「パパの馬鹿」
悪態をつきながら1人、歩き続ける。
私のパパはとても厳しい。
ちょっと失敗しただけで、すぐ暴力を振るう。
ホーリーネイションでは、別に珍しい話でもない。
でも、だからと言ってはいそうですかと殴られ続けていられるほど、私はお利口さんじゃない。
特に我慢できなかったのは昨日の出来事だ。
私だけでなく、私の友達にまで酷い事を。
私を庇おうとした男の子が、リバースに送られた。
昨日の出来事はすぐに噂となって町中に広がるだろう。
そうしたら、もうこの町で私の味方になってくれる人はいなくなる。
だって、パパに逆らったらリバース送りなんだから。
それくらい、パパは町で権力を持つ人だった。
だから、家を出た。
もうパパにもこの町にも、未練なんてない。
行き先は、都市連合がいいかな。
そこはお金さえあれば、誰もが幸せに暮らせる国だと聞く。
ホーリーネイションとは大違いだ。
幸い、私の家にはお金があった。
裕福な家庭だったのだ。
家出する時にお金になりそうなものをたっぷりバッグに詰めてきたから、これで私も幸せに暮らせるはず。
都市連合、どんな国なんだろう。
素敵な想像が膨らむ。
噂通りなら、男も女も、ヒトも亜人も皆が平等で、等しく幸せになる権利がある国。
そこではハイブと呼ばれる亜人が将軍職につき、シェクが貴族として民を治めているそうだ。
だったら、私も家から持ってきたこのお金で貴族の仲間に。ふふふ。
いろんな妄想をしながら歩いていると、立派な要塞が見えてきた。
ホーリーネイションが所有する最大の砦、『オクランの盾』。
この砦を越えると、その先はもう都市連合の領土だ。
思ったより早く着いたな、と思っていると。
「止まれ。バッグの中身を見せてもらおう」
要塞を守ってる守衛に呼び止められた。
「‥‥‥なぜ?」
「密輸チェックさ。怪しいやつはチェックしないと通さないことになってるんでね」
しまった。
バッグの中には家から持ってきたブラッドラムが。
確か禁制品だったような。
なんとか誤魔化さないとマズい。
「怪しいやつって、まさか私のこと? 失礼ね、私のようないたいけな子供のどこが怪しいのよ?」
「子供がたった1人で歩いてるんだ、どう考えたって怪しいさ。さあ荷物を見せろ。何も問題なければ通してやる」
う。
なかなか鋭い。
ええい、この手は使いたくなかったけど仕方ないっ、伝家の宝刀、親の七光!
「ふんっ、いーわよ、見たけりゃ見ればいいでしょ! その代わりパパに言いつけてやるんだから。私のパパは偉いのよ? スタックで領主やってる、上級審問官なんだからっ!」
私のバッグに手をかけようとした守衛の、その手が止まった。よしっ!
「ほらどうしたの? 早くチェックしなさいよ。この私を不審者扱いした挙句、荷物まで漁られたってパパに言ってやるんだからっ!」
守衛たちは完全に腰が引けていた。
そーっとバッグから手を離すと、恐る恐ると言った様子で聞いてくる。
「あ、あのー。お嬢さん、お名前は?」
「シェリーよ」
名前を名乗ると、守衛たちは互いに顔を見合わせ、頷きあって。
「こっ、これは失礼しました! どうぞお通りください。後、お父様にはどうか内密に‥‥‥」
「ええ。もちろん分かってるわ。それじゃね」
ふっ、チョロい。
守衛たちの間を抜けて悠々と歩き去る。
これで後は都市連合までまっすぐに‥‥‥と思いきや。
「大したお嬢さんじゃねーか。肝が座ってやがる」
私の行く手を阻むように、1人の男が立ち塞がっていた。
他の守衛とは明らかに気配が違う。
審問官だろうか。
けどたとえ審問官だって、パパの名前を出せば。
「な、何よ。邪魔する気? 言っとくけど私のパパはね」
「上級審問官セタ、だろ? 知ってるよ、シェリーお嬢さん。ああ、ちなみに俺はヴァルテナってんだ。よろしくな」
ヴァルテナ。
その名前を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になったような錯覚に襲われた。
ここホーリーネイションにおいて、パパの七光が通用しない人物が2人だけいる。
1人は皇帝フェニックス、そしてもう1人が目の前のこの人だ。
上級審問官ヴァルテナ。
ホーリーネイションの最高幹部の1人で、パパと同格の扱いを受ける人。
「だ、だったら何? あんたも私の荷物が見たいの?」
バッグを抱き寄せるようにギュッと握りしめる私。
「アホか。子供の荷物になんか興味ねーっつーの。そんなことより、この先は1人じゃ危ないぜ? 家出だかなんだか知らないが、進む気ならそこのバーで傭兵雇っていきな」
「え、え? 傭兵?」
そこのバー、と言って示されたのは、要塞内に建てられたバーだった。
ちょうど今、そこに傭兵が寄っているという。
「え。それって、行かせてくれるってこと? 家出だって分かってるのに?」
「他人の家庭の事情に口出しするほど野暮じゃねーよ。たださすがに見殺しには出来ねえ。この先はスキムサンドって言ってな。恐ろしいバケモンがウヨウヨいるんだ。まあ恐ろしいって言っても、俺様の敵じゃねーけどな! そんなわけで、あんたみたいなお嬢さんを護衛もなしに通すわけにはいかねえってこった。分かったらさっさと傭兵、雇ってこい」
さすがにそう言われると、1人で進むのは怖くなってくる。
素直にバーに向かうことにした。
「すいませーん。ここに傭兵さんっていますか?」
バーに入り開口一番にそう尋ねると、体格のいい男たちが「おうっ、仕事の依頼かい?」と陽気に手を振ってきた。
「スキムサンドを超えて都市連合まで行きたいの。護衛をお願いできる?」
「おうっ、なんの問題もねえよ。任せときな!」
そうして私は、5人の護衛を連れてオクランの盾を抜けたのだった。
スキムサンドはヴァルテナから聞いた通り、まさにバケモノの巣だった。
スキマーと呼ばれるモンスターが群れをなして襲ってくるのだ。
「きゃあっ。ま、また来てる! 傭兵さん、こっちこっち!」
「チッ。次から次へと!」
全身ボロボロになりながら、それでも雇った傭兵たちはスキマーに向かって剣を振る。
けれど、全身怪我だらけで今にも倒れそうだ。
別に傭兵が弱いわけではない。
その証拠に、周囲には既に10匹を越えるスキマーの死体が散乱していた。
敵の数が多すぎるのだ。
歴戦の傭兵といえど、休む暇もなく戦い続ければいつかは限界が来る。
「おい、やべえぞ! アレックスが倒れた!」
声がする方に視線を向ければ、傭兵が1人、地面に伏していた。
傭兵、残り4人。
アレックスと呼ばれた者と戦っていたスキマーが、別の傭兵に襲いかかる。
「マジかよ。2匹同時に相手しろってか。ぐあっ」
また1人、傭兵が倒れた。
残り3人。
彼らが倒れたら、私は誰に守ってもらえば。
「そ、そんな。頑張って! 頑張ってよ! お金なら倍払ってもいいから!」
そんな私の声に応える声は、思わぬ方向から聞こえた。
「おい今の聞いたか? あの嬢ちゃん、金持ってるらしいぜ?」
「護衛は‥‥‥ははっ、スキマーに襲われてやがる! こりゃ大チャンスじゃねーか?」
声がする方を振り返れば、クワなどで武装した痩せこけた農民。
もしかして、助けにきてくれた?
うん。きっとそうだ。
私がお金を持ってるって分かったから、助けて謝礼を要求するつもりなんだろう。
もちろん願ったり叶ったりだ。
謝礼は弾むから早く助け「‥‥‥させるかよっ!」て。
‥‥‥え?
ガキンッ!
そんな金属音と共に、傭兵の剣と農民のクワが打ち合う。
「邪魔すんじゃねえ、この死に損ないがっ!」
「生憎こっちにもプライドがあるんでね。反乱農民ごときにやられるわけにいくかっての!」
え。
なんで。
なんでこの人たち、戦ってるの?
というかこの農民さん、クワで私を殴ろうとしてた? なぜ。
わからない。
だって目の前で人が倒れてるのに。
モンスターが人を襲ってるのに。
なのに、逃げるわけでも、モンスターに立ち向かうわけでもなく。
どうして人同士で争い始めるのだろう。
都市連合は、お金さえあれば誰もが幸せに暮らせる国ではなかったのか。
いつの間にか立ってる傭兵さんは、残り1人になっていた。
「逃げろ! 悪いがこれ以上もちそうに無いっ! お嬢ちゃんだけでも走って逃げるんだ!」
「そ、そんなのダメ! 私だけ逃げるなんて、そんなの出来るわけないじゃないっ」
もちろん護衛なしでこの先逃げ切れるか不安というのもある。
けれど、命がけで私を守ってくれた人を、こんな危険な場所に置いていくなんてできるわけがない。
私はその傭兵さんに走り寄ろうとして。
「逃げろってんだよ! お前が来たところで、死体が1個増えるだけだろうが! せめて最期くらい、『いい仕事したぜ』って笑っていたいんだ、俺は!」
「う、あ‥‥‥」
傭兵さんが叫んで静止する。
目の前が赤く染まる。
農民が血を噴いて倒れ、傭兵は血だらけになりつつも剣を振るう。
無傷の者なんて、もうこの場には1人もいなかった。
ただ、私を除いては。
「う、うわあああああっ!」
逃げた。
逃げたくないのに、逃げるしかなかった。
そこから先は、あまりはっきり覚えていない。
ようやく都市連合の町に辿り着いた頃には、心身ともにヘトヘトだった。
そこはこの大陸の端の街、バーク。
これ以上先に進むと、そこは海だ。
綺麗な洋服も、砂と汗と涙でボロボロになっていた。
そのせいで逃亡奴隷と間違えられて襲われたり、奴隷狩りから逃げ切った先では再びスキマーに襲われたりと散々な日々が続いた。
最初は新たに傭兵を雇って守ってもらっていたが、そんな生活が数ヶ月も続くと、たっぷりあったお金もやがて底をついた。
この都市連合で生き抜くためには、か弱いお嬢様のままじゃダメなんだ。
もっと強くならないと、生きていけない。
そう考えた私は、弱い自分に別れを告げるため、形成外科医を尋ねた。
長かった髪はバッサリ切ってショートにして、ついでに髪色も赤く染めてもらった。
ああそうだ、せっかくだし名前も変えよう。
髪の色にちなんで『レッド』なんていいな。
それから私は、他人にナメられないように、自分のことを『私』ではなく『オレ』と呼ぶようにした。
完全にお金が尽きた後は、スリや死体漁りを続けてなんとか生き抜いてきた。
そんな生活を何年も続けた先の、ある朝。
見慣れない旅行者が、このバークに来ていた。
腰まで伸びる長い黒髪の女が、1人であちこちの店を回って楽しそうにしている。
カモだ、と思った。
「‥‥‥おっとゴメンよ」
その女にぶつかって、お金をすりとった。
この出会いをきっかけに、私の人生が大きく動き出す事になるなどとは、まだ知る由もなかった。
幕間の物語、読んでいただいた方ありがとうございます。レッドさんは治療時の固有セリフが好きで、毎回雇ってしまいます。ちなみにオクランの盾はmitoya_fx氏のmod、Extended City - Okran's Shieldによって大きくパワーアップしております。砦の中に酒場があるのもその影響ですね。