幸せだった。願いが叶うことは。
幸せだった。夢に揺蕩うことは。
苦しかった。何も考えないことは。
苦しかった。幻想の中で息を止めることは。
「まるで夢みたいだなぁ」
なんて、理想のなかで呟いてしまったから。
夢は化けの皮を失って、残ったのはひとりぼっちのオレで。
物言わぬ影になってしまった理想は、それでも愛おしくて。壊すことなんてできなくて。
思考を止めたオレを責めることはあれど、喪う恐怖に抗うことなんて出来るわけもなく。
何がIQだ。何が学歴だ。肝心な時に何の役にも立ちやしない。
戦略も何もなく戦って、勝って、負けて、また勝って。
使い潰されることを否定できないまま、摩耗すらも快と受け入れるしかなかった。
「――ってワケ」
重々しい内容を軽く締めくくったオレンジのパーカーを纏う彼――マルコスは、Voidollから半ば強引に借りたコンソールを目まぐるしく操作している。濁流のごとく流れ続けるメッセージテキストはデルミンには到底理解できないものだったが、マルコスとVoidollには意味が解るらしい。
「けどやっぱ無理だわ、オレはいつだって"こっち側"じゃなくっちゃな」
ビープ音が鳴り響き、仮想空間にガコンガコンと機械音が響く。控室代わりのトレーニングルームの隅に現れたのは大きなモニターを持つ機械だった。ルフユはもちろん、デルミンにも見覚えはない。ただ一人Voidollだけが、ほう、と声を漏らす。
「マッチング生成システムの複製完了、っと」
「まっちんぐ……?」
「そうそう。さっきオレと戦うように決めた機械がコイツで、これが起動すれば狙った相手とマッチング出来るはずだ。ついでにバックドアのチェックも完了、っと」
「流石の腕前ですね。システムが復帰したら改良をお願いしたいものです」
マルコスはVoidollの賛辞をニートで忙しいからさと軽口で受け流し、大きく伸びをする。
「さて、一仕事終わったしそろそろ帰るかなー。と、その前に」
「なんでしょう?」
「出来たらその機械で最初に、リリカを助けてやって欲しいなー、って」
Voidollとデルミンは、予想通りという顔。リリカのことを知らないルフユだけが、ぽかんとしていた。
「ひょっとして彼女さん?」
「いやいや、オレの推し。あの子が自分に負けるのは、オレの知る限り誰よりもつらいことだからさ。リリカと一緒にならちょっとは手伝えるから頼むよ~」
そう言ってひらひらと棒切れを振りながら、もう片方の手でコンソールをポチリ。言いたいことだけを言ってそのままログアウトしてしまった。
「相変わらずでしたね……あまり心配する必要はなさそうです」
「想定範囲内のマルコスさんでした。彼が応答しなければ暗中模索でしたし、ひとまずよしとしましょう」
Voidollはこれからの予定ですが――と、状況整理と書かれたボードを虚空から取り出しかけたところで二人の表情にようやく気が付き、言を止める。
「こちらでのダメージは肉体に影響を及ぼしませんが、あくまで肉体の話であり精神は疲弊します。ひとまず今日は休憩としましょう」
明日のレッスンが終わってから、ということで今日のところは解散となった。何やら考えたいこともあるようだった。
覚悟してきたとはいえ、この数時間でとても疲れているのも事実だ。二人に異論はなかった。
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その日の夜。ルフユは自室でヘッドギアを起動していた。当然だが、ハウスキーパーさんにも話をして人を近づけさせないようにしている。
胸の高鳴りを抑えながらプログレスバーを見守り、真っ先にデルミンのオフライン表示を確認してから、Voidollへとコール。すぐに返事があった。
要件を伝え、しばらくするとまた返信。きっかけを作ったのは自分なのに、歯医者で名前を呼ばれたときみたいな心細い気持ちになった。
「けど、今のままじゃだめだから――よし」
深呼吸。そして、拳を握る。意識を深層に落とす。電脳世界へ、旅立つ。
「おう、どうした?」
ルフユが
「えっと、マルコスさん、だっけ」
「うん。マルコスでいいよ、ルフユちゃん」
「ルフユでいい」
自分でも驚くくらいつっけんどんな言い方になってしまう。みんなと仲良くすることは得意だったはずなのに、今はどうすればいいのかすらわからない。
「……言いたいことはわかるぜ。なんたってオレはIQ340だからな」
にひ、と笑うマルコスは手慰みに弄んでいた棒切れを置く。心なしか姿勢もしゃんとしているような気がしなくも無いが、緩んだままの口元と童顔がどうにも邪魔していた。
「『考えずに動くな』なんて言ってごめんな。これだろ?」
悔しいけど、当たっていた。
「半分だけ、当たりだよ」
「っあー、半分かぁ。じゃあ、『別に洗脳なんて受けてないし、寝返ったフリでもない。すぐにとは言わないが信用してほしい』これでいいか?」
「……」
「よっし!」
どうやらこのマルコスという男、無意識に人を煽るタイプらしい。ということだけはわかった。
「じゃあ、今から」
「手加減はするな、だろ?」
既に準備は出来ているといった様子だった。ルフユも、ドラムスティックを構える。
言うまでもなく、マルコスには全くと言っていいほど敵わなかった。全て読み切られてギリギリを返される。息を切らすルフユとは対照的に、余裕綽々だった。
「だいぶいい感じになってきたと思うぜ」
「――っ!」
「おっと、それは攻めすぎかな」
マルコスは飛び掛かってくるルフユを軽くいなし、がら空きの背中に一撃を叩き込む。痛みが生まれ、駆け巡る。バランスを大きく崩したルフユの体躯は大きく吹き飛ばされ、顔を上げるころには追撃を意味する棒切れが眼前まで迫っていた。即ち、チェックメイトだ。
「そろそろ休憩にしようか? 一応種明かしするとな――」
『時間が経てば経つほど自己能力が高まる』というマルコスの特性を今初めて知らされて、あんまりだと悔しがったのは言うまでもない。
「ごめんごめん。けど最初より吹っ切れてきていい動きになってきたのは本当だぜ」
そうマルコスに慰められながら、内心ではその差が無くてもまだ勝てないだろうな、と考えていた。妙に悔しいけど、きっと事実だ。
「どのくらい練習したの?」
「なーんにも? ゼロだ」
「嘘」
「どうだろうね」
仮想空間のくせに、座った地べたはやけに冷たい。ほんの少し黙ってみて、ルフユはこの空間が無音であることに気が付いた。環境音というものが全くといっていいほど存在していないのだ。
「リリカさんのため?」
「んーや、別に。ゲームとして遊んでるだけさ」
「ふーん……じゃあ、リリカさんが推しってだけなのはほんと?」
「本当さ」
「じゃあ、なんで戦ってるの?」
しばしの沈黙。マルコスは困ったように頭をかき、お互い沈黙が苦痛になってきたころに、ようやく話し始める。
「リリカにカッコいいとこ見せたいだろ?」
「リリカさんと仲良くなりたいの?」
「んー、別にそうじゃないかな。ルフユこそどうしてここに?」
「デルミンを守りたかったから」
「へー、こんな時に新人さんだなんておかしいなって思ってたけど、そういうことね」
何か一人で合点がいったようで楽しそうにしているのはルフユにとってどこか気に食わなくて、それを見るマルコスは余計に楽しそうだ。きっとこの男とはずっとウマが合わないのだろうと思うと、どこか可笑しかった。
「一つ、忠告だけど、『願い』は軽々しく言わない方が良いかな。聞くのも同様、タブーだと思っていて構わない」
「どうして?」
「この世界で戦う理由であり、その人の弱みだからさ。ここはそういう世界さ」
強い願いがこの世界にアクセスする条件で、自分の
「でももう聞いちゃったからな。他言無用だけど、教えてもいいぜ」
「いいの?」
「ああ。実はな――」
続く声は、二人しかいない空間のはずなのに、何故か低い。友達に好きな人を教える小学生みたいだ、とぼんやり考えていた。
「オレには凜々花っていう妹が居たんだ」
「妹? その人がリリカさんなの?」
「いや、きっと偶然さ。リリカちゃんは魔法少女だし」
「ふーん、そっくりなの?」
「顔、あんまり覚えてないんだ。オレが余りにも出来過ぎてて、周りもオレばっか見ててさ。凜々花はずっと劣等生扱いで」
自慢みたいな口調だけど、含まれる意味は正反対。そんな不思議な口調に変容する。
「ある日、ちやほやされるのに飽きちゃって嫌になって海外の大学に行ってから、もう家には帰ってないんだ」
「時々考えるんだ。オレはきっと凜々花の人生を壊しちゃったんだろうな、って」
「そう思ったら何も出来なく……いや、何もしたくなくなってさ。今は見ての通りのニート三昧さ」
寝て起きて寝る、最高だね、なんてまた見え透いた嘘をつく。でもその空笑いが少し怖くて、ルフユは指摘できなかった。
「っと、喋り過ぎたな。オレの弱みはこんなもんだ。ここに来る奴は何かしら抱えてて、下向いてるんだ」
「デルミンも?」
「きっとな。けれどオレの見た限りはルフユ、君だけは何も見えない。おかしいと思ったんだけど、状況が特殊だったと考えれば納得がいった。それはこの世界で、絶対的なイレギュラーになれるという意味だと思ってる」
そうは言われたものの、ルフユにだって願いと弱みがある。少なくともルフユはそのつもりだった。だからこそ強くならねばならないのだ。少しでも早く。
「じゃあ、マルコスはさ」
「ん?」
「コンパスの世界が元通りになったら、私はもうここに来ないと思う?」
「デルミンが居なくなったら、そうなんじゃないか?」
「……そっか」
ルフユは自分の内にあるもやもやを言語化出来なかった。だからこそ、マルコスにも理解し難かったのだろう。いや、それがきっと――
「さて、と。これで俺の役目は終わりかな?」
「えっと……」
「ん、なんだい?」
マルコスの手が、ログアウトのキーをたたく寸前で止まる。
「
「ん、それってどっちの――」
「じゃ、おやすみなさい! ありがとうございました!」
マルコスを追い抜くようにして、ルフユが先に現実へと帰ってゆく。独りになったのを見届けてから、マルコスはため息を吐いた。
「ミスっちまった、かなぁ……」
頬をかいても答えは出てこない。ほんの少し肩をすくめ、ログアウトのキーを叩く。
「ん、ルフユ、大丈夫?」
「……はっ、ごめんヒメコ! バッチリ大丈夫だよ!」
セッション中こそ眠りはしなかったものの、後の反省会になるとつい眠くなってしまう。もちろん普段からのことではないが、しっかりしてくださいとでも言いたげなジト目のデルミンに睨まれた。寝不足の理由はヒメコやほわんは当然、デルミンにもバレるわけにはいかない。ルフユにとっても隠し事が苦手な自覚はあるけど、それでもなんとかしなくちゃならないのだ。
「ほわ、寝不足さん?」
「昨日貸した本がいくら面白かったって、練習がおろそかになってはいけませんよ」
「えっ……えへへ、ごめんごめん」
デルミンが助け舟を出してくれたおかげで何とか誤魔化せたようだったけど、次はないだろう。ルフユはスツールに座り直し、ぐっと背伸びした。
「でも良いなぁ~、うちもヒメコちゃんのおすすめの本、読んでみたい!」
「おすすめの本かぁ、雑誌とか以外あんまり読まないんだよね。引っ越すときに大体処分しちゃったし」
「そっかぁ、それじゃあ今度何か買いに行こうよ、そして一緒に読も?」
「えっ、一緒に一つの本を読むの?――って、話が脱線してる。反省会に戻るよ!」
「はーい!」
ほわんが元気よく手を上げ……た途端に貸し時間終了のランプが灯る。
「時間のようですね」
「あっ……ほんとだ。仕方ないからまた今度にするとして、各自さっき言ったところは練習しておくこと」
「はーい、寝不足にも気をつけまーす」
てきぱきと楽器を片付け、マスターに例を言ってスタジオを出る。ドアを開けると同時に、北風が吹き込む。
「最近少しづつあたたかくなってきましたけど、やはりまだまだ冬ですね」
「そうだねぇ~。ヒメコちゃんもいーっつもこたつに入りっぱなしで」
「寒いんだから仕方ないでしょ。ほわんみたいに雪国の生まれでもないし」
そう言ってしっかりとマフラーを巻くヒメコ。ましゅましゅの中で一番の寒がりなのはみんながよく知っていた。最近は暖かいものをたくさん食べて冷え性を治そう、とかでほわんがよく料理に一工夫加えているらしい。
「ま、そーゆことで。今日もお疲れ様」
四人が手を振って、三つになってそれぞれの家へ帰ってゆく。ルフユはこの瞬間の度に、どこか切ない気持ちになる。
帰ったらシャワーを浴びて、出来るだけすぐに向こうにログインしよう。普段よりはやる足音は、疲れなんてもう忘れ去っていた。
「今日は前日の予定通り、リリカさんを救出しに向かうとしましょう」
「おっけー!」
「そうしましょう」
二回目の作戦会議は、前よりもずっと気楽な雰囲気で始まった。まだまだ慣れとは程遠いけれど、何分やる事の目途がついているというのは大事なことだ。
「早速出発でもいいけど、リリカさんの特徴とか何かない? 前にマルコスと一緒に居た影みたいなのは見たけど、あんな感じ?」
「はい。概ねその認識で良いと思います。頻度こそ高くないもののステッキから発生する魔法弾は威力も射程も要注意でしょう」
Voidollが腕を振り上げるとステータスウィンドウが開き、シルエットしか知らなかったリリカの姿が映る。あちこちにハートがついたピンクの衣装、そして大きなステッキは確かにテレビで見るような魔法少女のいで立ちだ。
こんなに可愛い子も、何かを望み戦っているのだろうか。ルフユは昨晩のマルコスの言葉を思い出して身震いする。ルフユはここがそういう世界であることを今更理解した気がした。
「怖いですか」
「え? いや~、武者震いかな!」
「……安心してください」
デルミンは少し勘違いしているようで、ぎゅっとルフユの手を握る。怖くないと言えば嘘になるが、デルミンもまたその世界の住人であったのだ。
「……うん。もう大丈夫だよ、デルミンは私が守ってみせるから」
「ふふ、守るのはデルミンの方です。ルフユさんのロールはおそらく"スプリンター"ですから」
「えっ、春ってこと?」
トンチンカンなルフユの返しにデルミンとVoidollは顔を見合わせ――ぽん、と納得の柏手を打った。
「重要なことを説明するのを忘れていました。それでは、コンパス初心者講座を再開いたしましょう」
ゆっくりと重力が弱まり、空間転送が始まる。視界が開けたら戦場に再構成された体を確認する。デルミンは辺りを見回し、Voidollが居ないことに気が付いた。その理由についても、即座に。
ここは2on2のステージだ。キーは三つ、普段よりもずっと狭い。そしてすぐ正面の敵陣には魔法少女が二人。
「状況はよくわかりませんが、ルフユさんは1陣に居てください。詳しい事は後程説明します」
ルフユも異変に気が付いているようだった。けれど返事はデルミンの思惑とは異なるものだった。
「Voidollさんが居ないなら私が行くよ、なんたってスプリンターだし!」
「――無理はしないでくださいね」
ルフユは開幕の合図と共に飛び出し、ステージ中央へ駆けてゆく。今が努力の見せ所だと言わんばかりのルフユの背中を見ていると、デルミンは少し心配になる。
もちろんセオリー通りならばこれで正しいのだが、今のルフユに危なっかしい考えがあること、そしてその発端が自分であることには気が付いていた。
「えーっと、ルルカさんだっけ、ここから先は通さないよ!」
「あなた、誰……? まあ、良いか……」
ルルカのことは既に聞いていたし、参加こそしていないものの戦っているのを見ていた。あの広範囲に届く鎖攻撃に注意しながら戦おう。リリカとはまだ距離があるけど、油断はしないように。
「マルコスさんに言われて――リリカとあなたを助けに来ました!」
「余計なお世話です」
ルルカのことはあんまり聞いてないけども、多分推しの友達なら推しみたいなものだろう。そんなことを思って気軽に出した名前はぴしゃりと切り捨てられ、鋭い眼光で睨まれることになってしまった。
「勝手に助けるとか、守るとか、何にも知らないくせに」
チリチリと杖先がスパークし、黒く変色する。ルフユは咄嗟に姿勢を低く構える。
「
「絶夢の魔女」
スパークが長い鉄鎖に変化し、ルフユを襲う。間一髪ガードの展開は間に合ったが、打たれたところはじわりと痛んだ。
大きく振り抜かれた鎖がその形を喪い、ルルカの小柄な体躯が無防備になる。
「そこだっ!
「――ッ!」
体勢を崩していたルルカはドラムスティックを避けきれずに吹き飛ばされる。一撃必殺とはいかなかったもののかなりの痛手だったようで、そのまま退かせることに成功した。ルフユの脚力なら追うことも可能だったが、リリカと協力されると厄介だろうと思いやめておくことにした。しっかりと見て、よく考えて、素早く動く。あの時マルコスに言われたこと、特訓の中で学び取ったことは、確実にルフユの糧となっているのだ。
「ルフユさん、ご無事ですか」
「うん! デルミン、私頑張ったよ!」
はしゃぐルフユに、デルミンはやれやれという顔をする。呆れ八割、安心二割といったところだ。
「ぬか喜びはいけませんよ、ここからが勝負です。何が起こるかわかりませんから。それと終わったらお説教です。ちゃんと寝て、バンドを優先してください」
「バレてる!?」
「ほら、来てますよ。構えてください」
デルミンの視線の先には、ステッキに腰掛けこちらを目指すルルカ。そしてその更に奥に、リリカがステッキを抱きしめるように抱えていた。
「《みんなみんな、嫌いになっちゃえ》」
鈴の音のように震えた、誰にも聞き覚えのない技名発声。声の主は、リリカだった。
「ちょっ……えっと、リリカさんって力とかを上げてくるんじゃないの!?」
「デルミンにもわかりません! 不味いと感じたらすぐに逃げてください!」
周囲をくるくると回るアイコンは、一度だけ見たことがあった。あれはデルミンのカードの効果、すなわちステータスの降下だ。それがルフユやデルミンだけでなく、ルルカの周りにもついている。
それを気にも留めずに近づいてくるルルカは、まるで自分が独りで戦っているかのようだった。
「数的有利のうちに仕留めます!」
すぐ隣にいたデルミンの姿が掻き消え、次の瞬間にはルルカの背後を取っていた。幸い、その俊敏さには影響しなかったようだ。
とはいえ、ルルカもそれを想定していたらしく、初撃を軽くいなす。ルフユは挟撃を仕掛けるべく、地を蹴る。
「月狼――ってわぁっ!」
「ふふ、みんなみんな居なくなれ……!」
ルルカに気を取られて弱体化はおろかリリカの攻撃範囲内にいることを失念していたルフユに、リリカの魔法が直撃する。弱体化のせいか、さっきの鎖なんかよりもずっとずっと痛かった。
「ってて……」
「逃がさないわよ!」
振り下ろされるステッキを躱し、体勢を立て直す。このまま退けばデルミンが不利になり、前に出ればリリカに撃ち抜かれる。ならば、やる事は決まっていた。
「《一緒に、どこでだって》」
デルミンを逃がすためではない。ルフユが捕まえたのは、ルルカだった。
「ちょっ……離しなさいよ!」
「てぇーいっ!」
じたばたと暴れるルルカを放り投げた先は、リリカの方ではなく自陣に向けてだ。こうすることで一時的に1対1に持ち込める。
「デルミン! そっちは任せた!!」
「了解です!」
リリカの攻撃は、デルミンならきっと避けてくれる。だからこその選択だった。
「リリカ!」
「行かせないよ。私はデルミンを信じてるし、デルミンは私を信じてくれたから」
「――ッ!」
《あの子の傍に近寄らないで》これがルルカの必殺技であり、おそらく戦う意味だ。もちろんマルコスの記憶が作り出した影が正しければの話だが、あのマルコスがルルカのことを知らないわけがないだろう。ならばリリカと分断してしまえば、ルルカはルフユを倒すよりもリリカの救出を優先したがるだろう。それがルフユの推理だった。
そしてその推理は、概ね正解だったのだろう。
「ルルカさん。私もあなたも戦いたいわけじゃないから、降参してくれない?」
「ふざけ――」
ルルカの言葉は突如として途切れ、膝から崩れ落ちる。ルフユのちょうど真後ろでは、デルミンがリリカを光片へと変えていた。
「ぁ……あ……」
ルルカは言葉にならない声を漏らしている。仕方のないことだとはいえ、ルフユは少し申し訳なく思えてきた。
「え、えーっと、ごめんね……?」
「五月蠅い!!」
翡翠色だったはずの眼は、いつの間にかルビーのような紅焔に代わっていて。ルフユはつい、差し伸べようとした手を引っ込めてしまう。
「リリカは間違ってないのに! 傍にいたかっただけなのに! どうして邪魔をするのかな? ねえ どうして邪魔をするの?」
「いつも順番つけてさ、みんなが正しくてさ、隣にいさせてもくれなくてさ」
ボロボロと涙を零しながら、ゆらりと立ち上がる。しゃくり上げるような呼吸が作り笑いみたいで不気味だった。
「もう……もう、いいよ。《全て消し炭になってしまえ》」
最後の仕事だと言わんばかりにステッキを振りかざし赤黒く脈打つハート型の炎弾を発生させ、そのまま投げ捨てる。
ルフユは咄嗟に距離を取ったが、影の放ったものに比べ、明らかに様子がおかしかった。炎弾は真ん中から二つに裂け、無尽蔵に炎を生み続ける。
どこまで距離を取ろうとも、劫火は終わることなく荒れ狂う。逃げ場など無かった。ルフユとデルミン、そしてルルカの体力もゼロになるまで焼き尽くされる。それと同時にようやく炎が止む。
ぶすぶすと音をたて燻ぶる中、再生成された二人が見たのは、気を失ったままのルルカと、茫然として立ち尽くすリリカだった。
「接続環境及びバイタルに異常なし――気を失っているだけでしょう」
あの後、リリカは状況が把握できていないようだったので一旦試合を中断させ、全員でトレーニングルームに移動。Voidollは最初こそ驚いていたようだったが、すぐにベッドを用意して診察を開始し、今に至る。
その間リリカはずっとルルカの手を握っていて、ルフユはデルミンが夢を見ていたあの日のことを思い出して恥ずかしくなったりした。デルミンの手を握ってたらいつのまにか寝てしまっていたルフユと同じにするのも悪い気がするが。
「――ところで、リリカさんは何か思い出したでしょうか」
デルミンの問いにリリカは顔を伏せ、ごめんなさい、と小さく呟く。先程の戦いのことどころか、しばらくの記憶がないらしい。
「ま、一応デルミンと私がばっちり覚えてるし、良いんじゃないの?」
「それはそうですけど、後でルルカさんが目を覚ました時にどうしましょうかと」
「あー……」
「念のため攻撃行動は不可能に設定しています。場合によっては行動不可にもできますし」
Voidollはそう言うものの、そうなった時に後味が悪いのも確かだ。そもそも、あの時の状況をお互いが知ることを望んでいないだろうと内心ルフユは思っていた。
「うーん……ねぇ、デルミン。私たちルルカさんが目を覚ますまでここに居ないほうがいいんじゃないかな?」
「かもしれませんね。あまり長い間意識が無いようならログアウトしてしまうと思いますし、今日はそうしましょうか。後は頼めますか?」
「了解しました。何かあったら連絡いたしますね。リリカさんはどうしますか?」
なるべく隣にいたいのか、ルルカの手をぎゅっと握り直す。もしルルカが何かを覚えていたのなら、それが一番良いだろう。
「ってわけで、行こ、デルミン」
「はい。また明日来ます」
それから一時間ほどしてルルカが目を覚ましたという報告がさんざん暴れようとした報告とともに二人のもとに届いて余計に顔を合わせづらくなってしまったのだが、仕方のない話だ。