Kenshi ~その世界で生き抜くため~   作:心愛さん

13 / 87
第12話 モール

 森を抜けて川を渡り、避難小屋へ。

 数日前に立ち寄った小屋が、ずいぶん懐かしいものに思えた。

 ノックをして中に入る。

 

「入りますよー。モールさん、います?」

「わっ、いらっしゃ‥‥‥ってなんだ。君たちか」

 

 小屋の中では、集落のリーダーであるモールさんが楽しそうに掃除をしていた。

 

「出来立てのお料理に、おろしたてのお洋服。それにピカピカのベッド! 今回こそきっと使ってもらえるよね! ここを見つけた避難民、きっと喜んでくれるだろうなあ」

 

 にっこにこ顔のモールさん。

 今日もいい仕事をしたぜ、とでも言いたそうな、充実感溢れる笑顔である。

 

「あ、あのー。モールさん? 実に言いにくいんだが、それ逆効果だと思うぞ?」

 

「ええっ!? ど、どうして? こんなに素敵な場所なのに!」

「素敵すぎるというか。どうみても人が住んでる民家なんだよ。躊躇いもせずに中の物を持っていくやつなんて、野盗かゴロツキくらいだぜ?」

 

 ちなみに、すみれはバツが悪そうにして窓の外を見てた。

 

「そんなハズないよー。だってほら、ちゃんと注意書きもしてあるし」

「注意書き? そんなのあったっけ?」

「あるってば。ほらここ。『これを読んでいるのは、リバース鉱山から命からがら逃げられた運のいい方でしょう。ここはそういった方々が休み、回復するための避難所です。食料、枷を外す工具、ベッドと簡単な衣服があるはずです。ご幸運を。』って書いてあるでしょ?」

 

 部屋の隅っこにある樽の底から、そんなメモを引っ張り出してきたモールさん。

 え、なんで樽の底から。

 普通はもっとこう、テーブルとか目立つ場所にさ?

 モールさんが自信満々すぎて俺の感性の方がズレてるのではと不安になってくるが、俺間違ってないよね?

 普通、そういう注意書きは樽の底に入れたりしないよね?

 

「‥‥‥」

「ふっふっふ。私の正しさの前に、ぐぅの音も出ないようね? つまり私は間違ってない! 私は正しかった!」

 

 勝ち誇るモールさんのことはおいといて。

 メモの場所以外にも気になる事があったので、俺はすみれに聞いてみる。

 

「なあすみれ。この注意書き、読めたか?」

「え? 文字なんて読めるわけないでしょ。こっちは朝から晩まで石ばっか掘ってる召使いだったのよ?」

「だよなあ。ちなみに俺も読めん」

「‥‥‥ダメじゃん」

 

 モールさんは相変わらず上機嫌に、テーブルにお酒なんか並べてる。

 間違いなくいい人ではあるんだよなあ。

 そんな残念すぎるモールさんが、ふと思いついたように顔を上げて振り向いた。

 

「ねえみことくん、それにすみれちゃん。君たち浮浪忍者の一員になる気はない?」

「え、俺たちが、ですか?」

「そうそう。君たちだってホーリーネイションの事、嫌いでしょ? っていうか嫌いだよね! 嫌ってなきゃおかしい!」

「あ、はは」

 

 俺はそこまで酷い扱いされてたわけじゃないし、実を言うとそこまで「ええ、大っ嫌いだわ」‥‥‥そうか。

 すみれはそうだよな。

 目がマジだった。

 

「だよね! 私たちは今でこそ集落に隠れて力を蓄える事しかできない、小さな組織。でもいつかはホーリーネイションを追い出して、故郷を取り戻したいと願っているの。なにも今すぐとは言わないわ。あなた達の夢が叶ってからで構わない。大陸最高の鍛冶職人と最強の剣士が手を貸してくれるなら、こんなに頼もしい事はないもの」

 

 まあ、集落の皆には世話になったし、俺たちにできる事があるならしてあげたい。

 すみれも同じ気持ちのようで、モールさんの言葉に即答していた。

 

「ええ、私たちで役に立てるならなんでも言ってください」

「と言っても、夢が叶うのがいつになるのか、そもそも本当に叶えられるのかも分からない。はっきりと約束できないのが辛いとこだな」

 

 頭をかきながら、自嘲気味に呟く俺。

 水をさされて気を悪くしたかなと思ったが、モールさんは全然気にした素振りも見せずに頷いてくれた。

 

「うん、それで構わないよ。そもそもこの世界に、はっきり約束された未来なんて存在しない。だから、今はその気持ちだけで十分だよ。‥‥‥それで、今日は別れの挨拶に来てくれたのかな?」

 

 あ、そうだ。

 その為にここまで来たんだっけ。

 危うく忘れるところだった。

 

「そう、そうだった。明日集落を出て、都市連合に向かう事にしたんだ。そこでなら安くて大量の鉄板を仕入れる事ができるから、鍛冶の修行が捗るって聞いてね」

「安くて大量の鉄板? ‥‥‥ああ、なるほど」

 

 呟くモールさん。

 その表情に、一瞬だけ影のようなものを感じた。

 気のせいだろうか。

 

「モールさん?」

「あ、ううん。なんでもないよ。鍛冶の修行に必要なんだもんね。うん、行ってらっしゃい」

 

 なんでもない、という割には、少し無理して作ったような笑顔だった。

 その表情の意味を俺たちが知るのは、もうしばらく後の事である。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 翌朝。洗濯したての服に身を包んだすみれは、長い髪を櫛でとかしていた。

 

「それにしても伸びたなあ。ずいぶん早くないか?」

 

 腰まで届きそうなその髪を見てそう呟く。

 嘘みたいだろ、1週間前までハゲだったんだぜ、これ。

 すみれの名誉のために今まで一切触れてこなかったけど。

 

「ワールドエンドのイヨさんからもらった育毛剤の効果かもね。テックハンターが遺跡で拾ってきたらしいんだけど、スケルトンだと使えないから被験体になってくれって頼まれて」

 

 育毛剤の被検体ねえ。

 ロストテクノロジーによって作られた謎の育毛剤ってちょっと怖いな。

 副作用とかないだろうか。

 そんな心配が顔に出てたのかもしれない。

 安心して、とすみれは言った。

 

「この育毛剤、形成外科医の間ではけっこう流通してる物らしいわ。いろんな街で実際に使われてるらしいけど、副作用の報告は今のところ何もないってさ」

「そ、そうか。最近の形成外科医って、育毛もするんだな‥‥‥知らなかったぜ」

「種族と性別以外なら、割となんでも好きに変えれるみたい。名前だって変えられるみたいよ?」

「すげえな形成外科医!」

 

 それはもう形成外科医じゃないだろう。

 いや本人が形成外科医って名乗ってる以上は形成外科医なのか?

 世界は広いな。

 

「さて、私はもう準備できたけど、みことは? もう行ける?」

「ああ。それじゃ行こうか。いざ都市連合に!」

 

 寝泊りしていた食堂の二階。

 そこから階段を降りて門まで歩く。

 門の前には、皆が見送りに来てくれていた。

 門番の姐さん。

 食堂のおっちゃん。

 モールさん。

 そして食堂でよく相席していた女の子。

 寂しそうにしていたり、心配そうな顔をされたり、豪快に背中を叩いて心配すんなと快活に笑い飛ばしてくれたり。

 皆それぞれ異なる表情で、けれど口を揃えて。

 

「行ってらっしゃい」

 

 そう、言ってくれた。

 だから俺とすみれも、揃って応える。

 

「「ああ、行ってきます!」」

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 2人が去った方角を、しばらくモールは見つめていた。

 そんなモールにささやく女の子。

 

「行っちゃいましたね、2人とも」

 

 女の子の名前は、ピア。

 食堂でよくあの2人と相席していた子だ。

 

「そうだね。‥‥‥ひょっとして、ついて行きたかったんじゃない? あの2人とずいぶん仲良くしてたもんね」

「うん。‥‥‥でも、無理だよ。私はバウンティハンターになんて。賞金稼ぎになんてなれないから」

 

 どうして? と首を傾げて問うモールを睨みつけるようにして、ピアは言葉を続けた。

 

「そんなのっ! そんなの言わなくても分かるでしょう! モールさんが! あなたが高額賞金首だからに決まってるじゃないっ!」

 

「あー。そういえばそうだったかな。てへっ」

「てへっじゃ無いですっ! モールさんの首を狙って、今まで何人の賞金稼ぎが襲ってきたと思ってるんですかっ!?」

 

 まるで自分のことのように怒りだすピアと、どうしたものかと困惑顔のモール。

 

「私は、賞金稼ぎって奴らが嫌いですっ。自分の利益のために、平気で刃を血で染めるあいつらが憎いですっ!」

「ピア。気持ちは嬉しいけど、それは仕方ないよ。自分の幸せを追い求めるのが、人間だから。他人を気遣えるほど強い人間なんて、そんなに多くない」

 

 諭すような響きのモールの声。

 

「そ、そうかも知れませんけど。でもモールさんは違うじゃないですかっ! いつも他人のことばっかり気にして、自分のことは後回しにして。そんなモールさんが命を狙われなきゃいけないなんて、やっぱり納得できませんっ」

「違わないって。私だって、昔は弱かったもの。弱くて、自分のことだけで精一杯だった。精一杯自分のために頑張って生きて、そうしてようやく、周囲に手を差し伸べられるようになったの。きっとあの子たちも‥‥‥ううん。皆、誰だってそうなんだと思う」

 

 あの子たち、とはすみれとみことの事を言っているのだろう。

 ピアも去り際の2人の顔を思い出しながら言う。

 

「あの2人は、まだ何も知らない。何も分かってない。悪い奴が賞金首になるんじゃない、都合の悪い人物が賞金をかけられるの。‥‥‥ねえ。もしあの2人とまた会う日が来るとしたら。それは友人としてかな。それとも、賞金稼ぎとしてかな」

 

 泣きそうな顔をするピアを安心させるように、モールはその髪をそっと撫でた。

 

「大丈夫。あの子たちは強くなるよ、きっと。そんじょそこらのケチな賞金稼ぎじゃない、大陸最強の剣士として戻ってきてくれる。だから、大丈夫」

「‥‥‥うん」




12話まで読んでいただいた方、ありがとうございます。実は原作のモールさんはもっと凛々しい姉御肌なキャラとして描かれているのですが、この小説では天然お姉さんとしてキャラ付けされています。理由としては、姉御キャラが門番さんとかぶること、それと著者から見たモールさんの第一印象があの避難小屋のせいでおバカキャラで固定されてしまったせいですかね。「こんなの私の好きなモールさんじゃないやいっ!」とお怒りの方もいらっしゃるとは思いますが、舌打ちをグッと堪えてこういう世界線もあるんだなーと納得してください。
 あと次回の話は再び幕間の物語となります。いつもの2人はお休みです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。