月下に儚く   作:SoCOi

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六:投影

「おねえさまは、なおりそう?」

 

 少女が、吸血鬼だと鈴仙は理解した。すでにレミリアに妹がいることは聞き及んでいたので、それから連想することは容易であった。

 そうでなくても直感的に理解できたであろう。雰囲気が常人とまるで違う、底の知れなさが彼女たち吸血鬼にはあった。

 

 しかし、幼い。レミリアと比べると、そう感じざるを得なかった。

 

 ふいに湧いた戸惑いを抑えつつ、鈴仙は少女の正体を、少女自身に問いただすことを決めた。

 

「――あなたがレミリアさんの、妹さん?」

 

「うん、フラン、フランドール。おねえさまの、妹さん」

 

少女――フランドールは答えると、私の問いにも答えろというふうに小首をかしげた。

 

正直に答えるしかない、鈴仙はそう思った。

 

「お姉さんは――私にはどうすることもできなかったわ。ごめんなさい」

 

「緑の髪の、お姉ちゃんは?」

 

 早苗のことである。早苗は、フランドールと会ったであろうか。早苗なら、フランドール相手でも、鈴仙のように戸惑うことはないであろう。

 

「あの人も、治せなかったわ」

 

「ふうん、そう」

 

 聞いた途端、どうでも良くなったような、素っ気ない返事が返ってきた。何故治らないのか、どのような措置をとったのかなど、それ以上のことは興味がないらしかった。

 

 それよりも少女の興味は、鈴仙へと移ったようだった。フランドールの視線が、鈴仙の頭上に泳いだ。

 

 あの耳を見られている。鈴仙は恥ずかしくなった。

 

「兎さんはたしか、お医者さんでしょう?」

 

「ええ、そうよ」

 

 今度は、鈴仙は顔をまじまじと観察された。やはり恥ずかしいと思う。

 

 子供だ。眼前の少女は吸血鬼である。その小さな身体に恐るべき力を秘めているに違いない。現に鈴仙は今も、フランドールから圧迫感を感じている。

 

 だが仕草や言動から、精神の成熟は少しも感じられない。レミリアにも幼さはあったが、彼女のそれは永い半生の上にあった幼さだったように思える。

 

 

 少女と目が合う。感じたのは、恐怖だった。引き込まれるのとは違う、呑み込まれる――

 

 フランドールの口角がさらに上がる。瞳から何もかも、見通されている気がした。

 

 

「フランが、閉じ込めれるのだったら、兎のお姉さんもそうじゃないといけないね」

 

 

「――どういう事?」

 

 

「だって」

 

 

 少女の顔が少し、緩む。わずかに間を開け、短い言葉を紡いだ。

 

 

「きっと、私と同じ目をしてるのだもの」

 

 

 なんとなく、少女の言わんとしていることが分かった。子供が、恐るべき力を持った。そして持て余され、何処かしらに封じられたのではないだろうか。それほどに、フランドールからは底知れぬものが感じられた。

 

 鈴仙の瞳も、使い方次第で驚異たり得るのは確かであった。しかし鈴仙には、それを抑える理性があったし、また制御できる他人も存在した。

 

 だがそれも、危うい非常線ではあった。時と場次第、鈴仙がその気になれば一騒動起こすことは訳無いように思えた。尤も、鈴仙にそういった腹づもりは今まで生まれたことはなかった。

 

 しかし私は“獣”なのだ、理性の箍たかは簡単に外れうるだろうと、鈴仙には思えた。

 

 

 

 フランドールは自分と似た側面を、鈴仙に見出したのだろう。そしてさらに――

 

 

「でも、なんとかして逃げ出すかな?案外、怖いひとだものね――兎さんは」

 

 

 そうだ、“見抜かれて”いる―一刻も早く彼女のそばから離れたい、そう鈴仙は思った。自分の中身がすべて、引きずり出されそうになるような感覚に陥った。

 

 

 鈴仙の怯えを見て取ったのか、フランドールの笑みが、今度は屈託のないものへと変わった。外見相応の、無邪気な笑顔に見える。少女は未だ、恐怖の対象として鈴仙と相対していたが、うわずった気持ちは少し落ち着きを取り戻した。

 

「うらやましいわ。わたしなんていつまでたっても大人になれないから、お屋敷の下から出させては、もらえないのよ?でも兎さんは一応、大人になっているもの」

 

 そう言ってから、少女の笑みは今、哀しさを孕んだように見えた。

 

 そこで、彼女も私も、ある意味そう違った存在ではないのかもしれないと思った。そうして鈴仙も、自然と少女に自らを重ね合わせた。雑多な感情が、心中に浮かぶ。それは曖昧な群れであったが、大波のように鈴仙の表層へと押し寄せてくるのだった。

 

 

「それでいったら――どうして、あなたはこんな館の奥深くに閉じ込められたままなの?あなただったら私なんかよりも簡単にここを出れるはずよ――そうしないのはお姉さんがいるから?」

 

 鈴仙は堰を切ったように言葉を、心情を吐露した。目の前の少女に、少なくとも自分より幼く見える少女に今は問いたいと思った。

 

 

 

「――しかたないよ。私は元々、“そうあるために”うまれてきたもの」

 

 答えた少女は、極めて落ち着き払っていた。永い年月を歩んできた種相応の達観が、フランドールに見えた。

 

「生まれたときから、大きすぎる力があって、それをおさえられないぐらいに心は子供で――それが、私のうまれながらの、さだめ」

 

「そんな――」

 

 鈴仙にはわからなかった。なぜ彼女がそれを課されて生まれてきたのか。なぜそれを彼女が忠実に守り続けているのか。

 

 それでも、彼女にとっては絶対なことなのだ、これがあってはじめて、フランドールは存在しているのだということが、鈴仙にはわかった。理屈では語りつくせない、この世の原則のようなものなのだ。

 

 彼女だけではない。ここに住まう、意識あるもののすべてが、多かれ少なかれある種の“役割”を背負い、それに添って『生きて』いるのだ。そしてこれは、普段意識されることのない、前提として、この幻想郷(せかい)に存在していたのだ。

 

 

 鈴仙はこのことを、ひとりの吸血鬼の少女と相対し初めて知覚したのだ。

 

 

 

「でも兎さんは、『自分がこうあっていいのか』、考えるように生まれてきたひとなのね――だからこそ兎さんは今、自由だよ」

 

「それは今でも思っているわ。自分がここにいてもいいという、自信は全く無いわ。――まして私が自由であっていいとも、思えない」

 

「でもあなたは自由なの。あなたはそういう“さだめ”、だから『そこ』があなたのいばしょで、それを受け入れなくちゃいけないよ」

 

「じゃあ私は、ずっとこうやって悩み続けなくちゃいけない存在なの?」

 

 

 

 

 フランドールの笑みからふと哀愁が消える。そして口を大きく開き、声をあげて笑ったのだった。

 

「そうだとおもうなぁ。でもそれで、いいんだと思う」

 

 

 何となく、呆気にとられたのち、少し腹を立てた。フランドールが、いよいよ只の娘子むすめごに見えてきた。

 ただ、腹が立つのもフランドールの話をよく理解した故であった。

 

 

 

「そんなに笑わなくても、いいじゃないの」

 

「そう?――ううん、そうだね」

 

 気づけば鈴仙は、フランドールと対等に話せるようになっていた。

 

 これまでの短いやり取りの間に、ふたりは互いの心の奥底までを、見せ合っていたのだった。それはまた友情や信頼によるものとは違う、より乾いた腹の割り方であった。

 

 

 また館内に戻る前に、この少女ともっと話してみたい。そう思った自分の心を鈴仙は発見し、さらに不思議に思うのだった。

 

 

 

 

 

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