すみれが集落に戻ってきたのは、空が夕焼けに染まり始めた頃だった。
そしてそれから、夜遅くまで土産話をたっぷり聞かされた。
スケルトンの研究者、イヨの話。
そして商売熱心な店員たちの話。
どれも面白かった。
中でも興味を引いたのが、酒場のマスターから聞いたという都市連合の話。
鍛冶職人になりたいとは言ったものの、何をどうすればいいのか分からなかったのでとても参考になった。
「都市連合か。そこまで行くにはやっぱり、傭兵の力を借りないと厳しそうだな」
「そうね。距離もあるみたいだし、お金で安全が買えるならそれに越したことはないわ」
それについては俺も賛成だ。
身を守る力がない以上は、誰かに守ってもらう他ない。
そのためにはお金を惜しむべきではないだろう。
あとはそのお金をどう稼ぐかだが、やはりワールドエンドとの交易が良さそうだ。
今日すみれが取引した利ざやだけで、交易用バックパックが買えてお釣りまで返ってきた。
明日からはこの交易用バックパックを使って朝と夕方の2回、ワールドエンドにお酒を仕入れに行けばいいだろう。
元手が増えれば、その分利益もどんどん増えるはずだ。
「それにしても、まさか俺たちが交易で稼ぐことになるなんてなあ。何だか、一端の商人みたいじゃないか」
「そうね。昨日までは鉄を掘ってわずかな日銭を稼ぐだけだったのに。ねえ、交易には私とみこと、どっちが行く?」
「んー。どっちでも構わないけど、交代で行けばいいんじゃないか? 朝はすみれで、夕方は俺とか」
「それじゃ、集落に残ってる方はいつもの修行ってことね。ふふ、明日から楽しみ」
翌日。
すみれを見送った後すぐに、ラプターの襲撃があった。
村の人たちと協力して退治する。
パンチ! そしてキック!
最初の頃よりは動けるようになってきたと思う。
それを門番の姐さんに伝えると、
「え、どこが? まだまだ足手まといでしかないよ?」
と、真顔で返された。
なかなかキビしい。
倒したラプターを重りにして、筋トレに励む。
夕方になると俺がバックパックを背負ってワールドエンドに向かう。
すみれの相棒で鍛冶職人を目指していると告げると、皆気さくに接してくれた。
客引きの仕事の時にも思ったが、すみれには人を寄せつける魅力とか才能とか、そういうのがあるみたいだ。
そんなこんなで、5日が過ぎた。
「ひぃふぅみぃ‥‥‥だいぶ、貯まったわね」
稼いだ資金を数えて、すみれが満足顔で頷く。
俺もそれに頷き返して。
「ああ。これだけあれば大丈夫だろ。明日、明るくなってから出発にしよう」
およそ4万catと少し。
それがこの5日間で稼いだ資金だ。
これだけあれば、新天地でもやっていけるだろう。
地図を開いて、都市連合の町を確認する。
「長旅になるわね。一番近いのは、ショーバタイって街かしら」
「そうだな。ルートとしては、まずワールドエンドに寄って、そこで傭兵を雇う。そしてそのまま東に進んでショーバタイに向かう事になるかな」
「そうね。ワールドエンドに寄ったついでに、サケも買えるだけ買っていきましょう。都市連合では、サケが高く売れるらしいわ。あと真珠製品や高級品も」
いろいろな街の事情に詳しいテックハンターから聞いたのだと、得意げにすみれが話してくれる。
「それは構わないが、その話は信用して大丈夫なのか? 騙されてる可能性もあるんだし、多少は現金で残しとかないか?」
「んー、もし騙されてたとしても集落に戻ってくれば、買値以上の値がつくんだし、そこまで心配いらないと思うけど。どうしても心配なら4000catほど残しておきましょうか」
ちなみに4000catというのは傭兵を雇い入れることのできる最低金額だ。
つまり4000catあれば旅を続けることも、この集落に戻ってくることも自由にできるという事。
「よし賛成! それじゃ今日は、世話になった集落の皆に挨拶して、それが終わったら明日に備えて早めに休むとしようか」
俺たちはまず、食堂に向かった。
「へえ。都市連合に行っちまうのか。そりゃ寂しくなるな」
おっちゃんがグラスに酒を注ぎながらそう言う。
「ホントだよー。毎日畑を耕してラプターを退治するだけの毎日が、2人のおかげですごく賑やかになったんだからっ」
相席することの多かった住民の女の子がそれに続いた。
「別にこのまま、2人ともこの集落に住んでも構わないんじゃないか。食うに困らない生活どころか、今の交易業で稼ぎ続ければすぐに最高品質の刀だって買えるようになるだろ。わざわざ鍛冶職人なんて目指すより、そっちの方がずっと楽だぜ?」
まあ、その通りだ。
おっちゃんの言葉に、俺も頷く。
「そうだな。売ってるものを買ったほうが楽だし、手っ取り早い。けど、それでも俺は自分で武器を作ってみたい。誰かに用意されたモノを消費するだけじゃない、モノを作る側ってのに興味があるんだ」
「そうね。私も他人が作った武器よりも、みことが私のために作ってくれた武器の方がいいわ」
俺たちの言葉におっちゃんは、呆れたようにため息をついた。
「はあー。わっかんねえな。そんな理由で、わざわざ都市連合まで旅に出ようなんて」
「俺たちにとっては、十分すぎる理由さ。なぜなら‥‥‥それこそがKenshiだから」
胸を張ってそう答えると、おっちゃんは仕方ないなと諦めた表情で。
「そうかい。Kenshiならしょうがねえな。またいつか戻ってこいよ。途中で野垂れ死ぬんじゃねえぞ」
続いてよく相席してた女の子も。
「戻ってきた時は、土産話を聞かせてね。楽しみにしてるからっ」
そう言って手を出して握手を求めてきた。
もちろん俺もすみれも、彼らの手を取って。
「ああ。世話になった恩は忘れないよ。必ず戻ってくる」
そうして俺たちは、しっかりと握手を交わした。
続いて門番の姐さん。
「今までお世話になりました、姐さん!」
「私も姐さんの手ほどきのお陰で、少しは戦いのコツが分かってきたみたい。本当にありがとう、姐さん!」
今までの感謝を伝えるつもりで丁寧に挨拶してみたが、何故か姐さんは微妙に眉をしかめていた。
「‥‥‥そうかい、どういたしまして。ところで前にも言った気がするが、その『姐さん』はどうにかならないかい? あたしとしちゃ、もっとこう、『お姉ちゃん』とかの方がテンション上がるんだが」
うーむ。絶望的に似合わない気がするが、最後なんだしちょっとくらいいいか。
「ええと‥‥‥ありがとう。お姉ちゃん」
「っっっ!!!」
急に姐さん‥‥‥いや今はお姉ちゃんか。お姉ちゃんは顔を押さえてうずくまってしまった。
「? どうしたんだ、お姉ちゃん?」
「お、おおおぅ‥‥‥思ったより破壊力がすごい、これがショタっ子、はぁはぁ」
「え、ちょっと。お姉ちゃん?」
心配して声をかける、その俺の肩にすみれの手が乗せられた。
「みこと、ダメよ。もうそれ以上、その人をお姉ちゃんと呼んではいけないわ」
「ん? まあ確かに全然似合わないけど。最後だしそれくらいいいかなーって」
ぐっと、肩に置かれた手に力が込められる。
んでもってすごい真剣な目で見つめられてる!
「いいえ。ダメよ、絶対に」
「お、おお? まあ俺も姐さんの方が呼びやすいし構わんが‥‥‥姐さん?」
姐さんもその呼び方で構わないかなと確認するように尋ねる。
「あ、ああ。そっちで頼む。思わず濡れ‥‥‥いやなんでもない。旅の無事を祈ってるよ」
‥‥‥。
姐さんの知らなかった一面というか、知りたくなかった一面を知ってしまったような気がする。
さらっと話題を変えてしまおう。
「さて、最後はモールさんにも挨拶しておくか。モールさんはいつもの本部にいるのかな?」
「いや、今日は朝早くから避難小屋に出かけてたな。掃除用具と新しい衣類持って、『今度こそ誰かに使ってもらえるように、ピカピカにお掃除しちゃうぞー』って張り切ってたなあ」
‥‥‥あの人らしいな。
俺たちが初めて避難小屋を訪れた時もホコリひとつ、蜘蛛の巣ひとつなかった。
だからこそ民家と間違えたわけだが。
‥‥‥いい人なんだけどなあ。
「わかった、ありがとう。ちょっと行ってくるよ」
俺たちは門を抜け、そのまま避難小屋まで向かう事にした。