月下に儚く   作:SoCOi

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三:問答

 レミリアの身体は代謝を行わなかった。それは前回診た時と変わらない。

一度死んだ存在である吸血鬼は代謝を行なう必要がない。レミリアもその例外ではなかった。

 

 ただ、心臓の鼓動だけがあった。これすらも、彼女の活動に関してそれ程重要なものではないらしい。傍らの魔法使い曰く、あくまで血液循環のイメージからくる、言うなれば『意匠』に過ぎないのだという。

 

 この行為の一切が、馬鹿馬鹿しい。鈴仙はつくづく嫌になった。

 

 それでも彼女は、精一杯自らの持つ術を凝らした。だがそれをあざ笑うかの如く、患者の身体は謎を抱えたままである。

 

――もう、お手上げよ。

 

 自分の誠意も、なんだか間が抜けているように思えた。鈴仙は診察を打ち切ることにした。

 

「一通り診てみましたが――申し訳ありません、やっぱり、私には手の施しようがないです」

 

 いくら患者の状態が篦棒なものだったとはいえ、こういう断りは医者の端くれとして心苦しい物言いであった。

 

 一方の患者はさもありなん、といった様子で落ち着き払っている。いよいよもって間抜けなことをした、と鈴仙は痛感する。

 

 

「ありがとう。とんだ迷惑だったでしょうね」

 

「いえ、そんな――」

 

 実際至極迷惑だったが、レミリアに僅かにでも遜られると、仕方がないと割り切ってしまえるのだった。善良というか、変に単純なのだ。鈴仙は内心で自嘲する。

 

 

 

 パチュリーが開いていた本を閉じた。静まり返った部屋にパタンという音が響く。

 

「もう一人のゲストをお呼びして頂戴」

 

 パチュリーが口を開いた。その言葉に応じ、一人のメイドがそそくさと部屋から出ていく。

 

 幾許かの間に、メイドがもう一人連れて戻ってきた。

 

 巫女装束の人物だ。所作は異様なほどきちんとしているが、どこか横柄な雰囲気がにじみ出ていた。

 

 青く澄んだ瞳は、レミリアとは違った漠然とした深さがある。そして口元には微笑みを湛えている。

 

 パチュリーが鈴仙に向き直って話し始めた。相変わらずぼんやりとした感じを受けたが、視線や言動からははっきりとした意思が感じられる。

 

「このひとは東風谷早苗。御覧の通り巫女さんよ。」

 

「東風谷早苗と言います。『妖怪の山』にある神社で巫女をやっています。どうぞ宜しく」

 

 パチュリーの紹介を受け彼女、早苗自身も紹介を始めた。彼女は笑みを絶やさなかった。とにかく屈託無く微笑み続けていた。

 

 何と無く呆然とした気分になりながら鈴仙も話し始める。

 

「鈴仙です。医師として、ここに伺いました」

 

「お医者様ですか、成る程――あの竹林の中にある、病院だか、寮生所――でしたっけ?」

 

「ええ、そうです。そんなところです」

 

この巫女は鈴仙に対し、あくまで親しげに接してきた。彼女の堂々とした佇まいが、不思議と嫌らしさを感じさせなかった。

 

 それでも鈴仙は、早苗のことを少し苦手に思った。とてもではないが、鈴仙には初対面の相手にここまであっけらかんと接することはできないし、また、あまりそうして欲しいとは思えなかった。

 

――なんとなく、いけ好かないひと

 

 そう思ったが、それはおくびにも出さず、鈴仙は軽く微笑み返した。

 

「レミリアについて、二人の意見を伺いたいわ」

 

 パチュリーが話を切り出した。早苗は何らかの成果を出すことができたのだろうか。

 

 早苗がレミリアに対し、どのような術を施したのか鈴仙には見当もつかないことだったが、大した成果はなかったのではと直感的に思った。

 

 彼女には何をしても無駄だ、という根拠のない確信が鈴仙の心中に生まれていたのである。

 

 そもそも、医者が吸血鬼を診ることも変だが、巫女が吸血鬼を祓ったり、清めたりする事もかなりおかしいと鈴仙は思った。

 

 

 早苗が、レミリアに施した手立てについて語り出した。

 

 鈴仙には彼女の語った事の詳細は理解できなかったが、彼女が二日前からこの洋館に入って何かしらの術式を開始したこと、それも叶わず何の成果も得ることができなかったことは、鈴仙にも解った。

 

 その点、パチュリーには早苗の話がつぶさに理解できるようで、話の中で頷いたり聞き返したりしていた。

 

 早苗とパチュリーの問答が終わり、鈴仙も話し始めた。ただ今回も、以前の診察と結果は変わらないので、大して話せる事は無かった。

 

 だがこの鈴仙の短い解説に対しても、パチュリーは前回とは違う、且つ適格な問いを幾つか投げかけてきて鈴仙を驚かせた。それでも鈴仙はこの賢人に対し、芳しい答えを返すことはできなかった。

 

 この問答の間、当の患者は退屈に耐えかねていたようで、メイドたちに無意味な言葉をかけたり、紅茶を要求したりしていた。呑気なものだと、鈴仙は半ば呆れた心境になる。

 

 

 二人の話を聴き終え、パチュリーは俯き、思案を始めたようだった。

 

 短いパチュリーの逡巡の内に、咲夜が戻ってきた。早苗が軽く会釈をする。

 

 彼女は変わらず、無表情で硬い印象を受けた。

 

 顔を上げたパチュリーが、咲夜に目配せした。咲夜が頷く。

 

「お二方ともお疲れ様でした――もうお帰り頂いても構いませんが、霧はまだ止みそうにありません。つきましては、霧が止むまで本館にご滞在下されば――」

 

「この霧が今日の内に止むことはないわ、咲夜。二人の都合が悪くないのなら、今日の所はお泊まり頂いたらどうかしら?」

 

 咲夜の言葉を遮り、パチュリーが言った。そうして早苗と鈴仙へ目線を移す。是非はまず鈴仙たち客人に問うようだ。

 

「ありがたいです。ご厄介になりましょう」

 

 僅かな間もなく、早苗が応える。

 

 対して鈴仙の脳裏には、帰ったら待ち受けているであろう雑多な庶務の存在と、更にその後ろに控える、『ある懸念』の存在とが浮かんだが、今の彼女にそれらを如何こうする気力は残ってはいなかった。

 

「では、私も」

 

 已む無く、鈴仙も滞在の旨を告げる。一応、差し迫った用事は仲間に任せてきてはあるのだ。

 

「承知しました。部屋にご案内させます」

 

 咲夜がベッドの側に佇立している二人のメイドに合図する。早苗と鈴仙に一人ずつ、メイドが付いた。

 

 メイドに連れられて部屋を出る。薄暗く、静かな廊下に足音が響く。最初に感じていた洋館の不気味さが、再び喚起されるのだった。

 

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