月下に儚く   作:SoCOi

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十:虚空

 幻想郷に住まう多数と比べ、鈴仙は忙しかった。特に、永琳が消えたらしい日から今日まで、明らかに多忙になった。

 

 仕事など、しようと思えばいくらでも見つかるし、元々勤勉なたちであるから、自分から忙しくしてしまうという面もある。これを鈴仙は今だ己の内にくすぶる奴隷的な根性からくるものと考えており、それで我が身をかえって情けなく思っている。

 

 このような様子だから、寝たきりの依姫の世話も、日々の過程の中に埋没していくのみであるし、早苗との訪問の約束も、なかなか果たせないのだった。

 

 多忙を喜ぶことはかえって悲しいことだと鈴仙は思っているが結局のところ、彼女にとってはこれが一番気安い状態であることは確かなのだ。流石に仕方のないことだと鈴仙も割り切りざるを得ない。

 

 何にせよ、これが相応の境遇のはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 とある、人間の集落を歩いていた。通常の回診である。ここにも、守矢の開発の手が伸びており、昔よりも人でごった返し、随分と賑やかになっていた。もはやひとつの町といえる。

 

 その日も予定通り回診を済ませ、雑踏をよけながら鈴仙は帰途についていた。

 

 働くことは、苦ではない。だが、今日の責務をこなすことができたのならば、それだけの安息を感じることができる。心持ち気を楽にしながら、ぼんやりと歩いていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

――その雑踏の中、かつて見たはずの銀の髪がたなびいた。

 

 

 

 

 

 

 急激に鈴仙の意識が冴えわたる。追いかけなければ――

 

 

 

 角を曲がり、垣根の向こうに姿は消える。鈴仙は走り出していた。

 

 ()()を自分は、追っているのだ。絶えずその考えが頭に湧いて出るが、鈴仙の胸中には全く、定かでないが、ある確信があった。

 

 

 鈴仙も角を曲がって道の向こうまでを見通した。――だが、()()はその向こうの角をまた、曲がろうとしていた。

 

 鈴仙も全力で追った。周囲の目など、気にはしなかった。

 

 そうして、何遍も道を曲がり、人を押しのけ、跳ぶように鈴仙は()()()()を追い求めた。そして――

 

 

 

 

 

 

 次に角を曲がって、いよいよその背中に手が届くというときに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――()()っ!」

 

 

 

 

 

 

 あるべきはずの、指先への感覚はなかった。狭い路地、その先で集落が終わり、一面に視界がひらけていた。

 

 鈴仙は肩を落とした。呼吸を整えると同時に、何が起きたのか、混乱している思考も整えようと努めた。

 

 

 

――師匠と、呼んだのね。私は――

 

 

 確かに、その考えの一心であの背中を追っていたのだ。だがそれ自体が不思議なことだった。彼女の姿を目撃して、急に思い出したというのか。

 

 では、なぜ彼女の前に現れたのだろう。そして、なぜ鈴仙から逃げるようにして去っていったのか。去り際も、実に不可思議であった。

 

 

 

 

――幻覚か。この、わたしが。

 

 

 

 皮肉なことだと、鈴仙は思った。自分が『狂った』らしいのは初めてのことである。

 

 

 

――しかし。

 

 

 ちょっと、異様な場所だった。もう空には月が昇っているが、ちょうど後ろの路地の延長くらいに月があった。

 

 地平線の向こうに、わずかに森か山の様なものの影を見とめることができるが、それ以外その地平に何かの存在を確認することができなかった。

 

 何より、静かすぎる。鈴仙の四肢を、緩やかな風が通り抜けて行った。

 

 

 言いようのない、いやな感覚を鈴仙は感じている。だが――

 

 

 

 

――きれいな、月。

 

 

 

 何もない、そこで出会った月に、鈴仙は不思議と魅かれた。

 

 

 

――月が、こんなに綺麗だなんて。

 

 

 

 恐ろしいとまで思っていた月。その月光が鈴仙の心のうちに、美しい輝きをもって射しこんでいた。

 

 

 

 そして、涙が一滴、鈴仙の瞳から流れ落ちた。

 

 

 

 よろけながら、鈴仙は月のほうへ向かって歩き出した。時折蹴つまずいても、またするすると起き上って歩いた。月の他には何も見ようとしなかったし、頭の中も、快い感動に支配されていた。

 

 

 

 

 ただ、歩いてゆく。しだいにあるき方も整っていった。

 

 

 

 

 

 からだが、軽い。どこまでも行ける。

 

 

 

 

 

 思惟が、空間にひろがってゆく。

 

 

 

 

 

 どこまでも、ゆけるのだ。

 

 

 

 

 

 

 こわくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広がりきった、思惟が、張り裂けた。

 

 

 

 

 ここはいったい、どこなのだ。思い立って、振り返る。振り返って、鈴仙は戦慄した。

 

 

 

 元居た町並みが、全く見えなくなっていた。それどころではない。近づいていたはず(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)の、森か山の影も、何も無くなっていた。

 

 

 

あるのは、天に輝いている満円の月のみである。恐ろしい。鈴仙は棒立ちのまま、動けなくなっていた。

 

 

 風も吹かない。むこうの空間。果てしのない虚無が、鈴仙を蝕んでいく。

 

 

 

 

 

 

 天を仰いで、鈴仙は目を剥いた。あの月。あの――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声のない、叫びをあげた時、鈴仙は誰かに手をつかまえられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曙光が、襖の向こうから漏れ出してきている。鈴仙は今日もそれに起床を促された。

 

 

 

 

 よく、眠れたようだ。昨日はかなり疲れて、仕事が終わったらすぐに寝付いてしまったのだ。

 

 身支度を整え、大広間に出向いた。輝夜と、ほか数()の兎が朝食を並べていた。

 

 

 

 まだぼんやりとしている鈴仙を見て、輝夜がくすくすと笑った。

 

 

 

「しかたないでしょう。まだ眠いんですよ」

 

「そのようね。――ほら、しっかりなさい。今日もいっぱい、頑張ってもらわないと」

 

「いつもね、そのつもりですよ、姫様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を摂って間もなく、鈴仙は出かける支度を始めた。輝夜はああ言ったが、今日はそれ程忙しい訳でもない。尤も、そう決めたのは鈴仙自身なのであるが。

 

 なんとなく、ゆっくり過ごしたかった。そんな日もたまにはあるものだ。

 

 

 

 鈴仙が出かけようとおっとり扉を開けた時、その先に、見かけない人影がひとつあった。

 

 

 

 頭に犬のような耳、それと大きな尾が腰に数本。鈴仙は考える。

 

 

 

――この人は何だろう?狐――かしら。何しに、その前にどうやってひとりで――

 

 

 

 怪しい人影は鈴仙を見かけると傍に寄ってきて、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたに、話しておかなければならないことがあります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実は、物語も佳境だったりします。

別に飽きたわけじゃないです。本当です。だいたい予定通りです。


しかし、もっと早くに短編タグ、つけとくんだったかな……
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