次は鋭意制作中です。(大嘘)
窓から差し込む朝日と小鳥の声に目を覚ます。
目が覚めると典型的な木造りの部屋。調度の少ない客室らしき部屋。
そして私は快適なベットの上であった。
意識が覚醒してくるとともに、昨日の記憶がよみがえりだす。
この世界のこと、ケルベロスとの死闘、怪鳥との遭遇。
そして、今自分が泊まっていた部屋のことだ。
・・・そうだ。ここは、昨日私を拾ってくれた商人の女の家だ。
あのケルベロスとの戦いの後、彼女の荷馬車に同乗させていただいたのは覚えている。
彼女は私の怪我を見るや否や、馬を走らせ日が変わる前にここへ送り届けてくれたのだ。
慣れない運動と失血で、ぐったりしていた私にこのありがたい申し出を断られるわけがなかった。
そこからのことはよく覚えていないが、右腕の包帯を見る限り彼女は治療をしてくれていたようである。
しかも、ほぼ傷が全快している。こんな異常な回復は私の世界になかった。
かすり傷だって、一晩で全快などするはずがない。
恐らく彼女が何かしてくれたのだろう。
これは対価が重いぞと思いながら、私はゴソゴソとベットからおり始めた。
彼女に礼を言いに行かなければ。恐らく礼だけでは済まないだろうが。
階段を下りていくと、そこは複数の棚に「怪しげな目玉が浮いた瓶詰」や、「乾いた何かの抜け殻」などが飾られた、私の感覚からいうと、およそ珍妙な店であった。
その奥側にあるカウンターで彼女はもそもそと何かを口に運んでいた。
「やあ。目覚めたかい。食事はいかがかね?君。」
私はこれ以上恩を売りたくはなかったため、とりあえず断りをいれた。
彼女が善人であろうとは思っているが、気が引けてしまったのだ。
そんな彼女はクックと笑いながら、隣の皿を差し出してきた。
「心配しなくても、こいつは無料さ。もう用意してしまったのだから食べたまえ。」
そして押し付けられた皿を私は受け取ってしまった。そんなことを気にしていたわけではないのだが・・・。
しかたがないので、椅子に座ってその料理を食べ始める。
スープに米のようなものが浮かんだそれは、怪しげな店の雰囲気とは裏腹に清貧な味でおいしかった。
私はそれを食べなががら、考え始めた。彼女は非常によくしてくれた。
何か対価を支払いたいが、私はこの世界の硬貨類はおろか、日本円すら持っていないのだ。
もう朝食を食べ終わり、帳簿らしきものを見始めた彼女に、私は愚直にその旨を伝えた。
あなたに深く感謝していること。
しかし、私にはあなたに報いる術がないこと。
彼女はそれを聞き、一瞬目を丸くして、そして喉を鳴らしてあの特徴的な笑いをはじめた。
「傷ついた旅人らしき男。しかも腕に自信がないようだ。そんな君を助ける時点で、お返しなんて期待してないさ。」
彼女は始めからそんなことは見抜いていたのである。
回収をする気なんてなかったのだ。
私はそれを聞き、少し赤面した。
しかし、急に彼女は鋭い瞳になり、語り始めた。
「君は私を善人だと思っているようだが、そいつは違うぜ。謙遜じゃないさ。そして、これを語るのは私と君が、友人とか知り合いとかの良好な関係を保つために必要だと思うから話させてもらうよ。」
私は、スプーンを動かすのも忘れて大真面目に聞き始めた。
「君を助けたのは、別に私に負債が生まれないと思ったからさ。君を乗せたって、別に罰金を払わなきゃいけないわけじゃない。その包帯だってそうさ。布切れも薬草も大した値段じゃない。」
君に恩を売れるってのもあるしね、と彼女が小さく喋った・・・気がした。
彼女はろくろを回しながら力説を続ける。
「そして私は善人じゃないから、世話するのはここまでさ。今日は泊めない。
どこへなりとも好きに行きたまえ。」
そう彼女は語り終えると、ニマニマと私の反応を待っていた。商人の顔であるように私は感じた。
しかし、善人でないといっても危険な怪鳥が過ぎた後に、私を見つめて確認に来るのは十分
お人好しではないだろうか。
しかし私はそんな思考を吹き飛ばした。彼女は恩と言っていた。
感だが、そんな実体のないものを残していきたくなかった。
私は、ズボンの後ろポケットを止めていた二つのボタンを取り外すと、無言でカウンターに置いた。
この時代、ボタンは貴族御用達のものでかなり高価だと聞いた覚えがある。
それに金属製であるため、ぱっと見高級品に見えないこともない。
命の対価として釣り合うのかはよくわからないが、彼女の反応はどうであろうか・・・?
彼女は手袋はめてからボタンの吟味を始めた。色々な角度から見てみていたが、口端を上げながらそれを置いた。
「光沢があるけど金ではないね。しかし、装飾は見事。なかなかの品とお見受けしたが、まさかこれを私に?」
私が肯定すると、彼女は顔をほころばせ、それを丁重にしまい始めた。
「これはこれは。とんだお宝を拾ってしまったものだ。君を助けたのは全く成功だったね。」
そして・・・入れ替わりにジャラジャラ音を立てる袋を取り出した。中から銀色の硬貨が見え隠れしている。
・・・どういうつもりだろうか?
そんな私の内面を察したかのように彼女はしゃべり始める。
「一つは、命の礼と宿泊費。ああ、あとその飯代としていただこう。で、もう一つだが、君金がないんだろう。私が買い叩いてあげるよ。良かったね。正真正銘これでチャラさ。」
その口調に、私が惜しいことをしたかもしれないと渋った顔をしていると、彼女は続けて話し始めた。
「そんな残念そうな顔すんなよ。他のとこにその品を出してみな。皆素知らぬ顔で銅貨数枚で買い取るぜ。君、騙されたのが私で幸運だよ。」
騙されたのが幸運とはどういうことだろうか。彼女のあっけらかんとした物言いには驚かされる。
肝が据わっているというか、なんというか。悪ぶっているだけなのだろうか?
私は、複雑な感情を飲み込む代わりに、朝食をかきこんだ。
しかし、冷静に考えてみると助かったのは事実だ。命もあり、金も手に入った。友人というには癖が強いが、
知り合いもできた。そもそも勝手に渡したのは私だし、自業自得であるといえるだろう。
私はその重い袋をどこに隠そうか迷いながら、つかんでその感触を味わう。
そして、世話になった礼を改めて言ってから、席を立つ。
先立つものも手に入った。別れの時だろう。
扉に手をかけると、彼女はうやうやしく大仰に頭を下げた。
「どうぞありがとうございました、お客様。私は歓迎しないかもしれませんが、商店『不思議箱』はいつでもあなたを歓迎します。」
私はその面白い友人の姿に笑みを浮かべる。成程、友か。なかなかいいものだな。
しかし、店名も珍妙な名前をしているものだ。
カランカランと快活な音色を聞きながら知らない街に足を踏み入れる。
思ったよりも希望に満ちたものだ。
生き残れないだろうと追う私の絶望は結構早く覆されたようだ。
ドアからひょっこり顔をのぞかせた女店主は、
「あ、そうそう言い忘れていたよ。こっちは友人としての一言さ。」
彼女はそんなわざとらしい前置きを挟んで、エッヘンと咳払いをしてから改まってしゃべった。
「『カナーテ』にようこそ。この街はいいところさ。食べ物もおいしいし、
それになにせ、私の店があるんだからね。」
クックックという笑い声を残して彼女は店に引っ込んでいった。
・・・私はカナーテに第一歩を踏み入れた。
女店主はヒロインって感じではありません。
作者の恋愛感情なしの友情っていいよね!という趣味のためです。