アークナイツ.Sidestorys 鵬程万里   作:Thousand.Rex

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廃れた記憶

初めて引き金を引いたのはいつか、覚えていない

わかっているのは、物心ついた時には銃を持っていたこと

その弾倉は、中が減っていたこと

 

「戦え、それがお前たちの役割だ」

 

「死にたくなければ撃鉄を起こせ、引き金をひけ」

 

「消耗品になりたくなければ敵をすべて殺して来い」

 

そんな事ばかりを言われていた

周りには少年兵、同じぐらいの年のガキがいた

俺もその中の一人だった

 

「9番、次は貴様の番だ」

 

「……………………」

 

「ふん、喚きもしないか、気味が悪い」

 

攫ったか、戦地で拾ったかは知らない

ある傭兵グループのもとで戦っていた

番号で管理され、使い潰される

毎日戦場に駆り出され、一人一人数が減っていく

意味のない引き金を引き続ける、それが当たり前だった

明日は我が身だ、それを自覚しつつも泣きわめくことも打ちひしがれることも許されない

そんな世界に、俺はいた

 

 

ある日、転機が舞い降りた

所属させられてたグループが襲撃にあった、もちろんガキどもも

燃え上がる炎や煙に紛れ何人かと逃げ出した

特別仲が良かったわけではない、偶然一緒になっただけ

それでも子供ながらにわかっていた、一人では生きていけないと

俺たちは団結した、生きるために、己の意思で戦うことを決めた

前とは変わらぬ戦う日々、少し違ったのは、仲間がいるということ

偶然一緒になったのではなく、何かしらの運命で一緒になったと、奴らは言ってた

それで、変な団結力が生まれた、形だけの、それでも確かな繋がりを護る為

引き金を引く意味が生まれた、当時はそう思っていた

最初は思い思いに意見を出し合い行動指針を決めてた俺たちはいつしかリーダーを決めた

なぜか俺が選ばれた、理由は誰も教えてくれなかった

決まっちまったもんは仕方ない、流れのままに生き続けた

各地を渡り、石に覆われる世界を見ながら旅をしていた

そんな時、小さな事件が起きた

俺がおかしい、誰かが言い始めた

なんでも、色が変色してるとかなんとか

鏡なんかなかったから気にしても無駄だと言ったら怒られた

思えば、鉱石病にかかったのはその時だろう

怒られた理由もわからず、でも心配してくれているのがわかって少し気恥ずかしかった

あともう少し一緒にいれば、きっと温もりというものが俺には理解できたのかもしれない

 

 

 

大きなミスをした、戦場で孤立した

使い捨てのガキに救援なんて来ない

一人一人殺されて、俺一人になった

必死に逃げて、気が付いたら黒くくすんだ欠片をかぶって倒れていた

それが自分の体の一部と気づくのに時間はかからなかった

目を覚まし、一人になっていることに気づいて、悲しかった

だけど涙は出なかった、そういうものだと、決めつけていた

護る為の引き金は、仮初だったと

人のふりは、己にはできないと

あの大人たちの教育は俺の心に強く残っていたらしい

たった一人で、歩くことになった

 

 

 

「よう坊主、仕事が欲しいのか?」

 

「ああ、寄越せ」

 

それからしばらくの間、殺人マシンとして生きることにした

戦争があれば自ら飛び込み、なければ賞金首を討つ

 

「まったく、小さいくせして怖い目をしてるな、お前」

 

「知ったことか、さっさと寄越せ」

 

「はいはい」

 

金がなければ生きていけない、生きるという行動を繰り返すために戦った

 

「他の奴らが言ってたぞ? 人の心がないって」

 

「あってほしいか? たかが消耗品に」

 

「……なんとまあ、捻くれちまって」

 

「可哀想だと思うなら仕事を寄越せ」

 

「わかったよ」

 

間違えた倫理観だとは知っていた

だがそれしか知らなかった

俺に導き手はいなかった

 

 

 

ある日、いつも通り仕事をしていたら変な集団を見つけた

武装した集団、統一された制服を着こみ、敵勢力を鎮圧していく

おかしくはない、戦いの中で戦っているのだ

だがその戦い方がおかしい

 

「……生かしてるのか?」

 

殺していない、生きている

この時は反乱分子の殲滅とかそんな感じの内容だった

別に殺す必要性はない、無力化でも問題ない

ただ、その時の俺に殺す以外の選択はなかった

だから、興味が出た

なんとなしに近づいて様子を見る

そいつらは自分と同じ雇われた側のはず、敵対はしていない

目立たないところで隠れていた

すると、一人の男と目があった

壮年一歩手前の男、集団の中で唯一武器を持たず、妙な格闘術で立ちまわっていた奴

近づいてくる、一人で

 

「……………………」

 

「少年、ここは危険だぞ」

 

子供が紛れ込んだと思ったのか、そんなことを言ってくる

 

「そうだな、奴さん方はまだ暴れてる、数は少ないがな」

 

「ほう、戦地だとは知っているらしい」

 

試しているのか、それとも何か別の目的があるのか

 

「ああ、俺も傭兵だからな」

 

「なら何故ここにいる、サボりか?」

 

「別に、休憩ついでに周りの様子を見てたんだ、手伝いはいるかと思ってね」

 

「なるほど、では持ち場は終わらせたという事かな」

 

「終わった、金の分はやった、後は適当にやればいいだろう?」

 

「ふむ、理に適っている」

 

「なら放っておけ」

 

どこか探るように聞いてくる

初対面のはずだが何か目に付くようなことはしただろうか

 

「少年、君だな? 噂の少年兵と言うのは」

 

「……噂?」

 

どうやら何か言われているらしい

聞き返してみる

 

「なんでも、臆することなく戦場に飛び込み、殺しの限りを尽くしている子供がいると聞いた」

 

「ほう、そんな風に言われてたのか、子供におびえるとは下らん大人だ。年だけ無駄に食っているんだろうよ」

 

「手厳しいな、耳が痛い」

 

表情一つ変えず話を続ける

 

「で、確認した理由は何だ、仲間でも殺されたか?」

 

「いや、君に殺られたという被害は今のところない」

 

「なら何故聞く」

 

無意味な会話に思える、得るものはない筈だ

後ろでやりあってる味方の助けでもすればいいものを

 

「なに、面白い人物だと思ってな」

 

「……馬鹿にしてるのか?」

 

「違うよ、気に入ったのさ」

 

そう言って、聞いてくる

 

「少年、名前は?」

 

「……名前?」

 

「ああ、君の名だ」

 

名前、聞かれて気づく

 

「……いらんだろ、そんなもん」

 

俺には、名がない

 

「なんと、それは不便な」

 

「そうでもない、少なくとも困ったことはない」

 

今まで聞かれたこともない、気にする理由がなかった

 

「ふむ、ならばその目も納得できる」

 

「目? 何の話だ」

 

「少年」

 

じっと見てくる、今まで向けられたことのない感情を向けてくる

 

「君は、人の温もりを知らないな」

 

いや、ある、昔、少しの間だけ身近にあった

 

「それがどうした」

 

今はいない、かつて共にいた子供たち

 

「少年、一つ助言だ」

 

どこか暖かい、少し気恥ずかしい感情

 

「そのまま戦い続けるのであれば、いつか」

 

もう、感じることのない筈の物

 

「君は、命を落とすぞ」

 

理解できなかったもの

 

「構わん、死んで悲しむ者などいない」

 

きっと、それは俺を救ってくれたんだろう

 

 

 

それからまたしばらくしてある地域にやってきた

どうやら不気味な子供の噂は流れに流れ、仕事の仲介人にも届いたらしい

気味悪がられて門前払いをされ、仕方なく俺を知らない地域にやってきた

そこには二つの国があった

お互いにいがみ合って、にもかかわらず共存してる国

最初は戦争が起きそうだと思って、食い扶持になると思って目を付けた

火が付くまで、適当に時間を潰していた

小遣い程度に害獣退治や物資輸送をして金を稼いでいた

 

そんなある日、片方の国の子供たちが群がってきた

 

「ねえ傭兵のお兄さん、これあげる」

 

「あ? ……これは、花?」

 

桔梗の一種だったか、青色が良く目立つ

 

「最近、あっちとこっちを行き来してるでしょ?」

 

「ああ、そうだな、両方ともやれることが多いし」

 

「だから、これあげる」

 

「……………………」

 

理由にならない、いや、子供にとっては十分な理由なのか

未だ暗い少年期を渡る俺にはよくわからなかった

 

「ありがとう、お兄さん」

 

「……どういたしまして」

 

感謝されるいわれもない、説明が欲しい

近くにいた子供の親らしき人物に目を向ける

視線に気づき、来てくれる

 

「どうも、小さな傭兵さん」

 

「どうも、麗しいお姉さん」

 

「あら、口が上手いのね」

 

「そりゃどうも、で、これは何だ?」

 

花を贈られた理由を聞く

 

「わからない?」

 

「わからん、だから聞いてる」

 

どうやら俺はなにかしたらしい

 

「ほら、あなた少し前からこことあっち、二つの国を行き来してるでしょ?」

 

「そうだな」

 

「それで、いろんなことをしてくれてるでしょ?」

 

「ああ、してる」

 

「物資の配送とか、道中の安全確保とか」

 

「してるな、それがどうした」

 

「あら自覚がないの?」

 

「?」

 

意味が解らない、金になるからやってるだけでそれ以外のことは知らない

 

「あなたのおかげであっちとの流通が楽になってるのよ」

 

「そうか」

 

「おかげで夫からの手紙が良く来るの、返事が届くのも早いらしいのよ」

 

向こうに出稼ぎでもしてるのか、夫の話を出してくる

 

「なんでも、手紙を出したその日に返事がきたって言ってたわ」

 

「へえ」

 

「配達員に聞いたら、あなたに頼んだ時だって言ってたの」

 

「……ああ、あの包みか」

 

そういえば何度か受けたことがある

速達の便とか、単純に人が足りないとかで紹介されて

 

「しかも他にもいろいろやってるって話じゃない、輸送の護衛とか、商団の先導とか」

 

「その二つ、変わらないと思うが」

 

「変わるわよ、人を護るのも、人を導くのもできるなんて凄いわ」

 

やたらめったら褒めてくる、ここまで言われることなのか

 

「しかもまだ小さいのに」

 

「……………………」

 

いや、貶されてるのか?

 

「お兄さんお兄さん、一緒に遊ぼ?」

 

「え? いや、ちょっと待て」

 

話の横から子供たちが入り込んでくる

 

「あら、いいわね、お願いできるかしら?」

 

「待て、この後は仕事がある」

 

「そうなの?」

 

嘘ではない、この後は幾つか荷を受けてあっちに渡るつもりだ

 

「あっちに行くんだ、荷渡しのついでにやることがないか探しに」

 

「なら、丁度いいわね」

 

「なんだ」

 

何かを取り出し渡してくる

 

「これ、ついでに渡してもらえるかしら?」

 

「手紙?」

 

「ええ、あの人に渡すの、これからポストに入れようと思ってたんだけど、それより早いでしょう?」

 

「……トランスポーターじゃないんだが」

 

「ああそうだったわね、なら報酬が必要かしら?」

 

「……いやいい、ついでだ、任されてやる」

 

本来なら請求してもいいはず

だが何故か言う気が失せた

 

「ありがとう、傭兵さん」

 

「別に、構わない」

 

手紙を受け取る、それと一緒に夫とやらの住所も教えられる

 

「じゃあ、これで失礼する」

 

「ああそうだ、傭兵さん、一ついいかしら?」

 

「なんだ」

 

さっさと済ませてしまおうと考えていたら呼び止められる

まだ何か頼みたいのか

 

「ねえ、あなた、なんて言うの?」

 

「……何を?」

 

「名前、傭兵さんじゃ呼びづらいでしょ? 教えてくれるかしら」

 

「…………名前」

 

あの男の声が木霊する

 

『少年、君は人の温もりを知らないな』

 

「……………………」

 

「どうしたの?」

 

同じように答えればいい

 

そんなものはいらないと

 

不必要だと

 

だが、言えなかった

 

この場にそぐわない答えだと、理解した

 

「……あー、なんだ」

 

「なにかしら」

 

「あとでいいか? 自己紹介だなんだ、その辺りは、また会った時でいいだろう」

 

「それもそうね、ごめんなさい、引き留めてしまって」

 

「いや、いい」

 

そそくさとその場を離れる

また何か言われる前に逃げなければ

 

「いってらっしゃい、傭兵さん」

 

「いってらっしゃーい!」

 

「……………………」

 

正体のわからぬ感情を向けられる

酷く不気味で、でも嫌いになれないのが嫌で急ぎ足で離れた

 

何処かでカラスが鳴いた

 

「……なんだよ」

 

空を見上げ、飛んでいるカラスに向けてなんとなしに呟いた

 

 

……………………

 

 

「……ここか」

 

向こうの国に渡り、教えられた住所にたどり着く

情報通りならここのはず、あの女の夫がいるだろう

 

「花屋、か」

 

質素な見た目の店、店頭には色とりどりの花が並べられている

店の入り口に立ち、手をかける

 

「……失礼、邪魔をする」

 

「ああ、いらっしゃい、ちょっと待ってくれ」

 

ドアを開けると鈴の音が鳴る、見上げると上の方に付けられていた

来客時に気づけるようにだろう、音に気づいた店主がやってくる

 

「やあどうも、っと君は確か……」

 

「……………………」

 

眼鏡をかけたのんびりした顔、花に囲まれてるせいで一瞬妖精に見えた

男の妖精など、あまり需要はなさそうだ

 

「噂の傭兵くんじゃないか、どうしたんだい? 誰かに贈り物かな?」

 

「ああ、そうだ、あんた宛に一つ、預かっている」

 

「おや、何かな」

 

渡された手紙を突きつける

 

「おっと、彼女からの手紙か、ありがとう」

 

「別に」

 

「でもどうして君が? 配達員じゃないだろう?」

 

まあ俺は傭兵だ、わざわざ手紙単品で運ぶ理由は本来ない

 

「頼まれたんだよ、あんたの番いに」

 

「そうか……すまないね、忙しいのに」

 

「構わん、ついでだ」

 

少し申し訳なさそうな顔をする

 

「なんだ、後ろめたい事でもあるのか」

 

「ん? いや、違うよ、彼女が君に頼んだのは僕が原因かと思ってね」

 

「……ああ、言ってたな、手紙が早く届いたとかなんとか」

 

「そうだね、あまりない事だから驚いてしまってね、つい書いてしまったんだ」

 

頭を掻きながら恥ずかしそうに言う

平和そうな男、それがこの男への大抵の評価だろう

 

「……そんなに珍しいのか? 手紙が早く届くのが」

 

正直、手紙の時差など知らない、届けばそれでいいと思うが

 

「ああ、こことあっちは仲が悪いからね、近いくせしてたった一通の手紙が渡るのに一週間かかるとかザラなんだ」

 

「へえ、流通に問題が出るのか、なんでだ」

 

理由はなんとなくわかるが

 

「ほら、ここもあっちも、小さいだろう?」

 

小さいとは国としての規模だろう

ちっぽけな土地を不釣り合いな石壁で囲んだだけ

 

「お互い領地が小さい、単純に大きくしたいのさ」

 

そもそも国などとは呼べるものではない

まあ国の定義など、誰かがここはなんとかだ、とかいう主張をすればある意味できてしまう

獣が縄張りを主張し、そこに群れを作る

それと原理は変わらない

 

「それで、すぐ近くの土地を狙ってるんだ」

 

「まあ遠征するより早いか」

 

「そうだね、でも攻め入るには物資がない、人材はどうにかなるとして武器がない」

 

「槍とか剣じゃだめなのか、戦場にはそれで当たり前のように戦果を挙げる者もいるぞ」

 

「そんな使い手、ここにはいないよ」

 

「そうなのか」

 

「なにより、戦争なんてしたことないからね、お互いに」

 

「……なるほど、そもやり方を知らんわけか」

 

早い話がビクついているわけだ、ありもしない脅威におびえながら外交をしている

国としての経験と年齢が浅いのだ

 

「よくもまあ、国などと言えたもんだ、集落規模だろう、こんなの」

 

「それでも五百人以上は住んでるんだ、お互いに生活してる、色んなものを分け合って」

 

「合計千人か、いっそのこと奪うとかじゃなくてくっついた方が早いだろうに」

 

「まったくその通りだ、きっとその方が平和だね」

 

「ま、そうしたらそうしたで今度はどっちが首都だとか言うに違いないが」

 

「ありえるね、それでまたお互い、にらめっこするんだ」

 

「なかなか笑える話だ、酒の肴に出来るに違いない」

 

「こらこら、未成年が飲んじゃだめだよ?」

 

「ふん、誰かにとやかく言われる筋合いはない」

 

「まあ止めはしないけど、あんまり飲み過ぎちゃだめだよ」

 

店主が苦笑する、こちらの口も緩む

そうして気づく

なんとまあ、人らしい会話をしているものか

 

「さて、手紙を届けてくれた礼をしなければね」

 

「別にいいさ、いらん」

 

店主の言葉に否定の意を示す

 

「でも、仕事で来たんだろ? 報酬がいるんじゃないのかい?」

 

この男、存外物分かりがいいらしい、先ほどの話といい頭は回る方だろう

 

「構わん、ついでに頼まれてやっただけだ」

 

「だけど、傭兵だろう? その辺りはしっかりしなきゃ」

 

「まあそうだが、ここで受け取ったらあんたの番いへの面目が立たん」

 

「なんだ、断ったのかい?」

 

「ああ、初回サービスだと思っておけ」

 

随分とらしくないことを言う

自分で信じられない、おとなしく受け取っておけばよかったものを

 

「そうか、なら余計なにもしないわけにはいかないね、どうしようか」

 

そういうと店主が考え込む

しばらくして何か思いついたらしい店主がポンと手をたたく

 

「そうだ、君、今日はこっちに泊まるのかい?」

 

「そうなるな、わざわざあっちに戻る理由もない」

 

「ならちょうどいい、こっちの宿の主人にこれを渡してくれ、僕からだと」

 

「なに?」

 

ハナミズキの小さな束を渡される

 

「君の宿泊代は僕が持つよ、今日の分だけだけど」

 

「……ありがたいが、手紙一つにそこまでするか?」

 

一日だけとはいえ宿泊費が浮くのは意外と助かる

特別大きい稼ぎがないから結構きつかったのだ

だがそこまでされるいわれはない

 

「なに、賛辞には賛辞を、礼儀には礼儀を、善意には善意で返す、それが人の営みだろう?」

 

「……ご立派だな」

 

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいね」

 

受け取る、ここで突き返しても無理やり渡されそうだ

 

「……まあ、手紙も渡した、俺はこれで失礼する」

 

「ああ、楽しかったよ、えーと……」

 

「なんだ」

 

店から出ようとした俺に何か言おうとして、口籠る

 

「そういえば名前を聞いてなかったね、なんていうんだい?」

 

「……またこれか」

 

先ほどと同じ質問、名前など俺にはない

いつかのように返してもいいが何か違う気がする

いっそのこと唯一付けられてた呼び名でもいってやろうか

いや、この男のことだ、察してしまうかもしれない

小さい子供が番号で呼ばれていた、それだけで判断材料としては足りるだろう

9番、なんて中途半端な数字、そもそも名前にもしたくない、せめて一足して十番にでもすべきだ

 

「おや、どうしたんだい?」

 

「……別に、なんでもない」

 

夫婦そろって不都合なことを聞いてくる

さてどうしたものか、そんなことを考えていると

 

「……あ?」

 

「ん? 今のは、鳥の鳴き声かな?」

 

聞き覚えのある鳴き声が聞こえた

なんとなく外に出る、そこには

 

「……何見てんだ、鳥」

 

カラスがいた、店の屋根にとまってこちらを見ている

 

「やれやれ、被害はないからいいけど、イタズラだけはしてほしくないな」

 

店主が花を心配そうに見回している

カラスは頭がいい、その気になれば人の言語を理解できるとか

好機が勝れば平気で動く、人の気も知らずに派手にやらかすだろう

 

「どうするかな……と、おや? この自転車、なんだろうか」

 

すると店主が店の前に置いてあった自転車に目をつける

 

「随分錆びてるな……不法投棄かな?」

 

「……一応、法はあるのか」

 

「もちろん、曲がりなりにも国だからね」

 

錆びに塗れ、酷く汚れた自転車

傍から見たらゴミに見える

 

「困ったな、ここに置かれても捨てに行けないんだ……と、うん?」

 

どう処理しようか困っている店主があることに気づく

 

「この花、確か」

 

「……………………」

 

自転車のかごには荷物が入っている

 

小さなカバンに、それに寄り添うように青色の花が置かれている

 

「これ、もしや」

 

「……悪かったな、ゴミに乗ってて」

 

それは少し前、子供からもらったもの

つまりこのチャリは俺の所有物だ

 

「君のかい?」

 

「そうだ、悪いか」

 

別に使い潰したわけじゃない、それこそ不法投棄場に捨てられていたものを拾ったのだ

人目に付かない移動手段として最適だったから

まあ荒野をチャリで走るのは中々くるものがあるが

 

「ああ、なるほど、すまないね、間違えてしまった」

 

「構わん、事情を知らなきゃ誰でもそう思う」

 

「申し訳ついでにすまないが、笑っていいかい?」

 

「……笑え、そんな顔をひくつかせるぐらいならな」

 

手でそっと口元を抑え、小さく笑う

ツボにはまったのか、必死に笑いを押し殺している

 

「……何がそんなに面白かったんだ」

 

「いやなに、聞いた話に比べて結構ユーモラスだと思ってね」

 

「そいつはどうも」

 

俺の噂はまた、広まってきているようだ

 

「なんだ、噂通りに気味が悪くて、それが面白いのか?」

 

「いや、違うよ、噂と違って人らしくて面白かったのさ」

 

「……人らしい? 俺が?」

 

この男は何を言っているんだ

 

「なに、聞いた話だと素早く動く獣を一瞬で仕留めたとか

襲ってきた盗賊に怯むことなく突っ込んで、瞬く間に倒したとか

判断力と戦闘力が身の丈に合わないって話だったから、きっと冷徹なのかと思ってね」

 

「……年を食えば大きくなる」

 

「そうだね、ごめんよ」

 

なにやら噂が違う、また新しい噂が生まれている気がする、方向性は変わらないが

 

「しかし、そんな人が自転車に乗ってえっちらおっちらしてると思うと笑えないかい?」

 

「……それが俺でなきゃ、笑ってやるよ」

 

「うん、そうだね、言い過ぎた」

 

軽く涙目になりながら謝ってくる

まったく調子が狂う、今日は厄日か

 

「そうだ、その花、気に入ってくれたかい?」

 

「……というと?」

 

「その桔梗、綺麗だろう? 丹精込めて育てたんだ」

 

「……これ、あんたが育てたのか」

 

「ああ、花屋だからね、オリジナルのブランドも出さなきゃ」

 

「花弁が細いのは品種改良か?」

 

「違うよ、もともとそういう種類なのさ」

 

「ならオリジナルじゃないと思うが」

 

「それもそうだ、ならブランドは取り消しで」

 

適当な奴だ、まあこれぐらいの方がとっつきやすいのかもしれない

この花なんていかがですか? などとしつこく聞くよりは売れるだろう

 

「君にぴったりだと思ってね、選んでみたんだ」

 

「……どういうことだ?」

 

ぴったりとはどういうことか

色合いで選んだとしても俺の色は黒だと思う

青など出てこないはず

 

「花言葉さ」

 

「……桔梗の?」

 

永遠の愛、とか、誠実、とか、かけ離れたものだった気がするが

 

「気品のかけらもないと思うが」

 

「それは普通の桔梗さ、これは違う」

 

そういえば種類が違うと言っていた

 

「ならなんだ、捻くれ者か?」

 

「おや、自覚があるのかい?」

 

「……話す気がないならもう行くが」

 

「ああごめん、話すよ」

へらへらしながら言う、よく笑う奴だ

 

「これはね、こんな意味を持ってる」

 

「なんだ」

 

 

 

「希望、さ」

 

 

 

「……何を言ってる?」

 

希望? 俺が?

意味が解らない、ただの流れ者の俺のどこに希望なんぞあるのか

 

「おや、わからないかい?」

 

「わかるか、誰かの為に動いた覚えはないぞ」

 

「動いてるじゃないか」

 

「は?」

 

「ほら、傭兵の仕事、身辺警護とか、物資輸送とか、やってくれてるだろう?」

 

「……そうだな」

 

「立派に人を助けてるじゃないか」

 

「それがどうして、希望になる」

 

確かに別の観点から見れば人助けだ

だがそんなこと、考えたことはない

 

「なに、君はこの二つの国の現状が見えてるね?」

 

「……ああ、よく見える」

 

二つの国、何も始まらないのがおかしなほど険悪な関係

助け合わねば生きていけないから手を取り合う、歪な状態

ほんの少しのずれで崩れてしまいそうな、酷く脆いもの

 

「正直、君が来なければとっくに殺し合いが始まってたろう、しびれを切らした子供同士が殴り合うような感じで」

 

「……そうなのか?」

 

「ああ、そこに、第三者の君がやってきた」

 

「……………………」

 

「どちらにも属さぬ、敵とも味方ともいえぬ勢力」

 

「……子供だぞ? 俺は」

 

「そうだね、最初は危険視していなかった、ただ日を進むにつれてある話が出た」

 

「……それは、さっきの」

 

「そう、飛び切り腕の立つ傭兵がやってきたっていう話がね」

 

「……怯えてるのか? こんな子供に?」

 

「ああ、怯えてるんだよ、碌に戦争を知らないから」

 

なんとまあ臆病というか、慎重というか

つまり、戦争が始まった場合、どちらかに必ず俺が付く

特別強い兵士がいない両国、数も同じ、質は変わらない

そこに盤面を傾ける駒がある、そしてそれは、どちらか片方しか持ちえない

どっちにつくかもわからぬ者がいるならリスクは冒せない、そういうことか

 

「馬鹿なのか? ここの王達は」

 

「そうだね、愚か者さ」

 

「それに加えて日和見か、よくも国など作ったものだ」

 

「むうう…………耳が痛い」

 

ついつい罵詈雑言を並べてしまう

これでは目論見がパーだ、金など稼げない

 

「まったく、こんなことなら合併でもなんでもした方が幾分マシだろうに」

 

「そうだね、それが出来れば、きっとこんな苦労はしないだろう」

 

「あんな見かけだけな壁などさっさと崩せ、いっそ、こっちから投降しろ」

 

「もうしてるんだけどね、あっちが気味悪がって了承しないのさ」

 

「ならもう滅べ!! それで吸収しろ!! どっちでもいいから!!」

 

「はっはっは、中々手酷い」

 

よくわからない苛立ちが募り、つい叫ぶ

 

「なんなんだいったい、王はどこだ、小一時間説教してやる」

 

「……されたくないなあ、ははは」

 

一度顔を見てみたい、そして殴ってやる

それからついてるもの、耳だろうが角だろうがなんでもいい、むしり取ってやる

 

「いやはや、まさかここまで怒られるとは」

 

「あんたも笑うな、奥さんと子供がいるだろうに、何故さっさと簡単な道を選ばない」

 

「選んでるさ、簡単で、確実で、優しい方法を」

 

店主は悲しそうに笑う

 

「きっといつか、笑い話にするために」

 

たかが花屋がなぜこうも国を想うか

もっと深く考えていればこの時に気づいたろう

 

「……もういい、で、なんで希望なんだ」

 

「そうだね、君は今、両方の国に牽制している形になっている、間接的にだけど」

 

「そうだな、それでお互い派手に動けない」

 

「願わくば、そのままでいて欲しい」

 

「というと?」

 

「どちらの味方にもならず、見守っていてほしい」

 

「……俺にここに留まれと?」

 

「願わくば、だよ、無理なら無理で構わない」

 

この男が言うには、牽制を続けろ

抑止力になれ、そういうことだ

 

「回りくどいオーダーだ、まあ別の方法もないんだろうが」

 

「おや、乗り気みたいだね」

 

「違う、すっきりしないのが嫌いなんだ、ここまできたら最後まで聞いてやる」

 

「……ありがとう」

 

「そりゃどうも」

 

もういい、とことん聞いてやる

半ばやけくそになって話を聞く

 

「あちらも別に争いを好んでいる訳じゃない、なら時間をかければいつか解決する」

 

「そうだろうさ、逆にそれで無理ならもうどうしようもない」

 

「だから、時間を稼いでほしい、僕たちが足並みを揃える時が来るまで、護っていてほしい」

 

「……………………」

 

「どうかな? たいしたお礼は出来ないかもしれないけど、君さえ良ければ……」

 

「……確約は出来んな」

 

「そうか……」

 

「だが」

 

「?」

 

この時、きっと理解しかけたのだ

 

「たまに宿代を肩代わりしてくれるなら、考えてやらんでもない」

 

温もりを

 

「本当かい!?」

 

「確約は出来んと言った」

 

人の感情を

 

「ありがとう!! 傭兵くん!!」

 

「……いい大人が抱き着くな」

 

いつか、死んでしまった子供たちにむけられたものを

 

「僕は! 僕たちはやってみせる!!」

 

「そうかい、期待してる」

 

彼らが成功していれば

 

「ありがとう! 本当にありがとう!!」

 

「……あんたは花屋だろ、頑張るのは執政者と、王様と、あっちのお偉いさんだ」

 

俺は、同じ感情を誰かに向けることが出来たのだろう

 

 

 

 

 

「……落ち着いたか?」

 

「ああ、取り乱してすまない」

 

「まったく、年上が年下に縋るなんざ、子供に見せられねえぞ」

 

「そうだね、それは言わないでおくれ」

 

「わかったよ、国想いな父親の痴態は心にしまっておくとしよう」

 

「ありがとう、傭兵君」

 

「礼ばっかだな、あんた」

 

「そうだ、結局聞いていないね」

 

「なにを?」

 

「君の名前」

 

「……それは」

 

 

 

何処かで、カラスが鳴いた

 

 

 

「……レイヴンだ、店主」

 

「レイヴン?」

 

「ああ、何処からともへとあてなく渡る黒い鳥」

 

 

 

 

「渡り鳥のレイヴンだ」

 




※この小説は未成年に飲酒を勧めるものではありません※



一応、書いときます
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