アークナイツ.Sidestorys 鵬程万里 作:Thousand.Rex
それからしばらく、不可思議な日々が続いた
「……坊主、朝餉は食ったか」
「いや、これから買いに行くんだが……」
朝、宿で起きて飯でも買おうと思ったら宿の主人が目の前に立つ
「なんだ、おっさん、素敵な頭がテカってるぞ」
「……………………」
大柄な体、迫力がある
子供の身長では壁と変わらない
「なんだよ、外に出れん」
「……………………」
しかも動く、横から行こうとすると合わせてくる
タチが悪い、用があるなら喋れ
「どけ、腹減ってんだ」
「……むうん」
顎で何かを示す
その方向を見る、そこには
「……食えってか?」
「…………(コク)」
「……なんか話せよ」
簡素な朝食、パンとスープと、適当な野菜をあわせたサラダ
作ってくれたのか、それらがテーブルに用意されていた
「……じゃあ、ありがたく」
「……………………」
無言で去っていく、だから喋れよ
とりあえず席に着きパンを手に取りかじる
そしてスープをすする
「……なんだ、人が食うさまが面白いか」
「…………(コク)」
「……そうかい」
物陰から隠れてみている主人を警戒しながら飯を食う
その味は、今まで食った中でも比べられないほど美味かった
「ねえねえ、レイヴンお兄ちゃん」
「なんだ、ガキ共」
仕事の合間に休憩していると近くの子供が群がってくる
「いま休憩中?」
「そうだな、惰眠でも貪ろうと思っていたが」
「なら遊ぼ!」
「えー……」
こっちは休憩してるのだ
何故そこで疲れさせようとするのか
「ガキはガキ同士で遊んで来い」
「お兄ちゃんだって子供だよ」
「……………………」
論破された、なんてことだ
「子供は子供同士で遊ぶんでしょ? 遊ぼうよ!」
「わかったよ……」
根負けして仕方なくのる
「……何するんだ?」
「えっとね、かくれんぼ!」
そういって三人、木の葉が散るように消えていく
「……俺が鬼か、畜生め」
「仕方ないわ、前にやった時あなただけ見つからなかったから、それが悔しかったんでしょ」
花屋の店主の妻が来る
「そこで何故今度は見つけてやると意気込まない」
「隠れた方が勝機があると思ったんでしょ」
「なんだ、王様よりも賢いな」
「……あまり言わないで上げて、あの人もいろいろ手を尽くしてるから」
「なんだ、知り合いか?」
どうやら知っているらしい
俺はまだどっちの王様にも会っていない
どっちでもいい、何処のどいつか確定したなら殴り飛ばす
そして髪の毛を全部むしり取る、そこまですれば気も済むだろう
「知り合いよ、あっちの王様とはね」
「……あっち? こっちじゃなくて?」
「ええ、私達はもともとあっちだから」
「あんたらが離れてたのか?」
「そうよ、わけあってね」
仲違いか、いや、それなら手紙のやり取りはしない
なら別の理由、残念ながら心当たりはない
「「「もーいーよー!!」」」
「……まあいい、俺には関係ない」
「そうね、ごめんなさいね、気苦労かけて」
「別に、構わん」
「……ありがとう」
「ふん」
話を切り上げ、意識を集中する
「一人! そこの店の看板の裏! 二人! そこの家族の後ろ!」
「「へっ!?」」
「そして三人!!」
少し離れた木に近づく
「ガキが危ねえ所に上るな! 怪我するぞ!」
「ひゃー!」
木を蹴る、落ちない程度に揺らす
「あら、よくわかったわね」
「ふっ、諜報、索敵、隠密、ありとあらゆる行動において俺に勝てると思うな、ガキ共」
「ずるーい、アーツだ、アーツ使ったんだ!」
「はっ、お前達に使うほど安いアーツじゃあない」
観念して降りてきた子供に文句を言われ、一蹴する
「……よく笑うようになったわね、あなた」
嬉しそうな女性の声が小さく聞こえた
「で、なにが、どうして、こうなる……!」
またある日、二つの国を繋ぐ道で輸送団の馬車の車輪が途中で外れ、修理に同行することになった
「すまんねえ、接触が悪かったのかいきなり取れて……」
「ばあさん、メンテナンスは無理やりにでもしろと言ったろ……」
「でも、整備士の兄ちゃんたち、忙しそうだったから」
「それでも頼め、整備士の仕事は道具の状態を万全に近づけること
ここで無理して被害が出るようじゃかえって野郎どもが気に病むわ!」
「レイヴン、もっと力を入れてくれ」
「入れとるわ! 精一杯だ! この野郎!」
「……重い、重いぞ」
「ひー、ひー」
大人二人、子供一人で持ち上げる
「いいぞ、少し耐えてくれ」
「早くしろ……!こんちくしょう……!!」
「ふぁー……ぶるすこ、ふぁー……ぶるすこ」
「ぐぬぬぬぬ……!」
各々悲鳴をあげつつ馬車に車輪がはめ込まれるのを待つ
「よし、終わった、降ろしていいぞ」
「だー!! 手が痛ぇ!」
「……二度と持ちたくない」
「…………なでなでちてぇ」
ようやく解放される、力仕事は好きじゃない
「はあ、ったく、ばあさん、いいか」
「なんだい、レイヴンちゃん」
「仕事とは、やる理由が存在するんだ、後でやろう、今は手が離せなさそうだからよしておこう
そんな程度で引き下がるな、見ろ、現にやらなかったせいで手間が増えた」
「そうだねえ、ごめんねえ、気を付けるよ」
「ならいい、ほら、馬をつなげ」
ばあさんが馬を先導し馬車につなぐ
「すまないな、レイヴン」
「なんだ、謝られるようなことはないと思うが」
整備士の一人が声をかけてくる
「俺たちが気を回せればこんなことにはならなかった」
「何を言ってる、あんたらはよくやってるだろ」
「だが、俺たちが動いていれば」
「くどいぞ、第一、常に頭を回して動けるものなどいない、気づけなくて当然だ。逆に他に気を回すなら目の前の作業に集中しろ」
「……すまないな」
「だから、謝るな」
きっと、感謝の意を含んだ言葉だったのだろう
「やあ、カラスの坊っちゃん、いま帰りかい?」
「ああ、なんだ、受付を待ってたのか?」
「ああそうさ、私達の守り神を外で寝かすわけにはいかないだろう?」
「……言い過ぎだ、おばさん」
幾つか依頼を終わらせ、宿につく
剥げたおっさんではなく、ふくよかな体系のおばさんの宿
夜は深い、本来なら閉まってるはず
酒飲み共も酔いつぶれて寝てる時間、なんとまあ、優しいことだ
「いいのか? 明日に響くぞ」
「いいのさ、それに、これがあたしの仕事だからね」
「……そうかい」
なにやら違和感、仕事を強調された気がする
「仕事ってのは、やる意味があるんだろ?」
「誰から聞いた?」
笑顔で指をさす、そこには
「……あいつらか、暇人め」
「いいじゃないか、それだけ感謝されてるって事さ」
錆びだらけの自転車が、輝きを取り戻していた
「まったく、乗り換えようと思ってたのに出来ねえじゃねえか」
「はっはっは、憎まれ口が得意だねえ、あんた」
「気のせいだろ」
「ほら、早く入りな、夜は冷えるよ」
「……わかったよ」
随分と、人の真似を長くした
………………………………
「やあレイヴン、こんにちは」
「よう店主、調子はどうだ」
「ボチボチかな、可もなく不可もなく」
今までの記憶にない、不可思議な日々
解決できない違和感を抱えたまま過ごしていた
「それで、今はどんな花が咲いてる?」
「そうだねえ、サザンカかな」
「ほう、なら可愛い子に渡してそっと連れ込むか」
「こらこら、そういうことは人前でいう事じゃないよ」
この男と例の契約を交わしてから五年がたった
身長も伸びた、もう小さいとは言わせん
「あの薬屋の子、可愛くないか?」
「ああ、確かに可愛い、あと十年若ければなあ……」
「事案だな、奥さんに報告するか」
「やめて、手紙が来なくなっちゃう」
「ならふざけたことを言うな」
未だ俺は王を知らない
正確には、こっちの王を
「それで、こっちの王様はどうなんだ? 随分声をかけてるみたいじゃないか」
「そうだね、振り向いてはもらえてないみたいだ」
二つの国は少しづつ距離を縮めていた
ただあと一歩、詰めることが出来ていない
「まったく、民の言葉に耳を傾ければいいものを……」
「だからこそ意地になってるんだろう、後は自分が折れるだけなんだから」
「折れろよ、意地張ってないで」
「負けた気がして嫌なんだろう、あちらの王は」
あちらの王にあったことがある、呼ばれて
理由は一つ、戦争になった時、あちら側についてほしい、それだけ
「いっそ、他の傭兵を雇えばいいのに」
「そんな金、どちらにもないよ」
もちろん断った、稼ぎ的にも美味くなく、徒労で終わる戦いはしない
「そもそも戦争以外の結末に目を向けれないのか? あの軟弱者は」
「彼なりの考えがあるのさ」
「馬鹿を言え、あんな地獄を繰り広げる理由はない、それは奴もわかってる」
あちらの王は典型的な臆病者
その癖プライドだけ高い
「こっちはもうやりあう気はないんだろ? しかも支配下につくと言っている。ここまで有利な状況でなぜ動かん」
「レイヴン、人間関係は簡単にはいかない、君もわかってるだろ」
「わかってるから言ってる。殺したがりという訳でもないのに戦争にしか目を向けないのはおかしい」
「そうだね」
「あいつ、ただの負けず嫌いだぞ、自分の勝ちを証明したいだけだ」
負けず嫌い、一言で表すならこうだ
現状、あちらの王はあらゆる方面でお膳立てされている
というのも
「なんのための人質だ、まったく」
「あまり、口に出すことではないよ」
「そうかい」
こちらの王は、あちらへの降伏の意思表示としてあることをしてる
それは、家族をあちらの領地に差し出すという事
別段牢屋に囚われているわけではない
あちらに住ませているのだ、わざと
「……まったく、よくもそんな事を考えたものだ」
「そうだね、きっと、非道な人なんだろう」
平和のための足掛かり、そういえば聞こえはいい
だが実際はただの人身御供、生贄だ
殺されることこそないだろう、それでも酷だ
王の家族は引き裂かれ、会うことを許されていない
許されているのは、手紙のやり取りだけ
「……いつか殴り飛ばしてやるよ、こっちの王様」
「……そうか」
なんでも、妻から言い出したとの事
二つの国が睨み合わずに済むなら、喜んで協力する
子供も同意したらしい
「…………ふん」
「……フフ」
なんとまあ、美しい家族愛だ
酷く眩しい愛国心だ
しかも自分の国だけでなく、あちらの国まで範囲ときた
どこかの誰かさんは幸せ者だな、理解者に囲まれて
それがかえってあちらの王の癇に障ったのか
同じぐらいの忠義人がいないことに、羨望しているのか
投降を了承しないのはそれが原因だろう
「そうだ、レイヴン、娘が言ってたんだが」
「なんだ」
「君、恋人はつくらないのかい?」
「……つくらねえよ、相手がいねえ」
「つまらない嘘を吐くね、君、両方の女の子に人気なんだろ?」
「ほう、初耳だ」
「言ってたぞー? 競争率が高いって」
「きっと他人の空似さ」
「はは、君みたいな人、他にいるのかい?」
「いるさ、世界には三人、同じ顔の奴がいるらしい」
店主が言うのは俺の外見の事だろう
俺には身体的特徴がない
角も、耳も、尻尾もない
こんな奴、三人といるかどうか
「どうだい? うちの娘とか、うちの娘とか」
「選択肢、一つしかないが」
「ならもう、うちの娘にするしかないね」
「しねえ、誰とも付き合わん」
「でも関係は持つのかい?」
「一夜限りの関係ならな、喜んで」
まあ持つ気はあまりないが
この体になったのは鉱石病が原因
そんな奴が人とまぐわったら悪影響が出かねん
逆によくも死なずにいるものだ
「でだ、書き終わったか?」
「ああ、終わったよ、それじゃあいつも通り」
「任された」
店主から手紙を受け取る
これは契約を結んだ日から始まった小さな出来事
この夫婦の手紙の配達
毎日、毎日、続けてる
「じゃ、返事が早く来ることを祈っとけ」
「ああ、いってらっしゃい」
「邪魔するぜ」
問答無用でドアを開ける、そこには
「あら、レイヴン、こんにちは」
「よう奥さん、今日も綺麗で何よりだ」
「あらあら、相変わらず上手な口ね」
店主の妻のとこにやってくる
「え? レイヴン?」
「お、マジか、兄ちゃん、こんにちは」
「よう、ガキ共、調子はどうだ」
「良好さ!」
遅れて反応する年代の近い少年と少女
少年は元気の塊とでも言えるような笑顔を見せてくる
少女はどこか気恥ずかしいそうに俺を見る
二人とも身長は俺より少し低いぐらい
夫婦の子供、随分と成長したものだ
まあ五年もたつ、こうなるか
「えっと、こんにちは、レイヴン」
「よう、相変わらず胸が貧相だな」
「……ヘンタイ」
少年の挨拶に続き少女が声をかけてくる
それにセクハラで返すと顔を赤くして恥ずかしがる
中々いい反応だ、これでもう少し成長すれば美人になるだろう
「それで、なにかしら?」
「決まってるだろう、これだ」
そういって手紙を差し出す
「あら、いつもありがとう」
「構わんさ、ただの成り行きだ」
受け取って嬉しそうに微笑む
「その、わたしには、ないの?」
「というと?」
「その、お土産とか、なにかこう、それらしいものとか」
「ないだろ、いつも、二つの返事をまとめてあるんだから」
「……うぅ」
「……ひでえなあ、兄ちゃん、女心を知らんのか?」
「知ってどうする、無駄に頭を痛めるだけだ」
どこか現実味のない平和な会話
相変わらず理解できないわだかまりを感じながら日常を過ごしていた
そこに
「ん?」
「あら、どなたかしら」
ドアがノックされる、俺の後ろに奥さんが回り込む
扉を開ける、そこには
「失礼、ご婦人」
「えっと、どちら様かしら?」
「なに、ただの老兵です」
壮年の男が立っていた
「人を探しているのですが、よろしいかな?」
「ええ、わかる範囲でよければ」
「ある男を探している」
「というと?」
「黒髪赤目」
「……え?」
「そして、なんの人種かわからぬ見た目の男」
「それは……」
三人がこっちを見る
「……ほう、何の用だ?」
「なに、古い知り合いを尋ねに来た、それだけよ」
「で、何の用だ、ご老人」
「なに、言った通りさ」
場所を変えていつかかくれんぼをやらされたとこに来る
「知り合いになぞ、なった記憶はない」
「私にはあるよ、少年」
「……小さくないと思うが」
「ほう、気にしていたのか」
いつか出会った奇妙な格闘術を繰り出す男
恨みを持たれる理由はない筈、となればなんだ?
「それで、用件は」
「そう急かすな、急ぎの用事ではない」
「……そうかい、じゃあ世間話でもするか?」
「君から振るか、随分話し上手になったものだ」
「まるで人が口下手だったように言うな」
「そうではないか、あの時口を開こうとしなかったのは君だろう」
「まあ、そうだったな」
友好的な態度を示してくる
祖父と孫が話しているような状況だ
「そういや、あんた一人か?」
「ほう、一人とは?」
「いや、あの時他の奴もわらわらいたから、一緒に行動してるのかと」
「ああ、違うよ、少年」
そういえばあの時と服が違う
統一された制服でなく、私服を着てる
年代を感じる落ち着いた色合いのコート
無駄に年を食った人物ではないらしい
「彼らは隊員、私の部下だ」
「……部下?」
「そう、優秀な私の仲間だ」
仲間、部下、俺の知らん単語だ
「なんだ、軍人か? あんた」
「いや、少し違う」
「ならなんだ、傭兵団にしては毛色が違う」
「ふむ、その鑑識眼はいまだ健在か」
「何を言いたい」
目的が見えない、こいつが俺を雇う理由もない
世間話が目的とは思えない
ここは地図の端っこに近い位置にある
有名な都市は離れている、知人がいるからなどという理由で来るところではない
「少年、一つ、頼みたいことがある」
「頼み?」
「そう、ちょっとした仕事だ」
仕事、なにかの依頼か
だが口ぶりから戦場に赴くものではないだろう
「なんだ、言ってみろ」
「なに、暇つぶしだよ、少年」
老人が詳細を口に出す
曰く、老人は警備会社に所属しているとの事
戦地への派遣や、重要人物の警護
暴動の鎮圧や天災跡地のパトロールなど
戦えぬ者の為に代わりに戦力を提供する、一言でいえばそんなもの
「で、それがどうした」
「暇つぶしと言っただろう」
「それがわからん」
そんな奴が何の用か
「少年、手合わせするつもりはないか?」
「だれと?」
「私達と」
「……あんたらと?」
老人が言ってきたのは師範代になれとのこと
なんでも普段は老人がやっているがいつも同じ相手だと刺激がない
そこで適当に腕の立つ人物を探していたらしい
「それでどうして俺になる」
「なに、人を選別していたら知ってしまったものでね」
どこか懐かしい笑顔を向けてくる
「噂の子供が、辺境に旅立っていったと」
気恥ずかしい感情
「そこで小さな二つの国を護るように暮らしていると」
未だ理解できない、だがあと少しでわかりそうなもの
「……で、どうして俺だ?」
「君は随分腕が立つ」
老人の目が鋭く光る
「この老骨を奮い立たせるほどにな」
「あんた、戦闘狂の類か?」
「なに、武道を嗜めば、自ずと強者を求めるようになるものだ。それが恐ろしければ恐ろしいほどに」
「要はあんたがやりたいだけか」
「ふっ、年甲斐もないとはこういう事か」
「違いない」
方向性こそ危ういが、存外、茶目っ気のある爺さんらしい
「で、どうかな、もちろん報酬も出すが」
「……………………」
老人の言葉に何も答えない
代わりにポケットからあるものを取り出す
「ふむ、君、まだ駄目ではないか?」
「いいだろ、年なんざ数えたことはねえ、今幾つか、俺には関係ない」
煙草を取り出し、口に咥えて火をつける
それを何も言わず、老人は眺める
煙草を咥えたのには意味がある
なにか決断する時、俺は延々と考え続けてしまうという悪癖を見つけた
だから、ルールを作った
コイツを一本、吸いおわるまでに指針を決めたら動く
無理なら、やめる
「……………………」
「……終わったな」
「ああ、さて爺さん、その話だが――」
指針は決まった
「受けてやる、ただ話しておく人物がいる」
俺は、この選択を後悔することになる
「依頼が来た?」
「ああ、この爺さんからだ」
「失礼する、ご主人」
「いえいえ、こちらこそこんな格好で済まないね」
花屋に老人を連れていく
「私はある警備会社に勤めるものでしてね、今回、彼の力添えが必要になり、許可を頂きたくて参りました」
「これはこれは、ご丁寧にどうも」
名刺を渡され、店主が頭を下げつつ受け取る
「僕も渡せるものがあればいいんだけど…………」
「安心しろ、あんたの土に塗れた手が何よりの名刺だ」
「ああ、なんてことだ、お客さんの手を汚してしまった」
「いえ、お気になさらず、これはあなたの誠実さを表す証拠です」
「ありがとうございます、ああ、どうしようレイヴン、凄い常識人だよ」
「いつも通りでいいさ」
滅多に見えない種類の人物に店主が慌てる
あいも変わらぬ平和そうな男
「それで、依頼とは?」
「この少年の実力はご存知かと思われます」
「ええ、いつも助けられています」
「そこで少々、私の部下達に手ほどきをしていただく……」
老人が説明をする、それを尻目に花を見る
どれもこれも、この優しい男が丹精込めて育てたもの
花の良さなど知らんが、これらを贈るのには必ず意味が生まれるのだろう
「む……」
見回していると、ある花が目に入る
赤い花、店主が言っていた、今が見ごろだと
花言葉はなんだったか
「……………………」
「レイヴン、終わったよ」
「ああ、早いな随分」
振り向くと老人と店主が優しく笑っていた
「で、結果は?」
「許可するよ、レイヴン、行っておいで」
「いいのか? 一週間ぐらいはいないんだぞ?」
許可がでる、つまりは老人の会社に顔を出すという事
行き帰りを含めるとそこそこ時間がかかる
「構わないよ、それに丁度いい」
「なにがだ」
その間、俺はいない
抑止力が存在しない
「緩衝材が無い状態でどうなるか、一度試すのも悪くない」
「なるほど、壁越しの睨めっこがようやく対面するわけか」
「ああ、そうだね」
まあ行っていいというなら行くが
店主としても機会があるのは良い事なのだろう
「じゃあ遠慮なく」
「では少年、可能ならば今すぐにでも出立したいんだが」
「ほう、待ちきれんわけか」
「そうとも、常々考えていた、君と私、どちらが強いか」
「いいぜ、ささっと済ませよう」
「ははは、楽しそうだね」
少し気分を高揚させながら店を出ようとし
「そうだ、店主、頼みがある」
「なんだい」
「花を贈りたい」
「なに?」
目を丸くした男の顔は大変面白かった
「さて、荷物はこのくらいだ」
「少ないな」
「あっちとこっちを行き来するのに大きな荷物は邪魔だ、ラッドローチに載せれる範囲でいい」
「ほう、蟑螂とな」
「俺のチャリだ、いい名前だろ」
「逸脱したネーミングだ、恐れ入った」
老人の車に荷物を載せ、準備を整える
すると
「レイヴン!!」
「ん? まあ来るか」
少女が駆け寄ってくる
「レイヴン、遠くに行っちゃうってホント?」
「少しの間だ、ずっとじゃない」
「でも……」
「なんだ、寂しいか?」
「……うん」
落ち込んだ様子を隠さない、急に聞かされたのもあるだろうが
少し前に奥さんに話しておいた、それを聞いて見送りに来たのか
「たった一週間だ、たいしたことじゃない」
「だけど、それでもあなたがいないのは、その……」
いや、引き留めに来たのかもしれない
今生の別れではないのだ、悲しむことでもないだろうに
「えっと、その、ね、あのー」
何か言おうとして、言葉が出てこない
その様が面白くて、なんだか気恥ずかしくて
「なんだ、手紙が届かなくなるのがそんなに嫌か」
「違うよ、そうじゃなくて……」
つい、意地悪を言ってしまう
「何を心配してるんだ、いなくなるわけじゃない」
「だって、あなたが傍から消えるなんて初めてだから」
「何言ってる、最初からいたわけじゃないだろ」
「それでも、ほら、家族、みたいなものだし……」
「……家族、ね」
俺にはそんなものはいない、それこそ最初からいなかった
きっと、このわだかまりは知らないからこそ生まれたものだ
「その、レイヴン、ちゃんと帰ってくるんだよね?」
「そりゃ、お前の親父との契約があるし」
「……契約がなくなったら、消えちゃうの?」
「さあな、それはその時決めるさ」
「……そう」
見るからに落ち込んでいる、あれこれ表情を変える様が見てて楽しい
「少年、あまり苛めるものではないよ」
「わかってるさ、ただ面白くてな」
「……意地悪な人」
少女が拗ねる、まあそうなるか
「まあまあ、機嫌を直してくれよ、ほら」
「……なに? これ」
「見てわからんか?」
どうせこうなるだろうと、用意しておいてよかった
店主に頼んだものを少女に渡す
「ほれ、可愛いお嬢さんに贈り物だ」
「……赤い、サザンカ」
「ふむ、その通りだ」
はてさて、こいつの学はどれだけかな
少し間を置き、少女が花を受け取る
そして見る間に顔を赤くしていく
「え? その、これは」
「勘違いするな、お前のようなガキなど抱く気はない」
あわあわしてる、これはこれで面白い、癖になりそうだ
「ただ、お前が俺好みに育ったら、本当の意味で渡してやるよ」
「あううぅ……」
イイ、凄くイイ
中々いい反応だ、用意した甲斐があった
「じゃ、爺さん、行こうぜ」
「いいのか? 誤解したままだぞ」
「いいのさ、それで」
「ふむ、末恐ろしい男だ」
老人の車に乗り込む
すると後ろから
「あ、その、レイヴン」
「お?」
酷く優しい笑顔で
「いってらっしゃい」
見送ってくる
「ああ、いってくる」
どうして、この時行ってしまったのか
どうして、この国から離れてしまったのか
この選択が、その笑顔が
俺の罪を確固たるものにするのだと、予期できなかった
※この小説は未成年の喫煙を勧めるものではありません※
一応、書いときます
蟑螂 中国語でGOKIBURI