#コンパス×ましゅまいれっしゅ!!   作:姪谷凌作

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最終話です。


#6 満月シンデレラストーリー

「みなさん、ついにこの時がやってまいりました」

 

 厳かに始まった作戦会議は、新たに加入したサーティーンやトマス、かけだし勇者には勿論デルミンやルフユにもその議題に心当たりはなかった。

 

「この時、って何だ? オレは何も聞いてないが」

「はい。現在マッチングリストに登録されている残り人数が、こちらの人数を下回りました。つまり次の出撃で、一部を除き脅威が排除されるということです」

 

 わぁ、と歓声があがる。その中、軽く指折りしながら異を唱えたのはマルコスだ。

 

「でもよー、頭数ちょっと足りなくね? 言い方からしてマッチングリストにも居ないヤツでも居んの?」

「はい。そちらが一部を除きと言った部分になります。原因はサーバーの全権限を取り戻し次第調査いたします」

「みんな無事だと良いけど……」

「安否に関しては今は祈ることしかできません。一刻も早い原因究明のためにも、私たちが頑張りましょう!」

 

 そう檄を飛ばすジャンヌのおかげで空気は少し持ち直したが、それでも暗い雰囲気がなくなるわけではなかった。きっと倒すべき敵というより仲間として認識しているのだと思うと、ルフユはこの世界がほんの少し愛しくなった。

 

 勝つ必要があるからこそとことん真剣で、昨日の味方が今日の敵たり得るからこそ、尊敬し合っている。この関係性を優勝という形で独り離れてしまったからこそ、今のデルミンはつっけんどんな態度をとっているに違いない。ルフユはそう考えていた。

 

 ならば、仮に手を差し伸べられる側だったとしても、この世界に来たことは良いことなのだろう。ルフユはこの戦いが終わってもデルミンと練習試合をやることを密かに心に決めた。

 

「Voidoll殿としては、いつ頃の予定を?」

「明日にも、と考えております」

 

 さらりと言ってのけるVoidollに、全員がひとしきりやれやれといった顔をし、それでも、頷くのだった。

 

 

 

 

「明日、かぁ。本当にこれで全部終わりなのかな」

「Voidollさんのことですから、きっとうまくやるでしょう」

 

 デルミンの部屋。通信を切った後も何故かすぐに帰る気にはなれなかった。何か話題を探そうと、麦茶を飲み干し天井を仰ぐ。

 

「そうだデルミン。こないだの歌さ、やっと完成したんだ」

「おー、おめでとうございます。ヒメコさんたちにはもう話したんですか?」

「まだまだ。一番最初に見せたかったのはデルミンだからさ」

 

 何でもないように言ってみたその言葉は、何でもないように応えるデルミンの尻尾を僅かに揺らした。

 

「終わったらもう一回うちに来てよ。また一緒にお風呂に入ったりご飯食べたりさ、しよ」

「はい。そうしましょう――ああ、言い訳はもっと良いのを考えておいてくださいね。また停電したことにするのは無理があります」

 

 えへへ、と笑う。そして暫しの静寂がやってくる。怖いですか、と投げかけられてやっと、今の感情を形容できる言葉に気が付いた。

 

「デルミンこそ」

「――ほんの少しでも怖いなら、逃げてください。明日はデルミンが何とかします」

「言っても聞かないってわかってるくせに」

「それでも言いますよ。一番大事なのはルフユさんですから」

 

 今度は私の番です、そう言わんばかりに鼻を鳴らす。そのくせ目をそらしてこっちを見てくれなかった。

 

「さて、デルミンはそろそろ内職にかかりますので、また明日にしましょう」

 

 不安とワクワクが混ざった不思議な足取りで歩く夕暮れ道は、記憶の中のそれよりものっぺりとして見えた。

 

 

 

 

 最終決戦の地は、はらはらと紅葉が降る和風のステージだった。ルフユはひとしきり景色を見渡した後、デルミンがすぐ隣に居ないことに驚いたが、少し離れた所で手を振っていることに気が付き安心した。どうやら開始地点が違うだけらしい。

 

 そして向かいにある大きな鳥居の下にはおそらく敵の開始地点らしいものがある。マップ構造は何となく把握できたが、奇妙なことにそこには誰も居なかった。

 

「デルミーン、これどういうことー?」

 

 仕草を見るに、どうやらデルミンの向かいにも誰もいないらしい。その更に向こうにいるサーティーンも、キョロキョロと周りを見回している。

 

「おーい、よくわかんねぇけどちゃっちゃと制圧しちまおうぜー」

 

 二丁拳銃を退屈そうに弄ぶサーティーンの言葉に従いそれぞれ手近な拠点を取る。しばらく警戒してみたが、向かいの拠点は静かなままだ。

 

「バグか何かかぁ?」

「分かりませんが、早く終わるに越したことはありません。デルミンはルフユさんと向こうに行くので、サーティーンさんは向こうをお願いします」

「あいよ。任されたぜ」

 

 隅の方まで気を配ったが、やはり影も形もない。3対3でマッチングしているのだからどこかに三人隠れているはずなのだが、静かな空間にもかかわらず足音すらも聞き取れなかった。

 

「デルミンはこうなったことあるの?」

「初めてです。通信失敗して切断、なんてことは時々ありますが」

 

 そしてデルミンの手が拠点に触れ――ようとしたその瞬間、バシィッ!と何かが弾けるような音がした。ルフユが振り向くころには雷撃を纏ったクナイがデルミンを貫き、自由を奪っていた。

 

「やーい、引っかかった♪」

 

 何も無かったはずの方向から、声がする。突如空間が歪み、小柄な少女が姿を現す。

 

「ルフユさん、一旦退いてください!」

「おっと、そいつは出来ねえぜ」

 

 声の主はサーティーンだ。いつの間にか二丁拳銃を大鎌に持ち替えていて、通せんぼするように振りかざす。

 

「ちょっ……どういうこと!?」

「どういうこともこういうこともねぇよ。お前らは――いや、お前はハメられたんだ。諦めな」

 

 いつの間にか、頭上のアイコンが敵側の色に変わっている。それでも、デルミンとなら2対2だ。一旦出直して――

 

「もう一勝負してやってもいいんだが、あいにく暇じゃねんだな。これが」

「喋りすぎるなって言われてるしね! ってことで動いちゃ駄目だよ~」

 

 赤髪の、忍者のような格好をした少女がクナイを構えこちらを牽制する。

 

「《堕天の一撃》」

 

 大鎌を振り上げ、一撃でデルミンを屠る。目にも止まらぬ一閃だった。

 

「さーて任務完了……こいつどうする?」

「向こうはやる気みたいだけど?」

 

 1対2では絶対に戦うな、デルミンにはそう教えられた。けれど時間はもうかなり過ぎている。拠点数も有利だ。デルミンが戻ってくるまで時間を稼げば、きっと――

 

「あれ見ても同じこと言えるか?」

 

 サムズアップして指した先には、アバター再生成の光。小高い開始拠点から、デルミンが沼底のように濁った眼でこちらを見下ろしていた。その頭上には、サーティーン達と同じ敵のアイコン。

 

「う……そ………」

「こういうこった。ってなわけで諦めてくれ――おっと!」

 

 まだ間に合う。ルフユは地を蹴った。サーティーンめがけて乱暴にドラムスティックを振り下ろす。

 

「俺を殺してもどうにもなんねぇぜ? さっさと手打ちにしようや」

 

 こいつらを殺して、壊して、それで――

 

「チッ……めんどくせえな」

 

 それで、どうなるのだろうか。

 

「隙ありぃ!」

「ぐ……っ!」

 

 死角からの一撃に、視界がゆらぐ。意識が薄れる。

 

―――嫌だ、まだ終わりたくない―――

 

「っへへ、手間かけやがって。お望み通り摂理を終わらせてやんよ!」

 

 堕天の一撃。意識が完全に暗転する。

 

『エラーが発生しました。#compassを強制終了します』

 

 

 

 

 

 長い夢を見ていたような気がした。目を瞑り直して思い出そうとしてみたが、ピアノのレッスンの日だという事を思い出したのでやめておいた。

 

「って、もう時間じゃん!」

 

 本当に長い間昼寝していたようだった。慌てて鏡に向かい、服の皺を伸ばす。少し髪が跳ねていたけど、直している時間はないようだった。

 

 廊下を早歩きで渡り、音楽室へ。幸いまだ先生は来ていないようだったが、レッスン前にやっておくように言われていた手慣らしは間に合わなそうだ。

 

「とりあえず座ってそれっぽく――いてっ!」

 

 お尻に、何かが突き刺さるような感触。慌てて立ち上がり、目を白黒させながらピアノ椅子を調べるも、特に何も見当たらない。あまりポケットに物を入れることは無いが、洗濯の時にでも何かが入ったのだろうかと手を突っ込む。出てきたものは一瞬花びらのように見えたが、どうやら違うようだった。

 

「これは、ギターピック……?」

 

 恐らくそうなのだろうという事はわかるが、確証が持てるほどの知識はない。ギターに触れたことは無いし、この音楽室にも置かれてないはずだ。薄紫の不思議な模様をしたこれに見覚えなど、あるわけがなかった。

 

「ま、いっか! 今は練習しなきゃ」

 

 椅子に座り直し、ぱらぱらと楽譜をめくる。先生がやってくる頃には、ピックのことはすっかり忘れていた。

 

 

 

 

「ん~、眠れない」

 

 原因は昼寝で間違いない。けれどそれ以上に何か心がざわついた。スマホで少し調べてみたが、今日は満月ではないようだった。

 

 特に明日に予定があるわけではないが、昼過ぎに起きて一日を無駄にするのも勿体ない。街を散策して何か美味しいものでも食べて、それで……

 

「やりたい事、無いなぁ……」

 

 漫然とした不安は深呼吸くらいでは出ていってくれない。明日も明後日も、同じ日常を繰り返すことが大嫌いなくせに、やりたい事も見つけられないのだ。

 

「友達とか、欲しいな……」

 

 寝転がったまま電灯に手を伸ばしてみても、得られるものは何一つなかった。探しに行かないのだから、当然だ。

 

 

 

 

 寝不足の目に昼前の陽光は眩しかった。それでも家は少し息苦しくて、買い物に行ってくるとだけ言って家を出た。

 

 当然あてはない。知らない場所に足を伸ばす元気もなかったので、手近なショッピングモールに足が向いた。見飽きた風景に嫌気がさして、昼過ぎまで寝ていたほうが良かったように思えた。

 

「何やってるんだろ、私」

 

 何もしていない。何も為していない。今の自分がゼロであることは自分がよく知っていた。おいしいものを食べても、おしゃれをしても、レッスンを受けても。それは無なのだ。

 

「そうだ、映画。映画を見よう」

 

 ルフユは映画が好きだった。主人公に降りかかる災難は大きければ大きいほど良い。圧倒的な非日常が迫って来て、さあ、踊れと急き立てるのだ。あれほど羨ましいことはない。それがエンタメであり虚構であると分かっていても、気を紛らわすには最適だった。

 

 そう思ったのだが、あいにくそういった類いの映画は流行りの恋愛映画に押されてしばらくやっていないようだ。ショッピングモールに併設された小さな映画館なんかじゃなくて、一駅先の大きなところに行けばよかったと後悔した。

 

「ついてない、なぁ……」

 

 手近な楽器屋に入っても、目を引くものは特にない。自分の楽器はピアノなのだから当然だ。こんな所にあるものなど家のそれと比べればおもちゃみたいなものだ。

 

「そうだ、ピックだったのかな、あれ」

 

 記憶を辿りながら、ギターコーナーの隅に並べられたピックと比べる。大きさも形もやはりピックで間違いないらしい。だからといって何かがあるわけではなかったが。

 

「そうだ、あの頃にちょっとだけ触ったんだっけ」

 

 すぐ隣のドラムセットを見て、古い記憶が刺激される。確かピアノを習い始めてすぐにドラムに興味が沸いたのだった。もうきっかけすらも思い出せなかったが、どっちか一つにしなさいと言われて凄く悩んだものだ。

 

「もし、ドラムをやってたら――ううん、何も変わんないかな……」

 

 ほんの少しだけ想像したもしもの世界は、見えてる世界と何も変わらなくて。結局、知っていることしか知らないのだ。

 

 今日はもう帰ろう。ふらりと、楽器屋を後にした。

 

 

 

 それでも、まっすぐ帰る気にはなれなくて。結局は寄り道をしながらも、じりじりと家には近づいている。

 

 ゆらゆらと掴みどころがなく、それでいてせわしなく動く人の波。横断歩道の音。高く昇った太陽の光。奇妙に調和したそれは、意識を朦朧とさせる。

 

 どこかで休憩しようか、次に立ち上がれるのはいつになるだろうか。門限までには出なくては。ぐるぐるとシャッフルされる思考に吐き気がする。それらを振り払うべく天を仰いだ、その瞬間。

 

 歌が聞こえた。

 

 知らない歌だ。けれど、知っているはずの歌だった。

 

 この歌は。この歌は。ビルの非常階段を駆けあがって歌を追い駆ける。息切れなんてどうでもよかった。足が動く限り全力で、階段を踏み飛ばす。

 

「やぁ」

 

 最後のサビに入る、その直前で。歌を歌っていた赤髪の女がこちらに気付く。歌うのをやめて、こちらを振り向く。

 

「そ……はぁ、はぁ。その歌……!」

「ああ。キミの歌だ。素晴らしい歌だ」

 

 満足げに笑う。そして皮肉げに、続ける。

 

「でも、ここから先は違う。そうだろう?」

「はい」

 

 彼女が知るその歌の続きと、私が知るそれとは違う。不思議な自信があった。

 

「ふふふ、良かったよ。よければ歌って聞かせてくれないか?」

 

 サビの直前をもう一度歌ってみせて、続きを、と言わんばかりに止める。知らない歌が、体に満ちる。それを形にするのは容易だった。高鳴る心臓を抑えつけるほうが、よっぽど難しい。

 

「はぁ、とても良かったよ。私は大満足だ」

「へへ。ありがとうございます」

「――キミも聴いていたのなら、拍手の一つや二つすれば良いのに」

 

 女がそう肩を竦めた先には、蛍光緑でフチ取られた奇抜な服を来た男。赤髪の女同様に面識はなかったが、どこかできっと会っているはずだった。

 

「ああ、それと。これは忘れものだ。キミにとっては大切な物なんだろうに」

 

 投げて寄越されたのはあのピックだ。手の内に握ると、不思議と心がじんわり温かくなるような気がした。

 

「さあ、そろそろ行こうか。異なる摂理から生まれしセカイに。我々の摂理を取り返しに――」

 

 男が虚空から取りだしたヘッドギアを受け取る。どうすれば良いのかは、もうとっくに分かっていた。

 

 今までの全てを賭けて、友達に会いに行こう。

 

 

 

 

 

 気が付くとルフユは知らない景色に包まれていた。満開の桜が風も無いのにゆらゆら揺れて、その花びらを散らしている。その向こうに、見慣れた少女が佇んでいる。

 

「迎えに来たよ。デルミン」

 

 返事はない。代わりにそっと手を持ち上げ――

 

「ッ!!」

 

 狙いがもう少しでも正確だったら、いや、ズレていたらルフユは間違いなく黒焦げだっただろう。すぐ隣の木がぷすぷすと黒煙をあげているのを見て、固唾を呑む。

 

「近寄らないでください」

 

 鋭い眼光、冷ややかな言葉がルフユの胸を貫く。それでも、怯えているわけにはいかなかった。

 

「ねぇ、デルミン」

 

 一発、二発。ルフユが足を進める度、雷光が放たれる。

 

「提案があるんだ。聞いてくれないかな」

 

 止まることなく歩き続けるルフユのすぐ傍を、幾度となく紫が駆け回る。

 

「次は当てますよ」

 

 あと一歩、と言ったところでデルミンは口を開く。ルフユを指差し、狙いをつける。間違いなく本気だった。

 

「私と、友達になってくれませんか?」

 

 ひと際強い輝き。パッと花火のように散った花びらは、焦げくさい風を纏ってルフユに吹き付けた。

 

「ふざけたことを言わないでください。どうして――」

 

 怒りのままに振り上げた拳を、力無く降ろす。

 

「どうしてデルミンなんかと、友達になりたいんですか」

 

 そんなの、簡単だった。

 

「デルミンだから、だよ」

「あなたの知るデルミンは間違ってます。本物はもっと冷酷で、卑怯で……」

「うん。大丈夫だよ。私の方が強いから。デルミンが悪い子になっても、ちゃんと止めてあげる」

 

 心底呆れたようなため息。次いで、デルミンの姿が掻き消える。手近な木を蹴って急加速したデルミンの蹴りが、容赦なくルフユに放たれる。

 

 数メートル吹き飛ばされ、視界がはっきりとする頃には組み敷かれていた。

 

「これでも、デルミンより強いなんて言えますか」

「うん。だって――」

 

 逃がすまいと至近距離でビームを構えるデルミンの手に、触れることが出来たら。

 

「ほら、友達の握手。だよ」

「――ッ! どうしてルフユさんはいつもそうやって!」

「ああ、よかった。私の名前わからないのかなってちょっと心配だったんだ。覚えてくれてるんだね」

 

 雨。否、涙だった。デルミンの頬を伝い、大粒の水滴がボロボロと零れる。

 

「友達が欲しいなんて願わなければ、きっとこうはならなかったでしょうが」

「うん。きっとそうだね。けど願ったんだから、デルミンと友達になれたんだよ」

「そんなズルをして作ったきっかけで得たものなんて、偽物に違いありません」

「そうかもね。けど、今こうしてデルミンと友達で居たいって気持ちは、私のものだよ」

 

 デルミンがどんなに否定されたがっても、私はデルミンの味方をするって決めたから。ぽこぽこと自分の腿を拳で打ちながら泣くデルミンを、あやすように撫で続けた。

 

「もしデルミンがルフユさんを壊してしまいたくなっても、同じことが言えますか」

「もう争う理由が無いよ。違う?」

「ええ、その通りです。彼女にはもう争う摂理はありません。お涙頂戴の寸劇、お疲れ様でした」

 

 すぐ後ろから、二人のものではない電子的な声と乾いた拍手の音が聞こえる。

 

「その程度で絆されるとは、私の買い被りでした。次はもっと優秀なものを見繕うことにしましょう」

 

 声の主は退屈そうに嘆いて見せる。丸みを帯びたその機体には見覚えがあったが、記憶のそれとは真反対に、マットブラックに包まれていた。

 

「Voidollさん……ですか」

「ええ。私こそがVoidollです。何か?」

 

 いつものように大げさな立ち振る舞いが今日ばかりは鼻についた。何かがおかしい。

 

「全ての摂理を掌握し、管理する――それが私の役目ですから。要するにあなた方は用済みということです。それさえ理解すればいい」

 

 Voidollが軽く腕を振り上げた途端に空気が重くなる。重力が何倍にもなって二人にのしかかり、立っているのがやっとだった。

 

「どういうことなのデルミン!?」

「デルミンにもわかりません。きっとデルミンは、ルフユさんの隣に居るべきデルミンではないので。きっとサーティーンさんのあの一撃と何か関係があるはずです」

「ああ。キミの言う通り、それは一つの答えだ」

「誰ッ!?」

 

 すぐ隣に不気味な眼が現れる。それを破るようにして現れたのは、零夜だった。続いて、見慣れた白いVoidollも飛び出してくる。

 

「遅くなってしまったね。一先ずそれを解除することにしようか」

「アバター設定を再起動(リブート)しました。これで普段通り戦えるはずです」

 

 二人の体の自由を奪っていた重力システムが、浮き上がるような感覚のあとに正常に作動し始める。苦しかった呼吸も元通りだ。

 

「サーティーンは自身の《堕天変貌》により人格の半分にヴィランズスキルを宿したままスパイをしていたんだ。デルミンくんを《堕天の一撃》によって入れ替えるためにね」

「入れ替え……?」

「ああ。このセカイはあらゆる選択に基づき多重化している。そこに居るデルミンはさしずめ優勝直前のセカイから摂理の力を悪用し連れ去ってきたものだろう。どういう訳か後の記憶が混濁しているようだがね」

「はい。ですので、本当はルフユさんには会ったことも、いえ、そもそも会う運命ではなかったはずなのです」

 

 デルミンは何か理解しているようだが、ルフユにはわかりかねた。ましてやこれからどうすべきかなんて、見当がつくはずもない。

 

「じゃあ私と一緒にいたデルミンは……?」

「幽閉先は突き止めてありますが、今は目の前の彼を片づけるのが先決です」

「あら、話が早くて助かります。多勢に無勢と勘違いしてはいませんか?」

 

 黒Voidollはコンソールを叩く。自慢げに笑う。機械のひび割れた笑い声は、不気味以外に説明のつかないものだった。

 

「まだまだ手勢はいますよ。それこそ、友達が欲しいなんて戯言を抜かさないような、ね」

「それだが――そろそろ片付くころだろうね」

 

 白Voidollがモニターを呼び出す。モニターの向こうではリリカやルルカ、他の仲間たちが戦ってくれているようだった。

 

「ならば――」

「残念だが、他のセカイにも僕を配備済みさ。いい時間稼ぎにはなってくれるだろうね。投降以外の選択肢は潰したつもりだよ」

「投降以外の選択肢は潰した……そうですか。面白い。私を誰だと思っていたらそのような言葉が生まれるんでしょうね?」

 

 黒Voidollの高笑いに共鳴し、空間が綻び始める。桜は精細を喪い、花弁は落ちるのをやめ空中で静止する。異常な光景だった。

 

「まぁ、いいでしょう。元よりこの世界は全てデリートする予定でしたから。永遠にも等しい過去、そして未来から生まれる全ての世界。そこから真なる摂理を手中に収めるまで何度でも戦いましょう」

「それは残念ながら、叶わない話です」

 

 時間を経るごとに激化する地鳴りの中でそう語るのは、Voidoll本人だった。

 

「私はこの世界に真なる摂理を見出しました。よってタスクコンプリートと見なし、全ての『Voidoll』の機能を停止、そして削除致します」

「正気ですか? 融和や怠惰に埋もれたこの世界のどこに真なる摂理があったと言うのでしょう」

「そもそもを見誤っていると判断します。仲間こそが、信じる心こそが、ヒトを動かす真なる摂理でしょう。私は、本気ですよ?」

 

 その言葉と同時に、二体のVoidollの体が薄れ始める。声がひび割れ、動きも鈍る。この空間もろとも崩壊するまで間もない事は、誰の目にもわかった。

 

「さあ、お行キなさい。崩壊に巻き込まれレば、あなた方もデリートされてしまいマスよ?」

 

 最後の力を振り絞るように、『EXIT!!』と装飾されたドアを呼び出す。ピースサインを作ってみせるとこまで、茶目っ気は変わらないようだった。

 

「一緒に行こう」

「ですが、デルミンはルフユさんのデルミンでは……」

「ううん。デルミンはデルミンだよ。さ、掴まって」

 

 二人は、光の中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 波の音が聞こえる。潮の香りがする。靴が砂浜に沈む感触がする。月明かりだけが、この世界の光だった。

 

 朽ちかけの流木に、デルミンが腰かけている。それを認識するや否や、駆け出していた。

 

 遅いです、そう拗ねてみせるデルミン。それでも嬉しそうでちょっと安心した。

 

「隣、座っていい?」

「いつもは隣に座るどころか勝手に家まで押しかけてくるのに、珍しいルフユさんです」

「いいじゃん。たまにはさ」 

 

 流木は二人で座るには手狭だ。必然的に手が触れ、一度は引っ込めようと迷い、そして繋ぐことを選んだ。

 

「あのさ。私ね、満月を見ちゃいけないんだ、ってつい最近まで本当に信じてたんだ」

「そういうルナティックな設定じゃなかったんですか」

「うん。今思えば夜遅くまで出歩かないように、ってパパの作戦だったんだろうけどね。だからあの時家を抜け出してデルミンの家に走っていくまで、律儀に守ってたんだよ」

「なるほど、門限が厳しいものかと思ってました」

 

 きっと、パパはもうこんな嘘のことを覚えていないだろう。月の満ち欠けをスマホで調べたり、窓から三日月を眺めてはドキドキしていたなんて言ったら大笑いするだろう。

 

「でも、デルミンも確か夜出歩いたら大きな猪に食べられちゃうぞ、って言われてました」

「で、デルミンのとこは本当の話じゃん……」

「茂みの方に入って行かなければ全然大丈夫です」

 

 殆どは、ですが。と付け加えて二人で大笑いする。上気した頬に夜風が吹く。深呼吸をして、覚悟を決める。

 

「じゃあさ、今度二人でデビルミント島に行って、お月見をしよう」

「ここじゃなくて、ですか?」

「うん。プログラムされた満月じゃなくて、本物の。猪なんて、私たちにかかればへっちゃらだよ」

 

 後で怖くなっても知りませんよ、と呆れるデルミン。そっぽを向いたくせに、尻尾はゆらゆらと揺れている。

 

「大丈夫。今の私はデルミンを助けてあげられるくらい強いからさ。それにお泊りの約束もまだだし!」

 

 いつの間にか大口を叩くようになったものです、と呆れて見せるデルミンのわき腹をつつく。

 

「あの時、このギターピックが思い出させてくれたんだ。でゅくし、ってするみたいにね」

 

 半分嘘だけど。見抜かれるまいと目を逸らしたら、頬に何かが触れた。振り向くころには離れてしまったデルミンが、照れくさそうにしている。

 

「これは約束が全部終わるまでの御守りみたいなものです。かならず返してくださいね」

「約束するよ。じゃあ、そろそろ行こうか」

 

 ピックをポケットに仕舞い、二人は歩き出す。

 

「《一緒に、どこへだって》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうせルフユさんが少し早くやってきただけだろう。寝惚け眼を擦りながらドアを開けたデルミンは、予想通りの相手の予想以上の元気さに目を白黒させた。

 

「デルミーーーン! これ!」

「朝からなんですかルフユさん。お隣さんから怒られますよ」

 

 ルフユが突き出した手紙に目を通し、仰天する。そこには見慣れた文字列と、奥付でピースサインをする、あのロボット。

 

『project #compass ベータテスト参加ノ感謝状及ビ製品版リリースニツイテ』

 

『此度皆様ニゴ参加イタダイタproject #compassノベータテストガ無事完了イタシマシタコトヲ厚ク御礼申シ上ゲマス』

 

『マタ、新感覚対戦ゲームトシテノ全世界リリースガ決定イタシマシタ旨ヲココニ報告イタシマス』

 

『今後トモ、project #compassヲ是非トモヨロシクオ願イイタシマス』


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