「ルフユさんをもうこの世界に来る必要がないようにしてください」
「申し訳ありませんが、それはお断り致します」
「どうしてですか」
「黙秘します」
つい数時間前に言った言葉をそっくりそのまま返され、デルミンは狼狽える。ジャンヌはリリカと同様にこの世界が変わってしまってからの殆どの記憶を失っており、状況を説明するとあっさりとこちら側につくことを決めてくれた。
翌日の集合予定を伝えて解散してから、こうしてデルミンとVoidollは互いの痛い腹を探り合おうとしているわけだ。とは言えVoidollがこの空間の支配者である以上、およそ対等とは言えたものではないが。
「まだ、隠し事が残っているハズです」
「根拠の無い発言は控えていただけると幸いです」
「……っ」
売り言葉に買い言葉で切り札を出しそうになるのをぐっと堪える。いくら何でもタイミングが悪すぎるのだ。
この世界の本当の摂理は、恐らくVoidollにも把握しきれていない。"それ"を検知する機能がVoidollには備わっていないのだ。もし、そうでないとしたらこの騒動の真犯人は彼であると断言できるほどの自信があった。
「ともかく、ルフユさんは忙しいので、明日はデルミンとジャンヌさんの二人で出ます。これに関しては異論の余地はありません。では」
ロビーに置かれた椅子に腰掛けたまま、強引に話を断ち切るようにログアウトのキーを叩く。Voidollも自分が全員から信用を得ているとは思っていないだろうし、これで充分揺さぶりとして機能するはずだ。後はルフユさんを説得するだけ。これは自分がこの世界から離れればきっと解決するはずだ。
Voidollがルフユにそこまで拘る理由がデルミンにはわからない。これだけが気がかりだった。
「ほわぁ、今日はあったかいねぇ」
「そうだね。そろそろ1年、かぁ」
「何が?」
「あたしとデルミンとルフユが初めて会ったのがちょうど今頃で、ほわんと会ったのがもうちょっと先。温かくなってきた頃だったなって」
バンド結成一周年、って考えるとあと一か月ほどあるけど。このままフェスの予定がとんとん拍子に進めば、ちょうど同じくらいの時期になるだろう。
ここ、MIDICITYは音楽の聖地だ。音楽界で頂点を目指す者達が集い、日々腕を磨いている。そんな激戦区で一年間バンドが続いて、前に進み続けているということが当たり前ではないことをマシマヒメコは知っていた。どんなに良い音楽を奏でていたバンドでも、何か小さなきっかけで崩れてしまう。そのくらい脆いやりとりの積み重ねが、各々の表現へと昇華されているのだ。
開店前のショーケースに映る自分たちの姿は、また一年後にはどうなっているのだろう。独りぼっちだった去年よりも、そして今よりずっと賑やかであることを願うばかりだった。
「ね、ヒメコちゃん」
「なに?」
振り向くより前にほわんの腕が絡みつき、ほわんと背負ったギターの重みが半分ずつくらい寄せられる。もうとっくに覚えてしまった匂いが、それでも慣れない体温が、左腕からしっぽの先まで駆け巡る。
「そ、外だよ」
「恥ずい?」
こういう時、なんて言っていいのか未だにわからない。それはいつかわかる日が来るのか、いつ頃になるのかもわからなかった。
けど、今はそれで良かった。わからないことをそのままにしていても、駄目になってしまわないと信じていられるくらいの余裕はあった。
「おっ、朝からアツアツ大事件を発見!」
「見せつけてくれますね」
「うぇぇっ!??」
「あっ、ルフユちゃんもデルミンちゃんも、おはよう~」
すっかり油断していた後ろから背中をつつかれるように聞き慣れた声がからかってきて、飛び上がってしまいそうだった。ほわんのこの胆力は見習いたいのものだが、それはそれとして恥ずかしさはずっと変わらないままなんだろうな。それが幸せである限り、喪いたくないものだった。
夕暮れ。いやに静かな帰路だった。二つの影が、閉店後のショーケースの上を歩いている。
「デルミン、明日だよね」
「はい。けど、ルフユさんが心配するほどのことではありません。安心して練習をすすめておいてください」
「うん。デルミンのことはちゃんと信じてるよ。けど、こう……なんだろう、あまりルナティックじゃない感じの嫌な予感がして」
よくわからないままお互いの嫌な予感について想像を巡らせていたが、結局わからないものはわからないという結論に先に達したのはルフユだった。
「ま、予感だけで怖がっても仕方ないけどね! 応援してるからさ!」
「ありがとうございます。デルミンも――あれっ」
「どうしたの?」
遠くから、綺麗な歌声が聞こえたような気がして、つい振り返る。辺りに歌っていたらしい人は居ないし、その頃には歌声も消え去っていた。
「何か歌が聞こえたような気がして。スマホが鳴ったりしてませんか?」
「そう? 何も聞こえなかったし――うん、携帯も鳴ってない」
「空耳でしたか。珍しい事です」
二人して顔を見合わせ、もう何も聞こえないことを確認する。そもそも聞き覚えのあるメロディでもなかったので、きっとたまたまだろう。
「じゃ、そういうことで! またね、デルミン」
もうひと欠片を残して沈んだ夕陽と、手を振って別れる二人が映るカーブミラー。靴音がやけに反響する、不気味な日だった。
「本日もお集まりいただきありがとうございます。調子の方は如何でしょうか」
Voidollが流暢に司会を取り仕切り打ち合わせを進めていくさまを、デルミンはぼんやりと眺めていた。本当はもっと真剣に取り組むべきなのだろうが、自分がVoidollへ向けている疑念のせいで、粗探しにばかり意識が向いてしまっていた。
彼は基本的に個人の意思を尊重する。デルミンがこの世界に足を踏み入れた時もそうだった。ルフユの解放を断ったのはそれが本人の発言ではないからとしてしまえば自然であるが、ただならぬ執着がある線も否定できない。
と言うのも、誰の目から見てもルフユは弱い。経験の面を除いても、全員が総合的に同じ強さを持つという『ゲーム』としてのルールが揺らぐレベルでの弱さだ。人数が足りなかった当時とは違い、もう無理をして参加させる理由がない。
これらの謎を解きルフユと共にこの世界から離れるのと、現状の問題が解決するののどちらが早いかはわかりかねた。そもそも――
「――ちゃん、デルミンちゃん」
「はっ、なんでしょうジャンヌさん」
見回すと会議は粗方片付いており、マルコス、リリカ、ルルカの三人は出撃の用意をしていた。Voidollがガコンガコンと機械を動かし、ゲートが開かれた。
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていました」
「調子が悪かったら無理せずにね?」
「いえ、体調はカンペキです」
「ふふ、頼もしいですね。じゃあ行きましょうか」
久しぶりに、そう付け足すジャンヌはどこか遠足にでも行くみたいに楽しそうだ。デルミンがこの世界から離れて一年の間に何があったのか、あとで聞いてみてもいいのかもしれない。
真っ先に知覚したのは冷気だった。寒さを運ぶ湿気のない風にバタバタとはためく旗が並んでいる石造りの壁は、正面の大扉につながっている。城門と呼ぶに相応しいそれの前には人影が二つ。デルミンはこのステージに見覚えがなかったが、旗に描かれた印章は知っていた。
「ここが、氷王宮……!」
隣に立つ
戦場へ降り立つ靴音が、風音の中にコトリと響いた。いやに緊張感のある、戦いの幕開けだった。
デルミンが瞬時に把握できたことは2つ。戦う相手がアダムとソーンの2名であること、3つのポータルキーが縦に並んだだけのシンプルなステージであることだ。寒さも気付きの1つではあったが、吹雪いているというわけでもない。動いている分には問題のないことだった。
「ソーンさんのことを考えると、一気に攻め落としてしまうのが良いと思います」
「同感です。"いつも通り"でいきましょう。デルミンがアダムさんを担当します」
コク、と首肯だけを返して盾を構える。頼もしい限りだった。
「久しぶりですね、アダムさんも」
返事はない。代わりに、氷剣越しの鋭い視線を向けられた。心なしか、風が一層冷たくなったようだ。
「早いうちに終わらせましょう」
デルミンは一定のリズムで踏んでいたステップを崩し、一瞬で懐に潜り込む。アダムのような武器を持った相手への常套手段だ。当然、アダムのほうも大きく体を捻って初撃を躱す。互いにその慣性を殺さずに次撃を構えた。先に隙を見せたものが負ける、剣舞のような完成されたやりとりだ。二人にだけ理解できる流れを読んで、全てに必殺の一撃を込めて舞う。
そんな繊細なやり取りは、唐突にかき乱される。デルミンが回避した先に、鋭い氷の柱が生まれる。ソーンが放ったものだ。可能性として考慮していたものの、完璧なタイミングで放たれたそれはデルミンの体勢を大きく崩した。
「させません!」
割って入ったジャンヌが、デルミンの背に叩き込まれようとする氷剣を受け止める。淡白だったアダムに、初めて怒りの表情が生まれた。
ジャンヌの介入により生まれた小康状態は、ソーンによる追撃ですぐに失われる。次々と現れる氷柱は、躱し続けるだけなら容易だが、以前のそれに比べ異質であった。消えずに残り続けているのだ。連続して放たれるそれは的確にジャンヌを隔離する形で聳え立つ。
今から大きく回り込む形でジャンヌが戻ってくる頃まで耐えたとしても、再び同じ状況を作られるだけだ。このやり取りが続けば続くほど不利になるのならば、動くのは早いほうが良い。デルミンはアダムへ攻撃を加えるふりをして壁を蹴り、一気にソーンとの距離を詰める。
失敗した、と気が付いたのは着地の瞬間だ。大きく転んで初めて、氷に一瞬触れただけの靴底が凍り付いていることに気が付いた。そうなれば後は逃げることすらも叶わない。ジャンヌが回り込むころには、デルミンは拠点に戻されていた。
「Voidollさんが言っていたヴィランズスキルというものでしょうか」
「はい。厄介なやつです。何もないシンプルなステージだと思っていたら、こうなるとは思いもよりませんでした」
瞬時に状況を察して退却したジャンヌと、二度目の作戦会議。時間は迫っているとはいえ、闇雲に突っ込んでどうにかなるというものでもなかった。
「けど、作戦がないわけではありません。――やれますか」
続く説明を聞き、確認に頷く。その口元には笑み。それは謀計からくるものではなく、自信からくるものだった。
ジャンヌは盾を構え直し、退却した道を再び戻る。突き立つ氷を丁寧に躱しながら、アダムの攻撃を受け流し続ける。このままを続けていても決して勝てるものではなかったが、これで良かった。押されるということに目的があったのだ。
「デルミンちゃん!」
勝機はここにしかなかった。ジャンヌは自身の軍旗を投擲し、デルミンの元へ届ける。
「――受け取りました!」
デルミンはその軍旗を拾い上げ、地面に柱のように突き刺す。それを踏み台に氷の壁を乗り越えた。すぐ下で氷術を唱えていたソーンが目を見開く。
「チィ――ッ!!」
それに気付いたアダムが歯噛みする。氷剣がより強い冷気を纏い煌めく。ジャンヌにとってそれはほんの少しだけ想定外の行動であったが、同時に、勝利が確定したことを意味していた。
「
「
アダムが狙いをつけた先はジャンヌだった。氷壁に狭められた道を塞ぐように放たれた一撃は、デルミンとジャンヌに宿った秘宝の加護によりあっけなく躱されてしまう。
その隙にジャンヌはアダムを大きく弾き飛ばし、デルミンはソーンを仕留める。ゲームセットと同義だった。
「きっとその力は、弟さんをも傷つけるものであると、知っていたのでしょう?」
ジャンヌは先ほどの違和感を解決すべく、問う。返事はなかったが、肯定を意味するものだった。そうでなければ、あのタイミングでデルミンに向けて撃たない理由がなかったのだ。
「ならば、その過った力を捨て、私たちと共に歩みましょう。現状の延長線に破滅が待つことに、気が付いているのでしょう?」
「黙れッ――お前に何がわかるッ!」
片膝をつき、息を切らしながらなお鋭い視線で威嚇する様子は手負いの狼のようであった。普段のジャンヌなら、慈愛を以て答えとしただろう。しかし、今日のジャンヌはそうではなかった。合わせ鏡にも等しい無限の戦を諦めなかったジャンヌには、看過できないことだったからだ。
「わかりません」
ぴしゃりと言い放つ。一瞬だけ、風が停まったような気がした。
「わかりません。私だって、本当は戦いに意味など無いことに気が付いています。けれど諦めるわけにはいかないのです。先立って行った同志のために」
ギリ、と歯を食いしばる音は、風音に掻き消えるような温いものではなかった。
「けれど、あなたには弟さんが居ます。護りたいと思うその意思は、きっとやすやすと失われない力を持つでしょう」
しかし、その限界に気付いている。それは言外のものであったが、隙間風のように看過できないものとしてアダムにのしかかる。
「どうやったって最悪の結末が待っている。そう思っているならば、弟さんには生き延びる場所を用意しておくべきでしょう?」
普段の彼女らしからぬ後ろ向きな物言いに、その眼差しに。アダムは彼女の本質を垣間見たような気がして。
「私たちと、終わりを探しに行きましょう」
タイムアップのアラームと勝敗を告げるアナウンスが、両者を引き裂いた。
「おっ、お疲れー。どうだったー?」
「上々です。そちらは?」
「とーぜん余裕! な?」
「どうだか。結構危なかったわよ」
「まあ、どっちも勝ててよかった!」
戻ってくる頃にはマルコス一行は試合を終えていたようだった。お互い軽口をたたき合いながら試合後の処理を待つ。デルミンは先程アダムと話していた内容をジャンヌに聞こうとしたが、のらりくらりと躱されてしまった。
「バトルログを辿って対戦相手をここに誘致しておりますので、少々お待ちください」
Voidollの白い腕がコンソールの上で跳ねると、ゲートがもう一度光り出す。デルミンたちが戦ったアダムとソーンに加え、かけだし勇者、トマス、サーティーンの三人が召喚される。まずは全員意識がしっかりしていることに一安心した。
「まずは現状についての確認から行いましょう」
途端賑やかになったロビーに椅子とテーブルを増やしながら、Voidollがそう言う。快進撃は確かに軌道に乗りつつあった。
ログアウトして、軽くシャワーを浴びる。体を動かしていたのは仮想世界での話なのに、一通り運動した後のようなけだるさがあった。あの世界の不思議なところの一つだ。
ルフユに結果は上々だった旨のメッセージを送り、ほっと一息。適当に夕飯を作ろうかと思案した矢先に、スマホに着信。ルフユからの返信かと思ったが、ヒメコからだった。
「もしもし、何でしょうかヒメコさん」
電話に出るや否や、憔悴しきった声が電話の向こうで嗚咽を漏らす。
「ほわんが……ほわんが、帰ってこないの」
しょばすたが誘拐事件がどうのって引いて終わったので大慌てで書きました 公式とネタ被りすると心臓に悪いですね