#コンパス×ましゅまいれっしゅ!!   作:姪谷凌作

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大体一話ごとに話がちょっとまとまるようにやっていきます。


#1 逆夢のダンスフロア

 どうせルフユさんが少し早くやってきただけだろう。そんなことを考えながら起き抜けのまま家の戸を開けたデルミンを驚かせるには、目の前に立っていたものは十分すぎるくらいだった。

 

 白と水色に彩られた滑らかなフォルムのそれはここに居るはずのない存在だからだ。お久しぶりです、と機械音声で挨拶し、身体をほんの少し浮かせたままお辞儀する様子に、デルミンは思わず夢を見ているのかと疑ってしまう。

 

「えっと……お久しぶりです」

 

 何故なら、突然の来訪者たる彼――Voidollと名乗っているマシンだ――は現実(ここ)ではなく、仮想世界(向こう)に居るべき人物だからだ。

 

 

 

 

「という状態となっております」

 

 事情を語り終えたVoidollはデルミンの反応をじっとうかがっているようだった。それでもどこか焦燥のようなものも感じるのは、逼迫している状況のせいだろうか。

 

 無理もない。彼によるとある日突然に『#コンパス』システムがハッキングを受け、その運営をしている彼も管理者権限をほぼ全て強奪されてしまったというのだから。おまけにシステムは参加者の夢に干渉を始めており、夢に現れた自分そっくりの存在に負けると人が変わったかのようになってしまうらしい。バカげた話だが、先日デルミンは確かに自分自身と戦う夢を見ているのだから、頭ごなしに否定も出来ない。

 

「――でも、だからどうしろと言いたいのでしょうか」

 

 とぼけてはみたものの、見当つかずというわけでなはい。あの日デルミンはルフユさんのおかげとはいえ間違いなくもう一人の自分に打ち勝ったのだから、対抗出来得る手段として期待されているのだろう。けれどデルミンがそれに力を貸す義理は無いし、何よりもあの日にもう二度とコンパスには戻らないとルフユと約束したのだ。

 

 そんな逡巡を込めた待ちの一手を知ってか知らずか、彼の答えは単純明快だった。

 

「力を貸して頂きたいのです」

 

 かつて相対した時のような、攻めるか退くかを問い続けるような余裕のある動きとは違う、わかりやすい要請だった。懇願、と言っても良いのかもしれないくらいだ。

 

 とは言え、デルミンにはルフユとの約束もある。それに、既に頂点に至り彼の提示した戦いの対価である『願い』を叶えてもらったデルミンには、もうあの場所で戦う理由もないのだ。

 

「他をあたる、ということはできないのでしょうか」

 

 平穏な日常を送りたい。これが今のデルミンの一番の願いだった。その礎が、日常を過ごしたいと思える相手が、血を血で洗う戦いから生み出されたものだと知っていても、デルミンはそう願う。

 

 けれど、彼は首を横に振り、デルミン以外とは既に連絡がつかないことを示す。

 

「システムがあなたの夢に干渉出来ている時点で、悪い影響が及ぶ可能性があります」

 

 後出しで申し訳ありません、脅すつもりではありませんと何度も謝りながら彼が語るシステムの構造は、知れば知るほどデルミンを戦慄させるものだった。

 

 一つ、システムは戦う人々の持つ『願い』を動力源にして稼働しており、戦闘データを取得している。

 

 一つ、システムは余剰の願いを集約し、現実に干渉する力を持っている。また、それにより頂点に至った者の願いを叶えている。

 

 一つ、『願い』は当人の夢と強い関係性があり、普段アクセスに用いる機械を通さずとも夢、及び本人の思考に干渉することが可能である。

 

「では、システムがデルミンの願いを取り消す、あるいは捻じ曲げるということも可能なのでしょうか」

「システムのリソースが再充填され次第、私が自らをこの世界に具現化した際と同様の手続きで可能と思われます」

 

 その返事はあまりにも残酷で、デルミンは夢からたたき起こされたような気分になった。いや、これが悪い夢であったならどれだけ良かっただろうか。

 

 彼の口ぶりだと、すぐにましゅましゅの皆に何かが起きるわけではないらしい。けれど助かったのがデルミンだけである以上、全く油断は出来ない。この時点で怪しい話だと彼を追い返す選択肢は消失していた。

 

 この件は内密かつ確実に処理しなければならない。何事もなかったかのように生き続けるために、最後のケジメをつけなければならない。

 

 協力しましょう、その一言が出る直前に、デルミンは大きな過ちに気が付いた。

 

「デルミーン! おっはよ~!」

 

 バン、と勢いよく開かれる戸。二つ隣にも聞こえそうなくらい元気な声。デルミンは紫髪の少女の来訪を、今の今まで忘れ去っていたのだ。なんと言い訳しよう。どこをどう話そう。そんな沈黙の隙に、二人が互いの存在を認知する。

 

「なにこれ可愛い~~~~~~~!!」

「落ち着いてください」

 

 初対面の人物からほぼノータイムでダイビング・ベア・ハッグを受けることは流石の彼にも予測不可能だったのか、なすすべもなくルフユさんに頬ずりを受けている。

 

「ねね、デルミン。これ何?」

「えーっと、Voidollさんです。足が速いロボットさんです」

「ぼいどーる? 可愛い名前だね!」

「お褒めにあずかり恐縮ですが離して頂けると助かります」

 

 うーんもうちょっと、と提案をはねのけあちこちを観察している。割と乱雑に扱うので解放される頃には彼は目を回していた。

 

「ルナティック・リサーチの結果………ズバリ、デルミンのバイト仲間?」

 

 もちろんほぼ不正解だが、そう説明しておいた方が都合が良いだろう。昔のですが、と答えておいた。

 

「それではVoidollさん、デルミンはルフユさんとレッスンに行ってくるので、また今度」

 

 返事をする機会を逃してしまったが、ルフユさんを巻き込むわけにはいくまい。デルミンはいつのまにか彼から伝染されてしまった焦りから目を背けるようにベースケースを背負った。

 

 

 

 

 

「今日もお疲れ様。じゃ」

「またね~」

 

 ヒメコさんとほわんさんに手を振って別れる。ほわんさんは家に戻ってからバイトがあるらしく、普段通りご飯を食べて解散とはならなかった。あまり悠長にしていられる余裕がない今日に限ってはそれはありがたいことだ。

 

「デルミン、この後はどうする?」

「適当に買い物をして帰る予定でしたが……」

「ふーん……じゃあさ!」

 

 ていあーん!と元気に手を上げ続く言葉に、デルミンは目をまんまるにした。

 

「曲作り……ですか?」

「うん! ヒメコだけじゃなくて、私たちでも作りたいなぁって」

「アイデアはあるんですか?」

「うーん、ちょっとはあるっ!――から、来てほしいところがあるんだ」

 

 声を潜めてえらく神妙な雰囲気で言うのでつい身構えてしまったが、どうせルフユさんのことだ。何かあるとしてもどこかに秘密基地があるとか、そういうことだろう。勝手に半ば呆れながら聞いていたため、デルミンは続く言葉にベースケースごとひっくり返りそうになった。

 

「デルミン、今からうちに来てくれない?」

 

 ルフユさんはよくデルミンの家に来るが、その逆は一度もなかった。端々から見え隠れする言動や行動からして厳しい家なのだろうとあまり考えないようにしていたし、ルフユさんからもあまり触れさせる気がなかったのを感じ取っていた。

 

「ルフユさんが良いのであれば、デルミンは大丈夫です」

「うん、よかった」

 

 その一言からも安心がにじみ出ていて、やはり勇気の要ることだったのだろうと確信する。何か、ルフユさんの根幹に触れる時が来たのかもしれない。

 

 ならば全力で迎えるべきだろう。すべてを打ち明けられるような関係になりたかったから。

 

 そうなりたかったくせに、いつもズルをしているのはデルミンの方だ。そんな自己嫌悪は、おくびにも出さない。

 

 

 

 

「今日は夜まで誰もいないから」

 

 ルフユさんはそう言って、頑丈な門扉を開く。背丈よりも大きなそれは想像に反して音も立てずになめらかに開いた。

 

 ただいまとお邪魔しますが、広い屋敷に消え入る。ルフユさんのすぐ後ろをついて歩き、廊下をしばらく歩いて曲がり、また歩く。突き当たった先のドアに古びた鍵を突き刺し、ゆっくりと捻る。このドアは少し錆びついていたのか、ギィと音を立てた。

 

 窓の無い部屋だった。明かりがついてやっと、ここが何の部屋なのかを理解した。

 

「ここは音楽室、でしょうか」

 

 ルフユさんは小さく首肯して、その真ん中にある大きなピアノのカバーを外す。しっとりと落ち着いたブラックが、明かりをうけて光っている。

 

「聴いててね」

 

 声音からほんの少しだけ感じられた恐れのようなものは、演奏が始まるころには消え去っていた。

 

 調律は少しだけずれていたが、それでも良さが伝わってくるメロディラインだ。いつだって快活なルフユのイメージとはかけ離れた、ほんの少し切なくなるような旋律だった。

 

「――どうかな? 一部分しか出来上がってないけど、たくさん考えたんだ」

「ピアノも練習したんですか」

「ううん、昔習ってただけだよ。すぐに辞めちゃったから、今は届くはずの1オクターブ先にも触れられない」

 

 辞めてしまった理由は聞かないべきなのだろう。それはきっとルフユさんがバンドを始めるきっかけで――

 

「ねぇ、デルミン」

「何でしょうか?」

「お父様に何とか頼むからさ、今日、泊って行ってよ」

 

 考えもしなかった言葉に面食らう。急にどうしたのだろうか。少し考えてやっと、今までのしおらしい態度は久しぶりにピアノを弾くことから来る緊張ではなく、何らかの焦りだということに気が付いた。

 

「――ルフユさん、何かあったんですか」

 

 抱きすくめられた。けれどデルミンには一切の心当たりが無かった。家の事情だろうか。それならどうして急に曲作りの話をして、デルミンを家に呼びピアノを弾いて見せたのだろうか。デルミンには何もわからなかった。

 

「変な夢を見てから、ずっと怖いんだ」

 

 夢。その単語に心臓をぎゅっと掴まれたような気分がした。忘れようもない。今朝からずっとそのことばかり考えていたのだから。

 

「デルミンが何も言ってくれなくて、どこかに行っちゃって、想い出も全部忘れちゃって」

 

「本当はね、この歌も全部完成してからみんなをびっくりさせるつもりだったんだ」

 

「でもデルミンは何か隠してるみたいで、怖くて。―――急に疑って、変なことを言ってごめんね」

 

 堰を切ったように溢れ出す言葉は、普段のルフユさんよりもずっと弱々しい。

 

 彼女はたくさん見ていたのだ。たくさん考えていたのだ。そして何より、たくさん悩んでいたのだ。

 

 それを全部蔑ろにして、まるで自分がゲームのプレイヤーであるかのようにどうあるべきかを判断していたことに、ようやく気付いた。

 

「ごめんなさい」

 

 この言葉を、デルミンは拒絶に使う悪い癖があった。

 

 自分が悪かった。だからもう追及はやめろ。そういう意味を持たせて頭を下げてその場だけをやり過ごしてきた。そうして必死に護ってきたものは確かにデルミンの大切なものだけれど、何かを得られるようなことは一度たりともなかった。

 

 それに何より、ルフユさんとは、そんな関係になりたくなかった。

 

「デルミンは隠し事をしていました。自分だけズルをしていい、特別だと思っていました」

 

「だから、お願いします」

 

「ルフユさんが普通でなくなってもいいのなら――ルフユさんの特別でいられるのなら、すべてお話ししてもいいですか?」

 

 覚悟のこもったその眼差しに、ルフユさんは面食らってしまったのかきょとんと目を丸くして。

 

「――告白?」

 

 飛び出たその言葉の意味を後になって理解したのか、ルフユさんも頬を染めた。そういうことは、思っても秘密にしてほしい。

 

 

 

 

 

 本当に何から何まで話してしまったのは、ルフユさんが初めてだった。

 

 故郷のこと。コンパスのこと。そして、これから起こるであろう戦いの事。ルフユさんはデルミンが今まで抱えていたものを全て聞いて何度も、大変だったねと言ってくれた。ルフユさんにはわからないでしょう、なんて言ってしまったあの頃とは違って、理解されなくても心地よいものだと思うことが出来た。

 

 ふかふかのベッドは暖かくて、ルフユさんの寝息はくすぐったい。代わりにデルミンの家が停電していることになったようだが、そんなことは些末な問題だ。

 

「ルフユさん」

 

 もちろん返事はない。勝手に寝相が悪そうだとか思っていたがそんなこともなかった。布団の下で繋いだ手も、借り物のパジャマも、それが一時のものであるはずなのにゆったりと落ちついていて、今が永遠に続いてくれればと何度も願った。

 

 その一心で、続く一言は胸の内だけにとどめておいた。

 

 

 

 

 ほんの少しの寝不足を欠伸で噛み殺しながらデルミン宅にて作戦会議は始まった。ついていくと言って聞かなかったルフユも同席している。というか、Voidollさんを膝に乗せている。

 

「――とはいえ、特に話し合うことなどあるのでしょうか?」

「それが……」

 

 続く言葉に、デルミンどうして今まで考えもしなかったのだろうと仰天した。

 

 このゲームは3対3なのだ。当然一人足りない。

 

 私がやる、とルフユさんが真っ先に手を挙げた。考えるまでもなく、答えは決まっている。

 

「駄目です。ルフユさんは危ない目に遭わせられません」

「どうして!?」

「何が起こるかもわからないところに、ルフユさんを巻き込むわけにはいかないからです」

 

 とは言え、他にあてが無いというのは既に聞いているし、やはり数的不利前提の作戦を立てておくべきだろうか。デルミンはすっかり戦略を考える方向にシフトしていたが、ルフユさんは納得しないようだった。

 

「デルミンに何かあって、それを見てるだけなんて嫌」

 

 梃子でも動かぬと言わんばかりの決意の双眸でじっと睨まれる。

 

「……とはいえ、今あるヘッドギアは一つですし、そもそも前に不適合が出ていたと思うのですが」

 

 大掃除の最中にヘッドギアを発掘された時、確かにデルミンは『Non-conforming』の文字列を見たはずだ。あれが見間違いでないならルフユさんに適性は無く、どれだけ願おうとあの世界からは隔絶されているということになる。

 

 それがあったからルフユさんに話すことが出来た、というのも無いわけでは無かった。のだが。

 

 Voidollさんが腕を振るうと、ごとん、と一つのヘッドギアが現れる。

 

「申し訳ありませんが、勝率が1パーセントでも上がるならば、私はそれを選ばざるを得ません。ルフユさん、被ってみていただけますか?」

 

 恐る恐るといった感じでそれを起動し、数秒の後表示されたのは、『Loading!!』の文字。

 

「ちょっと待ってください、前には――」

「はい。この機械が測定しているのは、本人の適性などではなく、願いの強さです。ですから――」

「私はね、デルミンを守りたいんだ」

 

 そう言ってデルミンの手を握り、微笑む。デルミンはその手を握り返す。

 

「今デルミンが握っている手よりも、もっともっと痛いです」

 

 視線は、強く強くルフユを射抜く。

 

「デルミンなんかよりもよっぽど恐ろしくて、ずっと強い人がいます」

 

 冷静に。かつ吠えるように。

 

「何が起こるかも、どうなってしまうのかも、まったくわかりません」

 

 それを全て受け止めて、なお笑う。

 

「デルミンと一緒なら、私は負けないよっ!」

 

 

 

 

 

 薄曇りのようなぼんやりとした日差しと、ゆるりと流れる風。トレーニングルームへの転送が完了し、視界がはっきりとする。

 

「本当にデルミンの家じゃなくなってる……」

 

 ルフユさんは物珍しそうな顔であちこちをぺたぺたと触っている。デルミンは自分が初めてこの地にやってきた時のことを思い出し、少しなつかしさを覚えた。

 

「さて、早速始めましょうか」

 

 ルフユさんはルールや基礎戦術についての説明をしっかりと聞いていた。一通り終わって、やっと実践へと切り替わる。

 

「実践、とはいえ教えられることはあまりありませんが。カードも必殺技も、ここに来た時点で思考を読み取り用意されているはずです」

「そっか。じゃあさ」

 

 ルフユさんは視界の端を差して、このHPが無くなったら最初のところに戻されるんでしょ?と確認する。

 

「気になるから……ね、デルミン」

「嫌です。そもそもどうしてそんなことを?」

「だってお父様にもぶたれたことってないし……」

 

 やっぱり呼ばない方が良かったかもしれない。今更後悔しても遅いが、ルフユさんの方が後悔してくれるかもしれない。

 

 そんな一縷の望みに賭けたわけではなかったが、デルミンはごめんなさいと謝ってからその拳に始龍の力を宿し、ルフユさんを一撃で葬った。

 

 痛っっったぁぁぁ!と戻ってきてからも転げ回るルフユさんを見て、二人は肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふわり。体が浮き上がり景色がうつろう。ゆったりと着地して、深呼吸。久方振りの戦いに不思議な高揚感があった。

 

 ステージは、《けっこいスターパーク》。混戦になりやすい場所のため少しだけ不利だろうか。当初の作戦では、主要な戦闘はすべてデルミンが受け持つ予定だからだ。

 

 カウント・ゼロと同時に、デルミンはBへと飛ぶ。VoidollがCへ、ルフユはAへ。ルフユには出来るだけ戦闘には回らず後衛に徹してもらう作戦になっている。

 

 相手は、マルコス、リリカ、ルルカの三人のようだが、その様子がおかしいことは一目瞭然だった。

 

 マルコス以外の二人は見た事も無い影のような装いで、人形に操られるかのようにポータルを取得し、こちらの様子を伺っているようでもなく立っている。

 

 そして、マルコスのほうも先程から何かを呟いては己が武器である棒っ切れを、初めて見たものであるかのように握っている。こちらも連絡を取り合うどころか、索敵をしているのかどうかも曖昧だった。

 

 デルミンはこの異様な状況を好機だと楽観出来なかった。何か、このままではいけないような気がする。けれどここで攻めに出るのが愚策であることもよくわかっていた。

 

 ゆらり、動き出したのはリリカだった。崖の上から地の利を活かした攻撃は常套手段と言えるだろう。Voidollはそれを器用に躱し続け、再び膠着状態へ突入する。

 

――そのはずだった、のだが。

 

 突如動きが鈍り、直後に飛来した魔法弾が直撃する。

 

 追撃を防ぐため、デルミンが飛び出す。エンジェリック・アローを崖めがけて起動、リリカを引きずり落とした。

 

 デルミンは虚を突かれたリリカにさらなる追い打ちをかけるべく構える。しかしそのすぐ傍まで、ルルカが迫っていた。

 

「絶夢の魔女」

 

 一切の感情を感じられない、冷たいシステム・コールだった。振り上げたステッキに鎖が何本も巻き付き、それを鞭のように振るう。Voidollは辛うじてガードの展開を間に合わせたが、デルミンは足元を取られ転倒してしまった。

 

「デルミン!」

「大丈夫です。ルフユさんはまだ下がっていてください」

「対応します――Eledoll起動」

 

 二人の間に割り込み、放電を開始する。稲妻は二人を的確に撃ち抜き、その意識を一時的に奪う。形勢逆転だ。

 

 躊躇うことなど無い。デルミンは素早くルルカを仕留め、目を覚ましたばかりのリリカをもう一度眠らせるべく相棒の名を呼ぶ。

 

「オニギリクママン!」

 

 虚空から飛び出した相棒が、脳天に強烈な一撃を浴びせる。完璧な連携だった。

 

 けれど追撃に向かうべき足は、一瞬だけ止まる。経験から来る勘のようなものだった。

 

 鼻先を棒切れが掠めた。持ち主はわかっていた。

 

「離れろ」

 

 マルコスはいつの間にか何やら黒いもやのようなものを纏っている。あれが彼の能力である自己強化のエフェクトであるなら、今の彼は、途轍もなく強いはずだ。

 

 しかし、やられる前に削り切れれば問題ではない。デルミンは三枚目のカード、デビルミント島を起動する。煙が辺りを包み、視界を奪った。

 

 貰った!デルミンは好機とばかりに回り込む。しかし煙に隠れて、大事なものが見えていなかった。

 

 鈍色に光る、狂戦士の大剣。マルコスがそれを呼び出したのに気が付けたのは、離れたところで見守っていたルフユだけだった。

 

「危ない!」

 

 ルフユは反射的に地を蹴った。何としてもデルミンを守らなくちゃ。その一心だけで飛び出していた。

 

「考えずに動くな」

 

 それすらも予想通りだったと言わんばかりに、マルコスはそれを受け止め、薙ぎ払う。渾身の一撃を受け流されたルフユは大きく体勢を崩し、その隙に二の太刀が叩き込まれる。なすすべもなく、ルフユの体が光片に散った。

 

「ルフユさん!」

「退きましょう」

 

 Voidollに手で制されてやっと、デルミンは自分が反撃に出る以外の選択肢を失っていたことに気が付いた。ここは時間を稼ぐべきところだ。

 

「《あの子の傍に近寄らないで》」

 

 けれど、もう遅かった。戻ってきたルルカが詠唱を始めている。

 

 紅蓮の炎にポータルが包まれた。今の二人には拠点が奪われるのを眺めることしか出来ない。もちろん、特攻をしかけて焼き尽くされるよりもマシだが。

 

「いてて……ごめん」

 

 戻ってきたルフユが申し訳なさそうに詫びる。合流したは良いものの、勝機は限りなく小さくなってしまった。

 

「空間転移装置を起動し、三人を退かすしか方法はないでしょう。足止めをする方法に心当たりは?」

 

 Voidollはそう言うが、一度に運べる範囲は狭い。二人を同時に巻き込むだけでも、十分に難しいだろう。

 

「では、デルミンがビームで蹴散らすので、残党をお願いできますか」

「これは私の提案でも同じことですが、一旦退かれてポータルを取り返す前に戦線に戻ってくることが予測されます」

 

 とはいえ、それ以外に打つ手はないのだ。賭けに出るしかないだろう。デルミンは戦線へ戻ろうとしたが、それをルフユに引き留められた。

 

「私がデルミンを向こう岸まで連れて行けたら、挟み打ちが出来ないかな」

「そんなことが可能でしょうか」

「うん。きっと」

 

 デルミンはVoidollと顔を見合わせ――コクリと頷いた。今はどうであれ賭けるしかないのだ。ルフユを信じよう。

 

「じゃ、行くよ、デルミン」

「はい。護衛は任せ――へっ」

 

 ルフユはデルミンを抱え上げ、そのまま走りだす。前線に出て注意を引いてくれるものだと思っていたデルミンはつい変な声を出してしまった。

 

「《一緒に、どこへだって》」

 

 疾い。ルルカが振りかぶるステッキも、リリカの魔法弾も、マルコスの棒切れもくぐり抜け、ぐんぐんと進む。ポータルを通り抜け、いつビームを打つべきか考え始めたちょうどその時。

 

「てやーっ!!」

「――は?」

 

 デルミンは思いきり投げ飛ばされた。そういう事をするなら言っておいて欲しかったが、ルフユ本人も驚いているようだったのでイマイチ自分のことがわかっていなかったのだろう。全く困ったものである。

 

「デルミン!」

「《デビルミントオーラ・フルドライブ》」

 

 角が輝き、紫電の奔流を予感し空気がひりつく。

 

「させるかっ!」

「おっと!」

 

 マルコスが再び投じた棒切れはルフユがドラムスティックで弾き返す。その一瞬があれば十分だ。

 

「しゅびっ!」

 

 回避不可能な速度を有する紫電が放たれ、その密度を以て三人を包む。壁際まで吹き飛ばされた先には、待っていましたと言わんばかりにVoidollが立っている。

 

「計算通りです。3,2,1,ゴー!」

 

 動けない隙をきっちりと突いて、転移システムが作動する。後はがら空きになったポータルを奪い返すだけだった。

 

「私たちの勝利です。出でよ、モノリス」

 

 タイムアップ。ギリギリだったが、確かな勝利だった。

 

 

 

 

 目にも止まらぬ動きでデバイスを操作するVoidoll。流れ続けるメッセージウィンドウ。デルミンに手伝えることは無いらしく、こうして祈るように眺めていることしかできない。

 

 あの戦いの後トレーニングルームに帰還した三人は勝利を分かち合う――はずだったが、Voidollが何やら機械の操作を始め……今に至るのだ。

 

「何かあったのでしょうか」

「最後に展開したモノリスを起点にバックドアを展開し、アクセスを試みています」

 

 何やらハッキングを仕掛けているということだろうか? デルミンだけでなくルフユさんも置いてけぼりのようだ。

 

「識別子を発見。ダイブ・コール発信」

 

 ピピッ、と細かい電子音が続いたのち、背後に転移音。

 

「おーっす。呼ばれて飛び出て――」

 

 振り返ると、オレンジのパーカー、魔法少女のTシャツ。

 

「マルコス'55、参上、っと」

 

 見間違えようもない彼が、立っていた。

 

 

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