に加えさせた。
「トライ、ヨミはここを現世にいる間の拠点にしていると霊夢が言ってた。ここに放り込んでこい」
「はふぁー(ラジャー)!」
トライはバサバサと羽根を羽ばたかせ縁側から飛んでいった。
その瞬間を一同は見逃さなかった。
「……見たか?」
「ああ、みた。飛んでたなあいつ……」
「ええ、ニワトリのはずなんですけどね」
「進化したのか……」
みんなが困惑していると庭にサチが駆け込んできた。
「おお、サチどうした」
「いやみんなが大怪我したって聞いて!」
ハァハァと呼吸を荒くしたサチの顔は涙ぐんでいた。
「何泣いてんだよお前のせいじゃないって。むしろ仕事持ってきてくれたしな」
「でも……」
「いいか?お前は俺らが帰ってきた時にうまい団子を食わせてくれればいいんだよ。だから心配すんな!」
ころろはサチの頭をポンポンと撫でる。
「もう、ポンポンするな!!子供じゃないんだから!」
「ハッ!俺らからすれば全然子供だよ」
ころろは笑いながらそういうとサチはムゥーッ!と頬をふくらませた。
「もう!ころろの団子は激辛にしておくもんね!」
「はっそりゃ楽しみだ」
サチが来たおかげで暗かった商店も笑顔がもどりつつあった。そしてころろにはまだみんなに話していないことがあった。
「みんな、もうひとつ話があるんだ」
そう、ヨミの封印の話である。
「ああ、だから俺はヨミを封印しない」
「封印……しない?」
思わぬ答えにエルは首を傾げる。
「ああ、ようはな"神は殺せない"。神は人々の信仰によって存在してる。それが受け継がれる限り死ぬことは無い」
だから今まで博麗の巫女は封印という形を取ってきた。あの祠の封印はとても強力だ。しかしそれも無限ではない。最初に現れた時また現れぬようできるだけ長く封印できるように施したがそれでも300年が限界だった。だからその時の巫女は時間に任せ将来的にヨミを完全に封じられるように未来に託したのだ。
「神を殺すこと、それはつまり民を殺すこと。それがわかっていたんだよ昔の博麗の巫女は。未来に託したはいいけど未だに完全封印には至らない。そんな時だ、今回初めてイレギュラーが起こった。それがエル、君だ」
「ええ、そうですね」
「そして今、今までとは違ってあいつは弱体化している。博麗の巫女が用いた術ではなくても封じられるかもしれない。もしかしたらこのままいけばエル、君は死ぬかもしれない。ヨミに魂の力を吸われたからな。今はこうして多少回復してるが多分長くは持たない。だからヨミから体を取り返して"ヨミで君を補強"する」
「それってつまり……?」
「ああ、君の身体にヨミを生かす」
ヨミとエルはとてつもないほど霊格が似ている。だからこそヨミは引っ張られた。ひとつの身体にふたつの魂は共存できない。しかしエルならばヨミを抑え込み共生出来るのではところろは考えた。
「まず俺のタイムアペレイトでヨミと君の身体のつながりを絶つ。そのあと君を身体に撃ち込む。そのあとはきみの戦いだ」
「そういう事ね。ま、実に貴方らしいけど」
襖を開けて霊夢が入ってきた。
「霊夢、聞いてたのか」
「たまたまよ。で、エル貴方はどうなの?」
「私ですか……?」
そう聞かれたエルは顔を俯かせる。数秒の沈黙のあと口を開いた。霊夢だ。
「このままでは貴方は消滅する。でも身体を取り返すにも貴方がヨミに負ければどのみち消える。消えるか生きるかの2択よ」
「……私は……」
一瞬躊躇う。みんなに言っていないことがある。ここに来た本当のわけ。誤魔化してきた。しかし自分のためにみんな命を張っている。言わなければならない。
「私は……終わるためにここに来ました」
「終わるため……!?」
エルは遠く空を見つめる。
「もう全部が嫌になったんです。全部投げ出して……これといって友達も居ないし。ちょうどあの日親と喧嘩して家を飛び出してそれであの場所に、あちらの博麗神社に行ったんです。私たちの時代では博麗神社は神隠しとか人が行方不明になるって有名だったんです。自殺の名所とかそんな感じでも」
「あっちでもこっちでもろくな評価受けてないのね博麗神社……」
霊夢は少々呆れた。神隠しは当然、紫のせいなのだが奴のせいで向こうの博麗神社の評判も悪いとはとんだ迷惑である。
「やっぱり無意識のうちに引っ張られたということか……」
「強すぎる器としての力が……か」
霊夢はしばしの沈黙のあと続けた。
「それで結局どうしたいの?」
「私は……私は生きます。ここに来て幻想郷の皆さんと触れて吹っ切れました。戦って、戦って勝ってみせます!」
その目には確かに覚悟が宿っていた。霊夢はその目を見てもう何も言うまいと頷いた。
「ならば残りの6日間、まずは回復してそのあとは特訓ね。時間は少ないわよ」
エル自身の身体能力は一般的な10代の女子と変わらない。スペルカードさえあれば多少変わるかもしれないが本来あれは決闘用に作られたもの。ヨミの場合は本当の殺し合いだ。スペルカードで対抗できるかどうか。
「やります……成し遂げてみせます!!」
少女の決意の灯った顔に霊夢は安堵した。
「という訳だ」
ころろが話終えると場は重い空気に包まれていた。当然といえば当然だ。エルが抱えていた闇を知ったわけだ。死というのはとてもデリケートな問題だ。ましてや自らの場合も。親を亡くしたころろたちも人の死の痛みは分かる。しかし自ら絶とうという所まではいかない。その考えに行き着くのは余程のことがその人に取ってあったということ。
「で、エルは霊夢のところで気を高めてる。俺らもそれまでに回復と強化だ」
「エルにそんな過去がね……俺らは避暑して偶然だったけどエルは必然だったわけか……」
ラッキーは天井を見つめてポツポツと呟いた。サチは俯いたまま何も言わずそんなサチをアルはそっと抱きしめていた。
「でもエルはやるって言ったんだろ?それなら俺らは支えてやるしかないだろ?」
にょろはメガネをかけ直して立ち上がる。
「なあ?リーダー?」
「ああ、依頼は最後までこなす。霊夢から正式に依頼もうけたしな。エルの身体を取り戻してあの子が笑顔でここに帰ってこられるようにする。だから俺達も気合い入れていくぞ」
ころろのその言葉にその場にいた全員が同じ気持ちになった。ハラは決まった。
「まずは回復だ。その後は少しでも強くなる、やるぞ!!!」
「おお!!!」
あたりも暗くなった幻想郷にメンバーの雄叫びがこだました。
日が短くなり幻想郷にも秋が訪れた。秋の夜長に映える月を岩戸の上で見上げる少女ヨミ。またの名をイザナミ。
「良くこうして2人で月を見上げたものだが」
少しだけ懐かしさに浸るがすぐにイザナギへの想いは憎しみへと変わる。空いと憎しみは表裏一体とも言う。
死したイザナミを助けにイザナギは黄泉の国へ乗り込んできたがいいが途中でイザナミとの約束を破り振り返ってしまう。そこに居たのはそこに居たのは美しい女ではなくイザナミの形をした腐肉と骨の塊だった。イザナギは恐怖のあまり逃げ出しイザナミは裏切られたことへの怒りとこの姿を見られたことに対する羞恥、そして何より逃げ出したイザナギに対する哀しみであった。
逃げ出さずにそれでも良いと抱きしめて欲しかった。だかイザナギのあの目は化け物を見る目だった。思い出は全て憎しみの糧となりイザナギを追いかけた。しかしイザナギは見事現世まで逃げおおせ黄泉の国への入口を大岩で塞いだ。そしてそれから悠久の時が過ぎたころ、人々の記憶からこの岩戸が忘れ去られ幻想郷の山奥に転移してきた。岩戸という概念と共にイザナミも一緒に。
あちらで忘れられたものたちが流れ着く場所、そんな幻想郷に自分との思い出を忘れ逃げおおせたイザナギを重ね怒りを覚えた。そして幻想郷を破壊すると決めた。それと同時にイザナミの名前も捨てヨミと名を変えた。自分に会う器の年頃の若い女に乗り移り幻想郷を火の海に変えた。しかしそれも当時の博麗の巫女の力で封印された。
そうして何度かの復活と封印を繰り返し眠りについていた。
だがその眠りは意外な形で妨げられた。器が自らやってきてその強大な適合率のおかげでヨミの封印が強制的に解かれたのだ。この好機を逃すまいとし器が幻想郷に移るタイミングで身体を奪った。幸い魂は弱っていたため難なく身体を奪えた。だが誤算と言うべきか身体を奪った反動で元いた魂が外に放り出された。これでは完全に身体の力を引き出すことは出来ない。そうして魂を探すついでに幻想郷の住民たちに黄泉がえりをみせ愉しんでいた。何日かしてついにその魂が目の前に現れた。これと戦ったが奴は力をふりしぼりヨミに黄泉がえりを見せてきた。屈辱だった。忘れられた存在とはいえ仮にも神であるヨミが弱った魂ごときにしてやられるなど。
「次は容赦せぬ。その魂我が掌握し完全に消し去ろう」
くくく……と月夜にひとり笑っていた時だ。上からヒラヒラと何かが落ちてきた。目の前まで落ちてきたところでそれをキャッチする。
「果たし状……あの若造どもか」
器の魂と共にいる少年たち。今回は博麗の巫女ではなく彼らがヨミと戦っている。正直取るに足りない。たとえスペルカードなどという玩具を手にしていても所詮人間の子供。神であるヨミには届かない。実際取り巻きの魑魅魍魎共にすら苦戦していた始末。
「そんなヤツらが果たし状とは……。笑わせてくれる」
中を開けば6日後、岩戸にて決着をつけると書いてあった。決着、その言葉にヨミは笑いをこらえきれなかった。
「たった6日で決着とな。面白い」
手に纏っていた包帯を少しちぎり冥府の炎で焼き文字を書く。
「おい、鳥持っていけ!!!」
それを上へ投げると先程から上空を旋回していた鳥が咥えに急降下してきた。
「6日間は手出ししないと約束しよう。だが6日後の貴様らの命は保証しない、とな!!!」
包帯をキャッチした鳥はこちらに見向きもせずに去っていた。
「見せてもらおう。6日間で人間がどこまで神に迫れるかを」
そうしてまた静かになった月夜を岩戸の上で見上げる。
「ほれ例の神様嬢ちゃんからラブレターだぜ」
バサバサと羽を羽ばたかせトライは縁側に着地する。もう誰もこのニワトリが飛んでいることには突っ込まなかった。面倒くさそうだからである。
「なんだ神様嬢ちゃんって」
至極真っ当な疑問をラッキーは口にする。
「神様で身体はエルなんだから嬢ちゃんだろ?」
とよく分からない理論をトライは自慢げに話す。聞いた俺が馬鹿だったと言うふうにハイハイそうですねとラッキーは適当に返す。
「よし、これで時間はできた。今は寝て明日から備えるぞ」
「了解!」
こうしてnikola一世一代の大勝負が始まった。
どうも作者です。書き終わってたのに更新し忘れていたorzあれ前回も似たようなこと言った気が・・・まあいいや。今回のサブタイトルの意味合いは内緒、ですね。いい感じのがつけれて満足です。そろそろクライマックスなんですよええ。クライマックス・・・たどり着けるかな()