考えるのはその後でいい。
まだゲームを未プレイの方、あるいはこれからプレイする予定の方はこのままお戻りください。
何人殺したかわからぬ。
元より数えるつもりなどなかったが、それでも改めて数えようとするならば、恐らく百はとうに超えているだろうか。
いや、二百、三百……あるいは千か?万は流石にないだろうが……
……やはり、わからん。
「今まで、俺は何人の蒙古を屠ったのか……」
雪が降る、城岳寺の境内。
その一角にある、弓師の作業場。
弓の手入れをしているゆなに、俺はそう言った。
「なんだい」
手を止めて、ゆなが俺を見る。
「何をいきなり、馬鹿馬鹿しいことを」
その瞳に侮蔑の色があったのは、俺の気のせいではあるまい。
「あんたまさか、後悔してるとでも言うつもりじゃないだろうね」
睨みつけてくるゆなの視線を前に、
「まさか」
俺はそう言う。
「悔いなどがあるわけなかろう」
対馬を犯した侵略者共に、かける情けなど無い。
奴らの手から民を守るためならば、俺はどんなことでもする。
伯父上から受け取った誉れを捨て去ってでも、冥人となってでも、手段を選ばず蒙古を皆殺しにする。
それは全て俺が選んだ道だ。
後悔などは無い。
だが、
「少し、考えることもあるのだ」
それとは、少し別の話だ。
「蒙古共は獣だ。それは間違いない。だがそれでも、それでも人ではある」
ならば、と続けようとして、
「やめてくれ」
ゆながうんざりした顔を俺に向けて、言葉を遮った。
「あいつらはただの獣さ。人の形をしちゃいるが、人じゃない」
心底不快そうに吐き捨てて、ゆなが俺から視線を外し、弓の手入れを再開する。
「どうしたんだい。冥人の、いや、武家様の言うことですらないよ」
「……ああ」
わかっている。
俺が言っていいことではない。その自覚もある。
蒙古を、倒すべき敵を、人扱いしようなどと。
馬鹿げた思考なのは自分でよくわかっている。
だが、
「ゆな」
「なんだい」
俺を見ずに相槌を打ったゆなの横顔は、いよいよ冷たかった。
だが、それでも俺は問うてみたかった。
俺が屠った蒙古の命と、俺が守らんとする対馬の民の命。
どれほど憎い命でも、どれほど尊い命でも、それでも命は命だ。
何故か、ふと、そう思った。そう思ってしまったのだ。
だから、
「命に、差はあるのだろうか」
俺は問うた。
その問いは目の前のゆなに対してか、あるいは俺自身に対してか。
どちらかは自分でわかっているが、それでも俺の頭を支配するそれを、言わずにはいられなかった。
「あるさ」
そんなこともわかっていなかったのか。
と言わんばかりに、ゆなが呆れた顔をする。
「差はある。命ってやつには、間違いなく価値の差があるよ」
「ならば、それは誰が?誰が決めるのだ?」
「んなもん」
はぁ、とゆながため息を付く。
「決まってんだろ。人さ。人間が命の価値を決める。各々が、勝手にね」
「……」
ぴん、とゆなが弓の弦の張りを確かめる。
「あたしにとっちゃあ、何より価値ある命はたかだった。その命に比べれば、他の命なんざその辺の虫以下だったよ」
「……」
ゆなが、俺の方は一切見ずに、作業を続ける。
「だが蒙古にとっちゃあ、たかの命はその辺の虫以下だったんだろうさ……」
ぴん、ぴん、と弓の弦を弾き、精度を確かめる音。
それだけが、しばらく響いた。
「……すまん」
俺は頭を下げる。
言わせてはならぬことを言わせてしまった。
「謝るくらいなら、最初からんなこと聞くんじゃないよ、ったく」
ゆなが俺を睨みつけて、そのまま立ち上がる。
手入れを終えたのだろう。弓を抱えて、俺に背を向けて歩き出した。
俺は何も言えずその背中を見送り、そして、一人になった。
風が吹く。
上県の風は冷たい。
「……」
冷え冷えとした風に吹かれながら、俺は考える。
命の価値。その差。
それは人が各々勝手に決めるもの、とゆなは言った。
それは正しい。間違いなく正しい。
そう思う。
だが。
俺が殺す命。俺が守る命。
その価値は、本当に人が決めるのか?人が決めていいのか?
もし仮に人が決めていいと言うならば、それはこの俺が決めて良いのか?
誉れを捨て、冥人となった俺。伯父上の想いを踏みにじった俺。
そんな愚かな俺に、命の価値を勝手に決めることが、許されるのか?
(何故、今更)
こんなくだらぬ事を考えるのか、と思った矢先、
「境井様!」
百姓が息せき切って俺に駆け寄ってきた。
余程焦っているのか、足がもつれて今にも転びそうになり、それでもなんとかその百姓は俺の側にたどり着く。
「なんだ、どうした?」
聞くと、
「蒙古に、村の者が攫われて……!」
息も絶え絶えになりながら、そう言った。
「……なんだと」
その言葉を聞いた瞬間、
「わかった。すぐに行こう。攫われた場所はわかるか?」
俺はそう言っていた。
「恐らく、ここより南。城岳寺の泉を越えた先にある拠点だと思われます。そこに連れ去られるのを、この目で……」
「よし」
情報を聞くやいなや、俺は口笛を吹いて馬を呼ぶ。
急がねばならない。
「俺に任せろ。必ずや蒙古を皆殺しにし、民を救ってみせよう」
すぐさま駆けつけた馬に騎乗して、俺は一つの事実を百姓に言う。
「ああ、冥人様!ありがとうございます……!」
地に擦り付けんばかりに頭を下げるその百姓に見送られながら、俺は馬を走らせる。
(地形にもよるが、やはり一人ずつ暗殺するのが手っ取り早いか?)
いや、と俺は首を振る。
(正面から攻め込んだほうが早い場合もある。ともあれ一先ずは近くに潜伏し、陣を観察しつつ策を練るとしよう。場合によれば夜を待つ必要もあるな……)
南へと移動しながら、俺は、今考えるべきことを考える。
今は、それだけを考えれば良い。
他のことは、後で考えれば良いのだ。